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2006/04/11

自分の臨床家としての能力が伸びたと感じる時(第3版)

前の書き込みまで、

私の悪いクセの

「孤高の」「悲劇の」「天才」フォーカシング実践者気取り

が、また暴走気味になってしまいましたm( _ _ )m

(などという言い方を平気で言い足すことでさらに「馬脚」をあらわしてしまって平然としているあたりが、いよいよ困ったもんだと、私の中の「内なる批評家」は思っているようですが(^^;)

******

私に限らず、カウンセラーって、実は多少なりともナルシストで、「小山の大将」が多いと思っています(^^;)

「理解する」ということが、理解された側の人間が「理解してもらえた」と感じなければ無意味なのと同様に、

カウンセラーを「評価」するのは、どこまでも個々のクライエント(=顧客)さんであり、

指導教授でもスーパーバイザーでも職場の上司でも医者でもないと、

常々思っております。

それを「転移」「逆転移」やら「投影同一視」やらの言葉を巧みに使って言い訳するのがうまいカウンセラーにだけはなりたくないものです(^^)。

敢えて言うと、自分のカウンセリングが失敗した自己嫌悪に浸ることそのものも、

カウンセラーの「思い込み」の「勝手な自己完結」であり、

ナルシシズムの裏返しでしかない。

実は、このことを体験的に自覚していれば、まさに「転移」の問題の本質がすでに「そこそこ」わかっているということになるかと思っていますが。

(「陽性転移」や「陽性逆転移」を含めて)。

「あ、自分はこの人とのカウンセリングがうまく進んでいると勝手にうぬぼれてるな。馬っ鹿じゃねえの?」

「あ、クライエンとさんの『行動化』が自分のせいだと自己嫌悪してやがんの!! あのさ、クライエンとさんの全人生は自分次第だなんて思い込んでるわけ、アホかお前は!!」

などと、舞いあがったり、落ち込んだりしてしまう(これ自体はカウンセラーも人間だから仕方ないですよね)その後で、さほど時がたたないうちに、自分で自分の「滑稽さ」を笑い飛ばした上で、

不死鳥のように「復活」し(^^)、

それでも「腹を据えて」、「虚心に」、次の面接に向かい合う、

カウンセラーはそれしかできないし、

それさえしていれば、

「こ、これは、

ほ、ほんとうに、

クライエントさんのお役に(前より)少しは立てたかな?

こわいよー!!

「思い込み」や「夢」であってくれればいいのに!!

そんな現実には耐えられない!!」

と、

ある「畏怖」と共に、

「自分の身体『が』感じること『を』

自分『に』

『許して』あげられる」

日が来る気がします。

****

(この最後部分の表現、ホールボディ・フォーカシングの基本概念のひとつなんだけど、

この言葉に理屈ぬきでノックダウンされることを、「自分で自分に『許して』あげられる」人こそ、

フォーカシングが「身についている」人です。

「フォーカシング」を「学んだ」ことがあろうとなかろうと。

*****

「....などと、

また、『謎かけ』に走るぅ~」

という、

「内なる批評家」、というより、「内なる『突っ込み』君」の声。

そう、「内なる批評家」陛下という守護霊(!)が、毎日自分に死刑を言い渡し、鞭打ちで責め苛(さいな)むような存在から、

漫才コンビの「突っ込み」のように、

「自分」に向かって自由にふるまってくれることを、自分で自分に許してあげられることで、

「立て直し」ができることを、自分で自分に許してあげられること(おい、「お前」、わざとしつこく繰り返してるだろ)が「多い」方向に、

徐々に「進化」するものだと。

*****

フォーカシングを身につけていると、

「悲しいことに」(と敢えて書きます)

すべての人生経験から、その時点での自分ができる範囲のものを、消化吸収し、すでに「学んでしまっている」自分

を自分で愛(いとおしみ)、育(はぐく)みつつ、許してあげられるようになるみたいです。

もう、以前の自分には戻れないのね。

でも、それは、普通の意味での「大人になることの悲しさ」とは少し違います。

普通の意味でのそれには、

「内なる、子供のままの、傷ついた自分」への、少しずつの「癒し」

伴わないことも少なくない。

「体験過程が推進する」とは、そういう点で、普通に言う「成長」とは似ていて違う何かなのだと思います。

でも、

ほんとうに

「悲しいことに」

なんですが。

>あの日はとおく、
>美しく
>すっと守っていよう

*****

>あの頃の僕らのように ひたすら無邪気に
>笑っているのは 難しくなっても

>今なら わかる事がある
>今なら 見えるものがある

BGMは、くどいけど、やっぱりこれしかないです。

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*****

今の部分引用だけではぴんとこないかもしれないけど、

浜崎あゆみの歌詞にある、

空々しいありふれた「人生の応援歌」を超えた「何か」。

ほんとうは、すごく「悲しい」、「悼(いた)みに満ちた」歌なんだと思いますよ。

この件の続きはこちら

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