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2009年3月

2009年3月 7日 (土)

NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(1) [第2版]

 さて、直前の記事で予告した、この内容への感想を、今、本放送時のHDDビデオレコーダーで再生して、細かいポイントを再確認したので、本格的に書いてみよう。

 この番組には、ゲストとして、日本うつ病学会の理事長である野村総一郎医師以外に、自身が10年前に軽度のうつ状態を体験したという、政治学者の姜尚中(カン・サンジュン)氏、そして、欝体験(および、欝を家族として支えた体験)を持つ3名の一般市民の方をスタジオに招かれている。

 この番組の特徴は、日本の精神医療における欝治療(特に薬物療法)の危なっかしい側面を、恐らくこの種のテレビ番組としてはこれまであまり描かれたことがなかったくらいにつっこんだ次元で、説得力ある形で、しかし、感情的な医師悪玉論や偏見に満ちた薬物療法批判にはならない形で、クールに描き出したことであろう。


*****


 番組の最初には、欝の治療が何年にも及ぶまま成果が出ないような患者さんに、実は症状を悪化させすらする形でしか薬物の処方がなされていない場合がかなり含まれるのではないかということについて検証していく。

 先述の野村氏が指摘するのは「薬を増やせば症状を抑えられる」という誤った認識が現場の医師の多くにあるのではないかということである(この番組では明言されていないことを補足すると、いわゆるSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)の場合、「用量依存性」は少ない、つまり、量を変えても効果の変化が少ないという性質を持ち、原則として単剤を、徐々に増やしたりせず、最初から一定量ドカンと処方するのが適切とのことである。徐々に増やすというやり方で、薬が身体になじんでいるために、増やした分だけの効果増強は実は出なくなる。それなら最初からまとめて出す方が効果があるということです)。

 これは同じ薬のだけではなくて薬の種類にも及ぶものであり、極端な場合、初診の段階から数種類以上の薬を出すことももあるというのでは、どの薬が効いていて、どの薬の副作用が生じているのかがわかりようもなくなるはずということが指摘されている。

  野村氏は、「抗うつ剤の処方は単剤処方が原則.....少なくとも3種類以上同時に抗うつ薬を処方するのは回避すべき」と明言する。
 
 (ここでいう「抗うつ剤の」処方は、と書かれている点に注意。うつの人に出される薬全体のことではない。。双極性障害(躁うつ病)でないうつ病に関していえば、抗うつ剤、抗不安剤、(不眠があれば)睡眠導入剤の3種類が同時に処方されることはかなり一般だろう。これらの中の抗うつ剤ジャンルだけで3種類はまずあってはならない、ということである。私見では、抗うつ剤2種類以下、抗不安剤2種類以下、睡眠誘導剤1種類、しかもこれらトータルで4種類以内でまとまっている処方なら、そこそこ適切であることが少なくないかと思う)。


*****


 私が臨床心理士として開業していて現段階で一番多く受けている相談は、実は「うつ状態で長年通院して薬物療法を受けているが、医師の処方に疑問を感じ始めた」という皆様である(実はこうして久留米に居を移してからいよいよその比率が高まった)。

 もとより、精神医学的な診断を正式にできるのは医師のみであり、薬物の処方は医師にしかできない。しかし、カウンセラーが一定以上の水準の薬物療法についての認識を持っていることは、現場臨床において不可欠であると考えている。医者と患者さんのコミュニケーションが良好で効果的なものになるための実践的アドバイスをしていくスキルを、現場の(特に)開業カウンセラーは十分に身につけておく必要があるはずだ。

 この件については以前にも書いたが、現段階での私の考え方は、それを書いた当時よりもかなり踏み込んだものになって来ている。つまり、以前の記事では「薬についての知識がそんなになくとも」と書いていたが、今の私は「カウンセラーでも、かなりの程度の知識があったほうがいい」と考えるに至った

 (もとより、お医者さんを横槍を入れられたと怒らせたりしないやりとりのコーチというのも、そうしたコミュニケーション改善のためのアドバイスのスキルの重要な一部である ^^;)

 鬱に関していえば、例えば、SSRIの中でよく処方される最も代表的な「抗鬱薬」に、ルボックス(=デプロメール)パキシル、そして最近はジェイゾロフトの三種がある。これらの薬は、基本的にはSSRI系列であり、欝に対して共通の働きの面も大きいのだが、消化器関係の副作用がまるで正反対なのだ。

 個人差はあるが、一般的に言って、ルボックスとジェイゾロフトは体重増加を招きにくいのに対して、パキシルは体重増加を生じやすい。パキシルは、便秘がちになりやすいばかりか、ストレス解消のための無茶食いを喚起しやすいようにも思う。これに対して、ジェイゾロフトの副作用としての展開中の典型は下痢ということになる(人によってはほんとうにひどい下痢が続くこともある)。

 だからといって、これらの正反対の薬を一緒に飲めば、お腹の調子がちょうど良くなるなどというふうには都合よくいかない。薬の効き目や副作用はは単なる足し算引き算では説明できないことが多きの同時に飲むと「相互作用」を起こし、思いもよらない副作用を引き起こす可能性も高い直前の記事で紹介した笠陽一郎医師は「ルボックスとパキシルを同時処方するなどもっての他」と、ご自身のサイトで辛口コメントしている(前述の、今日日本で抗うつ薬として使われている3種類についての笠医師の比較がこのページにある)。

(もとより、効き目には個人差がありますから、この併用処方で欝が改善し、消化器系もバランスが保てている患者さんを不安に陥れるつもりはありません!)。

 かといって、例えばジェイゾロフトを処方されて下痢になったといってゾロフトの処方をいきなり中止して、別の抗うつ薬に切り替えてしまうお医者さんがいたとしたらこれまた疑問だと思う。2週間ぐらい経過を見てはじめてその患者さんの身体に安定した薬理作用が生じるような薬も多いのである(SSRIは三環系・四環系抗うつ薬に比べると一般に効き目は長時間である。一般に、通院患者向きはSSRIだが、入院患者には三環係・四環系をうまく処方する方が経過がいいという意見も少なくないようだ)。

 一般論とすれば、副作用止めを同時に出すことは、できればなしで済ませられるに越したことはないとはいえる。しかし、殊にご本人が「欝の軽快には効果があるみたい」と実感していた場合、相互作用を起こしそうにない消化剤や止瀉薬を出したらバランスが取れたというのであればそれはそれでOKというケースもあるはずである。この点は抗不安薬などの副作用止めを「安易に」幾つも出す場合ほど弊害はないと思える。数週間単位で経過を見ると、欝の改善につれて止瀉薬を飲まなくても下痢をしにくくなっていくケースも少なくないはずである。

 (患者の皆様、こうした場合も、市販薬に自分勝手に頼らず、精神科や心療内科の医師に、通院予定日を繰り上げてでも診断を受けたうえで消化剤や止瀉薬を出してもらう方が、適切な薬を調合してもらえる可能性があるかと思います。保険適用で安価になるはずですし)。


**** 


 さて、抗うつ薬の併用や徐々に増加させていくことの弊害について、番組の中で、野村医師は、図版を示しながら、次のような説明をする。

セロトニンが増えすぎても問題を起こすことが多いのです。今度はドーパミンが減り始める。そうなると、その人は無気力になる。それを医師が欝の悪化と誤解して更に抗うつ剤を処方するという悪循環に陥る」

 こうして、単に無気力になるばかりか、記憶が抜け落ちたり、倒れたり、希死念慮がむしろ増加したりなど、患者さん自身ははいよいよ苦しい心身の不調に苦しむことになるわけです。

Nhkdepression1

 (この点について補足しますと、以前にも書きましたが、重度の欝というのは、実は「無気力」な場合とは、程度の違いだけではなく、かなり異なったの体験であることを患者さんは実感上識別できる場合も多いのです)

 私は薬の専門家ではありませんが、SNRI(セロトニンおよびノルアドレナリン再取り込み阻害薬)や三環系・四環系の抗うつ剤のいくつかにおいて、体内でにドーパミンを産出するために必要なノルアドレナリン再取り込み阻害という効果もある薬が少なくないのも、単なるセロトニン再取り込み阻害だけではドーパミンが減り出してしまうことを前もって計算に入れている面があるのかもしれないと個人的には感じました

 更にいえば、現在日本で認可された最新のSSRIであるジェイゾロフトに、実はこのドーパミンの減少を抑止する作用もあることは、ネット上の薬情報のサイトではあまり書かれていないことのように思えます。このことに言及しているのは私が見つけた範囲では、wikipediaでの記述のみです。

> セルトラリン(=ジェイゾロフト)の一つの性質は軽いドパミンの再吸収阻害効果である。
 
 この記述を素直に読むと、効能の上で、ジェイゾロフトにはSNRIにも通じる隠れた作用がある程度あるようです(日本で認可された唯一のSNRIとしてのトレドミンは、次第に医者の間でも次第に評価が下がっているようですが、その一方、日本でもこの1年ぐらいの間にジェイゾロフトの評価が高まり、ネット上の記事も一気に増えたのは偶然でしょうか?)


*****


 更に最新情報を書きますと、すでに時代はSSRIやSNRIの先に進みつつあります。NaSSA(Noradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressant ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ剤)という新しいタイプの抗うつ薬が、日本でも2011年の商品化を目指して治験中のようです。

 このことについて詳しく言及している日本語の記事は、今のところ

●新型抗うつ剤「NaSSA」販売で、明治製菓と日本オルガノンが契約(「うつ病ドリル」サイト【注】)

●NaSSAの利用(教えて!goo)

.........この2つしかないようです。

(【注】.....日本語サイトで”NaSSA”を検索すると、現状ではしっかりした説明文はこのサイトにしかないので「紳士的に」サイト名を示し、リンクも張りましたが、この「うつ病ドリル」サイトは、うつ関連の多様な情報サイトのように見せかけつつ、実際には、すべてのページの一番目につく箇所に、ある特定業者からサプリを購入するように仕向ける強迫的なまでの仕掛けを持っており、この点で、うつ関連サイトの中では「問題サイト」であると私は判断しています。書いてあることを読むとつじつまがあう内容になっているのですが、このサイトの嫌らしいところは、実はサイトの表示の仕方なのです。実は、この執拗な繰り返し構造そのものが、実はうつに悩む人を商品を買うように誘導するために受けさせる「ドリル」なのかもしれない(^^;)。サプリそのものがうつ改善に役立つ人も少なくないことは確かなようですが、手法が悪辣です。ちなみに、クライエントさんから聞いたことですが、このサイトの掲示板にまじめに批判的なことを書いたら即刻削除されるとのこと!!)


 前者のサイトによれば、

>NaSSA (ミルタザピン)とはセロトニン・ノルアドレナリン両対応の薬だが、SNRI とは違って再取り込みを阻害するものではない。センサーをだましてセロトニンとノルアドレナリンの備蓄を放出させる薬。

>具体的には、セロトニンがどれだけでているかのセンサー(α2ヘテロ受容体)と、ノルアドレナリンの同様のセンサー(α2受容体)をふさぎ、セロトニンやノルアドレナリンが出ていないと錯覚させる。するとセロトニンやノルアドレナリンの備蓄が出てきて濃度を上げようとする。

>また、セロトニンに関して言えば精神安定に作用する5-HT1という受容体にセロトニンが結びつきやすくするために、5-HT1以外のセロトニン受容体をふさぐことでセロトニンが5-HT1へ流れていく確率を上げる(セロトニン受容体は14種あることが分かっているが、5-HT1以外の13種全てをふさげる訳ではない)。
つまり、再吸収口をふさぐのではなく、うつ病に関係しない受容体をふさぐ


 ・・・・・つまり、この新薬は、セロトニン濃度を「実際に高める」のではなくて、出ていると「錯覚させる」。これにより、セロトニン過剰によるノルアドレナリンの減少という副作用をなくすことを狙っているわけですね。
 夜先に述べた、番組内での野島医師の発言は、こうした今後の展開をご承知の上でなされているものかと推測します。


*****


 このエントリー、思ったよりかなり長大化してきたので、ここで一度区切って、連載にしたいと思います。

(続く)

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2009年3月 9日 (月)

双極性障害(躁うつ病)と単なるうつ病とでは薬の処方が全く異なる  -NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(2)- [第3版]

 NHKスペシャルのうつについての番組についての感想、前回の続きです。

 番組上での構成の上では前回ご紹介した部分の直接の続きではなく、更に少し後の部分で言及される内容なのだが、重要な問題でもあるので、早めに取り上げたい問題がある。

 それは、双極性障害(躁うつ病)と、単極性うつ病では、薬の処方が全く異なるということである。

 番組の中でも、何名かの患者さんに関して取り上げていたとおり、この点での誤診→薬の処方の見当違いは、日本の精神医療の現場では、現在も非常にありふれたことなのである。

 これはなぜか? それは、たいていの患者さんは、うつ状態の時に受診なさるからである(当然のことである)。

 双極性障害の中でも、典型例、つまり周期的に強い躁状態になる人については、周囲の一般の人も、それをうつ状態からの回復と誤解することは意外と少ない。

 番組ではこの点までははっきり描きだれていなかったので補足すると、周囲の一般の人も、その「不自然な元気のよさ」に漠然と違和感を感じることが多い。

 具体的に指標をいうと、

1.周囲の人は「元気になった、よかったよかった」と最初の頃は感じていたとしても、さほど立たないうちに、その人のノリにあわせていると、「妙に疲れる」と感じるようになる。

2.(これは番組の中でも映像で紹介されていましたが)その人と対話しようとすると、会話の途中で割り込む由がないくらいに、強引なまでにせっかちに一方的に話し続けようとする(ただし、そうした傾向は、以前の普段のその人にはあまり見られなかった場合)

である。

 一般の人でも、こうした「躁状態」が、例えば基本的にはうつ状態の人が、周囲に心配をかけまいとして「元気そうに振舞う」場合とは区別できる、独特の「不自然さ」があることに気づけるようになることはさほど難しくはない。

 ご本人も、そうした「不自然なまでのルンルン状態(イライラ状態の場合もある)」について、あとから振り返ってならば気がつけ、自覚できる場合も、実は結構見られる。


*****


 ところが、双極性障害には、実は二通りあるのである。

目に見えて顕著で、周囲の人を巻き込み、社会活動の面でも様々なトラブルが生じかねない域の、顕著な躁状態と、重いうつ状態を反復するという形で大きな躁鬱のうねりを周期的に繰り返すタイプ....「双極性I型

●いい時でも、せいぜい軽い躁状態、場合によっては躁でも欝でもなく、まさに欝病からいい形で回復したかに、ご本人も家族や友人にも特に違和感なく感じられてしまう状態と、うつ状態を、周期的に繰り返すタイプ......「双極性II型

 実は、今回の番組で取り上げられていたのは、この中の後者のタイプ(II型)の患者さんである。

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 そして、現在では、実はこの双極性「II型」と診断するのが適切なケースの方が、実は「I型」よりもかなり多い可能性があるように思われる。

 【以下、第2版で増補-1】

 番組では述べられていなかったが、私が開業カウンセリングの現場でクライエントさんから通院・服薬歴をうかがった経験からすると、実は、この「双曲II型」の人の中に、調子が上向いた時に、軽欝ですらなく、ほんとうに「通常の状態」ぐらいまで回復したかに見えるというサイクルをお持ちの方も多い。特に、うつ状態のときに通院を開始し、しばらく立つと調子が良くなった気がしたので、服薬も通院(入院)も自分の判断でやめてしまい、しばらくたつとまた欝状態になったので、今度は他の病院を訪れるということを、1年ないし数ヶ月の間に2回以上繰り返された皆様は、実は「隠れ双極性II型」なのに、病院をどんどん変えていくので医師にも気づかれにくくなっている場合が少なくないと思われる。

 医者の方が初診の段階で過去の症状の変遷と服薬歴を丁寧に問診する習慣があればある程度までは防止できる可能性もあるが、この際、他の病院で受診再開されたりセカンドオピニオンを求めに行かれる場合は、ご自身で、前もって症状の変遷と当薬歴を時系列的に具体的にリストにして紙に書いて持参し、医師に読んでいただだくという形の自己防衛策をお取りになることをお勧めしたいくらいである(そうやって、せっかく書いてきた診断→当薬歴をその場でぞんざいにしか扱わないお医者さんは「論外」、お代えになった方がいいかもしれない。

【以上 第2版増補-1 終わり】

****

 この中の(II型)の方は、相当に経験がある精神科医ですすぐには気づきにくいのである。つまりある程度長い経過をみて、はじめて判明することが少なくない。

 現在の日本の精神医療の現実では、一日の通院患者を、精神科医ひとりあたり50名以上抱えておりというのはごく普通なので、初診の際にすら、20分以上患者さんや家族の方から、それまでの経過をじっくりとの聴く時間が取れない場合が、恐らく過半数である。

 もちろん、技量の優れたお医者さんだと、そうした限られた時間の中で、双極性I型かII型か、あるいは単極性の欝病なのか識別するための効果的な問診をコンパクトで効果的な形で初診でおできになることは少なくない(ただし、そうしたお医者さんにめぐり合える確率が50%あるかどうか、現状では疑問である)。

 そして、そうした対応に習熟したお医者さんですら、こうした職人芸だけでは短期間で鑑別できないことも少なくないくらいに、一般的に言って、鑑別診断は実際難しいのである。

 番組の中でも紹介されたが、日本ではなくて、アメリカにおいての統計でも、この「双極性II型」を通常のうつ病と誤診する率は37%とたいへん高い数値を示している。

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 私個人も、日本でも、特にこの1,2年ほどの間に、こうした誤診と投薬処方の間違いの問題が、精神科医の間で大きな話題になり、医者の間での研修が急速に進み始めているとはきいている。

 その理由のひとつは、番組の中でも指摘されていたように、患者さんが医師の前で短時間の間に示す態度というのは、立場上の上下関係にあるため、「お医者さんに気に入られたい」という当然の思いから本音そのままではないことが多いということもある。

 何しろ、番組で紹介されていた例ですら、臨床心理士やPSW(精神保健福祉士)など、様々な専門性を持ったスタッフがチームとして連携できる体制を十分に持った病院で、更に、通院のうつ病の患者さんたち同士のクループ活動(デイ・ケア)も院内で催している病院でもあり、そのデイ・ケアのスタッフとして立ち会っていたPSWの人が、その「うつ病のためのクループ活動の中での」患者さんのやる気まんまんのふるまいそのものに違和感を感じて、お医者さんに報告したることで、かろうじて、やっとのことで(単なるうつ病から)双極性II型への診断の変更のきっかけになったという例である。それくらい、的確な診断は難しくてたいへんだということになる。

 番組の内容からは踏み出すが、私が思うに、臨床心理士やPSWやケースワーカー、保健士、看護士、デイケアスタッフなとを単にそろえているだけで安心とはいかない。実は、そうした様々なスタッフが、ひとつのチームとして十分に機能するまで練り上げられていない病院も、現段階では過半数の可能性が十分にある!!

 .......ここまで指摘してもこのブログに苦情が入ることは恐らくないと断言できるくらいに、医師を含む現場専門家の間ですら知れわたっていることであろう。もしこのブログをお読みの欝の患者さんで、そうした多角的な病院のアプローチが役立っているという実感をお感じの皆様は、幸いにして、(かなり控えめにいって)いい方の3分の1の病院にめぐり合えたということであろう。

 私の知る限り、例えば病院臨床の現場で働く臨床心理士の皆様のなかにも、自分が「まるでカウンセリングも受けたいという患者さんのニーズにこたえるためだけに」雇われているみたいで、(つまり、自分のところに「まわされて」来る患者さんは、いわば、ホテルにおけるマッサージ師のサービスのような存在に過ぎす、病院の経営的見地からの「接客業的」な追加料金が必要な「特別オプショナルサービス要員のように本音では感じていて、、お医者さんに専門性を持った「チームの一員」として認められているとは感じていない方は少なくないと思う。

 もっぱら心理テストや心理検査のためのスタッフとして雇われている臨床心理士の方も、「現実には、精神科医の先生の多くが、診断や治療の上でそうしたテストや検査の結果を、ほとんどあてにしていない」のが普通ということをお感じになっておられると思う。ロールシャハ検査などの「へヴィーな」検査は、ひとつ間違うと、患者さんに大きなストレスを与え、病状を悪化すらさせる危険ももあるといったマイナス面も考慮して、個別かつ慎重に、検査を実施するかどうかそのものを判断すべきというのは、もはや専門家の間の常識だろう。

 もっとも、発達障害や知的障害、児童臨床や、老人認知症に力を入れている病院では、心理検査を大事にし、有効活用している病院も比較的多いかと思えます。なぜなら、こうした領域だと、心理検査が役立つことが実際に多いからです(^^)。一般にあまり知られていないかもしれませんが、殊に神経症や統合失調症、欝病などの診断に、心理検査は必要ないと感じている精神科医が大多数です。そしてそれは、お医者さんの側の認識不足などでは決してなく、「患者さんに負担をかけ、治療に悪影響を与えるリスクを天秤にかけると、手間がかかる割には診断や治療には役立たない」というのが、本当に臨床現場で有能なお医者さんのかなりの部分の本音であり、それは現場臨床的に見てかなりの程度真実でもっともであると私も感じています。 例えば、

●kyupinの日記(精神科医のブログ)

の中の「臨床心理士」というカテゴリーでkyupinさんがお書きの一連の記事の内容、熟読していくと、臨床心理士の私にですら十分共感したくなる一面があります(^^) ただ、kyupinさんが


>このように、心理療法士と僕のように薬物療法を重視した精神科医は、かなり住んでいる世界が違うのである。

とまでお諦めにならないで欲しいなあ.....と私は感じています(^^)。


*****


 話題がかなり、病院臨床に携わる臨床心理士の役割を多くのお医者さんはどのように見ているかの現実の方向に脱線しましたので、そろそろ本題に戻りたいと思います。

 実は、双極性気分障害全般において、その人の欝状態がひどくなった時期には、単極性のうつ病と同じような、いわゆる「抗うつ剤」(三環系、四環形、SSRI)が処方されることもあります。

 しかし、現在の精神科薬物療法においては、双極性障害の場合、躁うつの周期的な変化がどの状態にあろうと一貫して処方され続けるベーシックな薬は、「気分安定薬」と分類される薬物なんですね。「感情(気分)調整剤」「気分スタビライザー」などどいう言い方もなされます。

 具体的に言いますと、日本で認可されている薬の中では、リーマス(=リオマチール)、デパケン(=バレリン =ハイセレニン、いわゆるジェネリック(後発薬)まで含めると、エスタブル、セレブをはじめとしていくつかの商品名があります)、テグレトール(=テレスミン、レキシン)という、基本的にはたった3種類の薬のみが、「気分安定剤」グループです(日本では治験中の新薬も別にあるそうですが)。

 恐らく一番の多数派は今ではデパケンでしょう。 リーマスは、有効血中濃度を一定水準に維持するための定期的な血液検査が並行してなされているのが望ましく、デクレトールは、薬があう人とそうでない人の個人差が大きいとのことですし。

 この「気分安定薬」は、単にうつ状態を持ち上げようとしたり、躁状態を緩和させるだけではなく、躁鬱の周期的な波の振幅そのものを、まるでうねうねした曲線線を両側から引っ張って中庸のまっすぐに近づけようとするかのような薬、つまり、躁鬱の波全体を沈静するような働きがあります。


**** 


 ところがそもそもこの「気分安定薬」という分類名そのものが、一般の皆様や、数年以上前に精神科の薬について学んだっきりの、かなりの部分の臨床心理士にとってすら、誤解を招きやすいところがあります。

 まずは、「精神安定剤(トランキライザー)」という、実は現在の薬品分類では正式にはもはや使用されていない分類と誤解されやすくなる。

 かつて「メジャー・トランキライザー」と分類された薬は、統合失調症傾向がある患者さんに処方されても、躁うつ病やうつ病の患者さんに処方されるケースは例外的でした。この種の薬は現在「抗精神病薬」と分類されています。

 同様に、「マイナー・トランキライザー」と分類された薬は、もっぱら「神経症圏」の患者さんに処方されるものでした。実は「神経症圏」のうつ状態にも処方されることが現在でも少なくないので、話が更にややこしくなるのですが、この種の薬は、現在「抗不安薬」という名前で呼ばれています。

 ところが更に、「気分安定薬(調整剤)」という名称を、「抗不安薬」の別の言い方であると、一般の人が誤解しても、そうした皆様を責められないではありませんか!


(↑一家に一冊最新版を!!)


*****


 実は、単極性うつ病、ないし双極性感情障害のどちらの場合にも、補助的に「抗不安薬」(あるいは「その他の抗うつ薬」に分類されるデジレル=レスリン=アンデプレ。笠陽一郎氏によれば「抗焦燥剤」。多くの医師はうつ状態の人の眠剤代わりに、他の抗うつ剤の補助という形で処方される)が同時に処方されることはごくありふれています。そして、それが実際に効果的という患者さんも少なからずいます(実は抗不安薬処方が不適切という場合もかなりあるようですが)。


 より具体的には、例えば双極性II型が適切な診断の患者さんに、デパケン(気分安定薬)とデパス(抗不安薬)の二種類が処方されていることは、ごくありふれて見られ、そうした投薬が治療の上で実際に効果的という患者さんはかなりの数にのぼるかと思います

 同様にして、単極性うつ病が的確な診断の患者さんに、パキシル(SSRI)とデパス(抗不安薬)が処方されていることはありふれていますし、その処方に効果を実感している患者さんもたくさんいるはずです。

 (なお、デジレル(=レスリン)とパキシルはやや効果を打ち消しあう面があり、デジレルとジェイゾロフト(=サートラリン)の組み合わせの方が、朝の目覚めのすっきりさとそれ以降の穏やかさが見事なブレンドになる場合も少なくないようです。特に女性)。

 ところが、本当は双極性II型の診断がふさわしい人が、当初単なるうつ病と診断されるリスクはある程度止むを得ないことは、すでに述べたとおりです。恐らく本当は単極性うつ病と診断されるべきなのに双極性II型と「誤診」されるという逆のケースの方はそんなに多くないと思いますので、問題は、双極性II型のはずなのに単極性うつ病と「誤診」され、更に、通常の抗うつ薬が(うつ状態のひどい時の補助程度ではなく)ベーシックな主剤として処方され続けたことはあっても、気分安定薬をベーシックな主剤としては全く処方さた経歴のない患者さんの場合です。

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 今回のNHKスペシャルの一番画期的なところは、こうした誤診→薬剤の誤処方が実際になされるとうなるのかという典型的な実例について幾例も取材し、更に、的確な図版も用いて、実に説得力ある形でレポートしたことにあるのではないかと私は感じています。

 結果は、時がたつにつれて、うつ状態が長引き、軽い躁状態でいられる期間が短くなるばかりか、欝の時期に入る度に、一層欝状態がひどくなるという悪循環がどんどん進行していくのです。

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 【以下、第2版で増補-2】

 特にパキシルの場合、最初に服薬してからかなり長期間,、躁状態に転じる危険が他のSSRIよりも高いといわれています。これは双極性のみならず単極性のうつ病の場合でも診られる傾向です。

 この番組の中でもさりげなく付言されていましたが、むしろパキシル投与が引き金となる形で「双極性障害II」が発症してしまう危険すらあるようです。

【以上 第2版増補-2 終わり】


*****


 これと類似したケースを、「メンタルクリニック.net」の猫山司医師は、

● 「双極性障害(躁うつ病)の診断と治療 ―典型的な治療失敗例(疑)を通じて―」

と題する10回以上の長期連載記事で詳しく解説しておられます。

 開業カウンセラーである私自身、久留米で開業してから以降に限定しても、おふたりほど、まさにこうした疑いがあるクライエントさんに実際お会いしました。

 そのうち一件については、新たに紹介する病院に向けて、これまで、欝が軽快したと感じるたびに医療を中断し、再び欝になったら別の病院を受診するということを繰り返していた、それまでの数年におよぶ長大な治療暦を、各病院における具体的投薬も列挙して(結局、「気分調整薬を処方されたことは一度もない!!)、かなり長い紹介状を、クライエントさんの同意のもとに共同で作成しました。

(もちろん、双極II型と診断するかどうかはお医者様にお任せすることを、丁重にしたためました)。

 私は、こうしたことまでなら、臨床心理士が医療に向けて情報提供しても僭越ではないと確信しています。

(続く)


*****


 以下は、番外のコラムです。

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↑ あの.....開業臨床心理士だったらある意味でこういう発言もあたっていますけど、これから開業しようという精神神経科や心療内科のお医者さんには考えていただきたくない発想です(^^;)

 なるほど、院外処方箋で投薬は済ませられるというのは理解できます。でも、いろんな身体の病気の結果として欝状態になることは決して珍しくないので、CTやMRI、超音波診断の装置、血圧計、尿検査設備・心電図、脳波、血液検査の設備、睡眠時無呼吸症候群(SAS)との鑑別診断のための小型睡眠時呼吸脈拍血圧測定器という設備投資は、そのお医者さんに経済的余力があれば可能です。

(患者の皆様、そういう検査のための追加料金を払うぶんには、誤診で薬代がむやみに増える場合に比べれば、結局のところ経済的かもしれない)

 もっとも、良心的な開業クリニックに、こうした設備がないところも現実には少なくありません。そのための設備やスタッフを雇うだけでも経営が成り立たない開業クリニックも少なくないと思います。

 開業クリニックに関しては、

「古い貸しビルの限られたフロアで開業し、広告とかはあまり出していないのに、なぜが口コミで患者さんが多い病院の中にこそ、名医がいる」

という逆説がちまたでよく言われるくらいなんです。

 そして、そうした設備のない開業クリニックでも、問診の段階でこうした「身体病の可能性」を前もって確認してくれていて、少しでも疑問があれば(何回も診察するうちに疑問が出てくれば)、積極的に別の総合病院に精密検査を依頼して検査をする手続きを取ってくれます(きっぱり)。

 実はそのクリニックのお医者さん自身は何も儲からず、むしろ手続きの手間を増やしているだけなので、その点に関してはむしろ良心的なお医者さんだといえます。

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2009年3月12日 (木)

医者選び、ここに注意 -NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(3)- [第2版]

 前回に続き、連載3回目である。

 前回までに述べて来たような理由で、実は、うつ病治療において最優秀クラスの病院ですら、患者さんを相当程度長い経過で診たり、場合によっては、それまでの過去の他の病院での処方を全面的に再検討しないと、適切な診断と適切な投薬はできないものなのである。

 当然ながら、診断は適切でも薬の処方が不適切な病院、あるいは、誤診こそが問題で、もし誤診でなかったとしたら、その診断に「適切」といえる投薬をしている病院も多数みられることになる(得てして、診断と投薬の両方に問題がある)。

 例えば、前回述べた、双極性II型という診断が正しいのに、単極性うつ病と誤診されてきていたことを「長期的に」判断し、更に、躁鬱の波そのものを緩和する「気分調整剤」中心の処方に切り替えていくための投薬スキルが十分な病院は日本にどれだけあるか?

 地域差もあり、番組で描かれたとおり、医師の間でもこの点についての学会あげての研修が急速に広まりつつあるとはいえるが、「4つにひとつ(25%)」という数字を挙げてもまだ高すぎるという意見も出そうなくらいなのが現状らしい。

 仮にその地方で有名で、かなり大規模で、入院設備もある精神科の単科専門病院であっても、予想外にこうした状況にない。恐らく、評判もいい開業クリニックや専門病院のなかのごく一部+意外と無名な開業クリニックの一部に、こうした点で優秀な病院が散在しているというべきだろう。

 私が久留米でカウンセラーとして開業して、特にこの3ヶ月ほどの間に、主として福岡県南部=「筑後地域」、プラス福岡市南部を含めた領域から来談されたクライエントさんからの相談を受けて検討してきた範囲では、この点で、診断および薬の処方の面で順調と確実に判断できたケースは、今のところ、まだ限られています。

 [第2版で追加] しかし、当カウンセリングルームにご連絡頂ければ、福岡市と久留米市の開業クリニック数件をご紹介できる体制を確保いたしました。

 ここ数ヶ月、私が勉強を重ねた結果としての「現在の」私の知識水準(そこにたどり着く過程で勉強不足をこれまで何回か当ブログでも露呈したようにも思います)から振り返って判断しても、神奈川県横浜市南部と鎌倉市の境界(大船)で開業していた当時、この点で信頼おける病院に通う、(関東全域から)私のカウンセリングルームに来訪したクライエントさんは、何人かは、確かにおられたように思う。

 もとより、久留米に開業カウンセリングの地を移して、まだそうした「うつ病で通院中」のクライエントさんからの相談は10件程度の時点なので、もっと情報が集れば、そうした優秀な病院が徐々に発見できていくとは思っています。

 専門家の方・非専門家の方からを問いません、特に筑後地区でこの水準を満たす病院についてメールでの情報提供歓迎します。


******


 さて、日本うつ病学会理事長の野島総一郎医師自身が、番組の中で紹介している「医者選び、ここに注意」のリストを紹介しよう。

以下のような項目に当てはまる医師には要注意!!ということである。
(恐らく、うつ病に限らず通用する)

Nhkdep3

1.薬の処方や副作用について説明しない。

(野村氏の口頭による補足:「薬を渡す際に薬局で同時に手渡される薬の効能についてのやさしい解説文だけでは、医師自らがきちんと言葉で説明したうちには入りません


2.いきなり3種類以上の抗うつ薬を出す。

(抗うつ薬以外の抗不安薬や睡眠誘導剤まで含めると、もっと数が増えることもありますが、投薬初回において、抗不安剤も3週類、睡眠誘導剤2種類も同時処方となると、どの薬が効いているか、その薬が副作用なのか判断しようがないので、要注意!!)


3.薬がどんどん増える


4.薬について質問すると不機嫌になる

(患者さんからの訴えは感謝すべき貴重な情報のはずである!!)


5.薬以外の対処法を知らないようだ

(野島医師がここでいう、「薬以外の対処法」とは、薬も大事だが、お医者さん自身の話の聞き方、信頼関係の築き方なども、治療に大きな影響を当えている.....という、何とも初歩的な次元でのことを指す。これすら認識していない医師が現場にたくさんいるということである)


(次回に続く)


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投薬の全面的見直しの際に注意すること -NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(4)- [第5版]

 さて、前回に引き続き連載第4回め、佳境に入ってまいりました(^^)

(繰り返しますが、今受けている欝の治療に十分成果を感じている皆様を不安に陥れることは私の本意ではありません。どうかお許しください)

 すでにこれまで書いてきましたとおり、このNHKスペシャルの中では、

1.あまりに多種類の投薬を受けていることが多いために、何が効いているのか、何が副作用なのか、ほんとうに有能な医師でもわからなくなっていることに由来する、うつ病治療の長期化・遷延化・むしろ悪化。

2.特に単極性うつ病と双極性II型の鑑別診断と、実は「まったく別」と言っていい適切な投薬(気分安定剤を処方するかどうか)ができる医師の不足により、欝の波にはまるたびに症状の長期化症状の悪化が生じる悪循環にはまっていることが疑われるケースが多いこと

.......この2つの理由で、医師の指導の下でそれまでの薬物処方をいったんすべてやめてしまった上で、投薬の見直しをしていく必要がある、ということが番組の中で描かれていきます。

【第5版で追加】

(ここでは「双極性II型」を中心に取り上げていますが、「急性交代型」や「気分変調症」、「双極スペクトラム障害」などが疑われる場合にも、確定診断が難しく、投薬の方針を大きく変える必要がある場合があります。)

【ここまで、第5版で追加】

 こうした投薬の全面的見直しの結果、それまで10年間欝に苦しんでいた患者さんが、数ヶ月で明らかに軽快の方向に向かう実例すら、この番組では取り上げられています。

*****

 さて、ここからが、この番組の欠点、描き方不足と私に感じられた点の指摘に入ります。

 実は、この番組で取り上げられた、そうした「薬の抜本見直しのため、薬の服用を一度すべてやめてしまう」という医師の判断が描かれている事例3つのうち2つまでが、薬をやめて経過を見る段階で、むしろ断薬の結果、患者さんに、むしろ感情が激しく乱れる時期や、生活に支障が出る身体面に及ぶ様々な症状が出る時期を迎え、その段階で入院治療に切り替えるという対策を早急に医師がとった(あるいは入院態勢があることが十分インフォームド・コンセントされていた)事例であるということです。

 そうでないかにみえるもうひとつの事例(スタジオ出演された、中年の女性の方の例)は、恐らく、患者さんがすでにずっと自宅静養を続けていて、更に、ご家族が介護に全力を尽くされていることによって、緊急対応が容易であったため、入院の時期を必要としなかったのではないかと推測できます。

 更にいえば、恐らく、こうした断薬→くすりの見直しを始める前に、断薬のしばらく後に、そうやって入院を含む緊急対応が必要な可能性があるくらいに心身が混乱する時期があることについて、医師の方から患者さんとご家族にくわしくインフォームド・コンセントがなされ、患者さんも同意していることもほぼ間違いないのですが、そういうシーンは残念ながら描かれていません(私の元クライエントさんから、実際にインフォームド・コンセントが事前に丁寧になされていたので、こうした処方への不安が軽減されたという経験をうかがいました)

【第5版で追加】

 この件に関連して、この番組に取材出演された患者さんのうちのおひとり(男性の、ベッドで横になっておられた方です)から直接メールをいただきました。お医者様から、実際に、丁寧にインフォームドコンセントを頂き、入院についても説明を受けていたとのことでした。なお、この方の診断は「双極スペクトラム障害でないか」とお医者様から言われているとのことでした。

 詳細な情報をいただけましたことに、ネットへの掲載も、ご本人の方から事前に許諾を申し出て下さった上で以上のことを伝えてくださいました。心から感謝申し上げます(09/06/15)。

【ここまで、第5版で追加】

 つまり、この番組がその点にまで踏み込まないままだと、テレビを見た患者さんの中に、医師の了解も得ず、自分だけの判断でそれまでのくすりをすべてやめてしまった上で、はじめて新たな医療にかかろうと判断してしまう方がたくさん出てくる可能性もあるという気がします、

 断薬後の心身の変調は、場合によっては断薬後しばらくはむしろ快調そのものの時期を経た上で、突然思いもよらない症状として生じることもあります。そうした「急転直下」の可能性まで、事前にインフォームド・コンセントができるのが、こうした対処のスキルを磨いた信頼できるお医者さんです。

 どうして新たな薬にすぐに一気に切り替えないかというと、以前の飲んでいた薬の成分が身体から抜けてしまうまで、あるいは、そのくすりによって生じていた心身の状態が元に戻るまで、薬によっては2週間ほどかかるのが普通だからです。抜いた後、「まずは薬の副作用の軽減の実感が最初に生じ、その後ではじめて薬が効いていたから安定していた側面が顕わになることも多いのです)そして、そうやって薬が十分に抜けた状態での心身の状態を丁寧に診ることをしないと、新たな薬の処方を最終的に決めることがお医者さんにもできないからです。

*****

[ここから第4版で追加]

 では、単極性鬱病と誤診され、

「本来双極型II型の診断が正しいはずなのに、気分調整薬が処方されず、もっぱら抗うつ薬のみ処方された結果としての、薬物副作用・相互作用の累積が原因と推測される、慢性的なうつ病的症候群」=DSMでいう「物質誘発性障害」として生じた気分変調が、間違った薬物投与の長期化の中で慢性化して、「あたかも最初から、実は双極性障害2型であったかのように見えてしまう」

という、実は「医源病」の解消のために、例えば入院対応の施設のない開業クリニックにおいて十分な対応ができるかという、皆様が関心を抱かれるであろうテーマについて。

 もちろん、個人差が大きいことです。特に危険度が高い人の場合にはお医者さんも慎重にしてくださるでしょう。

 しかし、それまでの単極性鬱病という誤診とその後の投薬経過のの個人史において、

1.多剤処方と副作用体験が著しく累積しているわけではなく、比較的シンプルな処方、限定的な範囲での副作用にとどまっていた人。

2.特に肝臓をはじめとする血液検査領域で著しい障害が発見されないこと。

3.休職中、あるいはそれに順ずる自宅静養状態にあり、本人の体調も気遣う家族が身近にいること

などといった条件が満たされている場合には、抗うつ薬の断薬にかける期間を最小限(例えば2週間)にして、その一方で並行して気分調整薬を徐々に増量しはじめることをスタートするという治療方針を、慎重にインフォームドコンセントをした上でお取りになるお医者様も少なくないようです。

この場合、いざとなればいつでもそこから数日休養することを開始できるくらいの体制をあらかじめ準備しておいた方がいい気がします。

 恐らく、生活の中で突如、めまいやふらつき、悪心、意識障害、気を失うこと、平衡感覚喪失、動悸、過呼吸など、これだけ取り出したら、パニック発作に近いものと「誤診」される危険がある症状がが突如襲いかかることを一番警戒すべきかもしれません。

 更に、それを事情を知らない別の救急担当医がマジにパニック障害の発症などとのみ診断して「対症療法」だけを始めそうな予感もします。

 私自身がうつ経験があり、ありかちなSSRIの単調な処方から気分安定剤への処方変更を経て、今日の回復に至れた当事者です。脅すつもりはありませんが、そうした処方変更をした直後の時・・・・恐らく気分調整剤が血液成分中で「臨界期に達する」頃と思いますが、夜横になっていると、ある晩、ほとんど急性精神病状態の時と同じような幻覚や幻臭・幻聴を伴う、変性意識状態での悶絶を体験しました。

 カウンセラーとしての研修過程で勉強はしていた、統合失調症急性発症時とかなり類似した体験を、むしろ「セロトニンにやや依存し過ぎ症候群」から脱することと引き換えに「薬理作用的・限定的に疑似体験」したように思います。一種の急性の「知覚過敏」現象だったのでしょう。私自身が専門家でしたから、冷静に「やむをえない一時的現象」と信じてやり過ごすことができましたが。

 恐らく人によっては、この状態をしのぐためだけに、仮入院して、医師からのジフレキサやリスパダールのそこそこ量の緊急投与すら必須だったでしょう(気分安定剤とのあわせ技は有効らしい)。たいていのケースなら、入院してもベッドで静穏に寝ている中でそういうエピソードが通り過ぎるのを静かにしのぐくらいで経過を見るのかな???

[ここまで第4版で追加]

(......ということまで、事前にきちんとインフォームド・コンセントとして単に説明するばかりか、その説明によって患者さんの不安を実際に軽減できるところまでできてはじめてこうした対処を患者さんが信頼してもいい医師である可能性が高いということになります。こうした話になるとあやふやになる医師は、こうした治療を頭で知っていても、様々な事例で成功をおさめた経験に乏しい可能性があるわけですね。)

*****

【以下、第2版で追加】

●参考サイト:
気分調整剤(気分スタビライザー) サイト「ルボックス[デプロメール]を使いこなす」(オリジナルは笠陽一郎医師のページの「薬箱」)

 この記事で見る限り、現在認可されている気分調整剤は、どちらかというと抗躁剤としての処方がまずは確立されたものが多いとのこと。鬱傾向と不眠がある人の場合にはデパケン、鬱主体で元気がない人にはリーマスが向いているとのこと。抗鬱剤と気分調整剤の併用は避けた方がいいとのこと。

 私が聴いた範囲では、気分調整剤は当初緊張性頭痛や眠気の上昇、気分の悪さなどみられるが、これは一時的で、急にSSRIをやめて切り替えると、SSRI中心の時の、もっぱら気分の重たい落ち込みが強く出る人と、気持ちの波そのものは静まるけれども、躁鬱の人が抗うつ剤だけを飲んだ時に独特の、躁にせよ鬱にせよ、独特のねっとり感(パキシル)あるいはさらりとした潤い感(ジェイゾロフト)のある、気分や体調の不安定な揺れの感覚の代わりに、気分的には安定しているけれども、決して10の力は出せず、7か8ぐらいでの安定をコンスタントに維持することは、抗うつ薬の頃よりはるかに無理なくできるが、ある意味では単調で、人生のドラマが消えてしまうかのような体験になることが少なくないようである。

 問題は、まさにこの、「安定しているが、人生からスリルとサスペンスが消えてしまったかのような感覚」にとどまれなくなる人も出てきてしまうことかと思う。
 
 もっとも、恐らくこの点では個人差が大きいだろう。鬱の波がほとんど軽躁のほうにまでは振れない人で、地道にこつこつひとつのことを頑張る側面がもともと強かった人だと、この、

「以前とはテイストが違うけれども安定した状態」

を、

「肩の力が抜け、余計な力みがなくなり、状況全体を俯瞰した上で、クールで大人の対応ができる自分へと一皮向けて行ける」興味深いチャンスが自分に与えられた

........ととらえなおすことが比較的無理なくできるかもしれない。

 これに対して、ギャンブルや酒などへの嗜好があったり、自分の中に、公私問わず、物事の解決や成功のための「勝利の方程式」をある程度見出せているという自己信頼がない人だと、気分調整剤を飲み続けるモチベーションを維持する上での困難も大きく、維持療法に入る以前の段階では、薬物療法的にも、医師の高度な処方テクニックが必要となるのではないかと思う。

 今後、ラモトリジンという、むしろ抗鬱作用が強い薬が気分安定薬としても日本で認証される可能性はあるそうですが、まだ現状は、その一段階前、抗てんかん薬としての治験の段階とのことです。
 

Nhksp4a
Nhksp4b
↑同じ患者さんが同じ時期に一気に5つの病院を受診した結果、病院によって、これだけいろいろな量と種類の薬の処方をされた!!

Nhksp4c
↑そのことについて、NHKの取材を受け、慎重に言葉を選びながら返事をする、厚生労働省の技官(^^;)

(第5回に続く)

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2009年3月13日 (金)

番組で「非定型うつ病」を積極的に取り上げなかったこと -NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(5)- [第3版]

 さて、前回に続く連載を一気に第5回である。

 (そう簡単なことでは、番組後半の認知行動療法の話題に到達しないのが、この連載の最大の持ち味である^^;)

 今回のNHKスペシャル、「最近はうつ病の診断ももいろいろな種類に分化してきた」とまで解説しながら、ついに新型うつ病としてこの数年喧伝されてきた「非定型うつ病」については、この診断名そのものは一度だけ画面表示されナレーションに流れただけで、わずか2秒で済まされ、スタジオの参加者も言及しなかった(この部分、第2版で改訂)。

 まさにこの点もひとつの快挙であると私は考えている。

 (ひとつの逆説として述べているのであり、決して皮肉ではない

 双極性II型単極型うつ病診断と投薬の違いについて番組でここまで詳しく紹介したことの方が、はるかに優先事項だったともいえる。

 「双極性II型」については、日本においても、後述の「非定型うつ病」よりは、はるかに投薬のしかた(標準処方)が確立していることも大きいだろう。

 つまり、誤診の影響がはなはだしいことが医師の共通理解にすでになっているべき緊急性の高さがある。

 しかし、私はそれよりも以下の点を指摘したい。


*****

 
 実は、「非定型うつ病」についての診断基準は、DSMーIIIの段階から、1994年にDSM-IVに改訂される段階で大改訂され、非常に具体的に定義されるようになりました。

 非定型うつ病について解説されたサイトの少なからぬ部分では、

「1994年に診断基準が確立された

 と書かれています。

 私はこれはたいへん誤解を招きやすいところがあると思います。

 なぜなら、DSM-III(アメリカ精神医学会診断基準 第3版)の段階(1994年以前)でも、「非定型うつ病」という診断名は存在したからです。

 手元の「DSM-III日本語版」の方から引用します:


****

       ●非定型うつ病 Atypical Depression

 これは抑うつ症状を持つ患者で、「大感情障害」または「その他の特異的感情障害」、あるいは「適応障害」と診断することができないものに対する残遺カテゴリーである。例としては以下のものがあげられる:

(以下略)

****

 DSMという診断基準は、うつ病に限らず、すべてのジャンルで、いろいろと具体的に定義できる診断名と診断基準を掲げていった後で、最後に「これらの診断基準に十分あてはまらない場合」のための「残遺カテゴリー」を設置する、という構造を持っている。

 つまり、DSM-IIIまでに関しては、「非定型うつ病」とは、まさに"atypical"=「典型的ではない」うつ状態という意味でしかなかったのである。

 ところが、1994年のDSMの改訂において突如、「非定型うつ病」は、それ自体厳密で具体的な診断基準をもつ、独立した積極的な診断カテゴリーへと、急変してしまったのです。
 
 これは、「以前は曖昧だった診断基準が具体的に定義された」なんていうものではないというべきです。、

 DSM-IIIの段階とDSM-IVになってからでは、同じ「非定型うつ病」という病名でも、かなりの程度別のタイプのうつ状態を指す名称になった、という方が適切といいたくなるくらいなのですね。

 (実はこのようなことになったのにも、わけがあります。DSM-IVで細かく定義された意味での病態については、すでにかなり以前から、専門家の間では「非定型うつ病」の名のもとに議論されていたという「歴史的経緯」があるのです)

 そもそもこのことを、いくら一般の人向けの「わかりやすい」解説だとはいえ、まるで、時代の変化によって「新種の」うつ病が新たに「発見」され、蔓延するようになったみたいに解説する(これではインフルエンザウィルスの新種発見みたいである)のは、それこそ医師以外の非専門家をナメています(^^;)

 そこまでいわなくても、新たな誤解の火種をまく危険がある、とは申し上げていいでしょう。

 実は、DSM-IVにおける「非定型うつ病」にあたる病態は、「昔から存在していた」というのが適切であろう。

 そして、はっきり言いたい。

 少なくとも、具体的な診断基準を細やかに決めるなら、もはや「非定型」なんていう名称ではなく、新しい具体的な診断名ぐらいはつけるべきである!!

 「境界性人格障害」という名称が、本来「精神病と神経症の中間状態」を指すものだったのに、過剰に濫用されるようになった歴史をまた繰り返したいのか!!


*****


 更に思うこと。

 今回のNHKスペシャルは、「そうか、最近は、うつ病もいろいろ診断や治療法が多様化しているんだな」という印象を視聴者に残すだけに留まるだけでよしとしていない企画だと思います。

 控えめに言っても、番組企画当初の意図を、取材を進める中で越えて行ってしまい、その結果、ありがちなこの種の番組のパターンを超えたところまで行ってしまった番組と理解するほうがいいと思います。

 実際、予想もしない内容に「いつの間にか進化した」ゆえの構成上の歪みと、番組スタッフと、スタジオ出演のうつ病学会会長、野村医師の見解が少し違い、両者のせめぎあい(あるいは番組スタッフの間のせめぎあい)まで、注意深くこの番組を観ていると、透けて見えるあたりこそ、この番組を観る際の面白さであり、そして残念なまでの不完全さなのです。

 【第3版で追加】 その不整合の具体例と出演者のせめぎあいはこちらで読めます。


*****


 私がこの記事で、DSM-IV以降の「非定型うつ病」の診断基準や治療法を具体的に引用することをなかなか始めないのも、実は意図的なんです。この番組の真にすばらしい面を皆様と再度確認したいからです。

 つまり、

1.うつ病の診断と治療においては、医者の側に的確な診断能力が現状では意外なまでに不足している。

2.その原因としては、初回の投薬時からあまりにたくさんの薬を同時処方したり、患者さんが不調を訴えると、どんどに薬を増加させるために、もはや患者さんの症状のどこまでがうつ症状自体の表れで、どの薬が副作用を起こしているのかすら、名医ですらすぐには判断不能な状況が蔓延している。

   downwardleft

 そうした状況で、「非定型うつ病」を今さら紹介しても、その非定型うつ病の診断そのものが的確になされている可能性もまた低いのだから、

何を今さら!!

.........ということになる。


 これこそ、この番組の重要な隠れメッセージなのである!!



(第6回へ続く)


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認知行動療法について -NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(6 一応の最終回)-[第5版]

 さて、いよいよこの連載、前回に引き続き、このエントリーで最終回です。

 前回で紹介した、「非定型うつ病」の現在の診断基準と、その具体的治療法については、実に様々なサイトですでに詳しく言及されておりますので、そうしたサイトをご覧になる読者のご判断にお任せいたします。

*****

 でも、「非定型うつ病の人は、認知行動療法によってアサーティブさ(自己主張能力)を身につけることが必要

という意見を読むと、

「日本人は、うつ病に限らないこととして、むしろ心理療法全般を受けることによって自己主張能力を身につけたおかげで、周囲との摩擦に耐え、孤高の道を歩む苦しみを感じているんじゃないか」

とも思うし、その一方、

「今の若い世代は、生きる糧を得るために働くという経験に乏しく、自己主張的になっているので(!)、昔の人のように、典型的(=DSM-IVで、過去の遺物から突如復活(^^;)した、「メランコリー型」)うつ病になれなくなっている」

という全く正反対の記事を読むと、

「ああ、オヤジの『今の若い者は』のバリエーションに過ぎなくなってる。要するに、古典的うつ病の人のほうが従順で、扱いやすかったという医者本位の愚痴なんじゃない?」

と感じてため息をつくのは、私だけではないと思います。

 繰り返します。DSM-IVでの診断基準に適う意味での「非定型うつ病」と同じ病態の人は、昔も今もたくさんいただけです....と。

 
******

 さて、いよいよ、番組後半で取り上げられた「認知行動療法」に関してですが。

 認知行動療法についても、この番組に関する、しないにかかわらず、様々なサイトを見ていくと、バランスのいい記事が結構見受けられます(お医者さんによるもの、実際認知行動療法を受けた人の体験談etc.)。

 例えば、

● うつ病治療 常識が変わる NHKスペシャル (by茅野 分 コラム - All About プロファイル)

は、手短ですけど、お読みになる皆さんをたいへん安心させる、お医者様のコメントですね(お医者様による番組全体の紹介記事としても、簡潔で、しかし、専門的な勘所にしっかり触れてくださっているコラムになっています)。

【ここから第3版】

 ただ、英語ですが、次の記事の存在は是非お知らせしておきます:

●Petition Against Over-Regulation of Psychotherapy(心理療法への過剰規制に反対する嘆願書) (Moving Toyshop)

この記事は、裕さんのサイトの、

* イギリスにおけるセラピーに対する国家の規制

というエントリーで紹介されていたものです。 

【ここまで第3版】

 そこで、多くはそちらにゆずるとして、次の点だけ、開業臨床心理士としての私のスタンスを明言させていただきます。

 私は、基本的に、ある特定の心理療法が他の心理療法と比較して優れているかどうかという論の建て方に懐疑的です。

 いいカウンセラーにめぐり合えば、それが精神分析でも行動療法でもフォーカシング指向心理療法でも(!)、さらに特定の心理療法を標榜しないカウンセラーのでも、うつ病に関するカウンセリングに関して、的確な見立てと、個々のクライエントさんにふさわしいカウンセリングの進め方、医療の必要性まで、クライエントさんの考えも尊重して、一緒に納得のいく解決を模索していく力があります。

 このNHK特集でたっぷりと矢面に立たされたお医者様たちへの公平のために申し上げれば、カウンセラーや臨床心理士の場合にも、専門能力として不十分な場合が「同じくらいにたくさん」見られる点では同じかもしれません。私もまた、多くのクライエントさんに、「未熟なカウンセラー」として記憶に残っていることも少なくないであろうことは十分認識しています。

 しかし、それでも敢えて断言します。

 標榜する心理療法の流派やアプローチの違いと、「現場」カウンセラーとしての力量とは無関係だと。

 むしろ、カウンセラーは、経験を積めば積むほど、

「他の流派のカウンセラーでも、現場臨床的に力量がある人は、根本的なところでは自分と共通のことを自明の前提としてやっている」

ことに気づき、そうした技法についても実際に謙虚に学んでみる姿勢を保てるカウンセラーこそ、実は、その人の標榜する心理療法に限定しても、奥の深い現場臨床での実力を持っているものです。

●参考記事 : 「「オモテ」技法と「ウラ」技法 または収穫逓減の法則(当サイト)

 誠に僭越ながら、私が目指しているのも、まさにそのような、他の心理療法や技法に偏見のないカウンセラーに他なりません。

 私がそういうカウンセラーにどのくらいなっていて、現場臨床でも有能かを評価するのは、おいでいただくひとりひとりのクライエントさんに他ならないと思います。

 それどころか、クライエントさんに限らず、どんな人間同士でも、他人が自分のことを「誤解する権利(!)」が保障されていなければ、それは「支配」を原理とするファシズムであり、むしろお互いに更に理解を深めるきっかけを失ってしまうものだと確信しています。

(もちろん、「理解を深める」なんてしてほしくない、というクライエントさんの訴えがあれば、それも大事にしたいと思っています。自発的に訴えて下さらなくても、「私はこのクライエントさんにすでに踏み込み過ぎ、それを苦痛とのみ感じさせてはいまいか?」という自問自答はいつもして、チェックしているつもりではいます)

 クライエントさんからのどんな苦情や不信の念もぶつけてもらえることを、「クライエントさんが心の中でいつまでも抱え込んでいるだけにならずに済んで良かった」と、少なくとも心の中の「一方の自分」は受け止め、仮に、「他方で」、クライエントさんの誤解を解きたい気持ちがどうしてもカウンセラーの中にある場合にも、そのことでクライエントさんとの溝を深めるだけにはならないだけのことができること。

 更に、それが単にクライエントさんの「言いなりになる」ことではなく、クライエントさんにほんとうに役立つ援助へと前進するきっかけになるということが、絵に描いた理想ではなく、試行錯誤を重ねつつも、クライエントさんと共に実現に近づけるカウンセラーでありたいと思いながら、ひとりひとりのクライエントさんと毎回お会いしているつもりです。

 そして、「どうしてすぐに治してくれないの?」というお話に対しても、一方的な説明にとどまることがないように努めているつもりです。

 これを読んだ私のクライエントさんたちへ:

 今度お会いした時に、これを機会にこれまで言えなかった本音をいってくださっても歓迎します(^^) 
 今度ではなくて、もう少し先のいいタイミングで言ってみよう、でも自分の中で決して忘れないではおこう、というのも歓迎です(^^)

*****

 更に、私のカウンセリングルームの宣伝めいたことも、もう少しさていただくことをお許しください(^^)

 私は、まだまだ不十分かと思いますが、精神分析、行動療法、認知行動療法(まもなくこれに「最新の」臨床動作法が加わる予定です)など、様々な心理療法流派の、現場で一流という評価がある先生方の研修会に参加するように努めてきました。

 私の『普段の』カウンセリングをお受けになったクライエントの皆様の中には、私のカウンセリングを、例えば「認知行動療法」っぽいなと感じた方も少なくないようです。

 別の方は「まるでユング派みたいだ」とお感じかと思います。

 更に別の方は「ゲシュタルト療法みたいだ」とお感じの方もあるようです。

 なんだ、普通のロジャース派(来談者中心療法)と何も変わらないではないか、とお感じの方もあるでしょう。

 通常の面接の際には、「どこがフォーカシングなのか見当もつかない」とすら言われます。

 なのに、フォーカシングを技法として教える教師としては、

 「これほど理論や技法に厳格で、実践的な指導を具体的にしてくれるトレーナーにはこれまで会ったことがない。どんなぶしつけな質問をしても答えてくれる」

というご意見と、

 「こんな和気あいあいの自由なフォーカシングを学ぶ場を体験したことがない」

というご意見が両方あるのです。

 更に、

 「私の個性が強過ぎる」

というご批判と、

 「ネットの記事から想像していたよりは、よほど控えめな方ですね」

という感想も両方いただきます(^^)

*****

 しかし、このように、おいでいただいた皆様によって全然異なる感想をいただけることは、「フォーカシング指向心理療法」本来の性質に、ある意味で厳格に従っている結果だという少なからぬ自負もあります。

 「フォーカシング指向心理療法」という著作のなかで、創始者ジェンドリンは次のように繰り返して書いています。

 「フォーカシング指向心理療法は、単に技法としてのフォーカシングを面接のさなかに時々部品として差し挟むような次元にとどまるものではない

 「フォーカシング指向心理心理療法は、それがどんな技法的アプローチであるかに関係ないものである。さまざまな技法的なアプローチをそれぞれ別種の「エンジン」だとすれば、フォーカシング指向心理療法はどのエンジンであるかに関係ないで生かせる「エンジンオイル」のようなものだ。

 「フォーカシング指向心理療法」の特に下巻は、まさに、そうやってさまさまな流派ややり方にフォーカシングをさりげなく生かすための、ジェンドリンなりのヒント集です。

 この下巻の、「認知行動療法的アプローチ」に関する章は、私が特に熟読して来た章のひとつです。

 そう遠からず、私なりの、認知行動療法的なフォーカシング指向心理療法の、当カウンセリングルームにおける現場実践についても具体的にお書きすることを、この場でお約束いたします。

【ここから第3版への追加】

 私なりの部分的には認知行動療法的といえるアプローチのバリエーションのいくつかの具体は、こちらこちらで紹介しています。

【ここまで第3版への追加】

 もとより、私よりもより優秀な「認知行動療法」本来のセラピストが、皆さんのより身近にもいらっしゃることを、私は心から祈っています。

*****

 ●謝辞●

 この記事を書くために何らかの意味で参照させていただいたサイトは、記事の途中でご紹介したサイトのみならず、非常に多くのサイトです。

 しかし、この記事を書くそもそものきっかけとなったのは、Lithiumianさんという方から3ヶ月ほど前にいただいた、私のプライベート・サイトのある記事への厳しいご批判でした。その方から、推薦サイトをいくつかご紹介いただいたことがそもそものきっかけです。Lithiumianさんには、特に篤く御礼申し上げます。

 更に、「ブログ論壇」というサイトを運営されている、ともあきさんから、最初は別の記事にいただいたトラックバックの記事の内容にも励まされました。この「精神療法の荒廃」と題するエントリー記事では、このNHKの番組の再放送を含む放映日程が詳しく紹介されているばかりか、この番組についての様々なコメントも掲載され、更に、ともあきさんご自身の認知行動療法体験についても、簡潔に自己レスコメントをされています。

 実は、私の方からも、今回の連載が進むたびに、繰り返しトラックバックをともあきさんサイトに差し上げ、ともあきさんからもトラックバックをそのたびごとに返していただきましたが、私の方のトラックバックの欄に見かけ上同じ記事からのトラックバックが並び過ぎてしまいますので(^^;)、私の勝手な判断で、私の方の表示はふたつに集約させていただきました。ともあきさん、どうかお許しください。

 更に、これまた少し以前の別の記事にトラックバックをいただきました、このサイトでもすでに具体的にご紹介した、ご自身精神科医である猫山司さんのブログ、「メンタルクリニック.net」の、他の様々な記事もたいへん参考になりました。私の愛読サイトになりました。ありがとうございます。

 また、抗うつ薬の処方に関しては、精神科医kyupinさんの、「kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)」からも多大な情報を参考にさせていただきました。改めて感謝申し上げます。

*****

 最後に、私は福岡県南部(筑後地方)に、私が知らないだけの、十分な診断と薬の処方をしてくださるお医者様が少しでも多いことを信じたいと思っております。

 筑後地区の病院のお医者様、あるいはこの地区の病院に通う患者様の中で、ご不快であったり、ご不安を増してしまわれた皆様もあるかと思います。

 まだ実際にクレームをいただいた例はございませんが、これからも、不適切な表現が見つかりましたら、できるだけ変更してまいります。 

****

 そして、何より、これまで私のカウンセリングルームに相談して、話を聞かせてくださったクライエントの皆様にこそ、ほんとうに厚く御礼申し上げます。

 この3ヶ月の間、この問題について私なりに猛勉強する中で私の認識が急に変化したことは、もう読者の皆様もお気づきかと思います。

 ここに書いたような、恐らくまだ不完全であろう認識すら不十分だった、久留米での開業初期にお会いした皆様、神奈川・大船開業時代のクライエントさんを含めた皆様、「もし現在お会いしていたら、まだ何かお役に立てたのでは?・・・」という後悔の念を禁じ得ないでいます。どうかお許しください。

(この連載、終わり........のはずでしたが、ここから更に「特別編」の連載につながります)

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2009年3月14日 (土)

統計上の問題など。 -NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(特別編1)- [第2版]

 前の記事、最終回ではまだご不満の方もあろうかと思いますので、やっぱり「追加特別編」を書きましょう(^^)

 番組の後半、認知行動療法についての部分には、大きな自己矛盾が内包されている!!

 NHKサイトの、この番組についての公式ページでは、次のようにこの番組のことを紹介している:


*****


(前半略).....こうした中、薬の処方を根本的に見直す取り組みや、難しい診断が一目でできる技術の研究が進んでいる。また、「うつ先進国」のイギリスでは2年前から、国を挙げて抗うつ薬に頼らず、カウンセリングでうつを治す「心理療法」を治療の柱に据え、効果を上げている。うつ病治療の最前線に迫る。


*****


 この番組の後半を実際に見ても、どうも番組制作サイドではこういうふうな流れでまとめたかったみたいなんだけど、その過程で、いくつか凄い勇み足を同時にやってしまっている。

 以下の図版をまずはごらんあれ:

Nhkspomake1
 ↑どう見ても大学の心理学の教科書!!

 この画面で表示されているのは、ロジャーズ派カウンセリング=来談者中心療法についての、心理学の教養課程向けの教科書ですら実は結構見られる水準の解説の文章の断片ですね。

 ここにオーバーラップして、ナレーションは、

「うつ病に対して、受容と共感的傾聴とする旧来の心理療法よりも優れた新しい技法として認知行動療法が認められて来ています」

と入る。

 うつ病に対する認知行動療法の優位性は、日本でも十数年前からとっくに唱えられはじめtいたんだけれども、それは敢えて問わないことにします(^^;)


******


 【ここから第2版で追加】  そもそもこの番組、どの内容が最新トピックななのかの序列がわかりにく過ぎます。

 すでにこの連載エントリーで具体的に示した話題に限定すると、恐らく、時系列的には、

1.うつ病における認知行動療法アプローチに、日本のカウンセラーにも関心が高まる
     downwardleft
2.「非定型うつ病」への関心が高まる。
     downwardleft
3.欧米で双極性障害II型と単純なうつ病では、薬物の標準処方が全く異なるという認識が確立する。
     downwardleft
4.イギリスで、認知行動療法を、公に、うつ病の標準処方とする法律が国会で可決され、各地に公立で無料の「臨床心理センター」が開設され、公費での認知行動療法カウンセラーの養成がはじまる。
     downwardleft
strong>5.日本で、双極性障害II型と単純なうつ病では、薬物の標準処方が全く異なるという認識が広まり、心ある現場の医者の中に、そのことを実現するための十分なスキルが実現され始める。

 ........恐らく、こんな順序のはずですが(^^)

 どうです? 番組の流れに全然一致しませんよね。 【ここまで第2版で追加】


******


 そして更に、番組の流れは、イギリスでは、開業医に欝と診断されると、薬物療法ではなくて、地域の臨床心理センターの認知行動療法カウンセラーにまずは回されるという法律がすでに国会で成立して施行されている、ということを映像で描いていくのだが、この脈絡のなかで、次のような統計グラフを提示してしまった!!

Nhkspomake2
 ↑ここで示された統計グラフは、「薬物療法だけ」の場合、「薬物療法と認知行動療法を併用した場合の再発率を比較したものである。


*****


 Q : さて、教養課程で統計入門を学んだ、心理学に関心ない理系や社会科学系の大学生の皆様、この場面で比較のためには、実は最低もうひとつ、厳密には更にもうひとつ、もーっと念を入れると更に更にもうひとつのデータを加えて相互比較すべきなのですが、それはどういうデータでしょう? 

 A : 

* 最低限絶対必要 : 「薬物療法と来談者中心療法併用した患者の再発率」

* これもあったほうが厳密 : 「薬物療法を用いずに認知行動療法のみ適用した患者の再発率

* ここまでやったら完璧 : 薬物療法を用いずに来談者中心療法のみ適用した患者の再発率

 百歩譲って、「薬物療法を用いない形で実験することは、人道的に許されない」というのなら、最初のひとつをだけでも加えて最低3群の比較をすべきではないでしょうか???


*****


 次にこの4群がすべてそろったします。すると次のような結果のパターンのシミュレーションができますよね。

1.薬物療法なしだと、認知行動療法の再発率が来談者中心療法よりも明らかに高い/同じくらい/むしろ低い

2.薬物療法ありだと、認知行動療法の再発率は来談者中心療法よりも明らかに高い/同じくらい/むしろ低い

3.薬物療法なしの場合とありの場合で比較すると、認知行動療法においては再発率の違いがより大きい/同じくらい/小さい(4. と比較して)

4.薬物療法なしの場合とありの場合で比較すると、来談者中心療法における再発率の違いがより大きい/同じくらい/・より小さい(3.と比較して)

5.薬物療法がない場合、認知行動療法の方が来談者中心療法のよりも再発率が低い/同じくらい/むしろ逆


 そして、極めつけは、


6.薬物療法も認知行動療法も来談者中心療法もすべでやらない場合自然治癒を経た後の再発率が一番低い!!


というシミュレーションが結局正解(統計学的にも有意)の可能性が、ないとはいえないのが統計学なのです!!

 (実際には、そうした多角的な統計を取ったのかもしれませんけど ^^;)


*****


 もう皆様お気づきでしょうが、どんな心理療法を適用しても、薬物療法の併用が同じくらい効果が上がる可能性だってあるわけですね(^^)

 イギリスでも、このような統計のマジックにだまされて(ごり押しされて)、法案は通過した.....ということだけはいくらなんでもないとは信じたいところです。

 もしそうなら、全く別の意味でのスキャンダラスのドキュメンタリー、今流行りの「国策捜査、もとい、「国策調査(統計)」になってしまいます(^^;)


*****


 そして、そもそも日本うつ病学会理事長の野村医師の発言だけを追うと、どうも認知行動療法を特に推奨しようとする番組製作サイドの方向性に、あたかもブレーキをかけるようなアドリブ発言が各所に見られます。

 認知行動療法について番組内で解説しているのは、よーく観ると、ナレーションと、取材した日本とアメリカの認知行動療法専門のカウンセラーだけなんですね!!

 一方、野村先生は、

 「認知行動療法だけではなく、他のカウンセリング技法を含めて」

だとか、

 「薬物療法は、、ひとつの選択肢に過ぎないという捉え方も必要だけど、重要なものであることには変わりがない」」

といったアドリブ発言を、番組の最後まで繰り返しているわけですね(^^;)


 私には、

 「認知行動療法もいいけどさあ、そもそもお医者さん自身が、じっくり話をきくという、セラピー云々以前の水準の基本中の基本がなってないようではカウンセラー以前の問題だよ。正確な診断も投薬もできないとすれば、その医師は、カウンセラーも適材適所で有効活用できないんじゃないかなあ・・・・」

 という野村医師の心のボヤキが聞こえてきてもおかしくないなと想像したのですが、思い込みすぎでしょうか?

  【ここから第2版で追加】 少なくとも、「こんな思い込みも可能」と捕らえる提案をしてみることは、「物事の認知の枠組みを変え、生産的な方向で別の可能性を示していく」、という意味において、すこぶる「メタ認知行動療法的」かと思います(^^;) 【ここまで第2版で追加】


*****


 最も善意に解釈すると、番組スタッフと出演者の間で、「番組制作を進めるうちに、当初の方向性とは思いもよらない形でバランスが狂ってしまった」という共通理解が成立していて、「もう手直しが間に合わないので、野村先生、アドリブでそのへん、できるだけ調整くださいますか」などどいう談合が成立していたのかもしれません(^ ^;)

 私には、細かく丁寧に見れば観るほど、製作課程の舞台裏が彷彿と伝わる気がするという点で、実にスリリングな(?)番組でした(^^;)


 (以上、特別編1でした。 特別編2こちらです)

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2009年3月16日 (月)

今回の番組を「ネットでは常識水準」と言ってしまうことの副作用 -NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(特別編2)- [第2版]

(以下の内容、前の記事にいただいたコメントへの私のレスを、更に推敲したものです:)

 今回の番組における双極性II型と気分調整剤の取り上げ方そのものがまだ一面的であるとお感じの方が、ネット内外、専門家・非専門家を問わずたくさんおられることは承知しております。

でも、

  ●問題点1: 「ネットでは常識水準」という発言を読んでいると、そういう皆様はすでに「事情通」の部類に属するように私には思われてしまえて(^^;)

「この番組で描かれた水準の内容をこれまで知らなかった、今更この番組に感心している人たちは無知過ぎる」と、「事情通」のプライドがある人が、実は「多数派」であるのはまちがいないネットユーザーを愚弄しているかのように感じる人が少なからず(決して少数派ではなく)いるはずです(^^)


  ●問題点2: 「ネットではこのくらい常識だ」という論調を読んでしまうと、この番組を観ないで済ませ、詳しい内容を知りたい、自分なりに判断してみたいと感じる人たちの「意欲を削ぐ」だけとも思います。


  ●問題点3:  ネット上での、専門家と思われる皆さん「ここで描かれているほど単純ではない」という一般論を述べることは、読者にとって今更何か役に立つと言えるのでしょうか??? 

 私が思い当たる、専門家のこうした発言の効用は、すでに自分への医療に納得している患者さんに、この番組を観たことできっかけとして生じた不安を軽減するということです。

 しかし、その一方で、専門家のこうした水準に留まる発言の副作用(!)は、一般のネットユーザーの少なからぬ部分に、

  「結局こうやって、専門家たちは責任回避しているんだ」

と感じさせたり、

  「医者は結局自分の処方は実際に繰り返し診察し、薬の効果を確認しながら進めているので大丈夫だと言い訳したいのだ。カウンセラーは結局、自分は医者ではないのでといういつもの責任回避、あるいは保身に走るのだ」

と、ため息を伴う無力感の堂々巡りを感じさせるj可能性は決して低くはないということです。

 敢えて我田引水すれば、私は私のネット上でのスタンスが、現実世界での私のカウンセラーとしての評価に影響する可能性を、私なりに引き受けているつもりです。

 そして、私は、ものごとへの姿勢として、

「初心に帰って、一度頭を真っ白にして、番組や著作を正確に読み解こうとする」

というスタンスを自分から買って出る「専門家」がいなければならないことを確信しています。


*****


 そして、そういう意味で、専門家に逃げ場を与えず、患者さんを起点に、現実の社会行動を促すといった「そこそこ絶妙な」効果を、ひょっとしたら製作サイドか予想もしなかった形で(^^;)発揮する効能がある点で、

この番組そのものが、社会全体への「薬」として計算外の効能がすでにあった

と感じています。


*****


 評論家的にはいびつで不完全な作品との評価を当初受けていた映画や音楽が、長期的には名作と認められるのもありふれたことです。

 ドグマチールが最初胃腸薬の一種として開発され、気分調整剤デパケンが最初抗てんかん薬だったわけです。

 歴史は繰り返す。


(........え? 少し次元が違っている ^^;)


※特別編2 終わり。 特別編3はこちら



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2009年3月18日 (水)

ご紹介:読売新聞の「医療ルネサンス」 更に、援助的専門家自身のメンタルヘルスについて -NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(特別編3)-

 前の記事までにご紹介したうつ状態に限らず、発達障害や統合失調症、身体疾患についても、誤診→投薬の不適切ということがよく見られることは言うまでもない。

 読売新聞の長期連載コラム「医療ルネサンス」は、単行本化された「私のうつノート(書評記事当サイトにあり)と共に、すでに定評ある、この種の問題を掘り下げた試みであるが、読売新聞公式サイトでもバックナンバーを読むことができる。

 この「医療ルネサンス」のバックナンバーから、

●シリーズこころ これ、統合失調症? 耳傾けた心理士 誤診修正

を紹介したい。

 いじめを受けていたことを親にも内緒にしたかったために、「悪口を言われている気がするだとか、「誰かにつけられているのでは」という訴えを、統合失調症における妄想状態であると医者に誤診されていた例である。

 話をじっくりと聞いてくれた臨床心理士によって、このあまりに初歩的な誤診の可能性について示唆を受け、別の精神科病院で幸い正しい診断を受け、回復したとのこと。

 数名以上の統合失調症が疑われるクライエントさんとじっくり面接した経験があるカウンセラーであれば、若手でも、こうした際に妄想であるかないかについて、かなりはっきりした見立てをすることができるものである。

 大学学生相談をしていると、私に限らず、

1.母国の国際紛争で前線の兵士になり、実際に諜報活動に従事したことがあるらしい留学生が「自宅に盗聴器が仕掛けられている」「誰かが監視のために付きまとっている」と訴えたが、しかし帰国後、本当に統合失調症との診断が適切だったことをご家族から報告してもらえたケース。

2.帰り道で誰かに付きまとわれていると訴えた男子学生が、医師に一度は統合失調症を疑われたが、実際に、ほとんど面識がない女子学生(!)からのストーカーを受けていて、診断が変更されたケース。

3.家での親の仕打ちについて、とても現実にありそうにないとも思えることを話していたが、実際に親に接してみると、とてつもないモンスター・ペアレントであり、なおかつDV常習者であり、なおかつ学生本人は、実際に、「妄想型」ならぬ「解体(破瓜形)」統合失調症的側面があり、しかもPTSDではないことも医者によって慎重に鑑別診断され、それでも親は頑固なまでに娘の病気を否認し続け、結局地域精神保健と連携して、精神障害者認定と生活保護で実家から別居してもらうのが適切となり、その後デイケアの仲間たちと、やっと安定した境遇にたどり着いたケース。

などを担当したカウンセラーは決して稀ではないと思う(プライバシー保護のため、一部脚色して、しかも四半世紀前のケースを例示した)

 しかし、こうしたケースを見立てる力は、すでに述べたように、実はそんなに高度な専門的勉強や経験を積み上げなくても、現場カウンセラーなら身についているはずである。

 これらに比べると、双極性気分障害II型と、単極性うつ病の鑑別診断の方がはるかに難しい。

 考えてみれば、精神神経科は、聴診器も当てず、脳のCT検査も心電図も、意外なまでに滅多にとらないままに、幸運にして長い場合でも初診20-30分でとりあえずの診断と投薬をはじめるという点では、もの凄い職人芸の世界である。

****

 更に、業界では結構知られている話。

 医者本人がうつ病や統合失調症でも、日々の患者さんへの診断や投薬は適切な場合も多い。

 一般に、妄想的な傾向が強い人は、他人の言動が妄想的かどうかには十分敏感で、「現実吟味の行き届いた適切な判断ができるものである (中井久夫「説き語り 妄想症」による。、病者と社会 (中井久夫著作集―精神医学の経験)に所収)

 もちろん、良心的な医局がある病院だと、そうした疑いがある医師を、本人を傷つけない形でさりげなく現場最前線から外すものである。

 しかし、そうした病院内部の周囲の人間の対応が中途半端で、当人の不信をあおるだけの対応しかしなかった場合、そういう精神科医が「外部のカウンセラー」に通った挙句、自殺するという現象も、決して稀れではない。

 国立がんセンターに勤務する医師が、がんで死亡することも珍しくないのと同じ次元で、こうしたことはクールにとらえるのがいいと私は思っている。

 そして、医師に限らず、看護士、保健士、介護福祉士、ケースワーカー、そして臨床心理士などのカウンセラーをはじめとする専門的援助職に従事する人たち(学校教師も加えていいだろう)こそ、まさに「感情労働職」の典型として、燃え尽きたり、鬱の発症の危険にさらされている人たちである。

 いろんな関係者の話を聞くと、こうした「対人援助職従事者のメンタルヘルス」の問題で、現在の日本で一番対応が遅れているのが、臨床心理士という意見も多い。

 これは、そもそも素質のない人に簡単に資格を与えないというスクリーニングなどで解決する問題ではない。まじめで熱心なカウンセラーほど、「まさかあの人が」という形で、一度は倒れたり、うつ状態やストレス性の疾患で仕事を長期的に休む危険に直面しているようである。

 私はそうした専門援助職の従事する皆様からのご相談も、その方の資格を問わず、大事にしているつもりです。

※特別編3終わり。関連記事がこちらにあります。

*****

 更に、このNHKスペシャルのあたかも続編であるかのように放送された、「クローズアップ現代」「抗うつ薬の死角 ~転換迫られるうつ病治療~」のついての感想はこちらに続きます。

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2009年3月20日 (金)

医者に鬱病と診断され薬物療法も受けている人へのフォーカシングの適用について [第4版]

 この問題について、日本に十数名いる、The Focusing Institute(日本語版サイトはこちら)の認定コーディネーター(狭義のフォーカシング技法の「トレーナー」、および、「フォーカシング指向心理療法セラピスト」の訓練資格認定そのものの資格の所持者である私が、個人的見解であるにしても、こうした場で表明することは、たいへんな責任を伴うことを私は十分自覚しています。

 私以外のコーディネーターやトレーナー、一般のフォーカシング学習者の皆様からのご意見は誠実に尊重させていただきます(個人メールでも結構です。匿名でも歓迎です)。

 もとより、個人情報保護の観点から、ご本人から主体的に公開の意思を表明された場合を除き、ネット上でその趣旨を、一般論としてすら、公開することはいたしません。

*****

 まず、端的に、私なりの当面の結論を、解説抜きで列挙させていただきます。その上で、一項目ごとに詳しい説明と、情報提供をいたします。その結果が連載の形をとる可能性も十分考えられます:

1.日本のこれまでの趨勢としては、鬱状態にある人への、「単一技法体系」としてのフォーカシングの学習には慎重な意見が多かった。

2.特に、フォーカシング学習者の主体性尊重が十分でなく、専門家側ががみだりにフォーカシングを学ぶことを勧め、フォーカサー(フォーカシングを学習し、身につける人。クライエント側)が受身にフォーカシングを学ぶような形は回避すべきとされている。

3.国際的には、マクガイアの「自殺念慮のある重篤な欝状態にあるクライエントに対するフォーカシングの適用」という論文(私は約20年前にこの論文の英語オリジナルを個人的に日本語に全文訳してみました。その頃からこの論文にかなり大きな影響を受けています。英文がネット上で見つかればリングを張りますし、いずれ日本語で概要を紹介します)を古典とする形で、殊にヨーロッパでは、鬱を含む重篤な状態にあるクライエントへの、フォーカシング指向心理療法的なアプローチがなされて来ており、それらの中には、「試行的段階」を超えて、臨床キャリアを積み重ねた現場実践者も増え、論文も確実に増えている段階である。

4.日本では、特に増井武士田嶌誠一という、現場心理臨床に卓越した、フォーカシングと一線を画するスタンスを保ってきた臨床家(二人共に福岡で活躍してきた)により、うつ状態や統合失調症などの重篤な患者さんにフォーカシングをそのまま学んでもらうことの問題点と、その原因についての仮説が具体的に究明され、ジェンドリンの体験課程理論そのものへの批判と新たな理論構築、更に、そうした欠点を解消できる独自の技法的アプローチについて早くから公表され、すでに臨床現場で幅広く適用されている(増井の「こころの整理法」、田嶌の「壷イメージ療法」)。 

5.私、阿世賀の私見によれば、増井・田嶌両氏は、臨床実践的には非常に鋭い着眼(増井の「にせフェルトセンス」論を含む。私の理解では、その本質は「関係性」論である)と、新たな平易で効果的な技法体系の提案と、その日本での普及という点で、たいへんな功績がある。しかし、一部ジェンドリンの体験過程理論への誤解に基づく側面があり、日本のフォーカシング「インサイダー」の研究実践者に、概念や用語の理解の上で、むしろ混乱の火種を蒔いているともいえる。もし、このような、フォーカシング「インサイダー」陣営と、この両氏の間で、専門用語の定義と相互誤解についての相互了解(論理実証主義的な問題解決)が深められていくと、日本の心理臨床全体に大きな貢献をすると私は考えている。(ちなみに、私は臨床家になりたての頃から、この先輩お二人と、懇意です!!)

6.薬物療法なしでも、フォーカシングが、その代わりとして、単独で、うつ状態の解決に貢献するという発想は決してとるべきではない。
  しかし、そもそも医療での診断と薬物処方に問題がある場合も少なくないことを見立てる力がセラピスト側にも必要である。

7. 恐らく、欝状態になる前から、すでにひとりで日常の中でもフォーカシングをすることに慣れ親しんで来ていて、人生の最重要クラスの困難の解決にフォーカシングが役立った経験もそれまでに積み、それゆえにこそ、自分にとってのフォーカシングの効用の限界と、「無理のない形での」フォーカシングの役立て方にも習熟したフォーカサーの場合には、鬱とつきあい、克服していく上で、フォーカシングを学んでいたことによるメリットの方がデメリットより大きいのではないかと思う。

 ● このメリットがどのようなものであるかについて:

A.医者や家族とのつきあい方を改善する可能性
B.症状や、薬の効果・副作用についての自己認識と表現能力の洗練
C.鬱病の「二次症状」としての様々な感情を自分で細やかに識別し、言語化でき、自分の中に生じてくるそうした諸感情に振り回されにくくなり、比較的自然に受容するためのセルフスキルを主体的に持っているという効力感(efficiency)、自己統御への安心感を獲得できる可能性がある。

  ●具体的に考えられるデメリット

A.鬱が軽いうちは、フォーカシングである程度緩和できてしまうことも少なくないために(!)、医療の受診や専門的カウンセリングにつながるのが遅れる可能性。

B.言語的(絵画的表現など)に自分の状態を表現するのがすでにしんどいうつ状態の人が「実感にぴったりの言語化(絵画などの表現)が必要」と過剰に思い込んで、結果的に心身を疲労させる可能性(これは、トレーナーの側の技法的熟練があればさまざまのやり方で回避できるはずと私は考える)
.
C.前よりもフォーカシングがやりにくくなった時には、それだけ以前より心身が消耗している証しであり、むしろフォーカシングを試みるのをやめて、休息をとったり眠ってみようとするための内側からのサインとして歓迎する方がいいということまで、フォーカシングのトレーナーやセラピストが(一般論としては伝えていても)、いざと言う時にフォーカサー(クライエント)自身が思い出せるような十分に実践的なたちでは教え切れていないことが少なくない現状があるのでは?

 (更に言えば、そうやろうとしても、今度は休息をとったり眠ったりできないという新たなジレンマにはまることも少なくなく、その切実度が半端ではないということを、トレーナーやセラピストは、仮に頭で知っていても、フォーカサーが安心する形で受容できるだけの経験に乏しいことが現段階では多いだろうと予測する)

*****

 ここからナンバーリングを7.の続きに戻そう:

8.うつ状態の人が、病院やカウンセリングルーム、あるいはフォーカシングの集いの場に通うということだけすでに消耗し、更に帰宅の際に消耗するということへの、本人を傷つけない形での配慮が十分になされていない現状があるように思われる。

 具体的に言えば、その配慮とは、

 「病気なので断られて医者に回された」

だとか、

鬱(軽躁)状態の人間が感じるフェルトセンスはすでに病的である、あるいは、現実吟味能力が低下しているので、フォーカシングでは解決できない

などと主催者やトレーナーに判断されたと、参加者が思い込んでしまわないための配慮である。

 なお、ジェンドリン自身が、

「フォーカシング・スキルを学ぶ能力はのその人の『病理水準』とは無関係である。つまり、例えば統合失調症の人の中に、スキル上達が早い人と大変な人がいて、同様に、いわゆる『神経症圏』の人の中に、スキル上達が早い人と大変な人がいて、いわゆる『健常者』の中にスキル上達が早い人と大変な人がいる。そうした違いの方がよほど大きい」

と明言するのを日本で聞いた数十名の中の一人が私でもあります。

 (ことフォーカシングに「全然」限らないが、NHKの鬱特集の番組でも描かれたとおり、医者やカウンセラーの中に、「古典的なうつ病患者(メランコリー型)はおとなしくて文句を言わず従順なので相手をしやすい」という感じ方をする人たちが少なくない。そうした医者やカウンセラーの側に、患者(クライエント)が従順に従わないというだけで、「双極性障害」「非定型うつ病」「境界性人格障害」というふうに、ひとつの差別的な含蓄すら込めて誤診することへの悪魔の誘惑が生じる危険は少なくない現状があるだろう。境界例人格障害の診断が「ほんとう適切な」人に対してすら、気分障害的な側面については「気分調整剤」の処方がまずなされるべきというのが最新のAPA国際的標準処方とのことです)

9.日本では、個別セッションにしても、グループの場合にしても、リスナーやガイドを相手としてのフォーカサーのフォーカシング体験が、そのフォーカサー個人の生活や日常における悩みや心身の状態よりも、セッションのその場の雰囲気や、リスナー・フォーカサーとの関係性の影響を、より強く受ける可能性という問題についての認識がまだまだ不十分である。

 もっとも、「関係性が大事」ということを、フォーカシング関係者も、まるでお題目のようにすでに繰り返している。しかし、それを、セッションの只中でhere and nowな形で臨機応変に形成していく技量がトレーナーやカウンセラー個々人の中にどれだけ育成されているかとなると、あまりにもばらつきが凄いといわざるを得ない。

10. 面接室や会場を出て、一人になった後や、家に帰ってしばらくしてから生じる、フォーカシングの場で体験者したことがことごとく虚妄と感じ、現実感そのものがまるで失われる場合があるという「リバウンド現象」を、私はちょうど20年前、学会誌掲載処女論文「セッションの『反動』」と名づけて以来警鐘を鳴らし続けてきた。

 しかし、未だにこの件について具体的にどう対処するかという議論は全くもって成熟していないと私は思う。

 
11.これと関連するのだが、

 「大きな洞察と気づきの体験は、いわゆる「健常者」の場合ですら、短時間に生じる軽躁状態に類似している面がある

ということを、フォーカシング関係者も、もはやあっさりと認めた方がいいと思う。

 少なくとも、うつ病の人に、カウンセラーや医師、家族、そしてフォーカシングの仲間たちに、少し元気になったり鬱を脱してくると、安易に「躁状態になった」というネガティヴなレッテルを貼られたと感じている人は決して例外的ではないように思われる。

 そうやって人の心理状態を安易に型にはめず、虚心に感じなおしてみて、言語化すら性急に目指さずに、「その感じ」そのものと無理なく共にいられるスタンスを自分で作れるようになる方向にフォーカサーを援助するという点にこそ、フォーカシング・トレーナーのベーシックな務めであるはずなのにである。

 そうやって躁にせよ鬱にせよ、気分障害と診断されている患者さんへの日本独特のトレーナー側の気おくれが生じているのは、先輩からの「うつ状態の人のフォーカシングを深めさせると悪化する」という忠告をただ鵜呑みにしているためだと思われる。「患者に害を与えないことが最大の治療」ということは真実ではあるが、トレーナーを目指す人なら、少なくとも自分で自分のためにフォーカシングをやり過ぎるほどやってみて、どういう副作用や弊害が出るかについて自分に試してみるくらいの好奇心と探究心は持ってほしいと私は念じている。

(これらの点については、フォーカシングに限らず、洞察的あるいはリラクゼーション重視のセラピー全般において考慮されるべきことだろう。

12. 更にく言うと、前述の「セッション後の反動」体験に深刻な次元ではまった人は、自分のフォーカシング学習が未熟であるという、実は誤った劣等感に陥ったり、そもそもフォーカシングを学ぶ場に二度と現れないのではないか。

 そして、フォーカシング指導者の側も「もともと自我が弱い人、躁鬱のある人、あるいは境界例人格障害っぽい人」だから不向きなのだ、という循環論法で済ませているのだと思う。

13.こうなると、何と、脳内の神経伝達物質上のメカニズムの仮説として、わたしのいわゆる「セッションの『反動』」が説明できる可能性があることに、最近やっと、はっきりと私は気がついた。

 フォーカシングのセッション(特にシフト体験)そのものに、セロトニンとノルアドレナリン、ドーパミンの分泌を、それぞれ促進(抑制)する作用がある可能性を真剣に検証すべきではないか。

 それがいいバランスで生じると、弱いにしても「抗うつ剤的な作用」を若干果たし、その人の鬱の改善に貢献している場合もあるだろう。

 しかし、その一方、今度は、薬理作用という物質的なバックアップがないままで、脳内物質の過剰分泌のスイッチが入ることで、その「反動」として、数時間後にはそれらの物質の枯渇(あるいはバランスの変化)がはじまり、急激にうつ状態を喚起したり、鬱的とはいえない、鬱と誤解されやすい、別次元での心身反応を引き起こしたとしても何もおかしくないではないか?

 つまり、フォーカシング「成功した」学習体験そのものが、不適切な抗鬱薬の投薬と同じようにして、躁鬱の素質がある人ばかりか、もっぱら単極性の鬱だった人にすら躁鬱の波を「喚起する」可能性については、今後研究調査が重ねられるべきである。

*****

 もとより、く今日の技術水準の限界もあるかもしれない。しかし、脳内神経伝達物質レヴェルでの直接の検証とまでは言わなくても、せめて、NHKスペシャル「うつ病治療 常識が変わる」で実際に描かれたような、脳の血流量の変化を3D立体画像として映像化し継時的に追う技術すでに存在するではないか。

[第4版で追加] 番組で紹介された技術は、恐らく、理化学研究所のfMRI (functional magnetic resonance imaging) というニューロイメージング手法である。

 そうした測定法をうまく活用すれば、フォーカシングセッションをライブで進めながら、脳内変化を「ある程度間接的に」かもしれないが、継続的に測定し、統計的分析を加えること、すでに容易なはずである。

Nhkadd1
Nhkadd2
Nhkadd3

******

 ここで問題提起したことが、実は、こと「技法としてのフォーカシング」を学ぶことや「フォーカシング指向心理療法的」アプローチに限らず、すべての心理療法アプローチにあてはまることに、すでに皆さん気づいていただいているかと思います(^ ^)

(続きはこちら

●当サイトの関連記事

* カウンセリングに熱を入れすぎると欝症状が悪化する?

   .......今回の記事とは少しだけアングルが異なる部分があります。

* 読売新聞での紹介記事 -心は更地 安らぐ表現-

    ......私自身が担当した、通院中のうつのクライエントさんに対する認知行動療法的ともいえるフォーカシング指向心理療法的アプローチの実例。この記事に関して私(阿世賀)の側は一切取材を受けず、クライエントさんに入った読売の取材そのままの内容である。
 ジェンドリンの直弟子、日本フォーカシング協会前会長でもある、関西大学の池見陽先生のコメントもその記事に掲載されているが、まさかこのような形で新聞の上で遭遇するとは、クライエントさんも私も池見先生も、実際記事を読むまで想像していなかったという裏話がある。
 この記事に対する追加コメントとして、薬物療法や鬱の人へのフォーカシングの適用について、池見先生の見解が研究室サイトに更に掲載されたが、その記事へのリンクはこちら

*****

※このサイトのこのエントリーの著作権は阿世賀浩一郎にあります。そのことを明示してくださる限り、ネット上でのご紹介、一部の引用、リンクは自由といたしますが、トラックバック等があれば感謝いたします。なおこの記事に基づく学会発表を2009年度中に行ないます。この記事を参考文献として明示して下さった上で学会発表に役立て下さる方があれば、ご批判も含めて、歓迎いたします。 (C)阿世賀浩一郎

 
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2009年3月24日 (火)

フォーカシング技法を活用した、鬱状態のクライエントさんのための「主導型積分的フェルトセンス照合」スキルアップトレーニング(案) [第3版]

 自分のフェルトセンスと「ふたりぼっち」で主体的に生き抜いた日々の思い出は、仮に欝状態に陥っても簡単には死にたくなったり、虚妄と感じるようにはならないものである。
 
 「自分が欝になったことから生じる憂鬱」
(私はこれをも「二次症状」と呼ぶ)
の部分は、すでに経験を積んだフォーカサーなら、
フォーカシングでかなり緩め得ると思う。

 フォーカシングが「無理のし過ぎ」を助長するか、
 薬物療法の援助として機能するかは、
 その人なりに経験値を上げていける事柄だと思う。

 そうやって経験値を上げるためには、

* 同じ薬について、薬を飲むたびごとに毎回比較する。
* 薬を変えたり、追加した際に、前の薬の飲み心地とある程度経過を追って比較する。
* 毎朝起き心地の質、毎晩眠りの質を比較する。

など、さまざまな基準を作り、過去のフェルトセンスと現在のフェルトセンスを連続的に具体的に比較するための「枠組み(table)」を自分なりにはっきりさせてみると効果的だろう。

 まずは、

1.「パーソナルな」指標の選択
2.その選択した指標への、本人の実感に即した「命名」

ということをする。

「パーソナルな指標」とは、鬱になって以来繰り返して体験してきた特徴的な現象のことで、それをともかく思い出すままに列挙するという手続きである。

(フォーカシング関係者向け:クリアリングスペースのことですね)

 ただし、そうした際に、ありきたりの医学用語などはできるだけ避ける。仮に使ったとしても一ひねりするとよい。

 むしろ、自分の実感に即し、「こんなこと医学的に見て『症状』として認められているのかいな???」と思うようなものすら、自分的に印象的なものは採用してみて、更に、ユーモラスですらある(!)「自分だけの命名」を試みるといいだろう。

(フォーカシング関係者向け:フェルトセンスのハンドルをみつけるにあたることですね)

例えば、

「はじめてジェイゾロフトを飲んだ時に、飲んでからわずか二時間で体験でき、その後も朝起き抜けに時々は体験できてきた、頭の中にミネラルウォーターが湧き出したような感じ」

「パキシルを飲んで、その後ちょっと無理をすると生じ始める、まるで昔のFMチューナーで、放送局を別の放送局に切り替えようとする時に聞こえた、頭の中で「ジャッ、ジャッ」と音がするみたいな感覚」

(↑【注】これを患者から聴いて、「幻聴では?」という仮説しか浮かばない医者がもし居たら、即刻見捨てるべきです。パキシルを減薬するときの副作用のひとつとして「頭の中のシャカシャカ感」と明記しているお医者さんも居ますので!!)

「この日、物を置き忘れる」

(↑【注】一般の人もでしょうが、欝になるとこれがひどくなる傾向があるのは実におなじみのことかと。どこまでが鬱のせいでどこまでが薬のせいかはともかくネ!)

「孫悟空ーーー!」

(↑【注】うつの人には申し上げるまでもなく、医学的には「被帽感」「緊張性頭痛」と呼ばれるもの。ズキズキ脈を打ちません。この感じが弱い人は、ほんとに頭にティアラか何かを載せてるくらいに感じるんですが、一方、生まれてこの方この感じを体験したことがない人もいます。そういう人や家族が下手に精神医学の本とかを斜め読みすると、「た、体感幻覚では?」という方向に心配するというのは結構よく聞く話だと思います。しかし、うつの人にとっては、年中帽子をかぶってるようなもので、他の症状に比べるともはや症状のうちには入らないと思っている人も少なくないでしょう。もちろん例外もあるかもしれませんが。しかし、この「孫悟空の輪っか」が頭に出ている時には、「まだエンジンがかかっていない」とか「疲れてきたかな」という警告サインとしていつの間にか大事にしている欝の人は凄く多いはずです。そして、薬をかなり異質のものに切り替えなどがあると、「これまでの『輪っか』だけじゃなくて、鋼鉄のフレームがつき、蜂の巣状に脳に刺さってきそうな『帽子』になった」などと、程度だけではなくて質の変化を明瞭に感じる人もあるかもしれません)

「この状態で外出したらトイレに間に合わないという大惨事に至る危惧すら思える下痢の予感」

ゆったりとした潤いが頭蓋骨の脳室の底に広がってたまっていく落ち込みもどき。これは疲労というよりデジレルを飲んでしばらくすると生じてくることが多い。要するにデジレルの睡眠薬的効果なのに私は時々誤解して、その落ち込みもどきなったことに落ち込みそうになる。眠気落ち込みの区別がつきにくいって、あなたに通じるかな?」

不眠タイプA 前門のトラ後門の狼タイプ。眠ろうとすると寝られず、起きてしまうと今度は横になりたくなるという果てしない葛藤に陥る。」

「私のうつの純度100%系。自分の内側の感じに触れようとして、触れることはできるけど、感じそれ自体から私が注意を向けたことにまるで『応答』するかのような反応が返ることが決してない。最初にこの体験をしたときにイメージとして浮かんでいたのは、灰色の干からびた雑巾が土の中の断層に引っかかっている」というものであり、そのイメージさえ浮かべればそのときの、感触を擬似的にうっすらとだがいつでも呼び戻せる」

私の『抑うつ』、これならぐっすり眠れ、翌日は結構大丈夫系。ともかく仰向けに横になって内側に注意を内側に向けると、内側からあたたかくてほっと緩むような応答あり。ああ、昔はこれで何とかなったのになあ」

「私にとっての『典型的軽そう状態』に固有な脳内の『殺伐とした』感じ。これと似ているけど区別できる気がするのは、うつになる前からあった、まるで脳の中に乳酸がバリバリで出ているときの感じ。これそのものはただの『無理して寝不足』のようだが、いつの間にか後者が前者に化けることがあることに要注意なのだ」

単なる『無気力な』感じというのは、考えてみたら、欝になってからは一度も経験していないなあ.....。『おっくう』というのは、『無気力』とはまた違う感じなんだよ。それ以外に『純粋の鬱感覚』ってのは確かにあるの。私の場合は、『焦り』すら感じようがなくなった『純粋の鬱感覚』ってのは、意外としのぎやすい。『死にたい』じゃないんだ。すでに自分がこの世の人たちが喜んだり悲しんだりしているのをよーわからんときょとんとして眺めているようなものだし」

などなど。

*****


 さて、薬についてフェルトセンス的に体感するとはどういうことかという話に進みます:
 
 同じSSRIでも、薬ごとに飲み心地が異なることは、うつの患者さんにとっては、フォーカシングを体験的に知らずとも、全く常識次元の事柄のようだ。

 その薬を飲んだ後の感覚の違いは、ある程度は他のうつ患者と間主観的に共有可能な側面もあるが、フォーカシングを学ぶことで生じる何より重要な変化は、本人自身の中で、内部感覚を実に細やかに識別して感じ分け本人にとってぴったりのフェルトセンスのハンドルといえる言葉やイメージを見出す力が高まることだ。

 例えば(あくまで例です)、

「パキシルの抗鬱作用(ひょっとすると軽躁まで反転した時)は、何が地面の下から自分の身体を支える台が張り出してきたという感じで、やや暑苦しくて『肉食系』」

「ジェイゾロフト抗鬱作用(ひょっとすると軽躁まで反転した時)は、すっきりと透明に、まるでハーブキャンディのように冴えるというのに近い。パキシルが『暑苦しい熱血漢』なのに比べると『クールで草食系』。

「以前はパキシルのある種の『力強さ』『泥臭さ』が懐かしかったんだけど、今は変えた後のジェイゾロフトの『洗練味』に『落ち着き』を覚える」

「パキシルからデパケン(気分調整薬)に変わったんだけど、ある意味ではパキシルでうまくやれていた時代が懐かしくもある。そりゃ、躁鬱の揺れに振り回される度合いがどんどん大きくなって苦しかったけど、それを自分なりにしのげていた頃は、明るいにしても落ち込むにしても、情動の持つ「泥臭さ」とか「ねっとりとした」味わいがあったようにも今では思う。その誘惑がヤバイとも今では思っているけどね。デパケンになじむ、確かにジェットコースターのような振幅はなくなって、いつもコンスタントに8割の状態を維持できるし、以前よりも無理した後のリバウンドはなくて、まるで以前は盲腸のような袋小路で悪循環していたエネルギーがちゃんと進行方向とは反対に噴射して私の身体を前に押してくれるようにして、気力も持続するけどね。何か、上からも下からも押し込まれた間の狭苦しい空間に、ゴシック体の自分が居るみたいな感じなのよ」

などといったものです。

 「薬を飲む前と飲んだ後の自分の内側の全体的な感覚をフェルトセンスとして感じてみる」......それは、単なる身体感覚だとか重苦しい気分にどっぷりと浸ることとは異なる。いわゆる薬の「官能検査」とも異なる(薬の味の報告ではないし)

 その具体的な違いについてはジェンドリンやアンの技法書に譲るとして、「フェルトセンスとして少しだけ触れる」というだけなら、実は一見否定的な感じであっても実は心地よいという矛盾が両立する(ジェンドリンが『フォーカシング』で書いていることです!!)。基本的に重い情動にただ浸るよりは「軽い」感じられた質を持ち、繊細な微妙な言語化・イメージ化が可能で、実は同じ処方であり続ける限り、自分の背景にある基本的な感覚(background feeling=背景感覚)として変化しにくい感覚を、薬ごとに(!)捕まえることができる(はずである)。

 「ああ、昨晩と同じまた『この』感じだ」とか、「以前のと似ているけど、何か違う質の感触が混じった。何か少し濁ったかな?」などと識別しやすいのである。

 そして、この後に述べるように、日ごろの悩みなどという次元を脇において、主に薬を飲む前と飲んだ後の内部感覚というテーマに集約・限定して、一定時間(2時間、6時間、就寝前)を開けて再度「ちょっとだけ」感じてみるという課題を明確に規定することにより、深い抑うつやひどい焦燥感にただ巻き込まれる状態になりにくくする予防効果もある。

*****

3. さて、ここからが、フォーカシングでいうとフェルトセンスをt『共鳴させる』の部分なのだが、過去のフェルトセンスと現在のフェルトセンスを比較するということを意識的に導入します。

 しかもそこに、3つの次元での躁鬱のサイクルが同時に進行していて、患者自身はその複合・錯綜したものを体験しているというとりあえずの仮定の下に、患者さんと一緒に多次元で解析していくわけです:

A.短期的な変動(1,2時間から一日程度)・・・・広義の「日内変動」を質的差異としてパーソナルにとらえる(メランコリー型固有のものを「狭義」として)
B.1週間程度の変動(現実の日常生活の疲労サイクルを仮定)
C.その人が双極性障害だと仮定した場合の躁鬱のサイクル

*****

 まずはA.の次元(短時間)から話を始めますが。

 すでに薬物療法とフォーカシングにに慣れている人の場合、この感度は、新たな薬を初めて飲んでからわずか1時間-2時間の時点で感じられる新たな感覚が、新たな薬の効き目が安定した2週間後の感覚と同じ質でであったと正確に感じ得るほどの精度を持つ場合がある(これは全然大げさではない!! 何と飲んで10分後に体験された感覚が、2週間たっても時々現れると報告する人もいる)

 それところが、数時間の間にも進行する気分や調の変動(日内変動)のただ中でも、あるベースラインの質感が『背景感覚』としてずっと維持されていることにまで気がつけることも少なくないのだ。

 いわば旋律やメロディがどう変わっても、一番下のパイプオルガンの基低音は実はずっと持続的に同じ音色で鳴り続けていたことに気がつけるみたいなことことも少なくないのである。

 こういう『背景感覚』をつかむのは高度な課題だと思っているフォーカシング関係者も少なくないかもしれない。だが、むしろ個別的な感覚が現れては変化していくことを逐次報告できねばならないというフォーカサー側の強迫的ともいえる思い込みが邪魔をしていただけで、実はずっと「背景感覚」を感じていたのに、それを言語的に報告していいことに気がつかないだけだった(いわば、イメージの背景のスクリーンの色は報告の対象ではないことを自明の前提にしていたけれども、実はイメージよりも背景の方がその人にとって自然に無理なく報告できるものだった)というケースは予想外に多い。要するに、その人は「たいへんそうな感じ」を一気に「またぎ越して」背景の感じ全体に触れるということにいきなり習熟してのである。

 そうとわかってしまうと、鬱についての話を延々と繰り広げるよりも、「こころと気分の背景の感じ(その人が好きな名前をつければいい)」にアクセスしてちょっとその質感を確認することの方がはるかに簡単で、負担も感じないという人も多いのである。

(このへんは、フォーカサー自身が自分に無理のない形に創意工夫していいし、リスナー/ガイドの臨機応変の提案がフォーカサーの援助になることも少なくないはずである。更に、フォーカサーの側のフォーカシングがうまく進む時は、実はフォーカサーの側のリスナーやガイドといい関係性を作る潜在能力にガイド・リスナー側が支えられていること(......逆にあらず)を忘れるべきではない)

*****

 私はこうしたいくつものタイムスパンで、しかもいくつかの具体的観点からフェストセンスの質感的な変化を読み解くことを、仮に「フェルトセンスへの積分的照合の構え(orientation)」と名づけることとする。 ※数ヶ月前から練りこんできた、この概念の初公開です (C)阿世賀浩一郎

 なぜここで敢えて「積分的」という言い方をしてみるかというと、もし、その人がそれまでもっぱら「今これからどうするか」という点での迷いを解決するためにフォーカシングする習慣が強かった場合には、「今のこの行き詰まりの感じが、いつ、どのように変化(シフト)を起こしはじめるか」に敏感であったことになる。

 こうした人は、それまでは、いわばフェルトセンスの照合の際に「微分的」あるいは「差分的」な構え(orientation)が強かったことになる。

 (この発想が、中井久夫先生の「分裂病と人類」に基づくことについては、私のプライベートサイトの中井先生信者ぶりのあちこちで描いてきました。)

 私の経験では、前述の「積分的構え」で具体的にいくつかの観点と、短期から長期に至るタイムスパンでフェルトセンスの感じられた質の変化を同時並行的に検証することに意図的に「なじむ」つもりにならないと、うつ状態の下で、自分の内部感覚全体を立体的に適切な遠近法で「俯瞰しつつ味わう」ことに熟達しないようにも思われている。

*****

 さて、先ほど、薬を途中で変更したり追加した場合について、

> すでに薬物療法に慣れている人の場合、この感度は、新たな薬を初めて飲んでからわずか2時間の時点で感じられる新たな感覚が、薬が安定した2週間後の感覚と同じであったと感じ得るほどの精度を持つ場合がある。

> ところが、数時間の間にも進行する気分や体調の変動(日内変動)に比べると、あるベースラインとなる背景感覚が、具体的な薬ごとに、基本的に維持されていると体験されることも少なくないはずである。

 と書いたが、 これに対して、

 (Aサイクルの日内変動ではなくCサイクル=双極型の人特有の躁と鬱の中期的なうねりが前に進んで(carry foward)生じた変化は、そうした背景にある基本感覚そのものががらりと変質することが多いように思う。

 例えば、実は3カ月おきの躁鬱の中期的な波がある人が、それまで生じていた、基本的には軽躁的な中で生じている「頑張っている時」と「疲労がたまった時」という、毎週末ごと(Bサイクル)の、似たような感じられた質の推移を伴う小変動(もしこれだけなら、薬に支えられているとはいえ、薬が「維持療法段階」に達した後の安定状態ともみなせる)を3回繰り返せた時点で、さてまた4回目に入るかなと思っていたら、突如、全然別次元での不調(例えば、それまで未体験なくらいの下痢と起き上がり不能な深刻な状態)になり、それまでの3週間のそこそこの安定期は、その後数年にわたる経過の中で、二度と同じような体験の質としては戻ってこない、というようなことである。

 (もとより厳密には、躁鬱の急速交代型(ラビッドサイクラー)のケースだと、日内変動と周期的な波の区別がつきにくいことは承知している。しかし、私が患者さんから聞いた範囲では、ラビットサイクラーの診断は安易に使われがちで、双極性障害II型の診断が適切なのに、気分調整剤ではなく抗うつ薬!! が多めに処方され(リーマスは出ていてもあまりにも量が少なすぎて有効血中濃度に届いているはずもない)、その「抗鬱薬」副作用としての不規則な軽躁状態との慎重な鑑別が医師によって必要なことが少なくないようにも思う)

 つまり、双極型でいう躁鬱の波の変動そのものが、ひとサイクル進行すると、そのたびごとに、躁状態でもうつ状態でも、それまでと同じ薬の効き目や副作用についてのフェルトセンスが、本人に予想もできない、あさっての方向へと感じられた質felt quality)そのものが別の状態に激変していることすら少なくないのである!!

****

 え? 薬の変更よりも、躁鬱の周期的な波の変化の繰り返しの方が毎回同じように質的にも体験されるのではないか?.....ですか?

 当然生じる疑問である。

 しかし、考えてみて欲しい。もし躁鬱の周期的な波(日内変動ではなくて)を本人が同じような繰り返しとして、容易に「すでにお馴染みの感じられた質の感覚」の再来として体験でき、薬の変化の方を新鮮な質的体験として感じられるのなら、患者自身、薬を変えたことによる変化と、自身の躁鬱の繰り返しの感覚の質的違いによほど容易に気がつけるはず.....ということになりはしまいか?

 つまり、双極性の患者本人の体験世界の中で、そううつの波の体験は、単なる堂々巡りの繰り返しではない「質感的差異」を伴う「質的に新しい」体験として認知し続ける、一群の人たちがいる可能性、むしろそのことが鍵なのではないか。

 そしてこうした現象は、実は双極性障害なのに単極性うつ病と診断され、抗うつ薬しか処方されず、その結果、波が進み、一度躁転してから鬱にはまるたびに副作用が悪化し続けてきた双極II型の人に独特のフェルトセンス体験様式の推移ではないか、とも思えるのである。

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↑ こうして、もう一度、以前解説したしたNHKスペシャルの図を再表示することになります。

 気分障害の診断と薬物のAPA標準処方について、基本的なことをすでにご存知というハードルはありますが、この水準が、おそらく、フォーカシングの専門家向けの学会発表や学会論文として幅広い人に読んでいただける妥当なまとめ方かと思います(^^)

 更にいえば、こうしたやり方が、ある意味でフォーカシング指向心理療法的な認知行動療法的アプローチのバリーエーションのひとつであることは、認知行動療法の体験者の皆様にもご想像できるのではないでしょうか。(別の認知的バリエーションとしてすでに書いたものは、ひとつはここにあります。)

 しかし、何より、この発想のアイデアの源泉になったのは、中井久夫先生のもうひとつの不朽の業績、統合失調症の患者に生じる身体的なさまざまな兆候と精神症状の兼ね合いについての継時的臨床研究であるということについても、言及させていただきます。

精神科治療の覚書 (からだの科学選書)

(とりあえずここまで掲載します)

*****

※この記事の著作権は阿世賀浩一郎にあります。そのことを明示してくださる限り、ネット上でのご紹介、一部の引用、リンクは自由といたしますが、トラックバック等があれば感謝いたします。なおこの記事に基づく学会発表を2009年度中に行ないます。この記事を参考文献として明示して下さった上で学会発表に役立て下さる方があれば、ご批判も含めて、歓迎いたします。 (C)阿世賀浩一郎

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2009年3月25日 (水)

お勧めクリニック -福岡市編-

●心和堂後藤クリニック(福岡県福岡市中央区)

 今後の、当カウンセリングルームからのクライエントさんの紹介を、お医者様に直接ご受諾いただきました。

 【当カウンセラー特薦クリニック】

 NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」の基準を完全に満たしていると思います。

 清潔で建物の構えもしっかりしています。入口は通りに面した、1階にあります。典型的な「横丁のクリニック」です。
 西鉄福岡(天神)駅北口寄り交差点(福岡市営地下鉄天神駅)から北方向に400メートル、ショッパーズ(ダイエー)ビル向かい側中ほどから西に横丁に曲がって2ブロックと、交通至便です。
 
 お医者様自身の「問診のスキル」が極めて高度で柔軟。
 他院からおいでの方の場合にも、前の病院の処方をそのまま安易に引き継ぐことを避け、患者さんのお話を丁寧にうかがいながら、診断、治療方針、処方の緻密な再検討をしてくださいます。
 薬の副作用についてのインフォームドコンセント万全、安心してご相談ください。
 多剤処方がなく、その意図をくわしく説明してくださいます。

*****

 ......当カウンセリングルームがある久留米・筑後地区のお勧めクリニックについては、こちらをご参照ください。

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2009年3月30日 (月)

「第12回 乳幼児てんかん研究会国際シンポジウム」(5/9-10 福岡県久留米市)のお知らせ

 5月9日(土)-10(日)に、久留米大学小児科医局が当番校となる形で、発達障害についての国際シンポジウムが開催されます。

 正式名称は、

The 12th Annual Meeting of the Infantile Seizure Society
International Symposium on Epilepsy in Autism Spectrum Disorders and Related Conditions (ISEASD)

24thiseasd_j_2
クリックすると拡大


* 会場: 
久留米大学旭町キャンパス内 筑水会館(福岡県久留米市旭町 西鉄バス「医学部前」停留所近く。)

* アクセス: 久留米大学医学部へは、福岡・天神駅から西鉄大牟田線で西鉄久留米駅に出るよりも、JR久留米駅まで博多駅からの特急・快速利用の方がはるかに便利で本数も多いです。博多-久留米特急/快速40分 駅前から本数の多いバスで4-5分ぐらいの距離です。

英語ですが、成田や関空から福岡(博多)経由で久留米大学医学部の会場までの、実に詳しいアクセスと時刻表。......なお、久留米で乗り換えるJR久大線に「久留米大学前駅」というのがありますが、これは別のキャンパス[臨床心理系大学院含む]の最寄り駅で、距離も数キロ離れていますのでお間違いなく。

Jrkurume_entrance
↑JR久留米駅正面。この写真を撮っているポジションからわずか数歩のところに久留米大学医学部方面のバス乗り場があります。


 医療従事者のみではなく、臨床心理士をはじめとする、コメディカルな援助的専門家の参加を歓迎しています。

 臨床心理士などコメディカルの方の参加は、2日間で5000円
 (通常登録は21000円)

 「自閉症スペクトラム障害や関連疾患とてんかん」がテーマの催しです。

 来年、正式に国際学会として設立とのことでした。

 今日、発達障害という観点からてんかんをとらえるという国際的には主流の流れ。

  世界中から9名のエキスパート、国内から6名のエキスパートが招聘されます。
 また、ポスター発表も40題あるとのこと。

 使用言語は英語ですが、ランチョンセミナーの2つ、イブニングセミナー1つは、同時通訳を入れますので、興味あればご参加ください。

 当日参加もできますが、エントリー(事前登録)も受け付けています。


* 大会公式ウェブサイト:(英語のみ)

http://www.med.kurume-u.ac.jp/med/ped/iss2009/index.html


* お問い合わせ・エントリー

 久留米大学小児科医局まで、電話あるいはメールで、お願いします。

Tel : 0942-31-7565
Fax : 0942-38-1792
E-mail iss2009@med.kurume-u.ac.jp

 なお、1日目の懇親会パーティーではアスペルガー障害の19歳の子のクラリネット演奏、ボディーパーカッションなども予定されているとのことです。


●タイムスケジュール(抄。英文詳細はこちら.):

*5/9(土)

開場 8:50
開会 9:00
疫学的観点から 9:00-11:20
ランチタイムセミナー 11:20-12:20
コーヒーブレイク&ポスター閲覧 12:20-13:10
臨床電気生理学的観点から 13:10-15:30:40
コーヒーブレイク&ポスターセッション(1)15:30-16:40
病態生理学的観点から 16:40-17:40
イブニング・セミナー 17:40-18:30
パーティ 19:15-20:45


*5/10(日)

開場 8:30
遺伝学的観点から 8:30-9:50
関連研究 9:50-11:10
コーヒーブレイク&ポスターセッション(2)11:10-12:20
ランチタイムセミナー 12:20-13:10
患者への処遇とフォローアップ 13:10-15:20
コーヒーブレイク 15:20-15:40
包括討論:総括と共通理解の進展 15:50-17:00
閉会のあいさつ 17:00-17:10

さよならパーティ(参加自由)19:00-20:30


●日本小児精神神経学会におけるこの催しの告知


*****


.......以上、久留米大学小児科の、この国際的催しの責任者、会長の松石豊次朗教授から直接許諾をいただいての、ネットでのお知らせです。

 「特別料金を設定したので、臨床心理士の人たちにも是非おいでいただきたい」とのことでした。

 なぜ私がてんかんにも関心を抱いているのかについては、はっきりとした理由があるのですが、いずれお書きしますね。 

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2009年3月31日 (火)

NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想 : 総目次

*目次*

1.(副題なし)
2.双極性障害(躁うつ病)と単なるうつ病とでは薬の処方が全く異なる
3.医者選び、ここに注意
4.投薬の全面的見直しの際に注意すること
5.番組で「非定型うつ病」を積極的に取り上げなかったこと
6.認知行動療法について

特別編1.統計上の問題など
特別編2.今回の番組を「ネットでは常識水準」と言ってしまうことの副作用
特別編3.ご紹介:読売新聞の「医療ルネサンス」 更に、援助的専門家自身のメンタルヘルスについて

*****

●NHKのクローズアップ現代・「問われるうつ病治療」について
●NHK「ためしてガッテン」、-「うつ病よサラバ!脳が変わる最新治療-」

●NHKドラマ「ツレがうつになりまして。」第1話の段階での感想と今後の展開への期待

*****

 以下、番組とは直接関係ありませんが、うつ(気分障害)状態にある人への私のカウンセラーとしての関わりへのご参考までに:

5分診療の神経科・心療内科の現実といかに対処するか
●日常次元での「治療的副作用」への想像力
●自分を「いいカウンセラー」だと感じさせ、医者を「悪者」にしたくなる誘惑

●欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている
●薬をやめることをお焦りにならない方がいいですよ
「ランナーズ・ハイ」の行き着く先

●読売新聞 うつノート 回復めざして 第4回 「心は更地 安らぐ表現」
●「うつ病の時のこころの状態」(こころ相談.comインタビュー記事)
●「私のうつノート」書評

●医師に鬱病と診断され薬物療法も受けている人へのフォーカシングの適用
●フォーカシング技法を活用した、鬱状態のクライエントさんのための「主導型積分的フェルトセンス照合」スキルアップトレーニング(案)
フォーカシング指向心理療法の認知行動療法的活用についてのとりあえずの覚え書き

●久留米でうつと働き方を語る会(私が代表です)

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