「死にたい」と言ってもらえること
の項目はひどくあけすけで、
「クライエントさん本人や他者の生命や身体に重大な危害が及ぶとカウンセラーが判断し、カウンセラーが関係者への情報伝達の必要を感じた場合、できるだけクライエントさんとの話し合いのうえで了解を得られた場合に始めて伝達するが、特に緊急性があるとカウンセラーが判断した場合はクライエントさんの同意なしに関係者に連絡することもある」
と、「個人情報保護法」第14条3項2,3をたてに明記し、これにクライエントさんも同意し、両者が署名した文書を一部ずつ手元に持つ、という厳密な「契約関係」を踏むことにしました。
なにしろ、他にも、
「専門家同士のクローズドな事例検討会にはクライエントさんへの事前の断りなく相談内容を提示しますよ。その際には名前、住んでいる地域、職業始めとする本人を特定できそうな情報はすべて曖昧化し、事例検討に不必要な内容は口頭でも話しません。参考資料は責任もって回収し、処分しますし、専門家としての検討会参加者には検討会の内容を守秘する義務かあります」
「学会発表の時はクライエントさんの許諾を得るばかりか、クライエントさんが希望すれば『発表内容の閲覧と修正を求める権利を認めます』」
つまり、ご本人が納得しない学会発表は決してしない、むしろそこで「ここは違う」といってもらえることで、クライエントさんの「注文をつける能力(左のブックレビューでも紹介した日本でもっとも独創的で才能ある中堅カウンセラーの一人で、私の敬愛する田嶌誠一先生の名言)」を最大限に発揮してもらい、フォローアップのカウンセリングを『深める』機会にしたい。
治療者が、見栄や悪意はなくとも、自分の思い込みだけで、クライエントさんが知ったらあきれかえるまでに「脚色」された「物語」としての事例発表をするのはいとも簡単なのに、そのことに罪意識や自己欺瞞を感じないでいたら、その治療者はどんどんひとりよがりになるだけですから。
話し合ってもクライエントさんが納得しないならどんなに発表したくても発表しない、どうせ開業で食っていくからには「学会での業績作り」なんて2の次でいい、と心に決めたのです。
以上のように、私の治療契約条件は、かなりラディカルなものです。個人情報保護法には目を通しましたが、アパートの不動産屋さんとの賃貸契約書の文体を真似て(!!!)、完全に「自分のフェルトセンスだけで」書きました。
数年前に、学会で、某大学学生相談室での試みとして学生と交わされるようになった契約書の、オーバーヘッドプロジェクターにのみ投影された内容の曖昧な記憶は参考にしています。
でも、「個人情報保護法」施行に際して、最近改めていろいろ論議されているらしい、この点での臨床家の倫理の問題についての文献は「ひとつも」読まないままです!!
*****
しかし、今のままの表現だと,
「このカウンセリングルームでは『死にたい』と滅多なことではいえないのか」
と誤解されてしまいそうなので、これを機会に、私の、「死にたい」と訴えてこられるクライエントさんとどのようにお会いするかについての個人的見解を公にしたいと思います。
******
カウンセラーにとって一番ショックなのは、実は死にそうなそぶりを全く見せていなかったクライエントさんにいきなり死なれてしまうということです。
実はクライエントさんが発していた「さりげないSOS」を自分は見落としていたのではないか?
クライエントさんに本当に「信頼して」「心を開いて」もらえず、結局本当の苦しみを語ってもらえず、カウンセラーの前でも、他の人の前でと同じように「いい子」でいさせてしまったのでないか?
そういう自信喪失と自己嫌悪は、カウンセラーのアイデンティティとナルシシズムを完膚なきまでに傷つけます。
そこから立ち直るだけで年単位かかるころも多いのですが、実はそのカウンセラーは「見かけだけ」立ち直ったつもりになっているに過ぎないことも多いのです。
そのことへのpostvention(遺された関係者への事後ケア)が見過ごされて、当のカウンセラー本人も元気そうにしているし、周囲のスタッフのも、どこかで「腫れ物に触る」ような思いも感じつつも、表面だけ和気藹々としている。
実は得てして、そのようなスタッフ間の人間関係は、自殺したクライエントさんを包んでいた人間関係の「反復強迫」、ないしはユング的に言えば「同じ布置(constellation)」なのです。
そこには、その当事者の誰かに、「気が付かないうちに残酷な仕打ちを加える」構造が内包されています。ですから、いつのまにかその治療機関のスタッフの中での無意識レヴェルでの人間関係に深刻な影響を残し、予想外のところで亀裂が噴出す事件に至る場合があります。
*******
だから、実は「死にたい」と語ってもらえただけでも、クライエントさんに、そのカウンセラーをどこまで信頼していいかの「勝負」を仕掛けてもらえているということであり、一応その勝負に値する「可能性がある」カウンセラーとみなしてもらえただけで「光栄な」「感謝すべき」事柄ではないかと思います。。
特に、それまで「死にたい」と誰にも語ったことがなかったと明言するクライエントさんには、私は率直に、
「そのことをはじめて私に話してくれたんだね。それだけもすごい勇気がいったよね。むしろ私はそれを始めて話してもらえる相手として選んでもらえたことを『光栄』にすら思うし、『感謝』すらしているよ」
とはっきり伝えることもあります。
すると、これだけでも相手との「死なない<絆>」になることがあります。
なぜか、この後、きょとんとして、
「だって先生はカウンセラーでしょ? カウンセラーって他人には話せない悩みを聞くのが当然の仕事じゃないですか」
と問い返されたことは、まだ一度もないです.
同じ「人」と「人」としての「真剣勝負」をとりあえず受けてくれた、というのが伝わるからかなと思います。
もし仮に上のような質問をクライエントさんにされたとしたら?
「だって、私にも『死にたい』といってもらえずに君に死なれたら、私はそっちの方が大ショックだよ。そうか、僕はそこまで話してもいい相手として信頼されないままでいたのか、なんて後悔する事態にならずに済んで、「死にたい」といってもらえただけで、君に相談相手として認めてもらえたということだと思うから」
などとこたえるかもしれませんね。
おそらく、これは、それまで「死にたい」「死にたい」と家族や医者や他のカウンセラーを延々ふり回して、未遂を繰り返してきたクライエントさんにも、結構通じるかもしれない。
それまで「そういう」答えを誰からもしてもらったことはなかったとしたら。
******
もとより、「口先だけ」私が今言った言い方をまねしたらきっとだめですよ。
私が過去の反省の上に立ち「心から」そう思っている言葉として、自然と口をついて言葉に出せると感じているから、おそらく意味があるのです。
「人」と「人」との真剣勝負を挑まれたその瞬間、どこまで「自己一致」した言葉を返せるか、という、そういう次元のことだと思います。
******
ある、仏教にも関心が深い知り合いのカウンセラーが、
> 「死ぬのだけはやめような、死んでも意識は残るから、かえってつらいんだよ」
>
> なんて、抹香臭い話をいろんなクライエントさんに言い続ける日々なんだけど、
>
> なぜか
>
> 「え? 死んだら楽になるかと思ってた」という答えがほとんどなんだよね。
と話してくれました。
これは、私にとって思いもよらない「新鮮な」やりとりでした。
そして、そのカウンセラーの方に、決して心底の確信まではいかないかもしれないけど、「輪廻転生」とか「来世」を信じてみたいという思いがどこかにホントにあるからこそ、多くのフライエントさんが、
> 「え? 死んだら楽になるかと思ってた」
と応えてくれるのかもしれない、と感じました。
******
私自身は、少なくとも俗流仏教やキリスト教的な意味での「来世」は信じてません。
死を、決してそれは「安らかな永遠の眠り」とは異なる、これまでの自分の全記憶すら失うという、「信じられない恐怖体験」として認識しています。
人間は、生まれる前のことは、歴史の勉強や史跡探訪や伝統文化の追体験、著作や芸術作品という形で、それなりに知っているつもりでいられます。
でも、そういう「生まれる前の歴史についての記憶」すら一瞬にして吹き飛ぶのだとすれば、私はそれは最大の恐怖と感じます。今から100年後、自分はもう生きていないんだと想像するだけで怖くなります。
ただ、なんとなくですが、最近は、自分は死んだら自我を失いながらも宇宙の森羅万象のエネルギーの中に溶け込む形で生きていくのだ、自分の一生とは、ちょうど別府の「坊主地獄」のプアーっと浮かんだ大きなあぶくのような一瞬の「形象化」に過ぎず、もとの沸騰する泥の中に戻るだけのこととも自然に感じ始めています。
そして、実はユングが夢の中の登場人物が自分の分身、「影」だということが信じられるだけではなくて、実は今の「現実世界」で体験するすべての存在が「私」の一部、私の「分身」である、という感覚も多少出てきたかなと思います。
逆に言うと、「私」は、すべての他の対象にとっての「分身」なんですね。
フォーカシングの創始者、ジェンドリンの言葉で言えば、
「状況は、すべて身体の中にimply(暗黙のうちに内包)されている」
ということにもなります。
自分の中に出てくるさまざまな思いをすべてacknowledge(認知して)あげることの意味について、もはや毎回登場の域に達した、フォーカシングの名教師、Ann Weiserさんは"The Radical Acceptance of Everything"と呼び、これは Annさんの原書での最新刊となっています。
これは、自分の「心の中」だけではなく、世界の森羅万象との係わり合いにも広げられるのではないかと思います。
それを極めていけば、「死にたい」もなければ「死ぬのが怖い」もない境地にも近づけるのかもしれない、と感じます。
*****
なお、日本における自殺学の権威とされる防衛医大の高橋祥友(よしとも)教授の著作をいくつか紹介しておきます。明治学院大学でも教職員のための講演にお呼びしました。
もっとも、高橋先生がお書きのことは、"Postvention"(自殺後に残された関係者のケア)という問題を述べる際に今回は「多少」影響受けたかな、というくらいです。
ちなみに、なぜこの先生が今防衛医大の教授かといえば、最近自衛隊員の方の自殺が増えているから、ともっぱらの噂です(先生ご本人も認めておられたかな?)
「青少年のための自殺予防マニュアル」
「群発自殺」 あの
「岡田有希子」自殺後の自殺の多発についても詳しく取り上げられています。
「シネマ処方箋」
「自殺の精神分析」
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