訂正:「空と君のあいだに」と「瞬きもせず」取り違えてました!!
なぜか、
「空と君のあいだに」
と
「瞬きもせず」
のタイトル取り違えるというケアレスミスやらかしてました(^^;)
どうか、皆様、
> こんな私の 生き急ぐ様は
> 滑稽ですか 笑ってよ
もっとも、
> 瞬き一つのあいだの一生 僕たちはみんな一瞬の星
> 瞬きもせずに 息をすることさえ
> 惜しむかのように 求めあう
だから、お許しを!!
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なぜか、
「空と君のあいだに」
と
「瞬きもせず」
のタイトル取り違えるというケアレスミスやらかしてました(^^;)
どうか、皆様、
> こんな私の 生き急ぐ様は
> 滑稽ですか 笑ってよ
もっとも、
> 瞬き一つのあいだの一生 僕たちはみんな一瞬の星
> 瞬きもせずに 息をすることさえ
> 惜しむかのように 求めあう
だから、お許しを!!
一昨々日まで、学会での共同発表の練り込みのための草案作成のために丸一日自分の頭が冴えた状態に追い込んでワープロに向かい、その足でその共同発表者の方たちとの勉強会のために新幹線で泊まりがけで出張していたことの反動もあって、さすがに「ダムに少し水がたまる」ための一休みが必要でした。
修理されてきたパソコンを、最低限の日常使用に耐えるまでバックアップから復帰させるのにもエネルギー使いましたし(以前なら一息で以前と同じ使用状態まで復帰させたのに、そこまでせっかちにならないでいられるのは、最近の「省エネ」が板につき強迫モードになりにくくなった私の進歩かもしれません)。
私の場合、仕事柄、要は、wordとメールソフトが以前と同じ状態になれば最低限パソコンは「復活」したといえますので(ホームページは、mac miniに設定した、これまたアカデミック・パックを滑り込みで購入しておいた、 Dreamweaver で更新中)
昨日はそれでも医者に通うために外出せざるを得ず、そのとき、3週間ぶりぐらいに「落とし物」やらかしました。メインのカードとして使っているJCB。何とこの数ヶ月ほどで4回目の「廃止」→「新番号で再発行」だったりする。少しでも心に余裕を失ったまま具体的行動をすすめようとすると、すぐにこの「忘れっぽいのは素敵なことです」
(中島みゆき/傾斜)病が復活します。
もう我ながら「あ、また無理してる」というサインぐらいにしか思わなくなりましたが。
****
おとといのことなですが、関東は雨。例によって昼過ぎまで、ぼけーっと布団の中で自由連想できるのを楽しんでいました。
おとといはなぜか、focusing-netのある参加者の方が書き込んでくれていた、みゆきの
「エレーン」の歌詞のことばかり考えていました。
みゆきのアルバム
「生きていてもいいですか」
に収録された、最後から2つ目の歌ですね。
****
この方が文字で書いてくれ、何度も読み返して味わうまで、
私はこの歌が「いたみ」の歌であること
をあまり意識していなかったです。
つまり「痛み」であるだけではなくて「悼み」の歌であることを。
アルバム「生きていてもいいですか」はLP時代から持っていたひとつだったのに。
ものすごい辛辣な風刺の効いた「キツネ狩りの歌」
は私のお気に入りだったし、「蕎麦屋」
の「知ったかぶりの大相撲中継」が流れる中友人に呼び出されて蕎麦を食う中でのやりとりも好きだったし、最後の「異国」
の描き出すstrangerとしての痛みの驚くべき噴出ぶりには鳥肌が立ち、そう滅多に気軽にとても聴けないものを感じていたのに。
この「エレーン」の歌詞にも出てくる「生きていてもいいですか」という言葉を、ayuの
"Loveppears" の"immature"
にはじめて出会い、
>僕らはきっと幸せになるために生まれて来たんだって
>思う日があってもいいんだよね
という歌詞を聴いたときに、ふと思い出しこそしたものの、この「エレーン」という歌が「悼み」の歌という、一番大事なことを聴き逃していたのを恥じ入りました。
***
そして、
> 行く先もなしにおまえがいつまでも
> 灯りの暖かに点ったにぎやかな窓を
> ひとつずつ のぞいている
という部分が、そのまま、
「次の歌」である
> 百年経っても私は死ねない
と歌う
「異国」につながっている、
「対(つい)になっている」歌なんだ
と気がついた時、私は、本当に、これまでにないくらいにみゆきの歌詞に「戦慄」しました。
「異国」がそれまで感じていたより更に数倍壮絶な歌に思えはじめた。
「エレーン」で、「この世に残された者」の視点にたち、
empathy(あたかも自分のことのように相手の感じている「感じ」そのものを味わおうとすること)
と
compassion(相手の苦しみを、自分個人の苦しみと重ねて共にしようとすること。この二つの微妙な差異、わかります? 共にこの前ご紹介したInteractive Focusingの基本概念)
を極めたかに見えた次の歌で、
「異国」で「あの世にも行けない」魂の痛みにそのものに己れを重ね、同化を試みる!!
「みゆき」は、まずは、その女の人を見送る人間の一人という立場からのempathyとcompassionで曲を書き、
続いて今度は「異国」で「この世をさまよい続ける『幽霊』」に「同一化」する視点で曲を書き、そこに自分の生きる痛みを重ねるという、逆方向のアプローチをしたのだ。
「だから」
このアルバム最後の2曲の前に、インストルメンタルの歌のない曲
をはさみ、この2曲を「切り離した」のに違いない。
****
この女の人が、例えば酒とかで身を持ち崩した果てに病死したのか、自死なのかは描かれていない。
でも、
「自殺者が増えたら学校や会社の評判の上で困るから」
とか、
「自殺者を出すと治療者自身のナルシシズムが傷いてしまうから」
という次元でのものに実は突き動かされていることが少なくないかと思える
「自殺防止への取り組み」
とかが、何か「汚らわしい」もののようにも思われた。
***
そして、私は、カウンセラーという人種がいつの間にか発散しやすい、
「似非受容的な空気」
に常に不信の念を抱いている自分のことを思いました。
クライエントさん自身が心の底で感じている「痛み」をまるで真綿でくるんで「麻酔をかけてしまう」ような次元での「受容」の浅薄さを。
クライエントさん自身もその痛みにもろに「直面」はできないかもしれない。
でも、他人がそれに単に「麻酔をかける」ような次元での「受容」や「共感的理解」しかしなければ、クライエントさんは「本当の自分」を無視されたとやはりどこかで感じるのではないか。
少なくとも、カウンセリングをはじめる中である種の「被害妄想性」を強めるような人は、実はそのカウンセラーの表面的な「わかったつもり」「理解したつもり」が生み出した「医源性」の被害妄想なのかもしれない。
必要なのは、「相手に理解されている」ということなのではない。
人は、相手が自分のことを「理解していない」とか、「冷たい、拒否的な態度を取られる」ことには、実は結構耐えられるのではないかと思う。
そういう周囲の態度の結果、「自分が自分でいられなくなること」にこそ、人は絶望するのではないか。
だから「ただ、そこにいる」だけの人物は必要なことがある。
ある意味では、自分の中の、相手への「共感できなさ」への敏感さ、そしてそういう「共感できない自分」をありのままにackowledgeできることの方が、相手に「共感しようとすること」より大事なのかもしれない。
相手を「理解できねばならない」というドグマに縛られているからこそ、相手を理解できないと動揺するのではないか。
ある意味で、その人を、より深く理解しようという方向へ導けるのは、その人自身だけであるし、それは、その人の「権利」ではあっても「義務」ではない。
その、その人自身が「自己理解を深める『権利』」を行使するための単なるお手伝い、それがフォーカシングのスキルを「人に伝える」ということなのではないか。
その人がほんとうにそういう「個体化」「個性化」の道をほんとうに歩き出し始めたとたんに、その人への「やさしい心遣い」をむしろ「撤収」し始めるような、そんなカウンセラーは、この世にはたくさんいる。クライエントが自分に取っての「いい子」でなくなると、リビドーの備給を取り下げてしまうのである。
*****
何かまとまりがつきませんでしたが、
「相手のことを理解できない、共感できない自分」を静かに認めてあげられるカウンセラーをめざしたい」、
と、思った次第。
これは、ひとつの「逆説」です。
> 君の心ががわかると たやすく誓える男に
> なぜ女はついていくのだろう そして泣くのだろう
この「女」をクライエントさんに、「男」を「カウンセラー」に置き換えてもいいかな。
「ポプラの枝にな」り、「ここにいるよ」だけでほんとうはいいことが少なくない。
でも、「ポプラの枝のように」のみ、人と「共にいる」のは、一番難しいことの一つかもしれない。
もとより、自戒を込めて。
***
今の今まで、やっと開封する気になった、みゆきお姉様の"歌姫 Live in L.A. "
と題された、ロサンゼルスでのスタジオ・ライヴのDVDをを堪能していました。
![]()
やっぱりこの迫力は半端じゃない。
ayuライヴでおなじみの、小林信吾さんがキーボードで出てますね。
明学を3月31日で退職させていただきました。
私としては、明学で「失った」ものより「得た」ものの方がはるかに多かったと思っています。最後の一年、体調不良の中でスタッフや学生さんに迷惑をかけっぱなしのままの退職でたいへん心苦しく思っていますが、ともかく、
「明学よ、貴重な5年間をありがとう」
今後の相談センターの更なるご発展をお祈りしております。
****
残務整理の追い込みでたまった疲れがとれるのと、メインのWinXPが不調で修理に出していたこと、それとこの秋の学会発表の「ひとつ」(2つやる予定)の原稿の追い込み(結局そのために
Mac版office買うはめになった。3/30に申し込んだのでアカデミックパックぎりぎりだった!!)のために更新がお留守になってしまい、申し訳ありません。
修理したパサコンは初期化されましたが、おかげでなせかずっと機能しなかった.net Frameworkも再設定できて、そのために死蔵されていた機能が復活できるのは「ラッキー」です。現在も発売が続いている発売数ヶ月の製品なので、「工場出荷時の状態への回復」といっても、実態は、ソフトが若干入れ替わっていたり、ドライバとかは更新済みの最新版になっている。当然ピックアップサービス含めてただです。
これに味を占めて(?)数ヶ月前に水をかぶって以来止まっていたパソコン(といってもこれまた1年半前発売の製品に過ぎない)、充電地一度外したら動き出した(^^;)ので、数万円以内で修理できれば復活してもらい、来たるカウンセリングルーム開室の折に仕事場用に使えるかどうか、取りあえず検査してもらうことにしました。(もう一台ハードディスク交換すれば使えるのあるけど、少し古いやつでXPは少し苦しいので。そこでそいつの修理費が高いとなった時、私のWindows系への裏切りは更に一歩進むかもしれない(^^;)
そうそう、この前の記事で、私学共済の任意継続の傷病手当と失業保険の同時受給ができるみたいに書いたけど、さすがにそれは無理とわかりました。父によれば「以前はできた」そうです。さすがにこれだけ不況が続けばそんな虫のいい話しはないわけで。もとより前者だけでも私の場合月○十万なんですが。当面仕事面でのフル稼働は無理、通院自体は続きますので。
…というわけで、そろそろHPの更新も再開します。いろいろ考えていることはあるのでお楽しみに!!
そうそうi
POD「2号」買いました。さすがに音楽だけで40G使う人は限られているのか、40G版はいつの間にか発売中止になりましたが(クラシック中心なら少し欲張る人だと簡単に40G使い切れるんですが)。ちなみにやはりAACよりAPPLEロスレスの方が音がいいですね、途中で置き換えました。おかげで余計HD消費は早まったけど。
iPOD PHOTOの方が画面も見やすい(文字が横にスクロールして全部読める)し、音質も透明度が高い気がします。
iTuneのフォルダ設定をうまく使えば、2台以上のiPODを「自動振り分けシンクロ(?)」させるのも容易ですね。
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