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2005年8月

2005/08/31

....というわけで、ここから「大更新」ウィークが始まる!!

ちょっと思ったより昼間やることが多かったもので、お約束の本部ホームページ更新大連発を本格的にやるのは、明日からになるかとも思います(^^;)

ただ、今晩深夜のうちに、比較的手軽にできる更新一つ目を出します。

私の今年の人間性心理学会大会での個人単独発表の方の分の先行全面公開です。もう参加者への「発表論文集」届いた後なのでやってもいいでしょう。

あの「黄金のトライアングル」が生まれた背景。原稿提出締め切りのために数ヶ月前に実際には書いてるので私にとってはすでに「過去の通過点」に過ぎないですが。

ただ、一般社会人の皆様、それを待って夜更かしはしないでください(^^;)

そして、明日にかけて、この学会発表を「更に」生み出す背景にあった、以前にも増して、わけのわからんスケールの「感動的(?)な」物語が展開される「私のフォーカシング」シリーズ新作群が明日の晩に向けて連発で登場します。

「エヴァ」ファンの方、明日の更新分にはまだ入って「ない」かもしれないけど、今後の展開、待っててね!!

この場を借りて伝言

一昨日、月曜のの午後に電話で「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」にお問い合わせくださった方へ。

実は昨日から今日の今の時間に至るまで急用で自宅に引き返していました。

すぐにお返事できなくてすみなせん。

もう、夜遅いので、明日(1日)必ず折り返しの連絡させていただきます。

2005/08/30

blogという名の、「ライヴ」即「著作」の世界の醍醐味

このネタは、すでに「"blog"というものの、個人の、幅広い世界への情報伝達、普及活動における革命的意義」みたいな論調の文章やネット記事で言い尽くされてるかなとおもいつつ、やはり私なりに書いてみる気になりました。

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つくづく思うのは、私って、基本的に「ライブの」人間だということ。

自分が書きたくなったまさにその時に、発想のおもむくままに書くことはできる。

でも、「依頼原稿」となると、どんな短文でも、数日プレッシャーに悩まされ、やっとの思いでしか書けません。


例えば、講演や講師じみたことをして、

「今日のお話、大変面白かったです。つきましては、今日の内容を、レジュメ程度でいいですので、要点をまとめていただけませんか」

などと言われたりでもしたら、実は内心では「はらわたが煮えくり」はじめています。

それは、わたしが「講演」を依頼されたからであって、「原稿書き」依頼されたのではない、などという理由ではありません。

「録音したものの逐語に手を入れる」という依頼が「本筋」と思うからでもありません。


単純明快、「ライブの再演」なんてできないから。

もとより、浜崎あゆみのように、用意周到な緻密な計算をされたライブを重ねる中で成長してきた歌手もいるのは認めます。でも、彼女も、「ライヴでのキャリア」あってこそ、それを少しずつ改定する中で、今の自分を築いた歌手であり、ライブでの成長の軌跡を知らずして、彼女の創作活動を語ることそのものが無意味というのは確かです。

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それはそれとして。

ayuはayuとして(^^)。


「あれだけのことをお話になれたのですから、帰りがけにちょっとメモをとるぐらいおやさしいでしょう」

などといいだす輩には、

「そんならまずはお前がライブで、その『あれだけのこと』とやら、を話してみろ」

と内心では叫んでいるけど(^^;)、実際には次のように丁重に申し開きします。


「私は話しているその瞬間に最良のものを出し尽くしているつもりです。

 ある意味でその瞬間に『燃え尽きて』いるんです。

 「歓喜とともに『身を削って』」いるんです」


.....と申し上げても、、


「でも、どこそこのお偉い先生はそんなことなかった」


で、話は平行線。


****


私は、根っから体験過程尺度が高い人間なのです(^^;)


here and nowしかできない。


「固定的なものの見方」に縛られることなく、「流動的」な意識の赴くままに「波に乗るように」ライブを重ねることしかできない。

そういう中で、

「一見似たような繰り返しの中で、少しずつ、変わっていく」

スタジオ録音のほとんどない、ライブ録音ばかりのミュージシャンもいる。

自分では本をほとんど書かず、弟子や聴講していた学生たちのノートや回想録が、その科学者や哲学者や宗教家の思想が後世に伝わる上での重要文献という人間なんて、ソクラテスイエス様に始まり、ウィトゲンシュタイン(意外かも知れませんが、私の大学学部生、哲学科時代の専攻です!!)にいたるまでわんさかいる。

もし、その時代にメーリングリストとかブログというものがあれば、きっとイエス様もソクラテスもウィトゲンシュタインも、よろこんでそれを活用して「ライブ」を披露したろう。

今後私が自分で本を書いたとしても、フォーカシング実践家としての文章の上での最良のエッセンスとその生々しい、後進世代にとって「刺激剤」となる、可能性に満ちたプレグナント(胚胎的)な発生過程を知ろうと思ったら、focusing-netこのブログ、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」(こうなったら選挙が終わるまで連呼してやる)の過去ログをたどるしかなくなるでしょう。

いつも冗談半分に周りに言うものだから、周囲をあわてさせ、心配させるのですが、

私の死後は誰か「遺著編纂」よろしく

です。


****


何かすごくナルシスティックな、えらそうなことを書く奴だと思われるかもしれません。


でも、ここしばらく、他の人からの締め切りのある依頼原稿や研究協力を重ねる中で、

「これじゃ、下手に引き受けたら相手の迷惑にしかならない」

とえらく反省し、落ち込んでしまったので、ちょっと言い訳めいた、でも本音として書きたくなりました。

ゴーマンに感じさせたら、ごめんなさい。


辛抱強く、私の気難しい「まだ無理だ」に耐えてくださった、依頼者の皆様、ほんとうにありがとうございます。

この場を借りてお礼を申し上げます。

どうかこれに懲りずに、これからも付き合ってね(^^;)

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でも、おそらくこれから3時間ぐらいで、当面、「そういう」デスクワークから解放されます。

そしたら、明日(8/31)の晩ぐらいから、ホームページ本部の方で、これまで書き溜めてネット公開できなかった記事の、すごい更新ラッシュがはじまるので、お楽しみに!

2005/08/29

iPodの補助電源追加に、音質向上の意味があり、単なる再生時間の延長効果だけではないことは意外と知られていないのか???

ここ数日「研究者」としての仕事の掛け持ちでエネルギーが枯渇してブログの更新ストップしていたのですが、確実にこのブログ、「カウンセラーこういちろうの雑記張」(と「名前を連呼」するなんて、時節柄、もろに「選挙の街宣車」じみた、検索エンジンアクセス増狙いが見え透いてますが)の読者になってくださる方が増加傾向にあり、恐らく2万アクセス達成は1万アクセス達成の半分の日数もかからないだろうと予測できる状況に感謝しています。あと3日ぐらいで「量産体制」に入れるので、今は週1000アクセスのラインを射程に入れ始めました。

意外だったのは、iPod関連で、最新のこっちではなくて、数ヶ月前に書いたこっちの方が読んでくださる方が(以前から多い方ではありましたが)更に急に多くなるという、予想外のところでのアクセス増加が生じたということでした。検索エンジンへの引っかかり方が変わったのか、どこかでどなたかがリンクしてくださった間接効果なのかわかりませんが。

今日現在、私のブログはカウンセラーサイトではなく、iPoDサイトです(^^;)

(もっとも、カウンセリング系の記事の中で「黄金のトライアングル」へとアクセスしてくださる方が衰えを見せないことには、自信作だっただけに、その「ささやかな反響」を嬉しく思っています)

補助電源追加が、単に再生時間を長くするものではなく、いわばアンプのトランスをいいものに取り替えるのにも似た(この辺も、専門家が読んだらどんでもない勘違いといわれるかもしれないけど)、電源の安定化と音の余裕感の増加にもつながる(聴感上の音のレンジも伸び、腰の入った力強い音になりますが、間接音成分が広がる音響空間が、補助電源強化以前は「やせて」いた、いや「欠落して」いたとすら感じるようになるはず)という、実はポータブルCDでもMDでも成立する現象は、意外と知られていないのか?

私、最近パソコンやオーディオ系の雑誌とか読まないので独断ですが、「誰でも」耳で聞いてわかる違いと思います。少なくとも、Panasonic オキシライド乾電池単3形12本パック ZR6Y/12VSWオキシライドと普通のアルカリ電池の音質差がわかる人ならわかるはずです。私はオキシライドの優秀さは認めますが、基本的にアルカリの音は嫌いですけれどもね。

わかんない人は、装置本体のためにヘッドフォンを「もう少し」おごってやってください。iPod付属のイヤホンは付属品としては相当上質な部類と思いますが。

2005/08/21

ipod最強の補助電源活用法か?

最近はどうしても私の「事業」を意識した方向のブログの記事を多めに書かないとならない状況ですので、iPOD関連の記事(未だにこのページへお越しの方が記事別ランキング上位であることに感謝しております)がお留守になっていましたが、息抜きも兼ねて久々にそっちの話題もやりましょう。

(おかげさまで、ほんとうに徐々にですが、来談してくださる数も増えています。少なくともオフィスの維持費にあたる分くらいはもとがとれるようになって来ました。ありがとうございます。現在学会発表の準備2つと他の人の研究への協力ひとつを抱えていますので、実はこのくらいのペースでやっと自分の体力となんとかかんとか引き合うラインです。心理臨床学会人間性の学会の会場でパンフ配ったり、色々な人に名刺を差し出してご挨拶する中ではじめてクライエントさんが増えて「繁盛」し始めるくらいじゃないと実は「身が持たない」というのも計算のうちなので、上々のペースですね(当然、名刺やパンフを自前で作れるパソコン技術力ぐらいは持ってます)


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さて、実はApple iPod Color(20GBモデル) MA079JA(IPOD20iPODの実力を最大限に引き出すには、【お取り寄せ】東芝 ニッケル水素電池急速充電器 [THC-344RKC]ニッケル水素電池の補助電源で絶えず電力を供給しながら聴くのがベスト、というのは以前書きました。

この考えには今も変わりがありません。

(ちなみにBoseのQuiet Comfort 2のようなアクティヴ・ノイズ・キャンセラー型ヘッドフォンの補助電源としても東芝 単4形 ニッケル水素充電池 2本パックTH-4K 2Pニッケル水素電池に勝るものはないと考えていることにも変わりありません)

問題はiPODの補助電源の装置として何を使うかです。

私がすっと愛用してきたのは税込 【新品】 CYBER Gadget(サイバーガジェット)iPod、iPod mini 用バッテリーアダプター≪C...これなんですが、コネクターそのものと、コネクターとコードの継ぎ目が正直言って壊れやすい。思わずこの補助電源をブランブランさせてしまう瞬間のおおい私の使い方の問題もあったのですが。


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恐らく一番信頼性があるのは、Appleのサイトにも出ている【輸入版】BELKIN Backup battery Pack for iPod(第三/第四世代用)これだろうと思います。このiPOD本体の裏側に設置するという発想そのものは、コネクタやケーブルに負担をかけないという点で全く合理的です。しかし、このタイプ、IPOD本体の裏側に吸盤で吸い付けるという装着法になっているんです。つまり、シリコンスーツ for iPod photo 60GBなどの本体保護用のスキンをかぶせることと両立しない

これは、むき出しのIPODを何か大き目のポーチに入れて持ち歩くのならともかく、スキンをかぶせて、それに耐重量の大きい、デジタルカメラにも使えるくらいの丈夫なスチール製首かけストラップをしっかり取り付けて、iPODを首からぶら下げるという、私のiPod使用スタイル(写真参照)と両立しない。仮にストラップをつけられてもあまりにリスキーですし、首に補助電源の重さまでかかるのも避けたい。補助電源はポケットか腰のポーチに忍ばせたい。

そうなると、現行製品では、リチウムイオン充電池型しか選択肢は残っていないようです。

ところが、私、実はこの、今たいていのポータブル機器に内蔵されて使われているこの充電池の音が嫌いなんです。何か「銀色の粉を振りまくみたいな」キャラクター、と、私なら表現しますが。

ipod内臓の充電地もこのタイプであるにもかかわらず、です。むしろiPOD内臓のリチウムの音の「キャラクターを消したい」がために、「繊細な音の移ろいに敏感で、間接音成分の空間的表現に長けた」ニッケル水素電池の補助バッテリー化にこだわっていたところがあるのです。


*****


しかし、背に腹は返られません。ニッケルイオン充電池型も試してみることにしました。このタイプで私が発見したのには2つありひとつはこの製品です。しかしこれまた「本体裏側吸着型」。

そこで、PowerBank for iPod/iPod miniこっちにしました。サイズもiPOD本体と同じで、さすが本家の、コネクターがしっかりした、Apple M8636G/C iPod 電源アダプタApple純正のFireWire型の電源アダプターApple iPod Dockコネクタ(FireWireケーブル用) M9127G/A【在庫目安:豊富】すぐにお届けできます。ケーブルがそのまま流用できる。そのケーブルの長さなら、背広の下よりのポケットあたりで楽々収納でき、補助バッテリーをブランブランさせてコネクターやコードをいためる心配はない。何よりFirewireそのものが市販品がいくらでもたやすく手に入り、痛んだら容易にそこだけ交換可能というのも気に入りました。


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最初に音を聞いたときは、

「や、やはりリチウムの銀粉!! そりゃ、音に余裕は出るけどさー」

でした。

しかし。

「この充電器そのものがiPOD純正アダプターから『入力充電』しながらIPODに『出力できる』」ことに気づきました。ここまでくるともはや大容量のコンデンサーかトランスか何か(この辺になると文型人間、理系の人が読んだら爆笑する用語ミス許されたし)を二重に間にはさんだようなものになる。


........え、えれえ、音、いいじゃんか。

ためしに、実は会話のテープ起こしのために急遽買ったONKYOのミニコン、ONKYO DVD・MDチューナーアンプシステム(木目)FR-S9GXDV-D[FRS9GXDVD]FR-S9GXONKYOカセットデッキ(FRシリーズ) K-S7GX-S [KS7GXS]K-S7GX(今時希少価値のDolby Cに対応するミニコンカセットデッキ!!)そしてスーパーウーファのONKYO アンプ内蔵サブウーファー [SKW-10]SKW-10に、今は販売されていないだろう、SAECの6NのステレオミニジャックとPIN端子x2変換ケーブルでライン入力してみた。

*****

結果は

「言語に絶する」事態だった。

もともと、iPODからのライン入力という音源に、本体のCDやMD入力がからっきし負けていたミニコンである。しかし、ミニコン業界の中では、ONKYOは価格比的に見るとなんとも良心的な商品を出しているとは感じてはいた。

しかし。まさか、このONKYOのミニコンから、「いくらボリュームを上げてもうるさくならない、バランスいい音」が出るとは思わなかった。

「いい装置とは、ボリュームの変化に関係なく、基本的に同じ音質で聴け、ボリュームを上げても決して<うるさく>ならない」

これは、私がある恩人から学んだことである。


*****


ONKYOの装置そのものには何も特別なことはしていない。スピーカーケーブルも、いっちょ前に、提携しているモンスターケーブルからのOEMみたいなので、装置のチューニングの一部とみなしてオリジナルのままである。

唯一の工夫は、スピーカーをじゅうたんの上に直接置くセッティングにした時、ハンズで買った1個150円ぐらいの安物の木製の円錐を、絨毯の方に先端が当たる形で4個ずつインシュレータ代わりにしているくらいだろう。これで絨毯の下の木材かコンクリと点接触となる。しかも木製なので、金属のインシュレーターのような固有の共振音は出にくくキャラクターになりにくいはずと判断してやってみたのだが、これは大当たり、「上品だが<眠い>」と評判のオンキョーのソフトドームトゥイーターの2WAYスピーカーが、見事に音像がフォーカスする、タイトな響きに一変して、しめしめと思っていた矢先、この「2段階リチウムイオン充電池を通して電源供給する」ipod接続戦略は、大当たりしてしまったのである。

この装置の音だけ聴いたら、多くの人が、シスコンの音と全く信じないだろう、自信はあります!!

「黄金のトライアングル」増補改訂版、以前の場所にUPしてます。

「カウンセリングがうまく行っている時とは? ~黄金のトライアングル~」終わりの方、そそくさと軽く流すように書きすぎていたかなと思ったので、相当加筆しました。

恐らく、フォーカシングが専門ではない人にとっては、今回改定した部分、逆に煩雑で専門的過ぎる形になったかもしれませんが......

8月下旬になって、「私のフォーカシング」久々の新作として、かなりぶっ飛んだ、皆さんをフォーカシングの予備知識なしでもあっけにとらせる自信作の具体例を出します(^^)。

その時点で読み返してもらうと、いいかもしれません(^^)

2005/08/19

意外な人の書いた英語学習書

このブログに「英語力」「名著」の複合検索で辿り着かれた、全く不幸な方(^^;)がおられたみたいなので、サービスします。

私が「死にたいと言ってもらえること」で言及した、日本の自殺学の権威、精神科医の高橋祥友先生は、多才な人で、シネマ処方箋「シネマ処方箋」みたいな、映画の本も出していますが、そればかりか、何と、英語力を身につける「英語力を身につける」(講談社現代新書)という本も出しています。もう絶版みたいですが、amazonの中古市場では用意に安価で手に入るみたいです。

実は私は読んでないんですが、決して「同姓同名」の別人ではないようです。


こういう、容易に「越境」した本が書ける一流現場臨床家がいると、私なんかほっとします。

いつ

「浜崎あゆみ論」
「中島みゆき論」
「シューマンの隠れた名盤をたずねて」
「iPODを楽しく使おう」
「少女アニメという名のファンタジー」
「アニメ隠れた傑作」
「日本列島夜行列車の旅」

とかを書き出さないとも限らない人間ですので....

私、本でばかり一般にも有名な精神科医や心理学者にろくなのいないと確信してます。

でも、

「そんなに無茶本が売れているわけではないけど、知る人ぞ知る名著」を出した名臨床家というのは結構あると思うし(中井久夫先生なんてその典型)、

何か「カウンセリング以外の領域について」、何かものすごい趣味人だったり、実は心理や精神医学より読むのが好きなジャンルがあり、そのことについて話し出したらとまらなくなる....みたいな面が全くナイ臨床家というのも、信頼ならないと思ってます。

「他人の人生を生きる」ことだけを生きがいにせず、「たまたまカウンセリングで食っている」自分個人の人生世界を大事にしてない人は、結局「教祖様」になる誘惑に陥りやすいと思うから。

そうなったら、そのカウンセラーは、クライエントさんを「救った」のではなく、実はクライエントさんに「救われて」いる「共依存」にとどまるだけで、いつの間にかクライエントさんを自分の奴隷のように扱い始めますから。

クライエントさんも、そのカウンセラーの「いい子」であることでしか生きられない。

ほんとは、それこそ、そのクライエントさんが克服すべき最大の課題だったりするのにね。

2005/08/16

推薦精神科・神経科・心療内科(地方編)

いよいよ私の守備範囲を超えてしまいますが、カウンセラーとしての私の推薦単科精神病院(入院可)、地方編。

伊敷病院(鹿児島県)

新潟県立精神医療センター(長岡市)

堀江病院(愛媛県)

藍里病院(徳島県)

堀川病院(福岡県久留米市)

推薦精神科・神経科・心療内科(首都圏、単科病院編)

更に、今度は、私がこれまた過去のカウンセラー経験から、信頼できると感じている「単科精神・神経科」病院。つまり。入院施設も整っていて、PSW(精神保健福祉士)、ソーシャルワーカーなどのスタッフも充実している手ごたえのある、良心性が少なくとも日本の「中の上」クラスはあるという確信がある病院。どちらもやや郊外にありますが。

武田病院(神奈川県)

駒木野病院(東京都八王子市)

推薦精神科・神経科・心療内科(首都圏編)

この際ですから、推薦「開業」通院向けクリニック、都心編も追加します。

たくさんいいところがあるはずですが、これまた私の過去のカウンセラー経験という狭い枠の中での「個人的」ご推薦です。何事にも「相性」というのはあると思いますが、少なくとも日本の精神神経科クリニックでは「中の上」以上のはず、とは思うところ。


神田東クリニック

洗足クリニック

心と体のクリニック(さいたま市)


 都心からは離れますが、


群馬病院(群馬県高崎市)では、院長先生の濱田秀伯医師をご指名のこと。

 この先生こそ私の知る五つ星!! 血の通ったインフォームドコンセントと投薬の職人的スキルはもはや「神の手」の領域である。 

大船でお勧めの開業精神科

検索エンジンでこのブログに、明らかに大船の精神科・心療内科をお探しの方がある(誰なのか、どこからなのかまではこちらからは「全く」わかりませんのでプライバシーは守られています、ご安心を)ようですので、私個人の推薦開業クリニック(通院専門で、開院時間が長く、特に若い患者さんの話を丁寧に聞いてくれることを過去の実例から掌握している場所)をご紹介します。

大河内メンタルクリニック(精神神経科)

予約制で、大船駅「東口」(繁華街)側にあります。

ご参考までに。

大船のJR在来線通常速度に復帰

ここから見渡す限り、大船駅近郊のJR在来線は通常のスピードにもどりました。お近くへののお出かけの方、心配ないかと思います。

宮城県では怪我をされた方も出ているようですね。

謹んでお見舞い申し上げます。

大船ではJR徐行運転中

この前の地震ではJRとまりましたが、今窓から見渡す限り、JR在来線は「徐行運転で」動いています。

やはり「地震雲」だったか?

今、宮城県南部で震度6弱を観測しました。M6.8.

大船でも震度4ぐらいはゆれました。

昨日の書き込みで書いた「珍しい雲」はやはり地震雲だったか?

皆様のご無事をお祈り申し上げます。

2005/08/15

空には秋のうろこ雲

例によってベランダから、京浜東北線、東海道線、横須賀線、東海道貨物線、すべて複線2組づつ、計16本のレールをひっきりなしにいろんな電車が通り過ぎるのをほけーっと眺めていました。


あら、上りの「ワイドビュー踊り子」ではないか(子供のためのプレイルームかあるので鉄っちゃんには著名)。もう2時を回ったのか。

空には、小ぶりの積乱雲が、やや迫力なく、申し訳程度に(?)浮かんでいます。

この季節は、タクシーの運転手さんが

「昔に比べると、ほんとうに夕立が少なくなったね。おかげで寝苦しい夜が増えた」

という話をしてきます。

コンクリートジャングルと化した東京では、もはや湿気を含んだ上昇気流が生じようもなくなったのでしょうね。

今年は帰りませんが、久留米に帰ると、持って帰ったカセットテープやヴィデオのラベルが一気に湿気を含んで、緩んで浮いてしまうことを思い出しました。

(そんなことだから重装備になりすぎるっつーの!!。大船に来て、最近、カナダ行きの際に買った腰のポーチだけ、しかもサンダル履きでの外出が増えています。.....楽ですね。当たり前か)


しばらく前、四国に行ったときに驚いたのは、ある特定の地区(今で言う香川県「さぬき市」)にやたらと偏って、屋根の上に、昔の「太陽熱温水器」みたいなのがあってぎょっとしたこと。

(といっても、もう若い世代はわかりませんよね。30年昔は、多くの家に普通に見られた屋根の付属物です。太陽熱の放射で水を温めるだけで、夜になっても、ちょうど40度ぐらいのぬる目のお風呂ぐらいには、かなりの季節、お湯を一晩使えるくらいは貯められただけですね)

いくらなんでも変だ、と少し考えたら「太陽電池」のパネルなんですね。おそらくそこの自治体か補助金か何か出して設置を奨励して、それで還元された電気を電力会社に「売る」という形で、電気代も安くなる、そんなシステムなんでしょう。

いかにも、日照時間の長い、瀬戸内ならではの自治体の試みと感じました。今年は雨不足で四国は、給水制限など、かなり大変らしいですが(みたいなことは、ブロードバンドのニュースサイトの映像で掌握してます。もう職場の方ではNHK払ってないもんね)

***

ふと、北の空に目を転じると、その頼りない積乱雲の頂点の遥か上層に、最近見たことがない筋状の雲。

あ、もう秋かな.....


と思った次の瞬間、


「ま、まさか『地震雲』では?」


という「内なる批評家」の声。

思わず検索エンジンで「地震雲」の写真のあるサイトを調べる。

http://www.aichi-iic.or.jp/co/a8-meiwa-kako/JISIN.html

一般には、地震の前に

「飛行機雲が平行に何十層も並んでいるようなもの」

が見えたという報告が典型らしいです。

あ、これは、似てるけど違うな。


***


と、30分ほどして安心してもう一度ベランダに出たら、

いかにも


> 空には秋のうろこ雲


になってました。


****


この一節、確か戦中の「隣組」という歌の歌詞を戦後変更したものだったと思う。

(「ド、ド、ドリフの大爆笑」という替え歌もありましたね。あのメンバーの何人かも、来日公演の時の武道館で「前座」を彼らがやったビートルズと同じように、鬼籍に入られてしまいましたね)

「隣組」とは、戦時中のご近所の自治会のいわば最小単位みたいなものでしたが、実は治安維持法的な「密告」のための相互監視の意味が強かったようです。

......ウン、エンカルタで確認したら、やっぱりそうだって。

> 1940年(昭和15)に全国的に設置された、町内会の下部組織。
> 近世以来> の日本社会に伝統的な五人組・十人組制度をうけ
> ついで編成されたもので、太平洋戦争がはじまると国民総動
> 員体制をになう末端組織とな> った。同年内務省が発表した
> 「部落会町内会等整備要領」により、は じめ隣保班として結
> 成され、約10戸を1単位とし、相互の融和と援助> を強調、常
> 会をひらくこと、情報や指示をつたえる回覧板をまわすこ とが
> 義務づけられた。
>
> 隣組は防空・防火・防諜、生活物資の配給や労働力の供給な
> どの基本単位となったため、暗黙の相互監視・連帯責任の強
> 制力がはたらき、 国民は生活のすみずみまで大政翼賛会の
> 指導する国家の統制下におかれることになった。1947年、GH
> Qのポツダム政令によって廃止され国家統制とは切りはなされ
> たが、戦後社会でもなお、地域の有力な構成原理として生きつ
> づけている。
-----------------------------------------------------

クレジット
"隣組" Microsoft(r) Encarta(r) Online Encyclopedia 2005 http://jp.encarta.msn.com (c) 1997-2005 Microsoft Corporation. All Rights Reserved.


******

以上、focusing-net、書き込み6379番より、著者、管理者許諾の上で(どっちも私自身だ!!)より転載.

2005/08/14

カウンセリングがうまく進んでいる時とは? ~黄金のトライアングル~

答え:

カウンセラーと相談にこられた方が、実際には向かい合って座っていても、気持ちの上では、45度から90度の角度でたたずみ、二人の「前にある」相談に来られた方の「悩みの全体」を、まるで二人がお互いに「全く同じ」気持ちや感じ方をしながら「味わい、眺めつつ」語り合っている「かのような」気分に「お互いに」なれる瞬間が面接時間の「かなりを」占めるようになった時です。

こうなれば、たとえその時点で、カウンセラーも、相談に来られた方も、悩みや問題の具体的な解決の方向が見えて「いなく」とも、遠からず、二人とも満足の行く 、思ってもいなかった出口にたどりつける可能性が高いです。

つまり、いわば細長い二等辺三角形の鋭角の頂点に、相談に来られた方の「悩み」があり、そちらを二人で、少し距離を置いて「一緒に眺めて」いるような状態ですね。

(わかりやすいようにあとで図を補足します)

要するに、

> あの時、同じ花を見て
> 美しいと 言った二人の
> 心と心が 今は もう通わない

のではなくて、ある程度以上の出現率で「通い合う」状態で「あり続ければ」、そのカウンセリングは、絶対にいい方向に向かいます。

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音楽の教科書にも載り、もはやかなりのお年寄りを除いては、日本中で知らない人は珍しいだろう、日本のフォークの歴史に残る記念碑的作品、

加藤和彦と北山 修 - 加藤和彦 作品集 - あの素晴らしい愛をもう一度「あの素晴らしい愛をもう一度」

青春歌年鑑 1971

・・・・・オリジナル以外に、若い世代の歌手もカバー・バージョンをいくつも出していますし、

あの「エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督の初実写映画、「ラブ&ポップ」 SR版 [DVD]のエンディングで主役の女の子たちが○○を行進していく印象的なシーンでも、その子たちによって歌われてます。

*******

実は、この歌を、カウンセリングや精神療法の世界で論じたのは残念ながら私ではありません(^^)。

何と、この歌を作詞し、歌っているにもかかわらず(?)、その後イギリスに留学、今や日本の精神分析の世界で第一人者となった、九州大学教授、「北山修」その人なんですよね。

そして、ご自身の著作、幻滅論「幻滅論」(みずず書房)の、クライマックスといえる箇所で、ここぞとばかりに、著作権所有者ご本人がこの歌詞を引用し、大論陣を張るという、他の誰にも不可能な、なんともうらやましいこと(?)をなさっています。

北山「先生」.......どーしても私なんかはこうお呼びしてしまいます。北山先生、去年の心理臨床学会での先生のワークショップで、フロアから3回も長い質問して、先生を困らせたのはこの私です(^^;)

*****

さて、北山先生は、「幻滅論」で、予想外の脈絡からこの歌詞を引っ張り出します。

江戸時代の浮世絵に描かれた母子像に、たとえば月だとか花火だとかを一緒に見ている姿が、ひとつのパターンとして多い、ということに北山先生は着目します。

子供はお月さんとかを指差して(direct reference!)いたりもするわけですね。

おそらく、こういう場面で、まだ言葉が話せない子供だったとしても、

「あー」

とか何とか叫び月を指差し、お母さんが、

「あ、お月様、きれいねえ」

とか会話をしているかもしれません。

こうした瞬間、母親と子供は、まさに

「同じものを見て、同じように感じている」

一体感の世界にいます。

こうした経験の繰り返しが発達早期の親子関係に決定的な意味を持つ、などということは、北山先生が留学されたイギリスで盛んな「対象関係学派」と呼ばれる精神分析の流派の人たち、たとえば精神分析の方法(1)ビオン(Bion)とかが、アルファとかベータとかcontainerという小難しい用語を使って説明しているのですが、北山先生は、いかにも日本を代表する作詞家らしく、「日本語で考える」臨床心理・精神医学の樹立の大切さを訴え続けています(その点では、「甘え」の構造新装版「甘え」理論の土井健郎先生の流れを汲むともいえます)。

そこで、これらの浮世絵の構図をもとに「共同注視」という、北山先生独自の概念を生み出したわけです。

つまり、母子の何かの対象への「共同注視」が生じている時には、

あたかも

「同じ花を見て」、

同じように

「美しい」

と感じている「かのような」状態が生じている。

****

ここで大切なのは、単に母子両方が「美しい」と感じるかどうかではないということです。

二人ともお互いに

「同じような」感触、「同じような」質感の「美しさ」

として

感じ、味わい、体験している

という、

「共同幻想(illusion)」

がもてるかどうか、ということです。

これは、お互いの勝手な思い込み、「錯覚」かもしれない。

でも、その「錯覚」こそが、人と人との<絆>の原点です。

哲学の世界で、仮に同じ色刺激、それこそ、”FF 00 00"としてデジタル記号化して共有できる色についても、
Aという人が体験している「赤」と、Bという人が体験している「赤」がはたして「同じ」体験なのか、ということは、古典的な認識論の命題です。

まして「美しい」とか「悲しい」とかいった、人間のものの感じ方そのものをあらわす体験を「共有する」とはいったいどういうことなんでしょう。

人が他者から切り離された実存的「個」としての自我を持つということは、まさにそのような感情体験の「共有」という「幻想(illusion)」が壊れ、それは「錯覚」だったのではないかという「幻滅」にも耐えていかねばならないということでもあります。

(「脱錯覚」「幻滅」どちらも英語で言えば"disillusion"です。そして北山先生の本のタイトルが「幻滅論」であり、そこで北山先生が言わんとしている意味での「幻滅」とは何かということと、深くかかわりあうことになります。

jochohattatsu
"disillusion"とは、イギリスの対象関係学派の中でも、特に最大の大家というべきウイニコット(Winicott)にとって決定的な鍵概念です。

過度に単純化しすぎる危険を敢えて冒せば、人が「他者」から切り離された「個」として生きる上で避けがたい、他者とかかわりにおけるこうした「幻滅」体験が、特に赤ん坊時代の母子関係で深刻な傷としてのみ残るか、それとも「確かに『思い込み』が壊されて傷つくこともあるけど、少なくとも相手によっては、そして理解し合おうというという探索(まさぐり)の過程がお互いにうまく噛み合えば、

たとえそれが、

「一瞬の接点」

であったり、あるいは

「お互いの感じ方が『どのように違うか』がわかりあえた」

などという逆説的な「共有」であろうとも、

「時には」可能なのだ、自分にも生み出せるのだ、という「わずかな希望と人間信頼」であろうと、人が生きていく支えとなることがあるのだと私は思っています。

カウンセリングの場とは、カウンセラーと相談に来た方が、

「同じ花を見て、同じ『美しさ』(悲しさ、大変さ....)を感じている」

と感じられる、「共同注視」の「黄金のトライアングル」体験を、共に築き上げていく、共同作業の場だと思います。

当然そこには、お互いの勝手な「思い込み」→「幻滅」から生じる「小競り合い」もあるかもしれません。

そういう危機を何度もしのぎ切って、「以前よりは」お互いに理解しあえた、という小刻みなプロセスをどこまで積み上げられるか。

これは、カウンセラーと、来談に来た方との「真剣勝負」です。

しかし、それをいくつも乗り越えて、カウンセラーとの<絆>を維持できるところまで辿り着けたとしたら、きっと、現実世界での恋愛とかでも、同じ「思い込み」→「幻滅」というつらい体験のくり返しの輪から抜け出せるのではないかと思います。

......というと、劇場版NEON GENESIS EVANGELION -DVD-〔送料無料キャンペーン中〕劇場版「エヴァンゲリオン」での葛城ミサトが最期にシンジに伝えた

「私も、『ぬか喜び』と『自己嫌悪』の繰り返しだった。それでも前に進めた気がする」

というセリフに通じるものだと思うのです。

はっきり言って、エヴァンゲリオンの深層心理拙書「エヴァンゲリオンの深層心理」(Amazonはこちら)は、書き終わってみれば、このことを言いたいがために書いたみたいなものでした。

そして、やっと最近になって、そういう相談に来られる方と私、双方の「思い込み」と「幻滅」の振幅にある程度耐え切れ、支え切れることも増えてきたかな、くらいです。

*****

この『黄金のトライアングル』(一般には「治療同盟の成立」といわれることの、更なるエッセンスのつもりです)については、この後も形を変えて書いていきます。

例えば、フォーカシングの祖、ジェンドリンの先輩格の共同研究者、日本のカウンセリングの流れに大きな影響を残した、来談者中心療法の祖、ロジャーズ選集(上)ロジャーズ選集(下)カール・ロジャーズ入門カール・ロジャーズが「治療の3要件」として掲げた、

「感情移入的理解」
「無条件の肯定的関心」
「治療者自身の自己一致」

すべて共に達成された状態はまさにこの状態だともいえます。

******

更に言えば、フォーカシングを「ひとりでも」できるようになるには、「内なるクライエント」としてのフェルトセンス(言葉にならない曖昧な感じ)、「内なる来談者中心療法セラピスト」として、フェルトセンスに、注意と関心を向け、フェルトセンスからのメッセージを傾聴しようとする「私(I)」との「内的な二者関係(Annのいうinner relationship)」だけではなくて

「内なるコーチ」「内なるスーパーバイザー」としての、公平なまなざしを持つ「3人目」が「脱同一化(disidentification)」して存在し、「内なる『黄金のトライアングル』」=「内なる三者関係」が必要ではないのか。

focusingnyumonfocusinhguide
ここまでなら、

「それは、
この著作や、

この著作、

そして、

やさしいフォーカシングこの著作で、

Ann Wiserが、

「内なるリスナー」と「内なるクライエント」とが

脱同一化(disidentificate)された

"inner relationship"形成

としてのフォーカシング論を展開する際に述べた、

「Larger "I"(より大きな『私』」

という概念に通じるのではないか、

といわれるかもしれません。

しかしAnnは、私の理解では、アンは確かに、前二者を「包含する」あるいは「俯瞰する」視点として取らえているとはいえるかもしれませんが、
「三者関係」として位置づけてしまうことはしていなかったように思います。

*******

更なる仮説を提起します

フォーカサーとリスナー(ガイド)が別々にいる、2人でやるフォーカシング・セッション(フォーカシング・パートナーシップ)でも、実はこの各々「内なるスーパーバイサー」=「内的な3人目」を二人が「共有」できているというillusionが必要なのでないか??? 

そこには、フォーカサーの「私」、リスナー「私」、双方の「内なるス-パーバイザー」のillusionとしての「共有地点」という、もうひとつの「黄金のトライアングル」の存在を仮定するということになります。

ここまでくると、おそらく世界のフォーカシングの世界でも最前衛といっていい発想(はっきり言って、今年の私の人間性心理学会第24回大会での個人発表の中身にもろにかかわります!!)かもしれないものにもつながります。

それらをすべて「包括して」図にするとどんな形になるか? これは、focusing-netの読者にはすでに公開しましたが、学会発表で使うことになる図版をいきなりPDF FLASHPAPERで、ついに転載しました!!

*******

kanjakaramanabu更に屋根屋を重ねて、
精神分析的対象関係論の領域での最新の潮流で言うと、
オグデンの「第3主体」論

とか、

ケースメントが、「患者から学ぶ」で書いた、

「内なるスーパーバイザー」論ともリンクし始め、

まさに、流派を超えて、およそ心理療法の分野における最先端の議論にすらなるはず・・・・という、壮大な構想が私の中にはあります。

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2005/08/08

フォトアルバムを加えると17376

なお、フォトアルバム「トロント便り」5315,「水戸漫遊記」384,"My Counseling Room"441、「淡路島縦断の旅」1211,そしてブログ「カウンセラーこういちろうの雑記張」10025、総計17376というのが、21時20分現在の数字です。

フォトアルバムは、写真1枚で1カウントでしょうから、単純比較にならないでしょうが。

10000アクセスあっさり突破、ありがとうございます!!

2004年12月19日にはじめた、このブログ、「カウンセラーこういちろうの雑記張」、平均1日100近いここ2,3週ほどのアクセスの追い込みの勢いで、今日の午後5時過ぎごろ、8ヶ月半でやっと累計1万アクセスにこぎつけました。

ブログの「コメント」機能を原則として使わず、一方的な発信のみ、かなり長文のまとまった文章で、しかも内容の「越境度」が半端ではない、文章のはじめからするとどうしてその話題に飛ぶわけ? という、カテゴリー分けがひどくやりにくい私の文章に、おつきあいいただき、感謝です。

しかし、私としては、HPの方も含め、まだ私の構想のごく一部しか実現していない段階です。長い目で、このブログを一番活動的な拠点とする、私のWeb活動を見守っていいただければ幸いです。

なりたかった大人になればいい

現在、日本には、The focusing Institute(TFI)に認定されたフォーカシング・トレーナーは約90名だそうです。そのうち連絡先を許諾いただいた方の検索は、TFIのホームページからできます。

そして、その「トレーナー」の訓練・認定権を持っている「コーディネータ」は日本には11人います。その中で独立開業に踏み切った男性のコーディネータは私が始めてです。

私も、20年以上前、「フォーカシング」「人格変化の一理論」(左の欄参照)だけ読んで勇んでフォーカシングの世界に飛び込んだ時は、

「日本にはすでに、「一人でも」フォーカシングでき、どんな人生の問題も解決する力がある「達人」が数百人いて、「何でも教えてくれる」

と思い込んでいたんです!!

でも、実情は「今でも」こんなものですし、そういうトレーナーの方の多くは、グループでのワークショップのスタイルに馴染んでいます。

結局、自分が夢に描いていた、「フォーカシングの先生」のイメージそのものの存在に、やっと「私自身が」なれるかもしれない機会をつかみつつある、そんな感じなんです。

****

いきなりアニメの話に飛ぶんですけど、

メガゾーン23 Part.II「メガゾーン23」(Part II)(板野一郎監督)という、これまた限られた映画館でしか公開されなかったされなかった、いわゆるOVAと呼ばれるジャンルのアニメ作品があります。

その作品世界は、実は漂流する大宇宙船の中で、1980年代東京23区を再現して、その時代の東京に生きているとみんなが洗脳されて生きている、地球滅亡後の世界。

「地方に行った」というのは、すべて植えつけられた記憶なんですね。

その世界が「虚構」であることに気づいた少年少女たちは、暴走族のような反体制活動を軍を相手にしている。

そして、その世界をコントロールする要となっている、圧倒的人気を誇るアイドル歌手、「時祭イヴ」(実はマザーコンピュータが生み出したバーチャルリアリティだけの存在)に会いに行くことだけを目標にしている。

(これ、20年以上前の作品!! 設定があまりに時代に早すぎた!! CD開発より前!! 歌手のモデルは明らかに中森明菜ですね)

仲間たちの犠牲の上で、主人公は、ついにマザーコンピュータの中心で、イヴの幻影と対峙する。

そして、嘘つきばかりの「大人たち」への幻滅と怒りを綿々とイヴにぶつける。

彼女は応える。

「なればいいのよ、あなたがなりたかったような、そういう大人に」

(私がアニメで出逢った、もっとも好きなせりふのひとつです)

イヴ(マザーコンピュータ)は、実は軍のコントロールは完全には受けておらず、ラストで始めてわかる意外な形での「世界の再生」に向けて「幻想の自己破壊」へと独自に動き出していたのですが。

●メガゾーン23 PARTⅡ 秘密く・だ・さ・い(1986) - goo 映画

●MEGAZONE23 AMV(YouTube)

****

私だけではなく、皆さんひとりひとりの「フェルトセンス(言葉にならない曖昧な感覚としての「何か」)」が、「なりたい」と望んでいるものになっていくのに貢献できる、誰にでも「居場所」がある、フォーカシングの学ぶ場の整備に、少しずつでも、日本中のそれぞれのスタッフの「持ち味」を出し合って、補い合って、協力しながら近づいていければいいと思っています。

続きを読む "なりたかった大人になればいい" »

2005/08/07

「明石夢舞台」ではなくて「淡路夢舞台」!!

いくら「明石海峡」に面して「明石海峡大橋」さえ渡れば20分で高速舞子(=舞子駅の真上ですが、かなり複雑なエレベータ、エスカレータの乗り換え重ねるので、乗り換えに10分見てください。バスはだいたい1時間に3本もあります)といっても、あそこを「明石」と言ったら「淡路市」の皆様に顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまいます。失礼しました!!

 ああ、これでまた、検索エンジンで「路頭に迷う」人を出してしまった。

「国営明石海峡公園」にある「淡路夢舞台」、「淡路夢舞台」をとうかよろしく!!

(でも、これじゃ関西の人ですら覚え違えている人、多いかもね......)

「淡路島縦断の旅」に「淡路夢舞台」へのリンク追加

ふとした思いつきで、フォトアルバム「淡路島縦断の旅」「淡路夢舞台」へのリンクを追加しました。

「淡路島縦断の旅」というタイトルだけでは、このフォトアルバム、ひどく地味目に見られてしまいますものね。

関西の人にはもう知れ渡ったことでしょうけど、ここにあるThe Westin Awaji Island(楽天の予約窓口はこちら)は、日本離れした、最高級リゾートホテルで、ここ一番の「勝負デート」には格好のスポットですし(^^)。

もとより、バブルの頃みたいな遊び方には嫌悪があるし、お金を張り込むだけでうまくいくほど男女の仲は簡単ではないのは承知ですけど、次に行くときには、その時の「私のもっとも大事な人」と来たいな、と思ったのは事実です(^^)

ayu休演、お見舞い申し上げます

ayu、声が出なくて(猛烈にひどい夏風邪みたいなものと理解しましたが)、北海道のa-nation休演したそうですね。

1年前のa-nationは、例のavexのお家騒動のさ中、「あゆの一声」事件の真っ最中、それはそれで大変な時期だったわけですが。

またその時のことをひっぱり出してつまらん「憶測記事」が週刊誌を賑あわすのか知らん。

最近普段はayuのこと書きませんが、こういう時になると、なぜか

「お見舞い申し上げます」

という言葉を、ネット上ですら、どうしても書きたくなる私でした。


それくらい、、ここ2,3年、私は彼女の生き方と、彼女の歌に鼓舞されてきたのです。

私の一番苦しい時期を、この、同郷の、20歳も年下の女の子が支えてくれた、という思いに変わりはありませんから。

来週以降に期待されたし!!

ちょっと今週(8/7-13)は、学会発表とか他の人への研究協力のための予定がぎりぎりなので、ブログの本格的更新はとまっちゃうかもしれません、どうかお許しください。

ちゃんと浜崎あゆみ/fairyland(DVD付)●3000円以上購入で全国送料無料!(一部地域除)ayuの新譜、”fairyland"だって買ってるんですけどね......

そのかわり!!

来週あたりから、これまでずっと溜め込んで、出し惜しみ続けていた素材(文字には基本的になってるもん!!)を、ホームページ本部の方で、お客さんが暇なときは、ドカン、ドカンとお出ししてまいります!!

はっきり書いとくね。

●便利なコンビニ後払いが可能!NEON GENESIS EVANGEL「エヴァンゲリオン」ファン、戻ってこーい!!

2005/08/03

どうもお見苦しい点をお見せしました(^^;)

前の記事で、二重にペーストを重ねるという醜態をさらし、途中から「何かさっき読んだような内容に回帰してしまう」ことにご不審の念をお抱きだった皆様、大変失礼いたしましたm(_ _ )m

道理でいくら校正してもなかなか反映しないと思っていました(^^;)

あと、別の記事の「岡田有希子」の文字違いも修正しておきました。間違えてたら検索エンジンにも引っかかりませんものね。

以前、地元の「鶴岡八幡宮」の記事を検索していて、むやみに少ないなあ、と思ったら、「鶴々岡」と打ち込んでいたことがわかったことがありました。それでも結構多くの記事を検索できちゃうということは、同じ間違いをしてホームページを作った人がいかに多いかということでもありますが。

しかし、この同じ記事のパージョンアップ使い回しだけで、過去最大瞬間最大視聴率(「聴」はないか)を獲得させていただいたことに、感謝いたします。

******

なお、お気づきでない方もあるかもしれませんが、これを機会にご紹介しますと、このブログの左側のスペースの大改造を昨日から今日にかけて実施しています。

"My Favorite Books"「マンガで学ぶフォーカシング入門」と共に、これまた秀逸な新刊の入門書、私の仲間の近田さん・日笠さんが中心になってまとめた「フォーカシング・ワークブック」も掲載しました。

また、"My Link"の内容も、ほぼ同じページへのリンクばかりなのですが、各WebSiteについての「独断に満ちた」解説を大幅強化したものに「差し替え」ました。

どうかよろしく。

(こうして、インターネットゴールデンタイムを狙い済ました新規記事をまたでっち上げ、アクセス増に燃えるのであった....)

「マンガで学ぶフォーカシング入門」のご紹介(Ver.2.0)

40020九州で活躍している、日本のフォーカシングの有力な若手研究・実践家である、福盛英明さんと森川友子さんが中心となり、村山正治先生の監修をうけて、「マンガで学ぶフォーカシング入門 -からだをとおして自分の気持ちに気づく方法-」という楽しそうな本が誠信書房から出版されています。

以前このことについて書きましたが、その後福盛さんからうかがえたことを含めて、ここに別個にバージョンアップ版を掲載します(旧ページも同一内容にアップグレードしていますが)。

福盛さんの画才は、実は日本フォーカシング協会のニュースレター、"The Focuser's Focus"では、そのひょうきんなイラストは有名だったのですが、最近までアメリカ留学していた彼が、いつの間にこういう企画を実現させていたかは全く知りませんでした(^^;)

あとで福盛さんからうかがえたところによれば、実は森川さんから提案されての数年越しの企画だったそうで、二人で部屋にこもって、延々漫画を書いていった時期もあるそうです。そしていろんな冊子とかに少しずつ掲載していたものをまとめた、といった推移があったようです。福盛さんが留学中、もっぱら森川さんが編集段階の仕上げを進めて、完成させたとのこと。

私も早速注文したのですが、いきなり「在庫なし。しばらく待て」をくらいました。紀伊国屋など、その段階でも店頭に出ている店はあったようですが。

ともかく、多少フォーカシングの心得がある人は手にとって見てください。爆笑しまくると思います。

なぜか、「楽譜」までついてます(そのへんのいきさつは手に取るまでのお楽しみということで.......)

いかにも若い世代にしかできない、柔軟な発想があっさり実現して、心理系では名門の出版社から出てしまうというあたり、「そういう時代だよな〜」との感慨に浸ってしまいました。

ともかく心理療法系の入門書の「革命」というのに近い出来事です!!

「私小説版」フォーカシング入門(「私のフォーカシング」シリーズのこと)こそは、私が出版でも先駆者になるのだ!!

「死にたい」と言ってもらえること

私のカウンセリングルーム

「個人情報の取り扱いについて」


の項目はひどくあけすけで、

「クライエントさん本人や他者の生命や身体に重大な危害が及ぶとカウンセラーが判断し、カウンセラーが関係者への情報伝達の必要を感じた場合、できるだけクライエントさんとの話し合いのうえで了解を得られた場合に始めて伝達するが、特に緊急性があるとカウンセラーが判断した場合はクライエントさんの同意なしに関係者に連絡することもある」

と、「個人情報保護法」第14条3項2,3をたてに明記し、これにクライエントさんも同意し、両者が署名した文書を一部ずつ手元に持つ、という厳密な「契約関係」を踏むことにしました。

なにしろ、他にも、

「専門家同士のクローズドな事例検討会にはクライエントさんへの事前の断りなく相談内容を提示しますよ。その際には名前、住んでいる地域、職業始めとする本人を特定できそうな情報はすべて曖昧化し、事例検討に不必要な内容は口頭でも話しません。参考資料は責任もって回収し、処分しますし、専門家としての検討会参加者には検討会の内容を守秘する義務かあります」

「学会発表の時はクライエントさんの許諾を得るばかりか、クライエントさんが希望すれば『発表内容の閲覧と修正を求める権利を認めます』

つまり、ご本人が納得しない学会発表は決してしない、むしろそこで「ここは違う」といってもらえることで、クライエントさんの「注文をつける能力(左のブックレビューでも紹介した日本でもっとも独創的で才能ある中堅カウンセラーの一人で、私の敬愛する田嶌誠一先生の名言)」を最大限に発揮してもらい、フォローアップのカウンセリングを『深める』機会にしたい。

治療者が、見栄や悪意はなくとも、自分の思い込みだけで、クライエントさんが知ったらあきれかえるまでに「脚色」された「物語」としての事例発表をするのはいとも簡単なのに、そのことに罪意識や自己欺瞞を感じないでいたら、その治療者はどんどんひとりよがりになるだけですから。

話し合ってもクライエントさんが納得しないならどんなに発表したくても発表しない、どうせ開業で食っていくからには「学会での業績作り」なんて2の次でいい、と心に決めたのです。

以上のように、私の治療契約条件は、かなりラディカルなものです。個人情報保護法には目を通しましたが、アパートの不動産屋さんとの賃貸契約書の文体を真似て(!!!)、完全に「自分のフェルトセンスだけで」書きました。

数年前に、学会で、某大学学生相談室での試みとして学生と交わされるようになった契約書の、オーバーヘッドプロジェクターにのみ投影された内容の曖昧な記憶は参考にしています。

でも、「個人情報保護法」施行に際して、最近改めていろいろ論議されているらしい、この点での臨床家の倫理の問題についての文献は「ひとつも」読まないままです!!


*****


しかし、今のままの表現だと,


「このカウンセリングルームでは『死にたい』と滅多なことではいえないのか」

と誤解されてしまいそうなので、これを機会に、私の、「死にたい」と訴えてこられるクライエントさんとどのようにお会いするかについての個人的見解を公にしたいと思います。


******


カウンセラーにとって一番ショックなのは、実は死にそうなそぶりを全く見せていなかったクライエントさんにいきなり死なれてしまうということです。

実はクライエントさんが発していた「さりげないSOS」を自分は見落としていたのではないか?
クライエントさんに本当に「信頼して」「心を開いて」もらえず、結局本当の苦しみを語ってもらえず、カウンセラーの前でも、他の人の前でと同じように「いい子」でいさせてしまったのでないか?

そういう自信喪失と自己嫌悪は、カウンセラーのアイデンティティとナルシシズムを完膚なきまでに傷つけます。

そこから立ち直るだけで年単位かかるころも多いのですが、実はそのカウンセラーは「見かけだけ」立ち直ったつもりになっているに過ぎないことも多いのです。

そのことへのpostvention(遺された関係者への事後ケア)が見過ごされて、当のカウンセラー本人も元気そうにしているし、周囲のスタッフのも、どこかで「腫れ物に触る」ような思いも感じつつも、表面だけ和気藹々としている。

実は得てして、そのようなスタッフ間の人間関係は、自殺したクライエントさんを包んでいた人間関係の「反復強迫」、ないしはユング的に言えば「同じ布置(constellation)」なのです。

そこには、その当事者の誰かに、「気が付かないうちに残酷な仕打ちを加える」構造が内包されています。ですから、いつのまにかその治療機関のスタッフの中での無意識レヴェルでの人間関係に深刻な影響を残し、予想外のところで亀裂が噴出す事件に至る場合があります。

*******

だから、実は「死にたい」と語ってもらえただけでも、クライエントさんに、そのカウンセラーをどこまで信頼していいかの「勝負」を仕掛けてもらえているということであり、一応その勝負に値する「可能性がある」カウンセラーとみなしてもらえただけで「光栄な」「感謝すべき」事柄ではないかと思います。。

特に、それまで「死にたい」と誰にも語ったことがなかったと明言するクライエントさんには、私は率直に、

「そのことをはじめて私に話してくれたんだね。それだけもすごい勇気がいったよね。むしろ私はそれを始めて話してもらえる相手として選んでもらえたことを『光栄』にすら思うし、『感謝』すらしているよ」

とはっきり伝えることもあります。

すると、これだけでも相手との「死なない<絆>」になることがあります。

なぜか、この後、きょとんとして、

「だって先生はカウンセラーでしょ? カウンセラーって他人には話せない悩みを聞くのが当然の仕事じゃないですか」

と問い返されたことは、まだ一度もないです.

同じ「人」と「人」としての「真剣勝負」をとりあえず受けてくれた、というのが伝わるからかなと思います。

もし仮に上のような質問をクライエントさんにされたとしたら?

だって、私にも『死にたい』といってもらえずに君に死なれたら、私はそっちの方が大ショックだよ。そうか、僕はそこまで話してもいい相手として信頼されないままでいたのか、なんて後悔する事態にならずに済んで、「死にたい」といってもらえただけで、君に相談相手として認めてもらえたということだと思うから」

などとこたえるかもしれませんね。

おそらく、これは、それまで「死にたい」「死にたい」と家族や医者や他のカウンセラーを延々ふり回して、未遂を繰り返してきたクライエントさんにも、結構通じるかもしれない。

それまで「そういう」答えを誰からもしてもらったことはなかったとしたら。


******


もとより、「口先だけ」私が今言った言い方をまねしたらきっとだめですよ。

私が過去の反省の上に立ち「心から」そう思っている言葉として、自然と口をついて言葉に出せると感じているから、おそらく意味があるのです。

「人」と「人」との真剣勝負を挑まれたその瞬間、どこまで「自己一致」した言葉を返せるか、という、そういう次元のことだと思います。


******


ある、仏教にも関心が深い知り合いのカウンセラーが、

> 「死ぬのだけはやめような、死んでも意識は残るから、かえってつらいんだよ」
>
> なんて、抹香臭い話をいろんなクライエントさんに言い続ける日々なんだけど、
>
> なぜか
>
> 「え? 死んだら楽になるかと思ってた」という答えがほとんどなんだよね。

と話してくれました。


これは、私にとって思いもよらない「新鮮な」やりとりでした。

そして、そのカウンセラーの方に、決して心底の確信まではいかないかもしれないけど、「輪廻転生」とか「来世」を信じてみたいという思いがどこかにホントにあるからこそ、多くのフライエントさんが、

> 「え? 死んだら楽になるかと思ってた」

と応えてくれるのかもしれない、と感じました。


******


私自身は、少なくとも俗流仏教やキリスト教的な意味での「来世」は信じてません。

死を、決してそれは「安らかな永遠の眠り」とは異なる、これまでの自分の全記憶すら失うという、「信じられない恐怖体験」として認識しています。

人間は、生まれる前のことは、歴史の勉強や史跡探訪や伝統文化の追体験、著作や芸術作品という形で、それなりに知っているつもりでいられます。

でも、そういう「生まれる前の歴史についての記憶」すら一瞬にして吹き飛ぶのだとすれば、私はそれは最大の恐怖と感じます。今から100年後、自分はもう生きていないんだと想像するだけで怖くなります。

ただ、なんとなくですが、最近は、自分は死んだら自我を失いながらも宇宙の森羅万象のエネルギーの中に溶け込む形で生きていくのだ、自分の一生とは、ちょうど別府の「坊主地獄」のプアーっと浮かんだ大きなあぶくのような一瞬の「形象化」に過ぎず、もとの沸騰する泥の中に戻るだけのこととも自然に感じ始めています。

そして、実はユングが夢の中の登場人物が自分の分身、「影」だということが信じられるだけではなくて、実は今の「現実世界」で体験するすべての存在が「私」の一部、私の「分身」である、という感覚も多少出てきたかなと思います。

逆に言うと、「私」は、すべての他の対象にとっての「分身」なんですね。

フォーカシングの創始者、ジェンドリンの言葉で言えば、

「状況は、すべて身体の中にimply(暗黙のうちに内包)されている」

ということにもなります。

自分の中に出てくるさまざまな思いをすべてacknowledge(認知して)あげることの意味について、もはや毎回登場の域に達した、フォーカシングの名教師、Ann Weiserさんは"The Radical Acceptance of Everything"と呼び、これは Annさんの原書での最新刊となっています。

これは、自分の「心の中」だけではなく、世界の森羅万象との係わり合いにも広げられるのではないかと思います。

それを極めていけば、「死にたい」もなければ「死ぬのが怖い」もない境地にも近づけるのかもしれない、と感じます。

*****

なお、日本における自殺学の権威とされる防衛医大の高橋祥友(よしとも)教授の著作をいくつか紹介しておきます。明治学院大学でも教職員のための講演にお呼びしました。

もっとも、高橋先生がお書きのことは、"Postvention"(自殺後に残された関係者のケア)という問題を述べる際に今回は「多少」影響受けたかな、というくらいです。

ちなみに、なぜこの先生が今防衛医大の教授かといえば、最近自衛隊員の方の自殺が増えているから、ともっぱらの噂です(先生ご本人も認めておられたかな?)

青少年のための自殺予防マニュアル「青少年のための自殺予防マニュアル」
群発自殺「群発自殺」  あの岡田有希子/ALL SONGS REQUEST●3000円以上購入で全国送料無料!(一部地域除)「岡田有希子」自殺後の自殺の多発についても詳しく取り上げられています。
シネマ処方箋「シネマ処方箋」
自殺の精神分析「自殺の精神分析」

2005/08/01

アクセス3倍増!!

@niftyココログの「プラス」へのアップグレードで可能になった「高度な設定」機能を生かしはじめたら(この2日ぐらい固めうちで更新重ねたせいもあるでしょうが)、アクセスが一気に3倍増、この23時間で150を軽く超え始めてしまいました!!

この分だと、今日は特に多いのは別格としても「一日平均100アクセス」への倍増での安定も夢ではない?
累計1万アクセスはあと2週間ぐらいでしょう。

ブログをやってる皆様、自分のブログで何が設定できるか、コースをアップグレードしたら何ができるようななるか、細かく見直しされること、お勧めします。

この@niftyココログでも、「同じコースですら」、刻々とアップグレードされ、

「おい、こんな設定場所、昨日まであったっけ?」

みたいな日もこれまでもありましたから。

(それですら、おとといまで気づかなかった設定が山ほど埋もれていたわけで)

しかも他のページからのリンクではなくて、「ブックマーク」からおいでいただいている方が多い、というあたり、このブログを「常連」にして下さっている方が多いということであり、感謝に絶えません。

ちょっと、ブログ上でのコメントにお答えしていたら、私の限界を超えるという思いもありますので、いつも一方的にだけ書かせていただいている中でのこの数字の上昇には、ほんとうに感謝しています。

いずれにしましても、おいでいただいている方にはひたすら感謝!!です。

「思い込み」を超えていくこと

「現実は『白』でも『黒』でもない。

 実は『黄色』だったり『緑』だったりする」


たしか、フォーカシングの創始者、ジェンドリンがどこかで触れている言葉です。

こういちろうの英会話講座

ちなみに、私は大学院出としては空前の英語力の低さを誇ります。

が、それでも、フォーカシングの勉強を始めた頃は、辞書と首っ引きで、時間を全く惜しまずフォーカシング関連の原書を読みましたので、他の人が明らかに間違ったフォーカシングの理論的理解と用語の使い方をしていると、全く情け容赦ありません。

「もっとぴったりの訳語あるでしょうが。自分の『実感』にほんとにその訳語でぴったりで体ごと納得しているの? もっとフォーカシングしなさい!!」

といいたくなったりして(^^)

幸い、日本でのフォーカシングの翻訳書の多くは、大正大学の日笠摩子先生という、日本の精神療法・心理関係の翻訳の中では、流派を超えて、これ以上の翻訳力(=原語のニュアンスを失わない、的確な日本語に置き換え、しかもわかりやすいこと)がある人は、それこそ、日本の生んだ世紀の天才精神科医、中井久夫先生(この先生についても左の欄参照)ぐらいではといいたくなるくらいの、フォーカシングを的確に理解した、「翻訳の天才」が多かれ少なかれ関与してくださっていますので、すばらしい「日本語」になっています。

原著者、訳者、出版社許諾済みの、前の書き込みにもご登場いただいたアン・ワイザーさんの「やさしいフォーカシング」(詳しくは左のブックレビューを見てください)の最初の部分の翻訳がここで公開されています。

私の知る限り、「この」本の「この」箇所こそ、フォーカシングについての、実例に基づく、一番わかりやすい入門的解説の文章です。


*****


実は、トロントの国際会議に行く前、私が唯一、意識的に覚えた英会話の文章があります。

"May I have ○○?"

これだけで、人に何かを尋ねる時の大半に、相手への礼儀をわきまえた問いかけになり、重宝します。

どうみても、

"I want ○○!"

じゃ、無神経ですものね!!

******


それ以外は、昔より実質の学力が全体として落ちたので同じものさしでは比較できないとされる「偏差値」的に見ても、「今の」大学学部生の「入学段階での」英語力と比較しても、かなり「楽観的に」値踏みして「偏差値52」ぐらいでしょう。

私の時代には受験生の必読書だった「試験に出る英単語」の「最重要単語」、しかも「名詞編」だけ完璧に覚えて受験に臨んだくらいです(もっとも、英文法の成績は相当よかったです)。

国語の成績は、ぜんぜんに近く小説とか読まないのに、試験さえ受ければ「むやみやたらと」よかったので、いわば日本語の的確な理解力は英語もカバーしていたのでしょう。

おかげで、前述の「試験に出る英単語」最重要単語名詞編には載っていた、

"aristocracy"

なんていう「きわどい」言葉だけはとっさに使いこなせてしまったのですが(^^;)

この言葉の意味わかる大学生、手を上げて!!

「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」の「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしく

えーっと、永らくの読者の方には何をいまさらということになるんですけど、実は「プラス」コースにアップグレードした時点でいろいろ高度な設定ができ,RSSリーダやらpingサーバーの設定、更新通知などの機能をぜんぜん生かしていなかった、ということに気がつき、これを機会にご新規様もおいでになるかと思いますので、改めてこのブログについて紹介させていただきます。

私、阿世賀浩一郎(あせが・こういちろう)は、神奈川県の大船で「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」という名前で独立開業している臨床心理士(心理カウンセラー)です。

しかし、根っから性格がクロスオーバーしてまして、心理やカウンセリングの話がいつの間にかayuこと浜崎あゆみ、中島みゆき、ユーミン、ELTなどのJ-POP、それどころかクラシック音楽の話題にすり替わったり、iPODの音質向上対策の話になったり、社会保険の任意継続制度の話になったり(未だに毎日1件はこの用語で検索してこのページに確実にお見えになる方、いるもんなあ)、アニメの話になったり、鉄ちゃん系の話題になったり、英語ができないままの無謀な海外旅行の話になったりします。

本部の個人WebSite、「阿世賀浩一郎のホームページ」に行けば、野猫ウォッチャーに凝った時期もあることがお分かりになります。

そういう自分の節操のなさを、実はいろんな検索用語にひっかかり、予想外の分野からの「お客様」の増加にもむすびつけようというせこい魂胆もないとはいいません!!

しかし、お読みいただければわかりますが、実際には、カウンセリングや心理療法の本質について、私がup to dete に感じていること、換言すれば、フランスの現代音楽作曲家・指揮者のピエール・ブーレーズの言葉を借りれば"Work in Progress"、つまり、まだ目に見えぬ、曖昧な「何か(something)」としてしか感じられないもののcompleteに向けて、ひたすらギリギリ限界の思索の試行錯誤を、遊びながら、かつ心身をすり減らしながら構築していく、"Thinking at the Edge(TAE)"の「実験現場」を公開しているのであり、しかもそれが生半可な「有名」心理学者や精神分析医の大半よりもスリリングで新鮮で生き生きとした文章で綴られていると自負してもいます。

というわけで、興味をもたれた方は、半年分たまっているバックナンバーを読んでみてください。


*****


恒例、今回の「強引アフィリエイト」ネタ。

ピエール・ブーレーズの指揮で私が一番好きな、【音楽CD】ストラヴィンスキー:バレエ《ペトルーシュカ》(1911年原典版)バレエ《春の祭典》ストラヴィンスキーの「春の祭典」「べトルーシュカ」がひとつ。ほんとは私、旧盤の方が好きです。

もうひとつは、私が専門としていてトレーナー養成・認定国際資格を持っている「フォーカシング」という技法こそ、マジに、まだ自分の中ではっきりしない、言葉にならない心身のモヤモヤ、まさに"something"との対話を深め、その人独自の完成に導く技法である、ということと関連付けて、もろ、【Rock/Pops:ヒ】ビートルズBeatles / Abbey Road(CD) (Aポイント付)The Beatles の"something"です。

これはこじつけでも何でもなく、今年5月に出席したトロントでのフォーカシング国際会議で、会議最後の「フォリー」と呼ばれる、いわば「打ち上げお楽しみ会」で、フォーカシングの名教師として著名なAnn Weiser女史が、ホントに歌ったのです!!

もっとも、途中から、だんだん曲がおかしくなり、恐らくAnnさんのお好きなオペラのコロラトゥーラのアドリブに化けていってしまったのですが(^^)。

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