2010年2月 6日 (土)

「臨在」="presence" (第2版)

 今年秋9/24(金)-26(日)に、熊本市の熊本大学で開催される、日本人間性心理学会第29回大会の1日目、24日に開催される一日ワークショップの分科会のひとつとして、不肖私が、フォーカシングの講師を務めさせていただくことを受諾いたしました。

 恐らく、すでに昨年、佐賀県教育センターの研修会で確立した方式に更に手を入れて移植するやり方をとらせていただくことになるかと思います。

*****

 さて、私の永年のフォーカシング観の基本にあるのは、

 「ひとりでフォーカシングできるようにならないと、フォーカサーとしても、リスナー・ガイドとしても十分に機能でき、現実の日常生活の中で持続的な変化と影響をもたらす領域に到達できないのではないか」

という発想であることは繰り返して述べてきました。

 なるほど、リスナーがいる方がフォーカシングのプロセスは「よく廻る」ことが多い。しかし、そこで体験した気付きは、そのセッションの場を離れ、日常に戻ると、実感の裏付けを喪失し、まるで全くの虚妄であったかのような「反動」に襲わせる危険がある。

 このことは、実は、少なくとも病理水準的に重篤なクライエントさんにフォーカシングを試みると、単にセッションのその場でうまく進まないばかりではなく、(恐らくセッションの最中には順調に進んだかにみえても)予後が悪化する場合が少なくないという形で、フォーカシングを学んだ多くの臨床家が手痛い思いをして気がついているはずのことです。

 この問題に公然と警鐘を鳴らし続けてきたのは、日本では、増井武士先生、田嶌誠一先生のお二人だけでしょう。

 さもなければ、フォーカシングはとっくの昔に、現場臨床に幅広く普及しているはずです(きっぱり)

*****

 なぜこうしたことが生じるのか?

 それは、フォーカサーの体験しているフェルトセンスは、単にフォーカサーが「内側で」体験している感覚についてのフェルトセンスではなく、セッションの「その時に」「その場で」フォーカサーが置かれた「外的状況」について身体で感受したフェルトセンスとしての側面を大幅に持つからです。

 当然そこには、リスナー/ガイドの側が、セッションのその場をどのように体験しているかというフェルトセンスも、フォーカサーに間接的に大きく影響してくる。

 ある観点からすれば、フォーカサーのフェルトセンスは、リスナー/ガイドが、フォーカサーへの「感情移入」のつもりでいて、実はフォーカサーへの「投影同一視」に他ならないかたちで「共有しているつもり」=実は「押し付けている」フェルトセンスによって暗々裏に「汚染され」続けているのであり、仮にそれが「心地よい」「普段ほど緊張しない」体験であったとしても、「フォーカサー自身の」体験ではなくて、セッションという「場」に「巻き込まれた」結果として生じている、一種の嗜癖的・麻酔的な解放状態に過ぎない場合が大いに考えられるわけですね。

*****

 少なくとも、私個人は、過去二十数年のフォーカシング経験の中で、自分自身の中に、他者をリスナーとした場面では決して生じてすら来ないフェルトセンスの領域というものがあり、その領域は、時と場合によっては、孤独の中で自分自身で向きあってあげないまま、もし仮に2日3日放置しようものなら、もう、自分が何をしでかすかわからないくらいくらいであることをよく知っています。いわば、他者の「絶対不可侵」領域です。

 そして、私以外のすべての人にも、安易な共感や受容にむしろ容易に傷つき、むしろ他者をはねつけかねないくらいの「トップ・プライベート」な心象域があり得るという仮定を持っている。

 サリヴァンならば、「プロトタクシス的(prototaxic)」と呼ぶかもしれない。しかし、この領域を、単に「自閉的」だとか発達論的に一番未熟とのみ位置づけるのは基本的な誤りであるというのが私の考えである。

 「パラタクシス的(parataxic 私なりの意訳をすれば「相互転移的=投影的二者関係の次元」)」と「プロトタクシス的」の間にある「自我境界」の重要性があって、人は個人としての人として自分を体験可能なのではないか?

(サリヴァンの原義に従えば、プロトタクシス的というのが、むしろ自他未分化な状態を指すことを承知の上で、「自他未分化」と「自他分化」自体が曖昧な領域という、いわば国境沿いの「緩衝地帯」を保全すべきという意味で理解していただくと助かる)

サリヴァン/現代精神医学の概念(中井久夫訳)

 その「超個人的」領域には最大限の敬意を払い、その存在を「仮定しつつも、敢えてこちらからは触れないでおき」、本人が「そこ」から生起したものを「関係の中に持ち込もう」という内発性を示し、「差し出してきた」場合にのみ、非常に控えめに、全く自然に(バリントのいう「友好的な空間」と化して)応答する(非言語的な反応のみを含めてでいい。しかし相手にはっきりと「伝わる」必要はあろう)のがふさわしいと考えている。

*****

 こうした現象が認識されないままだとどういう事態が生じるか? 

 たいていの人たちは、フォーカシングのワークショップから去っていくであろう(きっぱり)。

 一部の、セッションでの「いい体験」が忘れられない人たちは、足繁くワークショップに通うかもしれない。しかし、その人の現実の日常生活は一向に変化しないだろう。

 ・・・・もっとも、「フォーカシングのワークショップに通う」という「憩いの場」は生活の中にひとつ増えたかもしれないが(^^;)

 それは「嗜癖的な」依存状態であるか、それとも、「フォーカシングのプロセスそのもの」ではなくて、「フォーカシングの集いの」に癒されている状態であるに過ぎない。

 それどころか、フォーカシングは、「言葉にならない、漠然としたかすかな違和感」に敏感になる技法である。

 これは、ひとつ間違うと、特に日本のようなムラ社会では、「自分に取って漠然とした違和感を感じさせる参加者を無意識のうちに、『場の安全』の名のもとに排除しようとする」集団力学を生み出す。

 (何のことはない、実は、そのグループのトレーナー格の人たち自身がキャパが一番低い『小(こ)山の大将』で、容易に参加者に気持ちを揺らされる程度の状況から身を守ろうとしているだけの場合すら少なくないと思う。つまり、はじめての一般参加者の方が実はタフで柔軟な受容性があるという、笑うに笑えない事態である)

 こうして、フォーカシングを「最も必要としている」人たちはグループの場から疎外され(あるいは去って行き)、もはやフォーカシングを自己成長のために役立てる感性が麻痺し、狭いムラ社会の中での矮小な自己愛的プライドを暖めあう人たちばかりによってフォーカシングのグループが成立しがちである・・・・・可能性を真剣に振り返る意味があるのではなかろうか?

 もとよりこれは、フォーカシングに限定されない、古今東西、およそすべての流派の教団や教育システムや心理療法流派が陥りがちだった通弊なのであり、そうした集団と関わりつつも、したたかに「どっこい生きてく」一部の人たちが、そうした集団の健全性を支え、再生させ続けてきたのも確かであろうが。

*****

 以前の私は、自分がリスナー/ガイドをしたセッションが、実は「私が」満足し、「私に」シフトを引き起こすことに貢献しつつも、フォーカサーには、ひとときの気付きの体験の援助はできても、その直後に先述の脱実感的な「反動」までは生じさせなくても、その後のその人の人生を、漠然とした違和感に敏感なのにそれを周囲とうまくコミュニケートに生かせないだけの「生き辛い」ものにしてしまったいるだけではないのかという疑念を容易に振り払えなかった。

 今にして思えば、それは、他ならぬ私が、そうやって自分のフェルトセンスに敏感であることと、現実の他者とのコミュニケーションとの間に、ある齟齬を来たすことの限界を今より遥かに強く感じていたからに他ならないと思う。

 もとより、フォーカシングを学びだしてほんの1年めに私に生じた外の世界とのとの関わりの変化はある意味で十分劇的だった。自分の感性を信頼し、自分を肯定し、そして、自分の気持ちを載せた形で言語表現する能力飛躍的に上昇した。

 それがなければ、例えばあの、ある意味で「オーバークオリティ」過ぎて編集者を困惑させた可能性が高い、伝説的な(?)アニメ論投稿者としての阿世賀浩一郎はこの世に存在しなかったろう。その時代にすぐには評価されなかったが、後には的確な位置づけがなされ、若い世代や外国のアニメファンには高く評価されるようになった作品を、私はどれだけ「孤高のスタンス」で援護できていたことになるのか?

 しかし、私は、そうした、フォーカシングを通して抜きん出て開発されてしまったいくつかの自分の能力と、それ以外の点での未熟さや社会経験のの乏しさの著しいギャップと戦い続け、それを一歩一歩、小さな勇気と忍耐を持って埋めていくために、現実生活の中で少しずつ打撲を負い、血を流し続け、時には人を傷つけてしまう人生を、その後送らざるを得なかったのである。

 その意味では、フロイトが精神分析について語ったのと似たことを、私もやはり皆様にお伝えするしかないかもしれない。

 フォーカシングを学ぶことは、あなたに「牧歌的な幸せ」を約束することだけは、決してないであろう・・・・と。

 「牧歌的な幸せ」を味わえていると感じたら、その分だけあなたは誰かを押しのけ、傷つけていることに無感覚なだけではないかと我が身を振り返り続けることをこそ、私はお勧めしたい。

*****

 最後に、ジェンドリン自身の言葉を紹介したい。

 「セラピープロセスの小さな一歩」と題するエッセーからの抜粋ですが、1988年にベルギーで開催された第1回クライエント・センタード・セラピーおよび体験過程療法国際会議での講演に基づき作成されたものである(池見陽訳)。

ジェンドリン/セラピープロセスの小さな一歩―フォーカシングからの人間理解(池見陽 編/解説)

 日本ではこの論文と同じタイトルの著作↑に収録されているが、この論文集には、ジェンドリンの体験過程理論の第一基本文献である「人格変化の一理論」も、旧村瀬訳を基本としたある程度の改訳(私見では更に徹底的な再吟味が十二分に可能である)の上で収録されている。

==========引用はじめ 太字化および[  ]内はこういちろうによる==========

私が言わなければならない、最も大切なことから始めよう。
すなわち、人とワークすることの本質は、
生きている存在としてそこにいること(to be present)です。

そしてそれは幸運なことです。なぜなら、
もしも私たちが頭がいいとか、善良であるとか、
成熟しているとか、賢明でなければならないのなら
私たちは恐らく困ってしまうでしょう。
しかし重要なのはそれらではありません。
重要なことは
別の人間と共にいる人間であるということ。
相手をそこにいる別の存在として認識すること。
たとえそれが猫や鳥であっても
もしも、あなたが傷ついた鳥を助けようとしているのなら
知っておかなくてはらない最初のことは、
そこの誰かがいるということ。
そしてその「人[=person?]」、そこにいるその存在が
あなたに接触しようとするのを待たねばなりません。
それは私にとって、最も重要なことのように思えます。

(中略)

私が情緒的に安定していて、
しっかりそこにいる必要はないのです。
私がただそこにいることだけが必要なのです。

私がどういう人でなければならないという資格はありません。
大きなセラピープロセスや、大きな成長のブロセスにとって望まれることは、
そこにいようとする人なのです。
そこで私は「それならなれる」と確信して来ました。
たとえ私は、一人でいるときに疑いをもつにしても、
ある種の客観的な態度で、私は、
私が人であることを知っています。


(中略)

フォーカシングであれ、リフレクションであれ、他のものであれ、
二人の間に挟み込んではならないのです。

それをはさみこみとして使ってはならないのです。
「僕はリフレクション法があるからここにいてもいいんだ、
僕は卓球バトルがあるから君には負けない、
何か言ってみろ、返してあげるから」と言ってはならないのです。
武装しているという感じになってくる。
そうでしょう。
私たちには方法があるし、
フォーカシングも知っているし、
資格も持っているし、博士号ももっている。
私たちはこんなものをいっぱいもっています。
だから、二人の間に、こういうものをはさみこんで
座っておくのは簡単なことです。
はさみこんではならないのです。
それをどけなさい。
クライエントが持っているくらいの勇気はもてるでしょう。

(中略)

それは、ますます専門化する、つまり役立たずで高価になる[心理臨床という]分野で
とても必要なのです。

(後略)

========引用終わり========

 もちろん、ジェンドリンは技法というものを否定しているわけではない。そのあたりのことは実際に本論文の私が敢えて引用から省略した箇所をお読みいただきたい。

 重要なのは、ここでいう、相手と共に「そこに-いようとすること、すなわち"presence"である。

 ジェンドリンは「しっかりとそこにいる」とか「情緒的に安定している」必要はないと述べている。

 しかし、それは「ただそこにいさえすればいい」ということとは遠く隔たった状態であろう。

 この点で、「プレゼンス」というカタカナ語をふり回す、日本でのこの概念をめぐる議論は何か基本的に空疎であると私は感じている。

 なぜなら、「プレゼンス」という言葉に、肌になじんだ実感ない人間同士の論議だからである。それは現場実践臨床とは無縁の、ただの訓詁学(くんこのがく)であるに過ぎない。

 少なくとも、学校の授業で出席を取られた際に、

"Hi,Sir.I'm present."

と何も考えずに口をついて出る人間であることが大前提ではなかろうか?

 それくらいなら、例えば・・・・だが、「その人が具体的な人格を持った他者としてそこに存在しているという確かな実感」などと、各人各様に実感を込められる言葉に置き換えて語り合う方がよほど有益だろう。

*****

 私は、かつて、ジェンドリンの"presence"という言葉に「臨在」という言葉を当てることを提案したが、フォーカシング関係者には「やや宗教的に響きすぎる」と評判が悪くて、今日に至るまで省みられてはいない。

 しかし「臨床」という概念と非常に接近した用語法であるし、何より、「臨在」という言葉には自然と具体的な「関係性」が含意される気がする。

 そして、ひとりでのフォーカシングに立ち戻れた時の私は痛感するのだ。

 「やっと、『君』のそばに戻った」

・・・・と。

 それは、旧約聖書において、「アブラハムよ、どこにいるのか?」という神の声に、アブラハムが「ここにおります」と答えるまでに何らかの「インターバル」がありそうなことを連想してしまう。

 つくづく私が思っているのは、スピリチュアリティとは、スピリチュアルなものを別段高尚で深淵で特別なものとみなさないこと、あるいは、およそどのように世俗的で猥雑な現実の中にも聖なる真実があることを受け入れる、ある種ポストモダン的な平準化の中にこそあると思えてならないのだが。

 ・・・・ということで、何を今さらですが、

And the people bowed and prayed
To the neon god they made.
And the sign flashed out its warning.
In the words that it was forming.
And the signs said."The words of the prophets are written on the subway walls
And tenement halls."

And whisper'd in The Sounds of Silence.

●Simon & Garfunkel - Sound Of Silence

 

Original Album Classics: Sounds of Silence/Parsley Sage Rosemary and Thyme/Bookends

セントラルパーク・コンサート [DVD]

*****

 そして、"presence"ということの本質をあまりにも見事に描き出した名歌を、日本人は持っているではないか。

 これ以上でもなく、これ以下でもないのが、"presence"だと私は確信する。

 そして、こうした人間が要所要所にいれば、セラピーなどというご大層な人工物を、さも意味ありげに、かつ有り難げにふりかざさなくても、現代日本の諸問題の大半は解決しているはずである。

●乙三. / 空と君のあいだに 【乙三.arrange】(YouTube)

 asegaの日記の方ではすでに一度紹介していますが、安達祐実が今度は教師役になってます。埋め込み無効ですので、まだご覧でない方は是非リンク先をどうぞ!!

中島みゆき / Singles 2000

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2010年1月25日 (月)

私自身の湘南での開業時の動画メッセージをYouTubeで公開しました

 ジェンドリン先生の後にご紹介するのは誠に僭越ですが、私が5年前に湘南で開業した当時から、サイトには.wmv形式でアップしていたものです。

 今の方が10キロ以上痩せていて、スマートなので、ちょっと恥ずかしくもあrるし、それこそ、まだ、「ひらひらとした余計なものがついている」度合いが高く、力みも感じるし、実際のカウンセリングの技の熟練は現在にも遠く及ばなかったという反省しきりですが、ポリシーだけは、今の私と何も変わっていないという実感が十分にいたしました。

 私のフェルトセンスがGO!!を出しましたので、公開させていただきます。

●フォーカシングとは?(YouTube)

 ↓ ご参考までに、今日現在の私の近影です(^^)

Video_call_snapshot_16

 ↓ もう一枚。

Snapshot100125b

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2009年12月16日 (水)

田嶌誠一 著 「現実に介入しつつ心に関わる」

 この際はっきりと言明させていただきたいが、私の臨床心理学上の恩師は、言うまでもなく、ジェンドリンの「フォーカシング」「体験過程と心理療法」の一介の一読者に過ぎなかった私を「拾ってくださった」、故・村瀬孝雄その人である。

 その意味で、私は村瀬孝雄の「後継者」としての責任を、少なくとも近田輝行さん、日笠摩子さん、村里忠之さんと同じくらいには担うべき宿命を背負わされていると自負している。 

 そして、精神医学を含めた意味での治療者のあり方において、私の「神」なのは、未だにお姿すら拝見したことがない中井久夫先生である。

 フォーカシング・トレーナーとしての偉大な先達にして、敢えて"fellow"とお呼びしたいのが、初対面の時から異様な意気投合に到達したアン・ワイザー・コーネル女史である。

 そして「臨床の母」というべきは、孝雄先生の奥様、村瀬嘉代子先生である。・・・・もう、お明かししたい心境になったのだけれども、私にこの言葉を下さった時、私の中で、この数ヶ月で急激に進行した、決定的なターニングポイントがはじまった。今後、私なりの形で、嘉代子先生の「統合的アプローチ」を追いかけていくことになると思う。

 最後に、私が若い頃から声をかけてくださり、一緒に飲ませていただき、九州に戻ってからも色々相談に乗ってくださった、私にとっての、あまりにも頼もしい、「現場心理臨床の兄貴」、それが、現九州大学大学院教授の田嶌誠一先生である。

****

 この田嶌先生がカウンセラーになるまでの経歴は、田嶌先生にある程度身近に接した人の間ではすでに「田嶌伝説」として知れ渡っているであろうから、ここで公開しても何も差し支えはあるまい。

 福岡県大牟田市の三池の炭住街の生まれ。十代はそこそこ不良でした(^^)。パチプロを目指したこともあるそうです。しかし、高校時代のある時、突如心機一転して猛勉強、九大を目指します。

 そして、催眠療法や臨床動作法であまりにも著名(臨床心理士登録番号「1」)な、日本を代表する心理療法家、成瀬悟策先生門下の逸材として、最初 は病院心理臨床で、重篤な患者さんとの面接のキャリアを積む中で、深い変化を静かに引きおこししつつも、患者さんの自我を危機に至らせない「安全弁」を持 つ、独創的な心理療法、「壷イメージ療法」を開発。

 続いて九大で大学学生相談を担当、深刻な精神疾患、暴力や引き籠もりの学生との関係作りに、他の誰にもまねができない独創的かつ積極的なアプローチで成果を重ねます。

 引き続き、文部省のスクールカウンセラー事業の草創期に、もっとも荒れた中学校を担当、教師、家族、生徒たち全体を巻き込む「ネットワーク型アプ ローチ」を導入して、学校の空気そのものを一変させ、少年院送りを繰り返す水準の不良生徒たちからも卒業時には崇敬を集めるという、神がかりな活躍をなさ いました。

 そして、現在取り込んでおられるのが、多くの場合、家族からの虐待から保護された子供たちが収容される、児童養護施設内部で陰惨に繰り広がられてきた、「施設内暴力」を一掃するシステムをコーディネートすることなのです。

 日本の心理臨床の生んだ、空前の「現場で行動する臨床心理士」、それが田嶌誠一先生です。

*****

 田嶌先生の新著について、かなり前からこのブログで記事を書くとお約束しながら、私自身が急激に多忙化する中でなかなか果たせないで来ました。 

●田嶌誠一:「現実に介入しつつ心に関わる -」(金剛出版)
ISBN:978-4-7724-1103-5

 

現実に介入しつつ心に関わる―多面的援助アプローチと臨床の知恵

(楽天ブックス)

 講演記録を元に、新たに書き下ろされた、児童施設内の暴力問題への対応についてを中心主題とする、本書冒頭の「総論に代えて 現実に介入しつつ、心に関わる」以外の論考は、その大半について、先生が最初に学会発表されたその場に臨席もしたし、学会誌でお読みしている。

 冒頭の章の概要そのものも、先述の記事で書いたように、先生に直接お会いする機会を持たせていただいた時にうかがっている。

 今回、実際の著作の内容と照合しても、その内容の最低限のイントロダクションの意味は、すでにあると思えたので、ご参照下されば幸いである。

*****

 そういう意味で、「ライブ田嶌」先生からすでにうかがった内容のほうが私の中で大きなインパクトを占め過ぎているために、どうもこのご著書の内容を改めて客観的に概説するとなると、私は心境的にちょっと重荷になりすぎる。

 ただ、申し上げたいのは、先述の、今回書き下ろされた、冒頭の「総論に代えて」の持つ、凄まじいまでのインパクトと、そこに示された先生の決然たる問題提起だけは、是非、多くのカウンセラーの皆様に、実際に目を通していただきたい。

 ・・・・こんなカウンセラーが、この世にいるのである。

*****

 いくつか、この「はじがき」と最初の章から、田嶌先生の言葉を、アフォリズム的に拾い上げてご紹介することとします:

=======以下引用========

 「私は、当事者のニーズの応えること、そしてできればもっとも切実なニーズに応えることを心がけてきたつもりである」(p.5)

 「現場のニーズを、『汲み取る、引き出す、応える』ためには、心理臨床家が従来のようにもっぱら心 の内面や深層に関わるという姿勢(それも必要ですが)のみでは不十分で、『現実に介入しつつ心に関わる』とそれに基づく多面的アプローチが必要となります。これは、心理臨床が生き残れるかどうか、換言すれば心理臨床が社会に貢献できるかどうかに関わる重要なことだと私は考えています」(p.12)

 「しばしば間違えるのは、学校の先生と保護者とが『原因は何でしょう』と話し合うことです(中略)。すると、お互い内心は『こいつだな』と思っているわけです。そうすると、連携がちっともうまくいきません。
 それよりも、この子が元気になるために学校に何ができるか、保護者に何ができるか、それを一緒に話し合うというスタンスでいきますと、割合、無難な対応ができます。(中略)
 保護者の力、担任の先生の力、生徒たちの力、そして相談に乗った私と、いろいろな人がネットワークを活用してその子の援助をしていくという形になります。これが『ネットワーク活用型援助』です。心の内面だけではなく、現実に介入していくわけですね」(pp.18-9)

 「[まずは]いじめという現実がなくならないといけない。その解決は、いじめが沈静化する必要があ る。完全な解決かどうかはともかく、とりあえずいじめがなくなる[ように、その学校内のネットワーク・システムに介入する]。その後、本人の心を扱うとい う形をとる。これが『現実に介入しつつ、心に関わる』ということの例のひとつですね」(p.19)

 「このように、いじめなどがそうですが、必ずしも本人が変わるべきではなく、周囲が変わるべきである場合もあると考えるようになりました(中略)。今では問題は、『主体と環境の関係』だというふうに言っています。主体と環境、つまり、内的環境と外的環境があって、その心、内面の問題は内的環境との関わりの問題なのだろうと考えるようになりました」(pp.19-20)

 「大事なのは、『個人の心理や病理』だけではなく[学校や地域の]『ネットワークの見立て』どということを強調しているわけです」(p.20)

 「[施設内暴力]に加担した加害児のうちのひとりは、1,2年前まではそのボスからおしっこを飲まされたり、散々いたぶられています。つまり、かつての被害児が加害児童になっているわけです」(p.25)

 「施設では多くの場合、[マズローの言う]『安全欲求』が満たされていないわけです。これは成長の基盤です。だから[まずは、施設内での]暴力をなくさないといけない。しかしこの理屈が意外と臨床心理の人に通りが悪かったんです。つまり、こどもたちが暴力を振るうのは、心の傷があって、それをケアすることが大事なんだという発想が強すぎて、理解が進まないんですね。心のケアは大事だけど、その前に、暴力を使わないで暴力をきちんと抑えるということが必要です」(p.27)

 「それらの問題行動は、過去の虐待や苛酷な教育環境への反応として、反応性愛着障害や発達障害の兆候として理解されてきたように思います。(中略)
 しかし、それらの問題行動は、子供間暴力(児童間暴力)や職員からの暴力等の、その子が現在[施設内で]置かれている状況への反応である可能性があるということになります。(中略)入所前に受けた虐待が主なる原因ではない」(p.27)

 「『愛着』や『トラウマ』関係のどの本でも、安心・安全が重要であると述べられていますが、その安心・安全を施設で実現していくことがいかに大変なことか、どうやって実現していったらいいかということが、まったくといっていいいほど言及されていないのです」(p.37)

 「[施設内暴力という問題それ自体に対する]専門家によるネグレクト、大人によるネグレクト、そして社会によるネグレクト」(p.38)

 「私は臨床家ですから、『告発者』としてではなく、外部から援助者として現場にうまく入らないとならない。そのためには、大変なエネルギーと技術が必要です。しばしば、「志は高く、腰は低く」という姿勢が必要です。そして問題を発見して、解決システムを模索して考案していくという順序になります(p.39)

======引用終わり=====

 田嶌先生が全国の児童養護施設に提案し続けている「安全委員会」システムとはどのようなものかについては、ネットでの情報などでは済ませずに、是非、実際に本書をお読み下さい!!

 なお、こうした被虐待児を一箇所に百名以上収容する施設など、欧米には存在しないとのこと。だから、解決策には輸入できるモデルなんてないそうです。

 「里親制度」・・・・欧米は基本的にそっちなんですね。

 日本にも里親制度はありますが、時折、里親自体からの子供への陰惨な暴力がマスコミ記事になることはたいへん痛ましいことです。里親と子供への、地域の個別の公的サポート(監視)体制が不十分すぎるんですよね。


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2009年11月26日 (木)

「フォーカシング事始め」(村瀬孝雄・日笠摩子・近田輝行・阿世賀浩一郎 共著)

 私自身が共著者の一人として名前を連ねて1章だけ書いているので、ご紹介するのは少し恥ずかしいのですけれども、それでもやはり、日本(特に関東地区)におけるフォーカシングの普及において、ひとつのターニング・ポイントになった本だと思いますので。

 それはどういうことかといいますと、本書が刊行(1995年)された少し前、フォーカシングの有力なトレーナーであるアン・ワイザー・コーネル女史が初来日され、ワークショップを開催しました。その時の実習と、当時ワークショップ参加者だけが購入できたアンさん独自の技法マニュアル(それが後に刊行されたものが、あの「入門マニュアル」「ガイド・マニュアル」です)を元に、東京の日精研などを舞台として、恩師、故・村瀬孝雄先生や日笠摩子さん、近田輝行さんたちと共に、そのアンさんの技法を自己掌中のものにするべく勉強会を重ねました。

 そうした中で、村瀬先生の立案で、アン・ワイザー法を詳しく具体的に紹介することに大部を割いた本を4人で1冊書くことになったのです。

 つまり、本書は、日本における、公刊された、アン・ワイザー法フォーカシング「事始め」でもあるのですね。

 日本フォーカシング協会設立の、少し前の時期のことです。

フォーカシング事始め―こころとからだにきく方法

●神田橋條治先生による本書の書評(「精神療法」誌 第22巻 3号掲載)

******

 次に、本書の目次をご紹介します。

  1. フォーカシングとは?(村瀬孝雄)
  2. フォーカシングの不思議な力(村瀬孝雄)
  3. 熟練した2人のガイドとのフォーカシング経験(日笠摩子)
  4. あるワークショップの記録(村瀬孝雄)
  5. フォーカシングを実際にやってみるために(日笠摩子)
  6. フォーカシングQ & A(村瀬孝雄・日笠摩子)
  7. フォーカシングの歴史と理論(村瀬孝雄)
  8. フォーカシングの諸相と日本・世界の現況(村瀬孝雄)
  9. カウンセラーがフォーカシングを学ぶことの意味(近田輝行)
  10. フォーカシングの「臨床適用」について(阿世賀浩一郎)
  11. 補章:谷川俊太郎の詩 「きもち」を借りてフォーカシングを解説する(村瀬孝雄)
  12. フォーカシングについてもう少し知りたい人のために(村瀬孝雄)

*****

 その後、私たちは、後続するジェンドリンや奥様のメアリー・ヘンドリックス(The Focusing Institute 現CEO)、アン・ワイザー、エルフィー・ヒンターコフ、ジャネット・クライン、ケビン・マケベニュ、バラ・ジェイソンらの著書や論文、ワークショップ(邦訳はありませんが、メアリー・マクガイア、ドラリー・グリンドラーをはじめとする人たちによる、重篤事例についての重要な論文があります)からさらに多くのことを学び、日本国内でワークショップ・セミナー・研究会を仲間たちと実施したり、それぞれの臨床・教育現場の中での適用を模索する中で、更に研鑽を積んで行きました。

 しかし、今回、本書を久しぶりに読み返してみたのですが、(自画自賛じみて申し訳ありませんが)、よくもまあ、この段階で、ここまでフォーカシングの当時最先端の潮流を咀嚼し、広範囲の視点から総合的にご紹介できていたなと、ほっと胸をなでおろした次第です。

 私たちの「フォーカシングの青春時代」は無駄ではなかった(^^)・・・・まだ、古くなってないです。

*****

 本書の中の白眉のひとつは、日笠さんが苦心の末に編み出した、当時のアン・ワイザー法に基づく「フォーカシング・フローチャート」(p.pp.124-6)でしょう。このフローチャートを観てみるだけのためですら、本書を借り出したり、購入する価値があるかもしれません。

 ジェンドリン自身のオリジナルのフォーカシング技法が、単純に要約された、せいぜい1,2ページのマニュアルとして配布され、「それがフォーカシングというもの」と学習者に思い込まれてしまって伝播したことの最大の弊害は、フォーカシングの手順というものを、「空間づくり」にはじまり、「フェルトセンスをつかむ」→「手がかりとなる言葉やイメージを見つける」→「見出した言葉やイメージが実感にぴったりかどうか共鳴させる」→「フェルトセンスに問いかける」→「受け止める」という段取りを、順序だてて進めたときにはじめてフォーカシングしていたことになる・・・かのような誤解を広め、それでは思うように成果が上がらないと諦められてしまう事態を招いたことでした。

 (このことが、ジェンドリンも望まない事態で、もっと柔軟な適用が肝心であることについては、ジェンドリン自身の著作、「フォーカシング」を丁寧に読み解けば、繰り返し説かれていることなのですが)

 アンさんは、ジェンドリンの技法をベースにしながらも、それをわかりやすくて「勘所」を明確にした「5つのステップと5つのスキル」に再構成しました。

 その結果、気がかりな「事柄」からであろうと、その時の漠然とした「身体の感じ」からであろうと、柔軟にフォーカシングを始められるばかりか、内側から生じてきたものは取りあえずなんでも「認めてあげる(acknowledging)」ことと、フェルトセンスから性急な言語化を引き出さないまま「共にいる」ことを重視する丁寧でかゆいところに手が届くものとなりました。

 この「認めてあげる」や「共にいる」は、実はセッションの最中のいたるところで提案される教示なので、実は番号を振って直線的に順序だてて説明することになじみにくいところがあります。

 更に、フェルトセンスから「遠すぎる(too distance)」状態になった人と、「近すぎる(too closed)」状態になった人(アンさんのいうフェルトセンスを「脱同一化(disidentification)」して感じられる状態が程よく維持できないという点では、どちらの事態も共通です)への臨機応変な介入も必要です。

 これらをすべて表現しようとすれば、もはやフローチャート形式をとって空間的な表現にして、必要あればあっちに行ったりこっちに戻ったりということを一望できる図版にするしかない。

 日笠さんを中心とした人たちが取り組んだこの「図版化」は、アンさんの技法書のどこにも出てこないオリジナリティあふれるもので、これがアンさん来日2年目で達成されたことは、再評価されてしかるべきと思っています。

 (アンさんの技法体系そのものも、その後進化を続けていますが、この段階でのアン・ワイザー法の、几帳面な丁寧さのプラス面は、フォーカシングを「意図的なスキル」として緻密にトレーニングする場においては、決して過去のものにされてはならないというのが私の信念です。このフローチャートは、私の主催するささやかなグループでの恒例の配布資料で、現在もあり続けています(^^)) 

*****

 さて、私が執筆した第10章ですが、のっけから「臨床家自身がフォーカシングを身につけ、日常の中で役立てられていないうちは、臨床現場での適用なんていうことは考えない方がいいのでは?」という、不遜なまでに挑発的なメッセージからはじまっています。

 さすがに若気の至りではなかったかなと、その後多少自己嫌悪に襲われ、長らく読み返さないでいたのですが(^^;)、本書刊行から14年を経て、一読者の心境で客観的に読み返してみたところ・・・・ほっとしました。私なりに十分にジェントルで丁寧な語り口で書けている。

 (つい最近、認知行動療法の大家、伊藤絵美先生が、これからCBTを学ぶ専門家への心構えとして、実にそっくりの表現を、著作でなさっているのに気がつき、安堵したというのあります)

 そして、当時はジェンドリンが書きつつある「フォーカシング指向心理療法」のdraftを村瀬先生によって手渡されて、その一部を読み解くぐらいの段階でしたが、私がその時点で言葉にできた「臨床現場でフォーカシングをどのように生かすか」という方向性に、その後ブレはなかった、完全に今日の私のスタイルへと繋がっていると確信できました。

*****

 更に、この私の書いた章、さすがアニメおたくカウンセラーこういちろうですね(^^;)、私自身すっかり忘れていたのですが、次のような部分がありました(pp.241-2):

========引用はじめ=========

 このようなクライエントさんたちにとっては、自分が「どんな」感じでいるのかついて語ることは、まだサナギの状態でしかいられない昆虫が、請求に脱皮を急がされたような外傷体験に容易に結びついてしまう危険があるのです。・・・最近(95年7月)、「風の谷のナウシカ」等で有名な宮崎駿氏らスタジオジブリ制作による長編アニメ、「耳をすませば」が封切られ、映画館でご覧になった方も少なくないかと思いますが、この映画の中で、主人公の月島雫(しずく)という中学生の少女が、留学した恋人が日本に戻るまでに、自分もなにかをやり遂げようと一大決心をして、受験勉強を投げ出して、寝食を忘れてファンタジー小説の執筆に打ち込む展開があります。

 憔悴して眠り込んだ雫は、ある悪夢にうなされます。鉱脈の中の壁一面が原石でできた洞窟の中で、ほんとうに輝くただひとつの純粋なエメラルドを見つけ出そうと焦って探し回るけれども、なかなか見つからない。これぞと思って壁から抜き取った石は最初は光り輝くかに見えました。しかし次の瞬間にその石は、雫の手のひらの中で、まだ卵からかえっていないヒナの死体へと変容するのです。

 悲鳴rと共に飛び起きる雫。目の前には一向に進まない、破り捨てた書きかけの原稿用紙の山があります。

 映画の中の雫の場合には、物語をともかくも書き上げるだけの自我の強さと、そうした彼女を理解して見守る幾人かの周囲の人たちのまなざしがあったから救われたのですが、私たちが現実の臨床現場の中で出会うクライエントの中には、まさに賽の河原で石を積んでは壊されるかのようにして、自分の中の「卵」や「サナギ」を性急に孵化させようとしては流産させることを繰り返す中で傷つき、内面をすり減らし、蟻地獄のような絶望と無力感に次第次第に沈んで行く人たちも少なくない思えます。

 むしろそうしたクライエントさんたちにまず必要なのは、自分なりにさなぎ(繭)をつくって、その内部で成長と分化が暗黙のうちに進展するのを見守ることが許されるような治療的な場の保障と関係性ではないでしょうか。

 すなわち、彼ら/彼女らは、まずは、自分たちの中にうごめく形(言葉)にならない混沌が、自分を破壊する可能性がある脅威ではないという安心感を抱けるように徐々になれる治療的な場を保障してもらえる必要があるように思います。

 そして、その言葉にならない混沌を、いとおしみながら育み育てるための子宮的な空間を、自分の身体の内部や外部に安定した形で確保できる自分なりの工夫を見出せるようにサポートされるべきです。

 (これが、本書でもすでに第5章で示した、アン・ワイザー女史の言う、フェルトセンスと「一緒にいる」ということにあたります)

========引用おわり=========

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2008年9月26日 (金)

トロントの思い出

NHKドキュメンタリー、「戦場 心の傷」の記事を書いて、思い出したこと。

 フォーカシング国際会議が、来年(2009年)の5月に、日本の淡路島で開かれます。

 このことに関しては、すでにこの記事等でご紹介してまいりましたが、私は2005年5月、カナダ、トロントでのフォーカシング国際会議に参加しました。

 その時の現地からの記事はこちらからご覧いただけます。また、その時の写真集「トロントだより」もこのブログに併設しています。

 この、トロントで、世界各地で活躍する、フォーカシングのトレーナーの皆さんから、そのこれまでの生き様を含めて直接お話をうかがえたことは、その後の私にたいへん大きな影響を残しました。


******


 その中のお一人からうかがったお話。

 深刻なトラウマへのフォーカシングの適用の代表的人物の一人というべき女性。
 私より20歳近く年長ですが、私と同じ、世界に百数十名いる、フォーカシングの国際資格に認定資格者(TFIコーディネータ)のお一人でした。

 その方がお若い頃。196-70年代、アメリカには公民権運動の渦中にありました。彼女も、アメリカ国内で差別されている人種・民族のために積極的に活動する活動家のひとりでした。

 ところが、ある日、思いもよらない事件が起ります。

 彼女が車で自宅に帰宅し、玄関のドアの鍵を開けようとそうると、突如拳銃を突きつけられ、顔のそばで発射されてしまいます。

 彼女は、顔面の3分の1を吹き飛ばされる重症を負いました。

 逃走したのはひとりの少年でした。

 しかも、その少年は、彼女が人権運動の中で貧困と差別を受けているとして擁護していた、まさにその人種の少年だったのですね。

 彼女は、単に長期間を要した顔の整形修復手術の苦しみに耐えるみならず、突如発砲された衝撃から、PTSDに陥ります

 それに輪をかけたのが、その発砲の犯人が、まさに彼女が人権運動活動家として擁護していた人種の少年だったということから、深刻なアイデンティティの危機に陥ります。

 いろいろ回復の手だてを求めていくうちに、彼女はフォーカシングに出会いました。

 そこで癒されたことが、彼女をフォーカシングのトレーナーとしての道に進ませたのでした。


*****


 この方に限らず、フォーカシングにおける今日の代表的な指導者たちの中には、ベトナム戦争当時の騒然としたアメリカ社会の中で、未来を模索した、最も先鋭なグループに属し、そうした活動そのものの中で、心身共にぼろぼろになった経歴をお持ちの方がたくさんいることに気がつきました。

 私は、正直にいいて、

 「こうした人たちにはかなわない」

と感じました。


 スケールが違いすぎる。

 運動の中にコミットし、理想と現実とのギャップに傷ついていくプロセスの凄惨さと切実度が、日本の学生運動と比べても次元が違うと感じさせられたのです。

 
 今でも、世界の紛争地域に、国際協力隊員として赴いたり、あるいは第3世界(特に中南米)の厳しい現実の中で、フォーカシングを生かすことに命をかけておられる人たちが、たくさんいる。

 その時から、私は日本のフォーカシング運動そのものが、なんともちまちました箱庭スケールのものに見えて仕方がなくなったのでした。

(個々のフォーカシング関係者の中には、難しい現場のシビアな最前線で奮闘しておられる方も少なくないと信じています。そうした方々を誹謗する意図はもちろんございません)


*****


 トロントに行ったのは、私自身、人生の中で、これまでにない苦しい状況に直面していた、まさにその時でした。

 私は,その状況の解決のための援助として、ひとりのクライエントとしてカウンセリングに通い、「適応障害」の診断を受け、鬱状態で心療内科医療の治療も受けていました。

 しかし、そうした日本の現状での援助的専門職からのサポートではどうしても埋め難しい、自らの深い心の傷と空洞に、まずは、「私自身のための」フォーカシング教師として成長し続けるしかないことを、胸に沁みる思いで重ねました。

 大学所属の常勤カウンセラーから、湘南地域の、一開業開業カウンセラーとしてし働くようになる中で、個々のクライエントさんにとって、代金に値するだけの援助をしていくということはどういうことかということにも直面しました。


 フォーカシングは、何よりも私自身のために。

 しかしそれは、即、

 個々の来談される方のために、現場臨床家としてどこまで心を尽くせるか

 ということと表裏一体になるものとして。


 ......そのような信念が私の中に形成されて来たのです。


******


 もとより、私はまだまだ発展途上、さまざまな未熟さを抱えているとも感じていますが(^^)

 いつも申し上げますように、思いつくままにご意見や注文をいただけますことこそ、私が望んでいることです。

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2008年9月25日 (木)

無遅刻無欠席の哲学科学生だった私が「カウンセラー」になった途端に一度見失ったものとは?

私が大学の学生相談をしていた頃、非常に頻繁にうけた相談の一つは、

「友達ができない。まわりの連中はお互いにノートの貸し借りとかをして試験を受けているのに、自分はノートを『貸す』側にしかまわったことがない。大学のどこにいても『居場所』がない」

などというものでした。

実は私もそのタイプで、学部生時代、知り合いの代理で一日だけ国際交流の催しに出た1日を別にすると、
何と「無遅刻無欠席」で4年間を過ごしました(^^;)

しかも、教室が開いている限り、早い時間からその教室で過ごすのが恒例だったので、講義開始直前になっても私が教室にいないと、「休講掲示」が出ていないかとマジで掲示板を見に走る学生もいたとか。これは同期生の間ではささやかな「伝説」と化しています。

当然、成績はAが多かったです。だいたい、他人の書いたノートなんかを読むだけでテストでいい点が取れる奴らもいるというのが信じられなかったですが。

それなりに友達はいました。いつでもつるんでる友達も2人いました。

でも、周囲の学生たちの「恋愛談義」とかになると全然入ってはいけず、そういう自分にものすごい劣等感を感じていました、そして心理系の読書や音楽やアニメやオーディオの世界に没頭していたんですね

ちなみに、学部は法政の哲学科です。
専攻は「記号論理学」、ウィトゲンシュタインでした(^^;)

今から振り返れば、ある意味で、何とももったいない4年間の使い方だったかな、もし、「今の私」が今の私の経験値と感性のままで人生やリ直せるなら、自分からもっと幅広い経験をして、いろんなタイプの友達とも付き合い、恋愛と幾つかもしたかなとも思いますが、でも、決して「後悔」はしていません

******

学生相談を始めたばかりの頃は、私は最初のような相談に対して、もっぱら「友達ができない孤独感や劣等感」に共感ばかりしていた気がします。

でも、その学生の劣等感や孤独感の更に奥深くにある、

「普通に周囲と楽しくやれている学生たち」

に対する

ものすごい「嫉妬心」

や、

ほとんど「怒り」の域に達した、

「のけものにされているかのような思い」、

自分は「普通の人間」にはなれない、

社会人としてもやっていけないのではないかという「絶望感」

まで汲み取ってあげていたかなという反省があります。

*******

私自身、ともかくも「カウンセラー」という職業に就け、

「一人前の社会人のふり」

ができるようになった段階で、

本当はその「カウンセラー」という

「外面(そとづら)」

の背後に、あいも変わらず深刻な形で存在する

圧倒的な疎外感や

他人への「逆恨み」的攻撃性(=ねたましい)

が隠れていることに自分で直面できなくなっていたんですね。

カウンセラーが、自分で直面できてもいないものについて、クライエントさんに真の共感を向けられるはずがない。

******

それが、前の記事で書いたような次元での「うらやましい」につき抜けるまでは、更に数年要したわけです。

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「憧れ」から「ねたみ」、そして「うらやましい」と思えるようになるまで

私の場合、

単なる「憧れ」

から

「うらやましい」

「進化」するまでというのが、

実はかなりの「飛躍」を伴う、大事な過程だったのかなと思います。


単なる「憧れ」は

「とても自分はその人のようになれるわけがない」

が暗黙のうちに含まれている。

「私もそうなりたい」は、あったとしても小さな部分。

******

次のステップが「ねたましい」かな。

自分もそうなりたいけど、なれそうにない「悔しさ」から、心のどこかで、相手をむしろ何かのきっかけで足を引っ張り、自分と同じ地平に「引きずり降ろす」といいますか、化けの皮を剥ぎたがるといいますか(その「化けの皮」という「光背」をそのひとにかぶせて「理想化」したのはご当人なのに)。

「どうせああいう人たちは○○」なんだから

という、イソップの「酸っぱい葡萄」的「合理化」というか、「価値の引き下げ(dincount)」をはじめる。

これじゃ、

I,m not OK,
You are not OK

にはまり込んだことになる。

******

ほんとうに「うらやましい」って思えるためには、

「自分にも相手と同じようになれる資格があるんだ!!」

という、ひょっとしたら向こう見ずかもしれない「自己の可能性への信頼」がもてる必要があるのだと思う。

自分の相手へのジェラシー、「ねたましさ」の中に潜在している「私だってあの人のようになれるかもしれない」という思いを素直に肯定した時、

はじめてほんとうに心から、

「うらやましい」

と思えるんだと思う。

I,m OK
You are OK

の「うらやましさ」の境地に。

******

最近の私は、自分が自分にない何かを持っている人にモヤモヤした屈折した感情

(例えば、「つまらん学会発表しかしてないのにどうしてこの人が大学教授なんだ!!」とか(^^;)

を感じた時、

そうか、私はこの人が「うらやましい」わけだ!!

とあっさり「認知の再構成化」をはかることを習慣にしています。

そうすると、むしろその人の学会発表の「いい点」についてコメントしたあと、いわば「修正意見」として、欠点をさりげな~くgentleに「付加的に」述べる、みたいなオトナの態度かとれ(^^;)、

「うーむ、こいつ鋭いところをさりげなくついてきているが、私の体面はつぶさなかった。こいつのことはどこかで覚えておこう」

とかなったりして。

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