自分を「いいカウンセラー」だと感じさせ、医者を「悪者」にしたくなる誘惑
すでにこのサイトでも何回も言及してまいりましたが、特にうつ傾向のある皆様について、医療機関との係わり合いが本当にかみ合わないまま、薬物療法も真価を上げられないでいる方々が少なくないことを、日々の面接で痛感しています。
通院中の患者さんでもあるクライエントさんは、お医者様と、短い時間しか接触できず、思っていることのごく一部分だけを、しかもお医者さんになかなか肝心なことまで言い出せないまま月日のみが経過するフラストレーションを抱えたままという、果てしのない堂々巡りに陥っていることが、非常に多いのです。
あるいは、お医者さんやカウンセラーを、次から次に渡り歩くことを、10件以上続けて来られた皆様も、実はごくありふれた存在のようですね。
開業カウンセラーは、クライエントさんに、お医者さんに何をどう伝えると、そうしたコミュニケーションが円滑に運ぶのかについて、具体的で的確な助言をしていくという役割を積極的に果たすべきというのが私の信念です。
これについての代表記事が以下の記事であることは、繰り返してご紹介して来ました。
薬物療法という「魔法の杖」を携えたお医者さんは、クライエントさんが、家族や同僚や上司や友人や恋人に自分悩みや苦しみをわかってもらえない「鬱憤」と「一発大逆転の切なる希望」を託される存在です。
多くのクライエントさんにとってお医者さんとの間に生じている、コミュニケーションの「通じなさ」の葛藤は、多くの場合、そのクライエントさんが、職場や家族や友人・恋人との間で体験している、コミュニケーションの「通じなさ」の苦しみが、非常に集約された形で現れている象徴的な場面なのではないかと思います。
ですから、お医者さんといい関係を作れる活路を開くことについてカウンセラーがお手伝いできたならば、そのことそれ自体が、いつの間にか、家族や友人や職場での対人関係の改善のための援助の最初の一歩そのものとも言えるように思うようになりました。
いうなれば、そのこと自体が、一種の認知行動療法のミニ・トレーニングとしての性格を秘めているとも思っています。
このことを抜きにして、薬物療法か心理療法か、医者かカウンセラーかという二者択一的な議論をしてしまうことは全く不毛でしょう。むしろ、クライエントさんの状況の改善のために多くの専門家の支えが多角的に得られるのは望ましいこととみなしていいのだと思います。
ある特定の人物との深い関わりからだけではなく、いろんな立場にある多くの人から、少しずつ、必要なだけの手助けを得られるということ、それこそが、実は自立し、成熟した人間のあり方かと思うのです。
お医者さんの側に責任を押し付けることも、お医者さんをカウンセリング的なかかわりを不十分にしかしてくれない存在として批判することも、実はクライエントさんへの具体的な援助といえないと、今では確信しています。
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カウンセラーとしての私の前では、凄く素直で、心を開いた対話が成立するなクライエントさんなのに、医者を前にすると、ほんとうに些細な行き違いをきっかけに、通えなくなってしまうクライエントさんが、これまで少なからずおられました。
私はそれを、医者の側のカウンセリング的感性の不足のためとみなすというのをすでに止めています。
むしろ、私の前で、そのクライエントさんを「いいクライエント」にしてしまった分だけ、医者の前では「扱いづらい患者」としてふるまうという「リバウンド」を、私のクライエントさんとの関係作りが「生み出して」しまっているのだと判断するようになりました。
精神分析の人ならば、対象の"split"(分離)という言い方をするかもしれません。しかしこの言い方は、安易に用いられると、クライエントさんの側の「ボーダーライン的」心性に問題を還元する誘惑を内に秘めている気がします。
それはたいへんおこがましいことなのではないか? 実は、カウンセラーとしての私の方が、クライエントさんに対して、splitした部分対象=「良き援助者」としてのみ接してしまおうという誘惑に、先に屈していたのではないかということを、きちんと見つめるべきだと思うようになったのです。
何のことはない、医者の方を悪者にしてしまうように、クライエントさんが医者(家族)ではなくて自分を信頼するように、カウンセラーとしての私の方が、無意識的には「仕向けて」いたのです。
そのことに気がついて以来、私は、クライエントさんが、医者にも私にも「同じ程度に」信頼と疑念を抱き、しかもそうした疑念や疑問や不平や苦情を、カウンセラーである私に、うまく具体的に表出できるクライエントさんになってもらえるように促す勘所が、ある程度つかめて来たと感じています。
そもそも、信頼関係とは、相手に不信や疑念をぶつけてもらえる関係のことだと思います。
もっとも、私のスタンスに関係なく、クライエントさんにとって、基本的に「そこそこいい」(good engughな)お医者さんであると認識され続けているお医者さんもおられます。そういうお医者さんには、きっと私も今後まだまだ学ぶべき、治療者としてのあり方があるのだろうと思っています。
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