おととい、昨日は、月に1度、恒例の、三重県四日市市でのフォーカシングの勉強会でした。
(「私のフォーカシング」最終回で登場したヤマトタケルノミコトの終焉の地とされる能褒野[のぼの]はこの近く。
そもそも「三重」の名の由来そのものが、今の四日市市の釆女付近の坂で疲れ果て、足が萎えて、
「吾が足三重の勾(まがり)の如くして甚(いと)疲れたり」
と言われたと「古事記」で伝えられることにさかのぼります。
現在その地は「杖衝坂」と呼ばれて史跡になっています)。
現地のホテルから書こうと思っていたのですが、パソコンの電源コードを忘れるという失態のため(私のパソコンは充電池だけでは1時間半しか持ちません)、先延ばしになりました。
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カウンセリングで強調される、「受容」とは何か?
私は、クライエントさんと「共にする」面接の「場」の中で、私自身の中に生じてくる、すぐに言葉は見つからない、曖昧な感覚を、その共感できる感覚、あるいは抵抗や不安を感じさせられる側面すら含めて、みな、それぞれの感覚を、私自身の中に「認めてあげられて」、「共にいられる」ことだと思っています。
つまり、カウンセラーは、クライエントさんに「共感できない」でいる自分すら、自分の中で認めておく、これが必要なんであり、何かすべてを受け止めてあげられる「聖者」のような境地に無理してなろうとすることではないわけです。これが、来談者中心療法の祖、ロジャーズの言う「治療者の自己一致」ということです。
むしろ、そうやって、カウンセラー側が、「無理に」すべてを受け止めたつもりになろうとかしたら、その分の「歪み」が、クライエントさんと共にする「場」の空気に微妙に影響し、伝染し、クライエントさんをむしろ「拘束」し始め、クライエントさん自身が、己れの感じることを深い次元で味わい、言葉にしていくプロセスを妨害し始める。
つまり、治療者が「自分自身でいられること」と、クライエントさんが「自分自身でいられること」は、完全にパラレルな現象とすら、私は仮定しています。
クライエントさんの「生の哀しみ」すら含めた何かを「共にさせていただいた」と感じたとき、私自身の中にも「それでも生きていける」というエネルギーをクライエントさんから「分けていただけた」気すらします。
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幼児虐待や性的虐待、暴力や戦争や災害後のストレスに苦しみつつも生きてきたクライエントさんについて、"survivor"(生存者、生き残り)という言葉が使われることがあります。
治療者以上に過酷な苦しみの中で、ともかくも「生き延びて」来れたクライエントさんに、敬意と崇敬すらを感じながら、実は生きる元気をいつも「もらいっぱなし」になってるのは「治療者」としての私の側ではないか、とすら言いたくなります。
この前書いた、
「他人の人生に『寄生』していくことを『生業(なりわい)とする』」もの
としての
人生の「『漂泊者』としてのカウンセラー
とは、実はそんな次元のことすら含みはしないかと思っています。
でも、たいへん逆説的なことに、これくらいに治療者が感じてお会いしている方が、クライエントさんも「自然と」自分の悩みを克服していく。
クライエントさんを「救う」ために何とかしないと!! などと感じているうちは、治療者は自分のことをクライエントさんより上位の存在と位置づけ、暗黙のうちに自分の「支配下」に置こうという「悪魔の誘惑」からは自由になっていないわけですね。
カウンセラーの中の、このような無意識的な「優越感」や「差別意識」に、クライエントさんは、実に敏感なアンテナを持っているものです。
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いずれにしても、そうした意味でも、クライエントさんに会えないというのは、カウンセラーにとっても、つらいことでもあります。
3日前の産業医との面接で、
「まだカウンセリングそのものには戻らない方がいい」
といわれました。
まずは「通勤する練習」ぐらいのつもりで、
週2日ぐらいから、勤務時間も短縮して、
ということは、ある程度は自然と受け止められるものもありました。
病後に無理をしすぎて後で迷惑かけるくらいなら、そのほうがいいし、実はこの2日間の四日市へのセミナー講師としての外出をしてみて、家ではピンピンしていても、まだまだ以前より疲れやすい自分も自覚しましたので。
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しかし、心の一方で、奇妙な「引っかかり」が自分の中に残りました。
私はこの「引っかかり」をすぐにうまく説明できませんでした。私が本当に回復しているのかについて不信の目で見られている面に、少し「傷ついている」自分にはすぐにその場で気がつきましたが。
唯一続けていた、都心のカウンセリングルームでの非常勤の面接の仕事の中では、むしろ自分が存外に、相手と、それまでにない深い次元で「あっさり」つながれ、現実と戦い続けるクライエントさんの心の修羅場を、ありのままに共有させていただき、クライントさんにもいい後味を感じていただきながら面接できることに、私自身驚きすらしました。
自分の「ふところ」というか、まさにイギリスの精神分析家、Bionがいう、心の容器、"container"が、いっそう深くなり、自分のカウンセラーとしてのいっそうの成長のひそかな手ごたえを感じていました。
でも、私が「私のフォーカシング」で連載しつつある、自宅でのひとりフォーカシングの中でどれだけのことを積み上げたかなんて、産業医に話しても意味はないし、確かに外出を仕事のために連日続けたことはない以上、客観的に見ても、走り出してからまた息切れするくらいなら、無理のないペースでリハビリ出勤からはじめるのがいいし、まわりもその方が心配せず、納得するだろう、というのは「頭では」わかるけど、何か「腑に落ちない」。
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私は大学からの帰りの電車の中で、その独特の「腑に落ちなさ」を、"キープ"し続けました。
「ああ、今もあるよね」
と、何分かに一度
「認めてあげ」はするけど、
それ以上の「頭での」こねくりまわしはしない。
これを私は個人的に昔から
「フェルトセンスの”キープ(keep)"」
と読んでます。
「保持し続ける」という意味では"hold"とかでもよさそうなんだけど、"hold"というと、精神分析用語として、イギリスのWinicottが言う「抱えること」を連想させすぎる。
むしろ、飲み屋での「ボトル・キープ」の感覚に近いものすら感じていたので。
その言葉にならない、「一定の質感を持った曖昧なモヤモヤ感覚それ自体」を、ゆったりと自分のペースで「味わえる」『あの』場所にもどるまでは、「そのままにとっておいてもらう」。
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途中の経過は省きますが、自宅でのひとりフォーカシングの結果、たどり着いたのは、
「私の中の、クライエントさんと会いたいという気持ち」を「自分で」押し殺して、「来年の勤務契約が確定するまではおとなしく上役や産業医に『仰せの通りでございます』とばかりに頭を下け続けた、
「私」の
『保身』優先の態度に
「私」自身が、自分でも『傷ついて』いる、
ということでした。
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現実には、今の時点では「ことを荒立てない」のがいいことは、わかっています。
でも、
そういう「保身する」自分に傷ついている
"「もう一人の自分」"がいることを、
少なくとも「認めてあげておく」必要はあるのだと。
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そのひとりフォーカシング体験のあと、
ある人から、先日の『茨流(いばら・る)』について、おもしろいヒントをもらいました。
「茨城(いばら・ぎ)」の名の由来は、
「北方の豪族から攻められないように、『茨の城』を作った」
ことから来ているようです。
私なりに調べると、ここにもそれについての説明があります。
(私の方からの初のトラックバックです)
しかし、自分の身を守ることが長期的にはカウンセラーとしての社会的身分の維持につながるとはいえ、ほんとうはクライエントさんに会いたい気持ちを抑えつけてでも「保身」のために大学の組織的決定には進んで順応し、身を守る
「茨流(いばら・りゅう)」
はつらいと思いました。
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いや、まてよ。
もっと「とげを出す」
のが、
ほんとうの
「茨流」
の保身術かな?
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さて、最近は必ず音楽とも結びつけることにしてるので、どうしようかな。
(まるでWeb上のDJみたいになってきた)
> あんたも朝から忙しいんたろ がんばって稼ぎなよ
> 昼間 俺たち会ったら お互いに「いらっしゃいませ」なんてな
> 狼になりたい 狼になりたい ただ一度
「狼になりたい」
詞・曲・歌:中島みゆき
アルバム、
「親愛なる者へ」より
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もっとも、日本のフォーカシングの世界では、このページの存在そのものが、とっくに「狼」になっているという噂も、ちらほらあったりして。
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