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2005/10/02

「共感的に」人の話を聴くとは?(入門編)

さて、前回の、カウンセリング場面で、クライエントさんを受容・共感することと、カウンセラー自身が「自己一致」していることをどうやって両立させていくかについて、私がカウンセリングの現場で用いている技法について具体的に説明していきます。


まずは、「共感的理解」についての、私なりの入門講座からスタートします。


*****


私は、「共感」ということは、一般に考えられているより、はるかに精緻な事柄と思っています。

これは、すでに"7.11 Asega Doctrine"のなかでも、その中の「プロ・カウンセラーの第3の条件」として書いていることにもつながるのですが、

例えば、恋人に振られて「傷ついて」いる人がいるとして、その人に「共感的理解」を示すとは、とういうことを指しますか?


1.同情深げに、ともかく相手の話を「うん、うん」と聴いてあげることでしょうか?


なるほど、自分の意見を差し挟まずに、まずは相手に話したいだけ話させてあげること、それは「受容的傾聴」の基本です。

現実の友人関係とかでは、相手の話途中でさえぎって自分の意見を述べたり、

「あたしの場合はね~」

......とかいう調子で、「自分の」失恋談義に「すり替えて」しまう(^^;)とかが普通です。


カウンセラーは、まずはそういう聴き方を「超える」ことができねば「存在意義」はありません。


ただ、できれば、一方的に、「うん、うん」というだけで延々黙って聴いているのではなく、

時々、「クライエントさんの身になって」、自分の解釈や意見を差し挟まずにクライエントさん自身が使ったキーワードはそのまま大事にしながら、要点だけでも「伝え返し」をして、カウンセラーの理解と、クライエントさんの伝えたいことにズレが出てきていないかを照合することは大事です。

今、「クライエントさんが使ったキーワードはそのまま大事にしながら」と書きました。

例えば、クライエントさんが

「悔しくて」

という言葉を使ったところについて、カウンセラーが不用意に、

「腹が立って」

置き換えてしまうのは、実質的には無害なことも多いですが、時には、それだけでも、いつのまにかクライエントさんとの間に気持ちの溝ができてしまうこともあります。

ただし、こういう「言い換え」の微妙な危うさ、カウンセラーが体験的な実感として理解していないうちに、ただ「相手の言ったことをそのまま『鸚鵡返し』する」ようなことをドグマのようにカウンセラーの卵に教え込むのは、クライエントさんにカウンセラーが、非人間的な、ただの「鸚鵡返しロボット」のように感じさせてしまい、話を「聴いてもらっている」気がしない状態に陥らせる危険があります。

カウンセラーは、クライエントさんの気持ちに「触れようとする」という基本姿勢を失ってはならず、言葉の上での「理解」や「言葉の返し方」の技術講座になっては意味がありませんから。

この辺の勘所をつかむには、カウンセラーがフォーカシングをフォーカサーとして学ぶ経験を積み上げると、その「塩梅(あんばい)」が体験的に身につきます。

一言で言えば、カウンセラーがクライエントさんに同じ言葉で伝え返しをするのは、クライエントさんにその言い方で自分の実感にぴったりか照合してもらうためだけではなくてカウンセラー自身が、自分の身体にそのクライエントさんの言葉を発声しながら「響かせる」ことによって、クライエントさんへの「感情移入的なフェルトセンス」カウンセラーの中に「擬似的に」喚起するための手助けである、と私は考えています。

このことはたしかすでに治療者にとってのフォーカシング「現代のエスプリ 治療者にとってのフォーカシング」のどこかで私は書きました。

*****


2.「共感的理解」とは、クライエントさんの失恋体験とカウンセラー自身の失恋体験と重ね合わせて、その傷つきを共有することでしょうか?

カウンセラーとクライエントさんの心は、パソコン同士がネットワークでつながっているようにつながっているわけではありませんので(^^;)、クライエントさんの感じている「傷つき」を、カウンセラーに「転送」するわけにはいきませんよね。

その意味では、カウンセラーは、クライエントさんの話の内容や話しぶり、声の調子、身体言語などから受け止められるものを、自分の想像力と感受性を総動員して、自分の過去の類似の体験の時に自分がどんな「感じ」になったかとも重ね合わせながら「擬似的に」追体験しようとするしかありません。

場合によっては、クライエントさんが振られるまでの、具体的なエピソードとか、その時その時の思いを、さらに詳しく話しをしてもらうように、クライエントさんに促さないと、カウンセラーは、十分なリアリティと臨場感のある形で、クライエントさんの失恋の傷つきを「追体験」して「感じ取ろうとする」ことはできないかもしれません。

しかし、忘れないでくださいね。

どこまで行っても、カウンセラーの「失恋体験」と、クライエントさんの「失恋体験」は、別のものだということ。

私が、北山修先生の3000円以上購入で全国送料無料!(一部地域除)ザ・フォーク・クルセダーズ/戦争と平和「あの素晴らしい愛をもう一度」を引き合いに出した、「黄金のトライアングル」で述べたように、

> 同じ花を見て 美しいといった二人の

感じていた「美しさ」すら、実は「同じ」体験ではないのかもしれない。

まして、あなたの「花(恋愛体験)」とその人の「花(恋愛体験)」は別々のものでしょう?

でも、カウンセラーがそのことを謙虚にわきまえながら、なおも、クライエントさんの失恋体験の話を共感的に傾聴し続けている時、クライエントさんの間に、ある独特の「絆」が生まれ始めることが多いのは確かです。

******

次回は、この、受容と・共感的理解が、できなくなって行く方向に追い詰められていく、現場カウンセラーの赤裸々な現実を暴露しましょう。


(うーん、書き始めてみたら、この一連のテーマ、かなりの長期連載になりそうな気がしてきた)


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コメント

 阿世賀さん、こんにちは。勇気を出して(?)おじゃまします。ある独特の「絆」・・・そう!これこそ言葉にはとうてい表すことのできない、『関係性』というものでしょうか?やっぱり、これが一番重要だと感じてます。分かりませんが。
 ボランティア相談員をしてた時、ケース・カンファレンスで、仲間からボロクソに非難されて、思わず、「あんたたち、これ、やってないですから~~~!」と、言いたかった・・・。(^^;;

竹節さん、や~~~っと、おいでませ!!

竹節さんの遭遇した場合の細かいところは想像するしかありませんが、一般的に言って、共感的理解が抜け落ちた次元でのケースカンファレンスって、得てして「生身の一人ひとりの人間」を相手にしておらず、自分の流派の専門用語にすぐに置き換えて「過去の判例」として人を見るばかりになりやすい気がします。

 どうして「その」クライエントさんと「その」カウンセラーの固有の関係性を脇において、人の「心理」についてあれだけ説明できるのか、信じられない!!

特に、「下手に」精神分析用語に詳しくなると、実は「問題の責任をクライエントさんに帰すか、治療者の未熟に帰すか」の説明(逃げ口上、それこそカウンセラー自身の「合理化」や「自己愛的な否認」、「投影同一視」の防衛機制!!)がうまくなるだけに終わります(などとまた「中級篇」の皮肉)

 共感的理解をした上ではじめて見えてくる面接の流れや脈絡というものがある気がします(ケース・カンファレンス「そのもの」ですら!!)

 ほんとうの一流のカウンセラーなら、流派と無関係に実は「共感的理解」をむしろ「自明のもの」としてした上でカウンセリングをしているんですけどね。

 精神分析でもそうだと思うし、久留米大学の山上敏子先生の行動療法なんて、あまりに見事にそういう世界。「だから」うまくいく、というあたり、必ずしも行動療法の畑の人にはむしろ見えてない気がして。

 山上先生ほどクライエントさんとの共感的な<絆>作りの名人は滅多にいません。クライエントさんの話を実に丁寧に傾聴し、今のクライエントさんにとって何がひどく困難な壁で、どのことなら無理なくやってみて、達成感も得られるか。それを「クライエントさんごとに」一品料理のフルコースとして練り上げ、しかも毎回のクライエントさんの反応を聴きながら、更にデリケートに、柔軟に軌道修正する。

「だから」、山上先生がクライエントさんと「共に」作り上げる小さなステップの行動計画はうまく進むのです。

 阿世賀さん、お返事、ありがとうございます。羽が生えたカエルになった気分です。スローモーションでジャ~ンプ!みたいな。(爆) すみません。アホ丸出しで。(^^;
 そうそう、ケース・カンファレンスだって、面接場面と同じように、『今』、『目の前にいる人』を一番大事にできなきゃ、うそですよね。クライエントは大事にできるけど、相談仲間には厳しいってのは、ちょっと違うと思うんですよね。カウンセリングの本質が分かってない!なーんて、偉そうに・・・。(^^;
 私のように、何の資格もなく、ボランティアで(そうならざる得ない)、相談業務をしていると、いろんな意味で、おもしろいことがいっぱいあります。こういうことに惹かれる人って、24色、あ、48色にもない、独特の色を持ってますから。(?)
 すごく勉強になります。メッタ刺しにされますが、絆も、すごく強い。時に、自分の本性があらわになるし(爆)、ロダンの『考える人』のように固まってしまうことも・・・。まさに修行です。
 あ、専門家の方もそうなのかしら・・・。

 お久しぶりです。最近何かと忙しかったです。土日は家でじっとしておりました。
 ダイアローグ・イン・ザ・ダークに出られたんですね。
 あ、藤嶽法で、質問があったのでした。頭で考えすぎる学生がいて、場面を結構、阻害する、簡単に言えば、和気藹々にならないのですが、考えると単なる和気藹々はうそ臭くて、それも怖いんですよね。ですから、彼が転機、機転になるかもしれないとも思っているんです。
 すみません。授業の合間で、ろくに読む暇がなかったのに、質問しました。

引越しや何やかやでお返事遅れました。

藤嶽法(この技法を知らない人には訳のかからんレスになるのを承知で書きます)で、フォーカサーの「身になって」感情移入的な手短な言葉や絵をレスする時、最初は「頭で考えてしまう」リスナーのメンバーがいたって何もかまわないんですよ。

藤嶽法、最初の頃、どんな言葉やイメージで返したらいいか、「まるで途方に暮れる」人って、結構います。

その場合、極論すれば、ほんとうにフォーカサーの身になって「感じて」いるかなんて度外視して、「苦し紛れでいいから」それでも何か言葉や絵を描いてもらえばいい。

フォーカサーは、それに対して、自分の実感に正直に感想を返せばいいことなんです。

そういうことを繰り返すうちに、「頭で考え」がちな人も、10回、20回やっていれば、他のリスナーの答えぶりとかも参考にしながら、

「そうか、『こんな次元』でレスすればいいんだ!!」

と、なんとなーく「勘がつかめてくる」ものなんですよ。

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