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2019年7月27日 (土)

「きまぐれ☆オレンジロード」についての夢ばかりみた。

今朝の夢は「きまくれ☆オレンジロート」漬け。

私の部屋中が「きまオレ」のポスターだらけ。私は出版社でこの作品についての本を書打ち合わせを深夜の高円寺で何やらしている。

私は八王子(以前私が住んでいた)にある公営マンションの7階・・・なぜか窓ガラスは割れまくっている木造の異様にぼろいマンションでに残した老母のもとに帰り、早く食事を作ってあげないと焦って、中央線の電車に乗ろうとしている。

******

アニメシリーズ、放映当時は、原作以上に気取ったリア充的作品のように演出され、鮎川まどかにサクソフォーンは吹かせるシーンは子供が怖がるとかなんとかの理由で、シリーズ後半はお子様向け方向に路線変更され、私は角が取れてしまい、刺激に乏しく感じていた。

望月智充監督による劇場版「あの日にかえりたい」に至っては、恭介とまどか、ひかるの三角関係の解消の物語を、「現実にあり得るように」辛辣に描き過ぎて、原作者のまつもと泉先生ですら、「まどかはひかるをあんな傷つけるような終わらせ方にはしなかった」と批判する始末。

私はひかるちゃんの図太さを、「よくやった!!」と賞賛するスタンスで「アニメージュ」や「OUT」に投稿していましたが。

現在では「きまオレ」の評価自体が相当高くて、今の連中も鑑識眼あるじゃん!と思っています。

現在で言えばひかるはストーカーもどきにまで行き着いています。私は望月監督自身に「危険な情事」からの影響の可能性を書き送ったら、実際にお目にかかる機会がありました。

●Filmarks:「あの日にかえりたい」レビュー

 ↓ このDVDはフランス盤ですので、リージョンが異なります。普通のDVDプレイヤーでは再生できませんので念のため(再生できた場合、日本語対応します)。賛否両論のレビューだけでも読んでみてください。これ以外の方法で観てみたい方は・・・、手はありますので、鋭意努力して下さい(^^)

 

2019年7月20日 (土)

政治的なことをエントリーすると訪問者が減るなあ。

ま、これもあと1日の辛抱だ。

2019年7月19日 (金)

山本さんの追及の仕方は凄い

去年の西日本豪雨のあとですが。 こういう追い込み方ができるのはすごいですね。

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エリオット S.ヴァレンスタイン著「 精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構」(2)

前回の続きである。

たいへん読みやすい本なので、残りの3分の2を2時間あまりで一気読みできてしまった。

もとより、それは私がこれまでの経緯上、心理カウンセラーとしては精神科薬物療法の基礎について学べてきた機会が多かったからかもしれない。

これを機会にカミングアウトしておくと、私自身、15年以上前の離婚後にうつ状態から心療内科医から「適応障害」の診断を受け、SSR!であるパキシルの服用を始めたもののそれが「濁った(としかいいようがない)」軽躁状態を引き起こし、周囲にいろいろな迷惑もかけ、同じくジェイゾロフトをしばらく飲んでいたものの、軽躁と鬱を繰り返す経過が続いていたところに、NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」を観て、自分が双極性II型障害であると判断し、薬を抗てんかん薬系の気分安定薬、デパケンとラミクタールの飲み合わせに変えてもらった(当時の医者は私に言われるがままに変えてこれました。無責任だなー)経歴を持つ。

そうした中でも、精神科医kyupinのブログではいろいろと勉強させていただいて来たし、「今日の治療薬」の愛読者でもあった。

もっともそれでも気分の波があり、このブログ自体、実は数か月にわたる休眠期間と復活を繰り返してきたことはバックナンバーをみればわかるとおりである。

そうした波の中でも私は「経験の蓄積」は続けて現実感覚は身につけており、今回、過去の遺産総動員の3冊連続刊行によるひとまずけじめ付けと、要するに私は見栄っ張りなんだな(というか、天真爛漫な子供っぽさ丸出しだった・・・ただし自分にないものを持っている人には謙虚だったけどね)と気がついたところで20年の総決算ができたと感じている。

非常に矛盾することだけど、私の40歳ぐらいまでの生産性がむやみに高かった時期というのは、今の軽躁どころか更にハイテンション!でのウェルバランスだったことにも気づいてきている。調子がいい時と疲れやすさのギャップがひどかった。会議でも少しでも退屈すると居眠りしていたが。

ちなみに、話題の飛びやすさ(「転導性」)は私の性格ですからお許しください。

まあ、20年年取ったからその頃と同じとはいかないでしょうけど、これからは再びオリジナルな長い文も増えていくと思います。恐らく以前ほど「粘着的」ではなく、あっさり書くし、YouTubeなどのビジュアル、フル活動で見やすくするでしょけどね。

これから当面ブレる心配はないと思いますが、ちょっとある「大人の事情」がありまして(^^;)、突如しばらくブログを中断し「雲隠れ」する時期があるかもしれませんが(その時もTwitterとFacebookは続けていると思う)、ご心配なく。

******

・・・などということは置いといて、本書の後半3分の2なんですけど。「私にとっては」実に読みやすい。前にも書いたが「通史」として読むと頭の整理がつくが、実は私にとって目新しいことは何も書いてないに等しいのである。

内容は、精神疾患におけ神経伝達物質仮説がとこまで信頼でき、どこからが曖昧かという方向に進みます。具体的に言えば、統合失調症のドーパミン・セロトニン仮説と躁うつ病におぇるセロトニン・ノルアドレナリン仮説です。

実はこれらの仮説に基づいて作られた薬は60%ぐらいの人にしか効かないことが提起されます。

そして、原因が脳の「機能的」変化だけではなくて「器質的」特性に期起源をもったり、実際に「器質的変化」が環境因や薬そのものによって引き起こされる可能性について(海馬の萎縮とか)。

DSM(アメリカ精神医学会診断基準)の成立過程で、精神分析などの力動心理学と薬物療法を中心とする精神科医がどう折り合って来たのかとか、その「政治的」側面も。

大規模精神病院への長期入院の経済的コストを軽減する目的での薬物療法の推進。

製薬会社のプロモーションにどれだけ精神科医が依存しているか、一般大衆が感化されているか。

学会のスポンサーとしての製薬会社の影響力の強さ。(私自身てんかんと自閉症についての国際学会でしたが、実際出てみてどれだけ製薬会社のバックアップが大きいかに驚きました)

心理療法と薬物療法、両陣営の間での確執。特にアメリカでの保険適用における薬物療法の優位性の問題について。

心理朗報に関しては、ロジャーズのことも出て来ますし、認知行動療法や行動療法、対人関係療法の効果についても出て来ます。

そうそう、ADHDとリタリンのことも出てきますよ。

いずれにしても、筆者のスタンスは、決して薬物療法批判ではなくて、中立的な見地からその限界について問題提起しようとしているものです。

訳者も進めているけど、臨床心理士さんも読んで得るものがあると思います。

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九州芸工大の学生になる夢

しつこく夢の話。

私は九州芸術工科大学の学部に入学したことになっている。

そしてどういうわけか芸工大に心理学コースがあることになっている。

そこでは私にとってはすくし物足りないほどに平易な講義や課題がなされている。

私は、"It rains"と同じような構文で表現できる可能性のある構文の例探しがなかなかでいないのに苦悶している。私の語学力はしょせんその程度かと。

同級生に男女二人のクラスメートがあり、いろいろ話し合っている。

「九大と統合されて、もともとの九州工科大学の生徒はそ学力のギャップに苦しんでいる」という噂が流れている。

:*****

こんな程度の短い夢である。

 

夢フォーカシング。

九州芸工大は偏差値が高い大学で、私のいた西南学院高校からは、同学年ひとり現役合格しただけだった、当時の九大とどのくらい偏差値に差があったかは寡聞にして知らないが、私の同学年からは結局ひとりも九大への現役合格者は出ず。一狼で合格した人がひとりいたくらいである。

私の当時の学力からすれば、芸工大には1浪してもとても無理だったろうと思う。

講義もレポートも、とても私にとって平易なものではなかったろう。それが夢の中ではちょっと物足りない水準のものになっている。

夢の中に出出てくる二人の男女は、私の少し後輩にあたるが実際には九大の心理学系大学院を出て、現在大学で要職についているが、私に敬意を今も払ってくれているし、私もふたりの研究業績には一目置いていて、学会とかではフロアからいつも好意的なコメントをしてきた。

私は学部を法政文学部哲学科→立教大学院心理学専攻博士前期課程→東京大学大学院研究生(博士後期課後期課程相当)と何とも無茶なステップアップを分不相応にできたものなのだが、これはフォーカシングの領域で故・村瀬孝雄先生に評価され、英語力などからだけではとても及ばないところを、先生の東大への転出に伴い引き上げて行ってもらえたから可能になったこと(これゆえに旧帝大系の九州大学の前述の2人の院生と出会う機会を持てた)に過ぎない。

実際には教育調査統計については法政の夜学で学ぼうとしたものの、相関係数のところですでに行き詰まり、因子分析とかを自分で使うことなど全然足元にも及ばなかったか、幸い他の人の発表でそれらを使われても何とか理解できる下地にはなっている。

ちなみに私が立教大学院に合格するためには行動主義から認知心理学とか社会心理学まで独学で「原文で」読めるところまで何とか2狼して村瀬先生以外の実験系の教授たちをねじ伏せて乗り越えて可能になったものだ。

そのため、その後いくつかの大学で非常勤講師として教養課程の心理学の非常勤講師を務めさせていただいたが、我ながら「凝った」、踏み込んだ内容のものを私なりにかみ砕いて講義することはてきたと思う。立教に当時の大学院に入るためには帰属理論(Attibute Theory)についてまでかなり踏み込んだ理解ができていないと入れなかったから、教養の心理学でも、平然とそのへんまで教えていた。

自分なりに私の中学から高校当たりの成績は、得意不得意の差が異様に激しかったが(若干学習障害の気はあったかと思う)、親が自分の成績が良い科目(国語と世界史はダントツ)について全然褒めてくれない、そもそも私の成績に無関心で私の進路にもあまりに不干渉なゆえに私自身が「勉強すること」の意義についてあそこまで悩み苦しまなければもっと成績は取れたであろうアンダー・アチーパーだったとは思う。

東大大学院の講義や実習などでも、理解できなくて苦しむとかなくて、生粋の東大出身者を「頭の回転だけは優秀だな」というくらいにみていたから。

******

・・・何か自慢話的なものが長くなったが、夢の中で"It rains"的な構文の応用を探していて苦悶するというのは、恐らく、フォーカシングの領域で「雨ーが降る」という構文で言う「それ」が主語になる構文が「私は・・・と感じる」という構文における、日本語での「腹ーがー痛い」などという構文の「腹」の主語化の問題と関連している。

これはフロイトがいう"Es""(それ)いうものの"Ich"(私)とのの問題とも関連しているのだが、結局はフォーカシングにおけるフェルトセンスの、「私」についての主語と目的語についての問題に結びついている。

すなわち、フォーカシングにおいては、「私」がどう感じるかではなく「フェルトセンス(「その」感じ)が」どう感じているかについて「私は」どう感じるか、ということが肝心なのである。

・・・・何か、書いていて、これだけでは読者に独り言を書いている気がしてきたが、これらの問題については「入門・フォーカシング」と「カウンセラーこういちろうの雑記帳」では実に平易に解説していることなのでご心配なく、読んでみてください。

京都アニメーション放火事件

亡くなられた方々に謹んでお悔やみ申し上げます。

京都アニメーションは質の高い作品をたくさん出し、不安定て低給料と言われるアニメ業界の中で福利厚生もしっかりした会社です。

犯人は過去コンビニ強盗などの前科があり、今回は「作品に自分のアイデアをパクれらた」などと主張していたようです。通院していたという話もあります。

まだ情報が少ないので軽率な判断は慎むべきでしょうが、「思い込みが激しく」、「被害妄想」の傾向はあるでしょうが、「責任能力」はありそうだと思います。

●京都アニメーション公式サイト

なお、現段階でのこの会社への直接の援助の支援の申し込みは避け、作品を買おうという声がTwitter界では広まっています。海外ではクラウドファンディングの動きがすでに広がっています。

れいわ新選組山本太郎福島演説ノーカット

反論者にじっくり発言権を与えるデモクラシー。

 

2019年7月18日 (木)

北海道での安倍首相演説時にヤジで警察官によって排除された件についての政府答弁

「詳細は警察に問い合わせろ」で逃げて、原則論だけで逃げるなよ。

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れいわ新選組山本太郎、ネコのような生き方を説く

ネコのように周囲に余計な気遣いなどせず、気ままに生きる権利が欲しいものです。生きる「価値」とか「生産性」で人をはからないでいられる社会。

こちらからどうぞ。

 

安倍総理「お父さんは恋人を誘って、お母さんは昔の恋人を探し出して、選挙に行きましょう」・・・どこが「家族の絆が大事」やねん。

「夫婦そろって」「恋人一緒に」「近誘い合わせの上」「友達と一緒に」「おひとりさまでも」ならわかる。

こちらからどうぞ。

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れいわ新選組の提起する政策は決してポピュリズムではない。各党の中でMMTのいいところを取り入れた一番妥当な政策と思えてきた。

2019年7月17日 (水)

おしゃれな補聴器に子供が「かわいい!」と反応した話。

他の方のTLですが思わすほっこりしたのでまとめさせていただきました。

こちらからどうぞ。

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2019年7月16日 (火)

oppoというスマホメーカーは凄い

私は個人用と仕事用でスマホ自体を使い分けてきた(個人用の電話番号はみだりに教えたくないので)。

そのうち個人用はnifmoの富士通のにしてきたのだが、充電の消耗が至って早かった。そのくせ市販の充電器を受け付けないのであった。

そして、今度はついにガラス板が外れてしまった。そこでsimそのままで機種交換。

oppoという聞いたことのないメーカーのものだったが、値段の割にデザインがよさそうだったのと、電池が長持ちをうたい文句にしていたので、AX7という機種にした。

これは完全に期待以上だった。

これまで私用にiPhone 6 Plusを使っていたのだが、これと優らずに劣らないのた。

CPUはiPhoneに負ける筈だが使い勝手の上では結構サクサク動く。そして電池の方は宣伝どうり凄い長持ち、3日はイケる。

「欅のキセキ」という軽めのゲームを入れたが、若干反応は鈍いかもしれない程度だ。

iSyincというソフトを入れたらiTunesとも同期できる。

ただし、ツインレンズにも関わらず、カメラは「芸術的な」iPhoneに負けるかもしれないし、手ブレにも弱いかもしれない。

いずれにしても、下手な高価格Andoroid機種を超える高性能で、コストパフォーマズは実にいいといえるのではないか。

実売で何と2万円以下の場合もあるのである。

oppoというメーカーは日本では上陸したばかりのようだが中国のメーカー。中国ではシェア第1位、世界士シェアすでに第4位だそうだ。

Twitter上でフォロアーしてくれている人からの情報によると、ウインブルドンでは客席はoppoだらけだそうだ。

おススメである。

2019年7月15日 (月)

対人援助職の人は、「使命感」から仕事に励んでいるのはよくない・・・という大逆説

これも「カウンセラーこういちろうの雑記帳」で少し触れたことなのですが、今の私なりの言葉で拡大敷衍しましょう。

 

・・・これは心理カウンセラーも同じことですね。

「使命感」で薄給に耐えて仕事してませんか?

親や配偶者の給料をあてにしないと生活できていないのではないですか?

自分の仕事に「専門職」としてもっと「プライド」を持ってもいいのではないですか?

中井久夫先生が、確か「軽症境界例について」という論考で述べています:

「なぜ精神科医をしているのかと患者に尋ねられたら、『ただ日々の糧を得るため』と答えられるべきである」

究極の大逆説です。

「使命感」から仕事をすると、クライエントさんを必要以上に「退行」させ、自分で自分なりに問題に取り組もうという意志をむしろ阻害してしまいます。

そうやって「期待」させておいて、救世主のように称えられ、依存させていると思っていたら、何かのはずみで「期待」に応えれなくて、今度は憎しみを生む。「陽性転移」から「陰性転移」への逆転なんてそんなものじゃないですか?

いわゆる「境界例人格障害」は、もちろん成育歴(親の隠れた虐待なども含みます)や、生まれ持った生理的・神経学的要因もあるでしょうが、歴代精神科医や歴代カウンセラーによって、いっそう「こじらせられた」状態かもしれないと思います。

*****

やりがいに「見合う」だけの報酬が得られるのなら、真のプライドが持てるはずです。

クライエントさんにしても、特にうつ病圏の人は、「使命感で」仕事をしようという呪縛にとらわれている気がします。

人に認められようするために仕事しようとするのは「不健全」です。

「自分のための」人生です。

仕事以外のパーソナルな世界のために「投資」できるくらいの余裕が持ててこその人生です。

・・・それができないのなら、それこそ選挙で、対人援助職の雇用の安定と賃金の増加に少しでも貢献してくれそうな候補に投票して、主権者としての権利を行使するとか、国会議員に請願するとかしたほうがいいかと思います。

これ、批判を覚悟で書いておきますね。

2019年7月14日 (日)

エリオット S.ヴァレンスタイン著「 精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構」(1)

やっとこちらで書いた予告の約束を果たせる時が来た。

この著作は、少なくとも精神科で使われる薬の処方について最低限の入門的知識とそれに関わるとされる神経伝達物質仮説についてのこれまた入門的知識(統合失調症、躁うつ病、うつ病、不安神経症だけでいい)を持っている人にとっては、非常に興味深く、かつ実に読みやすい本だと思う。

それこそ、最初の統合失調症薬がクロルプロマジンやハロペリドールであり、躁うつ病の最初の薬がリーマス(炭酸リチウム)であることを知っていればいいというレヴェルである。

訳もいいのだと思うが、恐らく原文そのものがいたって読みやすいものなのではなかろうか。

 本書の前半は、そうした薬が、ほとんど偶然に発見され、素朴なまでの臨床適用が実験的に進められ、普及するまでの歴史についての、実にわかりやすい通史となっている。

そして、精神医学的症状が、脳内の神経伝達物質のバランスである、という今日主流となっている仮説となる経緯についも、実に見通しがいい解説がなされている。

そして、黎明期の製薬会社の宣伝の在り方についても。

これらの内容は、私にとっては何ら新奇なものではなく、少なくとも断片のつなぎあわせとしてはたいてい知っていた事柄だが、こうやって「通史」として読めるとなると、実にいい頭の整理となる。

筆者は長年精神科薬物の脳化学的機序についての研究に取り組んできた人であり、単純に薬物療法を否定するために書いているわけではないことは言い添えておきたい。

中盤以降を読むのが楽しみである。

続きはこちら

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カウンセラーは、自分の中に生じる「違和感」とうまくつきあえねばならない

またもや10月末刊行の「カウンセラーこういちろうの雑記帳」のネタばらしですが、今回はその本・・・15年ぐらい前に当ブログで書いたことをまとめたもの・・・・を、今の私なりの表現で、書き改めてみましょう。

カウンセラーは、クライエントさんの話を、気持ちに寄り添うように「受容的・共感的」に聴いていくわけですが、これって、クライエントさんの身になるほどにカウンセラーの中に共感が増していくプロセスになるとは限らないんですよね。

もとより、話を更にじっくりと聴いていく中で、受容できる「接点」が見つかることも少なくないし、時には「それってどういうことなの?」などという誘い水がいいきっかけになることはあります。

しかし、特にフォーカシングを学んだカウンセラーというのは、ひとつ「厄介な(?)」問題を背おいこむことになります。

その場にいて生じる、「言葉にならない漠然とした『違和感』」にも敏感になるのですね。

これが、クライエントさんを「受容・共感」しようという姿勢と葛藤を起こしやすくもさせるのです。

この「違和感」にカウンセラーがいかに自分の中で対峙できるかが重要となってきます。ある意味では、その「違和感」をあっさり「自己受容」できる方が望ましい。そうでないと、カウンセラーは、ロジャーズの言う「自己と経験の不一致」を抱え込むことになり、これはまわりまわって言葉の調子や非言語的にクライエントにも伝染して、今度はクライエントさんの方が自分がほんとうに感じていることはなく、カウンセラーの歓心を買うことばかりを話す傾向を生み出す可能性があります。

このことを回避するためには、カウンセラーは自分の中の違和感をむしろ大事にして、認めてあげる(アン・ワイザーのいう"acknowledging")のがいいと思います。

そうすると、クライエントさんにもっと話してほしいと誘い水をかけるポイントとかがつかめるようになります。

この際、「あなたの言うことがわからない」などということでは言うまでもありません。「自分が違和感を感じるのは、もっと大事なことを聴けていないか、共有できていないからだ」という姿勢で臨むことが大事です。

さらに言えば、この違和感を、「関係の中で」更に積極的に活用することも可能です。

例えば、

「このクライエントさんに、私は今『いらいら』させられている。でも、今クライエントさんは、日常の中で、相手を『こういうふうに』いらいらさせる形でしかコミュニケーションとれないでいるのかもしれない」

・・・とか。

これだけで、カウンセラー自身の中に、クライエントさんに対する同情心と「いたわり」の気持ちを持つ心の余裕が生じます。

私の場合、こうした時に「それは、家族とか上司とか恋人と繰り返し感じてきたものではないですか?」などと「解釈」めいたことは決してしません。

実は上記のような仮定を立てて接するだけでも、どいうわけか、クライエントさんはいつの間にか、それまで話してこなった、カウンセラーにとっても共感しやすいエピソードとかに、本人にも自覚すらないうちに、語りだしたりするものなんです。

これを私は「空気伝染」と呼んでいます。

*****

まあ、この先の更に進んだ取り組み方のレヴェルもあるのですが、そのへんは本を買って読んで下さい(^^)

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人は生きているだけで価値がある存在である

れいわ新選組の山本太郎代表の政権放送。

埋め込みでは表示できないので、もう一つ先までクリックしてください。

「人は生きているだけで価値がある存在である」

この言葉だけで重いと思います。

比例区は「山本太郎」で行こうかなー

この政見放送でも説明されていますが、比例区は「れいわ」と書かなくても、「山本太郎」でいいんですよ。

2019年7月13日 (土)

中島みゆきの「エレーン」「異国」

やっぱり「カウンセラーこういちろうの雑記帳」のネタばらし少ししておきましょうか。

みゆきのアルバム、「生きていてもいいですか」に入っている「エレーン」と「異国」という対になった2曲について。

私の今度出版する本では、著作権許諾の上でこの2曲の歌詞を引用しつつ論じた章があります。

これら2曲の背景に、みゆき自身が体験した、ヘレンという名の外国人娼婦との逸話があることは、知ってい折る人は知っているけど、知らない人は知らないのではなかろうか?

このエピソードについては以下のみゆきの本に述べられている:

みゆきの曲の中でももっとも暗い曲に部類するかもしれませんが、これほど深い「共感」と「悼み」の曲は珍しいかもしれません。

いや、私がこの歌を題材にしたのは、この曲が「カウンセラーにありがちな浅薄な『共感』」など吹き飛ばす曲だという観点からのものでした。

 ●中島みゆきさんの「エレーン」という曲( 鮎沢郁弥の夏のカケラ)

 

 

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"responsibility"とは"response-ability"

"responsibility"とは"response-ability"すわち「応答能力」のことだと思う。

”accountability”と近いだろう。

「それは違うと思う」「それは私にはできない」でもいいと思うし、最低限「読んだよ」でもいいと思う。

TwitterやFacebookのレスには「いいね!」ボタンという便利なものがある。

私はresponse-ability"を果たしてくれない「沈黙」が大の苦手であり、耐え難い苦痛であり。孤独である。

批判されでこき下ろされる方がナンボカマシで、耐えられるし、感謝も信頼もできる。

これは少なくとも欧米社会ではまず見られない事柄ではなかろうか。

 「沈黙」されると、いちいち相手の気持ちを察して、「何かマズイことでも言ったかな」「場の空気を読めないでいるのかな」とか自責的におろおろしなけらばならなくなる。

大学院時代、そうやって私の発言に沈黙をもって応えられてばかりの時に、先輩に「つらい」と相談したら、「あなたの発言にみな圧倒されているのだよ」と言ってもらえて、随分救われたことがある。

「カウンセラこういちろうの雑記帳」より引用:

 人は、相手が自分のことを「理解していない」とか、「冷たい、拒否的な態度を取られる」ことには、実は結構耐えられるのではないかと思う。

一見「受容的」態度の結果、「自分が自分でいられなくなること」にこそ、人は絶望するのではないか。

ある意味で、その人を、より深く自己理解しようという方向へ導けるのは、その人自身だけであるし、それは、その人の「権利」ではあっても「義務」ではない。
その、『権利』を行使するための単なるお手伝い、それがカウンセリングではないか。

 

2019年7月12日 (金)

3冊順次刊行は、私の心身に相当な負担になっているようだ。

「入門・フォーカシング」、「セーラームーンの精神分析」に引き続て、「カウンこういちろうの雑記帳」についても初校を終え、出版社に送り出してしまったのが一昨日である。もう後には引き返させない。

このことは、私の心身に相当な反動を生じさせているようで、本日も寝られる時間は寝てばかりいた。

いろいろ夢を観たが、細部は忘れてしまったし、覚えている部分も、ネット上の私の知り合いとの関係に踏み込んだ内容なので、今回は紹介を遠慮させていただくことにしたい。

いずれにしても、本を出すって、多かれ少なかれ、自分の内面をさらけ出すものだかrら、そのことへのプレッシャーって、そうとう覚悟せねばならないことだよ・・・とは皆さんに伝えたい。

 

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

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     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

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     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

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     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

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     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。

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フォーカシングの本1

フォーカシングの本2