2008年9月 4日 (木)

カウンセラーとクライエントの「こころ」が共同で生み出した「物語」への尊厳

 私のカウンセリングルームでの「個人情報のお取り扱いについて」に関連した、カウンセリングの専門家に向けての問題提起です。

7.甲(カウンセラー)は、学会発表や著作等に、乙(来談者)との相談内容を具体的に事例として記述する場合には、乙の許可を受けて公表します。その場合も、乙との相談が終結して原則として満 1 年を経過した事例についてのみ公表します。乙 には事前に発表内容について閲覧し、甲に修正を求める権利があります。公表の際、聴衆や読者に乙という特定の人物が推測・同定できない水準まで、個人情報の一部を改変・省略して公表するように努めます。

 こちらの方は、すでに臨床心理士の共通理解として定着したものです。

 私も異論はありません。個人情報保護の観点からみても、必要なことですし。

 たいていのカウンセラーが実践しているのは、「発表についてクライエントさんの承諾をいただく」という水準のことかもしれません。

 しかし、特に日本心理臨床学会大会の多くの個人口頭事例発表に参加して気がついたのは、近年、クライエントさんに、発表草稿全体を文書の形で全文クライエントさんに読んでいただき、いただいた感想まで含めて発表なさるカウンセラーの皆さんが徐々に増えて来ている気がするということです。

 私はこうした発表者の姿勢に心から敬服しています。


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 一方、クライエントさん本人に「発表すること」の許諾は求めても「発表内容」全体までクライエントさんに開陳することには踏み切れないでおられるカウンセラーの皆様は、少なくないかと思います。

 
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 個人情報保護の観点ではなく、純粋に臨床的観点から考えた場合、「発表することをクライエントさんに許諾していただく」ということそのものが、治療的に悪影響を与えないか、という不安を、多くのカウンセラーは一度は抱くと思います。 クライエントさんの症状が再び悪化したらどうしよう?....などと。

 確かにこれは大変デリケートな問題なのですが、少なくとも、「発表の草稿をお読みいただくこともできます」と選択肢を提示したり、「私としては、むしろ一度お読みいただきたいのです。よろしければ、感想やご意見、間違いの指摘などをいただきたいのです」と、カウンセラーの側から提案することは、フランクになされていいのではないかと感じます。

 カウンセラーの方によっては、むしろ、これを「フォローアップ面接」のいい機会と受け止めておられる方もあるかもしれません。

 もちろん、こうした、発表についてのクライエントさんとの話し合いの中で、クライエントさんが発表に難色を示した場合には、どれだけ発表したくてもおやめになるカウンセラーの方が多いと思います。

 特に「成功事例」と考えるものを発表する場合、そこには、カウンセラーの中にある「評価を受けたい欲求」という厄介なものが介入していることも少なくないかもしれません。しかし、それが発表者の「記憶そのもの」を変容させる可能性は,確かにあると思います。

 しかし、「失敗事例」「中断事例」とカウンセラーご自身が考えているものを敢えて学会で発表したり、論文で書こうとされているカウンセラーも増えて来ているように思います。こうしたことは、一般にはあまり知られていないかもしれませんが、こうした事例で的確な考察がなされているもの、あるいは、座長やフロアの参加者と活発な議論がなされた上で、それも大事にして論文におまとめになることは、他の臨床家にとっても、大きな学びの場を提供して下さることとなり、敬意を表しています。


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 更に、事例研究発表を考える際に忘れてはならないのは、発表するために、記録に基づき再度事例を振り返り、まとめ直し、考察する過程そのものが、実は、カウンセラー自身による、面接過程の「再話」であり、「物語化」であるということです。

 私はこれを、必ずしも否定的な意味で述べているのではありません。そうした再検討の過程で、記録の中の、完全に忘れていたさりげないエピソードに気づくことをきっかけに、以前から頭の中で思っていたのとは別の形で事例全体が見えてくることは、実によくあることだからです(臨床家の皆さん、経験がありますよね?)

最近、「ナラティヴ(説話、あるいは「物語ること」)」という社会構成主義の観点からカウンセリング過程を検討することが盛んになっています。私は、実は未だにこの用語についてほんとうに納得できたと感じたことはない不勉強なものなので、以下の内容はこの概念の奥行きを理解していない浅学な者の引きつけ方かもしれませんが、ともかくナラティヴという概念も連想した、私個人の素朴な考えというぐらいのつもりで以下の内容をお読みいただければ感謝いたします。
 

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1. そもそも、クライエントさんが、カウンセラーに語り出す内容そのものが、すでに、クライエントさんが無意識のうちに創造したた「物語」だともいえます。

2. クライエントさんの周辺の人たちが、クライエントさんをどう見ているか、というのも、ひとつの「物語」です。

3. 更に「周囲の人たちが自分をどう見ているのか」というクライエントさんの「物語」という次元がある訳ですね。

4. カウンセラーがクライエントさんの話をどのように理解するかも「物語化」の過程です。

5. カウンセラーにどのように理解されているのか、というのも、クライエントさんの「物語」です。

6. そして、こうしたこと全体が複雑に相互作用している多元的なトポス(場)として、治療場面は存在します。


 いずれにしても、「事例発表」は、質のよい事例発表ですら、クライエントさんが聴いたらびっくりたまげかねないような「カウンセラーの物語」になっている可能性はたいへん高い。これは、カウンセラーが誠実であろうとしているか、などと言った次元でなく、生身の人間ゆえの限界でしょう。

 現実には、事例発表の段階で、すでにそのカウンセラーを直接指導する先生や、スーパーバイザー、事例検討会に参加した他の参加者の紡ぎだす「物語」との相互作用が進んでいるわけで、それらをもとに学会発表された時点ではすでにもの凄い「物語化」が生じているわけですね。

 それを学会で口頭発表する際に、クライエントさんの感想も聞く。

 更に、学会発表の際の座長やコメンテーターの先生や、フロアからの発言。

 それに輪をかけて、論文を投稿した後の、査読の3人の匿名の委員の先生との文書によるやり取りの繰り返し。

 ......果たして、これらがほんとうに、カウンセラーの見地を「より真実に迫らせた」といえるかどうか????

 何しろ、ロジャーズ派や一部の家族療法を除いては、面接の過程の記録を、録音や録画の形で検証可能な状態にないのが普通です。仮にそれらが存在したとしても、リアルタイムで面接と同じ時間をかけて)再生し、それらを全検討者が検証するというのは非現実的であり過ぎます。どこかで「圧縮」が必要なのです。


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 だとすると、最低限どのラインで、「物語化の副作用」を抑止し、修正することでけじめをつけるか。

 私の答えは、面接過程の中で、折々、クライエントさんと、それまでの面接過程について小刻みに振り返り、クライエントさんがそれまで感じていたけどコトバにならなかった違和感などを、面接のなかで取り上げて互いに納得いくまで相互作用することを繰り返し、学会発表のための草稿をまとめる時点でその一応の総決算をしておくことだろうと思います。

 まずは、このことがカウンセラーとクライエントさんとの相互作用の中で、丁寧になされていること。


 敢えて言います。

1. カウンセリングの過程をどう受け止めるかは、究極的にはまずはクライエントさんの内心の自由であること。

2. 続いて言えば、カウンセリング過程の直接の当事者であるクライエントさんとカウンセラーの共有物であるということ。

3. もし、カウンセラーとスーパーバイザーや指導者との共通理解の方が、2.よりも長期にわたって優先するようになったら、もはや注意すべき状態ではないかということ(たとえ、いわゆる「現実吟味」が低下している重症精神障害や認知症や発達障害の場合ですら!!)。

4.時として、カウンセラーとクライエントさんの間のいわゆる「転移/逆転移」関係の中で、一度お互いに何らかの意味で「クレージーな」状態を経過するリスクを幸いうまく切り抜けられたので、活路が開けるということもままあることである。指導者やスーパーバイザーは、そうした可能性を一方で必要な時点で示唆することを忘れるべきではないが、クライエントさんとの相互作用のただ中で、両者が自発的に脱錯覚していく権利は保証されるのが望ましいのではないか。


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 面接過程は、担当カウンセラーとクライエントさんの共同作品です。

 いかなる権威も、指導者も、二人の関係に、ある「尊厳」を感じ、「抱え」の姿勢で見守る、フィロバティックな姿勢を堅持してこそ、自律的な、責任感ある、経験を消化する力の高い、良き治療者は育つのだと思います。


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 私は、6年ほど前、福岡在住で、ウィニコット、ビオンをはじめとするイギリス対象関係論のもっとも誠実な日本での指導者であり、現場カウンセラーとしては、重度の摂食障害患者との入院治療で知られた、松木邦裕先生に、かつて、大会場での事例のコメンテーターをお願いするという、怖い者知らずなことをいたしました(カウンセリング関係者なら、これがいかに無謀か、ご想像できるかと)。

 結局、例のごとく、カミソリで痛みもなく斬られました(^^;)。

 先生の見解にすべて納得したわけではありません。

 しかし、先生の


 「クライエントさんを汚しちゃいけないよ」 


という言葉だけは深い印象に残っています。

 ......ここからの自由連想なのですが、


 「クライエントさんと、カウンセラーの関係を、汚しちゃいけない」 


とも言えるのではないか。


 .......日本中のカウンセラーの指導者の先生方に向けて。


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2008年9月 3日 (水)

個人情報のお取り扱いについての申し合わせ

久留米フォーカシング・カウンセリングルームにおける

個人情報のお取り扱いについての申し合わせ


1.カウンセラー(以下「甲」とする)は、来談者(以下、乙とする)からの相談申し込み時に申込書に記載された内容、および具体的相談内容、およびその紙媒体および電子媒体による文字および音声・映像記録(以下、「面接内容・記録」とする)について、以下の項目5.6.に該当する場合を除き、乙の事前の承諾を得ることなく、決して外部に公開せず、情報を厳重に管理し、外部に漏洩しないようにいたします。

2.面接終結後満 5 年を経過した面接内容・記録については、特に甲あるいは乙から記録の半永久的保存を要請した場合を除いては、調査統計用の匿名的な数値を除き、すみやかにシュレッダー等による判読不明な状態にしての破棄、記録媒体消去の処分をいたします(甲が死亡あるいは廃業した場合は、甲あるいはその法的代理人は、乙希望の場合、乙本人に返却します。乙にその希望がない場合は、厳正にそれらの記録を処分いたします。

3.甲は、乙の関係者(例えばご家族・医師・別機関の担当カウンセラー・上司・教員等)に、以下の項目 5.に該当する場合を除き、相談内容および相談を受理している事実を、乙の承諾を得ることなくお伝えすることはありません。そのような問い合わせ、情報提供依頼を乙の関係者から受けた事実については、以下の項目5.に該当する例外を除き、乙 自身に速やかに伝達いたします。

4.甲は、乙の関係者に甲側から連絡を取るのがふさわしいとみなした場合、以下の項目 5.に該当する場合を除き、相 談内容および相談を受理している事実を、乙 の事前の承諾を得てお伝えします。

5.甲は、乙自身および他者の心身や生命に危害が及ぶ危険があると判断した場合も、できるだけ乙自身とのお話し合いの上で承諾を得た上で、必要な関係者に、相談内容と乙の状況をお伝えするように努めます。しかし、甲が、事態が緊急を要すると特に判断した場合には、乙の承諾なしに関係者に情報提供する場合もあります(「 個人情報の保護に関する法律」第 14 条3 項の2,3参照)。

6.甲は、日本臨床心理士資格認定協会が認可した事例検討会およびスーパーバイズに、進行中の乙のケースの進め方について適切なアドバイスを得るために、乙との相談内容を、検討会参加メンバーおよびスーパーバイザーに、乙の承諾を得ないまま提示することがあります。しかしその場合も、名前、出身地、現住所、職業等、個人を特定できる情報は守秘し、事例検討等に必要な相談内容以外は提示しません(たとえば横浜市在住の人について「Y 市」、 「浩一郎」という名前の人について「K さん」と表記、口頭説明することもいたしません)。 これらの事例検討会参加者およびスーパーバイザーは、甲の報告する乙の相談内容について外部に守秘する義務を負います。これらの事例検討の際に参考資料として配布した資料は、甲の責任ですべて回収し、シュレッダー等で適切な処分をいたします。

7.甲は、学会発表や著作等に、乙との相談内容を具体的に事例として記述する場合には、乙の許可を受けて公表します。その場合も、乙との相談が終結して原則として満 1 年を経過した事例についてのみ公表します。乙 には事前に発表内容について閲覧し、甲 に修正を求める権利があります。公表の際、聴衆や読者に乙という特定の人物が推測・同定できない水準まで、個人情報の一部を改変・省略して公表するように努めます。

8.以上について甲と乙の間で同意に達した場合のみ、甲 ・乙両者署名の元で面接関係を開始します。


※PDFファイルとしてダウンロード

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