ネット社会の未熟さは、現実世界の未熟さの反映に過ぎない。
タイトルは、私が、個人サイトの方で書いたこの記事の第2版、結語として新たに付け加えた言葉ですが。
言葉にしてみて、私は凄くすっきりしました。
私たちは、現実世界で「普通の人間」がすでに抱えている、気づかれざる未熟さや矛盾や歪みを、ネット世界にだけ「投影的」に見つけることだけになっているのではないかと。
ネット人格は別???
違うと思うのです。
思い出して下さい。
現実の大人社会に出て行くにつれ、
人が職業や役割の仮面で、別人格になっているのだと気がついて行き、
素朴な純情さを失うしかなかった、あの頃のことを。
現実世界の人間だって、みんな、状況に応じて、良かれ悪しかれ、仮面をかぶって生きているのです。
****
以下、専門家向けのディープな示唆:
ウィニコットが、「偽の自己」が「真の自己」を守るためにむしろ必要と書いた真意は何か?
ユングが「ペルソナ(仮面)」という言葉に込めた真意は何か?
ユング(1960年代まで生きていた人ですよ)が、「日本人にはペルソナがない」と書いたのは、今も昔も、当たっていると思います(^^)
この二人が著作に実際立ち戻って読んでみて、その真意に気づけたら、この二人の、「逆説好き」の超天才心理療法家の自我論の本質に気づいたことになると、私は思います(^^)
ユングの方は、どの本で述べたことだったか、これから調べなおしますが、ウィニコットの方は、邦訳タイトル「情緒発達の精神分析理論」(岩崎学術出版)にあります。
正確には、この本の第12章、「ほんとうの、および偽りの自己という観点から見た、自我の歪曲」という論文の、私の所有する邦訳第6版印刷でいえば、P.174からP.184でウィニコットが書いたことを、徹底的に先入観を排して読むことである。
境界例治療の代表的著作で10年前ならこれ基づくボーダーライン論をカウンセラーは猫も杓子も振り回していた、「青年期境界例の治療」 (邦訳金剛出版)(金剛出版)を書いたマスターソンは、ここでウィニコットの書いていることを微妙に誤読した形でウィニコット批判を書き、その上に自らの理論大系を築き上げてしまっている。
この二人が「真の自己」「偽りの自己」という言葉を使う時、実は二人が別の意味で使っていることになることに用心した方がいいと思う。
ウィニコットもマスターソンもどちらも歴史的著作で、読み継がれていくでしょうが、今後最終的に更に半世紀後にも読み継がれているのは、間違いなくウィニコットです。
といっても、この「原文」(第3者による紹介ではなく)を邦訳でいいから読んだ精神科医やカウンセラーは、日本に今何パーセント棲息しているかは怪しい(^^)
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