イベリア半島におけるキリスト教国家と「北アフリカの」イスラム王朝との関わりについて(第6版)
仕事が休みの昨日、また
映画「エル・シド」を通して見てしまったこういちろうです。
スペイン関係の本は何冊か読んだのですが、やはりエル・シッド・カンペアドルの密度が圧倒的なので、

現在、同じラモン・メネンデス・ピダルの書いた「スペイン精神史序説」という本を読みました。

更に、橋本一郎/西澤龍生 編/訳「スペインの理念」(ピダルとガニベー、ライン・エントラルゴの別々に刊行された論文をまとめたもの 新泉社)も今読んでまして、もっと巨視的・通史的な形で、スペインと周辺諸国の関わり全体をとらえてみるつもりでいます。
***
後ウマイヤ朝の滅亡後、当時のイベリア半島北部は、キリスト教国家ですが、レオン・アストゥーリアス・カスティーリア・ナバーラ・アラゴンなどの地域別に、いくつもの国・伯領に分立し、統合しようとし始めているくらいの段階でした。
イベリア半島中部・南部は、タイファと呼ばれるイスラム教君主の小国家乱立状態。
レオン=カスティーリア・ナバーラがひとつに統合しようとすると、「全スペインの皇帝」を称する国王が死んだら分割相続された王子たちの争いになったりとか、なかなか求心力が高まらない。このへんはウィキペディアのこのページの説明読んで下さい
タイファ諸国は、お互いに抗争し、キリスト教国家のそれぞれと戦ったり、貢ぎ物を差し出すことで和平を結んだり、キリスト教国家の重臣すら「裏で」タイファと通じていて、故国の政敵をつぶすために利用したりとか、この辺、むやみに込み行った駆け引きを繰り返したようです。
しかし、領地争いをめぐって、「キリスト教徒が内輪揉めして無駄な血を流すくらいなら」と、双方の国の王がが公認した国内ナンバー・ワンの騎士(「軍旗護衛将」とよばれた)同士を、国の命運を背負わせて、両国王族と観衆の見守る競技場で、カトリック教会の祝福の元に一騎打ちさせて決めるなどという、中世の騎士道物語物語そのもの紛争解決も、まだ実際に行われていたようです

(映画には、ブルフィンチの「中世騎士物語」(岩波文庫)で語られているのと細部まで手順がそっくりの、こうした「国をかけての決闘」戦いの際の作法が再現されています。この本、アメリカではよく読まれていた歴史教養書だそうなので、歴史考証の上で参考にしたのではないかと思われます)。
タイファ諸国の南、ジブラルタル海峡の向こう側では、ベルベル人の「ムラービト(アルモラビト)朝」が勢いをつけ、モロッコからマリ・ガーナのあたりまで征服して、地中海から大西洋まで縦に貫く、北西アフリカの大帝国となっていた。そして今度はイベリア半島の「奪回」を狙っていたわけである。このムラービト朝というのは、同じイスラム教徒でも、地中海東側のアラブ人のアッバース朝とは異なり、むしろ「北アフリカの王朝」というべき性格が強かった。
この北アフリカの王朝の当時の国王ユースフは、国土膨張への野心が強く、好戦的なので、必ずしもタイファ諸国にとっても歓迎すべき存在と映ったわけではなく、純アラブ系の「後ウマイヤ朝」の文化の末裔たちのもとで育まれたタイファ諸国の中には、絶えず、「スペイン側につくか」「北アフリカ側につくか」というあたりで、王室レヴェルだけではなく、イスラム教徒もキリスト教徒(モサラべ)も混在する同じ国内でも、宗派を越えて「スペイン民族派」「アフリカ派」が入り交じり、葛藤し、日和見し、という状態。
この辺、映画「エル・シド」はきちんと歴史考証していて、海を渡ってきた「ムラービト朝」側の兵士の装束って、アラブ的というよりアフリカ的。打ち鳴らすドラムも、「トルコ=中央アジア的」というより、アフリカの先住民の響きがするように思います。このへんは、数百年後のオスマン・トルコの軍楽隊とは全く異質な描き方をしています。
この太鼓の音、この映画を最初にテレビで見た子供の頃も、大変不気味なものを感じたことはよく覚えています。史実でも、エル・シドを追放した「主君の方の」軍隊の兵士たちは、この太鼓の音色だけで恐慌状態になり、雪崩式の敗走をしたそうですから、タイファのイスラム教徒国家の軍隊にはなかった心理戦術なのでしょう(自分たちの居場所を敵に教えるような物ですから、単に軍隊の秩序を守るための行進曲ではなく、イスラム側の兵士を一種トランス状態に置き、敵軍を恐れさせる、一種呪術的な意図はあったのではないかとも感じますが。
「ベン・ハー」や「十戒」のように、欧米人なら常識の聖書の物語ですらないので、特に、かなりのスペイン好きを除けば、日本人とかには、話の筋がとらえにくいかも。同じ人が敵になったり味方なったりがかなり込み入ってますので。でも、この「装束」「文化」の違いに注意すれば、この3つの陣営の区別がつくと思います。
*****
史実のエル・シド(ロドリゴ・ディアス・デ・ビバール)も、兵糧を調達するためなら、タイファ諸国の大きめの町に「ちょっと立ち寄って」、武力で圧倒し、敵兵士ばかりか住民をも殺したり、町の手前に陣を張り「『あの』エル・シドの軍だぞ」と威圧するだけで降参させたりして、残った住民との『取引』として金品食糧を得た場合もあれば、残った町の住民をまるごと人質にして、その人質たちを別の都市でまたもや金品兵糧と交換の上で釈放したりなどしているのですが、ともかく「自国でも政敵は暗殺する」のが普通の時代です。
国王にカスティーリア国外に追放され、「彼への援助をした者は目をくり抜く(映画では「手首を切り落とす」だか)」との王のおふれの中でもついてきた少数の「私兵集団」に過ぎない以上、国境を越えた『敵地』で、ひたすら『現地調達』で当座を切り抜けるしかない中では、兵を失わず生き延びるためにできるだけ戦わず、敵味方にもできるだけ死人を出さないままのやむをえない「駆け引き」だったとも言える。
これでも、戦利品のために住民皆殺しもいとわなかったキリスト教徒側の「普通の武将」よりは、無駄な殺生を避けるかたちで、ことをできるだけフェロ(キリスト教国とタイファ諸国の個々の国別の慣習法)に基づく「契約」として、穏便に済ませることが多かったらしいです。法律に詳しく、アラブ語の読み書きにも不自由しなかったらしい。
まあ、映画ではそのへんの「イスラム教徒への分け隔てない態度」をかなり誇張していますけど、タイファ諸国の中には、サラゴサのイスラム宮廷では賓客として迎えられるとかは、史実だそうです。
おそらく、時と場面によっては、「恐ろしい殺戮者の頭領」であり、時には王の命令を無視してすら政治的にも軍事的にも活動し続け、兄弟を殺して国位に就こうとしている新しい王にすら、宣誓式のその場で臣従を拒否し、法的根拠に基づき逆に王の「言質」をとって、公衆の面前で王に屈辱を味あわる「政治的な権謀術数家」であり、政敵に嫉妬されたり、タイファ諸国の君主や住民にも尊敬されたりと、いろんな面を見せ、いろんな評価をされていたことでしょう。
しかし、エル・シドが、国王にどれだけひどい仕打を受けようと、国王への5分の1の献納は果たし続け、ほんとうなら自分が受けてもいい、征服した土地の王位をカスティーリアの「皇帝」に献上し続けた。
結果的に、志半ばに死して後も、キリスト教文化とイスラム教文化を融合させる形で「スペイン」という「国家単位」での統合の象徴となり、文化的にも、本人のまだ「生きている」時代から、スペイン側の文書のみならずアラブの年代記にもその名が讃えられた。
"el Cid"という、存命中からのあだ名(現代スペイン語の発音からすれば「エル・シード」が近いそうです)そのものが「頭領、主人」を意味する"sayyid(サイード)"というアラブ語由来で、彼を畏敬するイスラム教徒の間からはじまり、キリスト教圏でも使われゆようになったとのこと。elはカスティーリア語の定冠詞なので、英語でいえば"The Boss"ということになる?

そして、武勇と人格については、本人が生きている間に吟遊詩人に歌われ始め、死後わずか数十年から百年の間に、今日に写本が伝わる武勲詩が成立する過程で、アラブ語と古代ロマンス語が融合した、スペイン語の原型になる最初の「国民文学」ともいえる『我らがシドの歌』となったのは確かのようです。
*****
人間とは矛盾に満ちたもの。
カウンセラーとて同じことだと思います(^^)。
自分がどんなつもりで発言しても、行動しても、結局最後の判断はその人と関わった「相手が」判断するのは止められない。
それをみんな「引き受けて」、相手との関係樹立に「役立てて」しまえてこそ、カウンセラーでしょう(^^)
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お久しぶりです
久しぶりに覗いてみたのですが、体調いかがですが?
この頃の話を前にざっと見たことがあったので、思わずコメントです
確か私の記憶では、ベルベル人の侵攻で一時キリスト教圏になったモロッコはイスラームに変わるのだったと思いましたが、違いますかね・・・
自由に選ぶ権利を与えたとかなんとかと、記憶してます
話変わりますが、最後に書かれた事
全くそうですね
個人の発言は、どうしても、どんなに気持ちを込めても、受け取る側がどうとるかなのです
人と人というのはそういうモノなのでしょうね
投稿: pecado | 2006/04/22 20:32
pecadoさん
お久しぶりです。
体調のご心配、ありがとうございます。次の記事では
「これで疲れやすさとおさらばできれば」
なんて軽口たたいてますけど、自分にそういう持病があったと知ると、実際に携帯呼気加圧マスクなるものが届くのはこれからなので、「寝るのが怖い」感じが強くなり、ちょっと疲れがたまってきてます(^^;)
ヨーロッパの植民地闘争に巻き込まれるまでのアフリカの歴史というのは、教科書がほとんど教えてくれない世界です。
タイム・ライフ社の分厚い歴史シリーズ本の一巻としての「アフリカ史」をはじめて読んだ時には、ムラービト朝よりももう少し後の時代の「ソンガイ王国」(途中からイスラム教国。この国にはモロッコからのキリスト教徒ベルベル人由来説もあるらしい)、「マリ王国」(イスラム教国)をはじめとして、独自の文化と繁栄を誇った大国がいくつかある事実に仰天しました。
この本は、まだ引っ越し荷物の中でどこにあるかわからないのですが、今いくつか検索してみた範囲では、ローマ帝国の版図だった時代に関して言えば、コンスタンティヌス帝以降は、しばらく「国教」のキリスト教がモロッコあたりでも勢力が強かった。
続いて、スカンジナヴィア系のヴァンダル族国家。いわゆる「アリウス派」キリスト教(神とイエスは対等ではないという考え)を信じていたのだけれども、彼らは、スカンジナビアから東ヨーヨッパのドナウ川沿岸を回り込んでからイベリア半島までヨーロッパを大横断し、西ローマ帝国を一気に弱体化させた挙げ句に、ケイゼリック(この名前はかつて世界史の受験勉強で大事だった)のもと、海を渡り、カルタゴを中心に強力な国家を築き、その後で西ローマ帝国を滅ぼします。
しかしまさにその頃勃興したイスラム教勢力のために、この、何とも長い道のりを移動してきたゲルマン系(?)国家も滅び、正統カリフ時代に続くウマイヤ朝の時代には、それこそピレネー山脈を越えたフランス領内まで、地中海の南側と西の端はイスラム全盛の時代に入るようです。
ウマイヤ朝が衰えてから後、モロッコ中心にイドリース朝というのが独自のイスラム国家を築いたらしいけど、もしキリスト教圏の海を越えた影響が再度強まるとすればこのあたりの時代かもしれないですね(^^)
ウマイヤ朝に続く、アッバース朝の時代になると、アッバース朝の直接の支配はアフリカの地中海南岸の西部には及ばなくなり、チュニジアから興ったイスラム国家、
ファーティマ朝が、アッバース朝の向こうを張る形で、地中海南岸の海べりに関しては、直接の支配力を維持していた。
ファティーマ朝が衰え、アッバース朝が中東からペルシャ寄りを中心とする帝国として勢力を維持しつつも徐々に衰えていく中、モロッコから西の地域は、イスラム教国家ではあるものの、ベルベル人の独自色が強い、更に別の発展過程をたどりはじめたようです。
こうしてムラービト朝からマリーン朝まで、中東のイスラム王朝とは「一線を画する」、ベルベル系イスラム教国家が続きます。
中世ヨーロッパ人は、アフリカの奥地にキリスト教の大帝国があるという伝承を信じていました。いくつか興った、商業的に繁栄していたことは間違いない、そして、今よりは砂漠の面積が狭かったはずの、そういう西サハラ奥地の帝国に、ほんとうにキリスト教の国家があったかどうかまでは、今日のところでは調べがつきませんでした。
寝るのが怖いあまり思わずこんな時間に書いてしまった(^^)
ちなみに、脳や心臓とかに持病がない限り、そして交通事故を起こさない限り、「睡眠時苦呼吸症候群」はそれだけで死に至る病ではないそうです。
さて、明日(いや、今日)は出勤するぞ!! でおやすみなさいのこういちろうです。
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※このコメント、2006/4/29に更に増補改訂しました(アッバース朝とファティーマ朝の関係中心に)
投稿: こういちろう | 2006/04/23 03:20
「中世騎士物語」のリンク先が間違っていました m(__)m
その他、本文とコメントにいくつかの増補と修正をしました。
投稿: こういちろう | 2006/04/29 16:24