NHKスペシャル「戦場 心の傷」を観て (増補改訂版)
2008年9月14日(日)、15日(祝)に二夜連続で放映された、
NHKスペシャル「戦場 心の傷」
(1)兵士はどう戦わされてきたか
(2)ママはイラクへ行った
は、戦争がもたらす広範な社会的影響について、従来とは異なる、リアリスティックで、私たちの日常に隣接した問題提起をしたドキュメンタリーであったと思う。
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このドキュメンタリーは、まずは、アメリカ海兵隊の新兵訓練(Boot Camp)において、イラクの派兵された対テロ市街戦を想定した、ハリウッドの協力を得た、映画撮影さながらの大規模セットを駆使しての、戦闘訓練の様子から始まり、続いて、イラク帰還兵のPTSDの深刻な現状をダイジェストで紹介する。
そして、古い記録映像を駆使して、戦場での兵士が、当時「砲弾ショック(shell shock)」といわれた、精神的な傷を背負い、戦闘不能に陥り、心身に深刻な後遺症を残すという問題が、第1次世界大戦の頃から注目されるようになったことから解説をはじめ、それが、第2次世界大戦の頃には「戦争神経症」と呼ばれ、更に、ベトナム戦争後、ロバート・リフトンによる帰還兵士への大量の面接記録から、「心的外傷後ストレス症候群(PTSD)」としてDSM-3(アメリカ精神医学会診断基準第3版)に記載されるまでの歴史を、コンパクトに紹介していく。
そうした際に、日本の陸軍病院に残された膨大な精神科診察記録を元に、第2次世界大戦当時の日本兵においても、今日で言うPTSDと全く共通の症状と患者の生々しい証言が記載されていたことを紹介してもいる。日本軍兵士ですら、「支那人」ひとりを殺すことに、これだけナイーブな反応をしていたのだ。
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このドキュメンタリーを観ていると、PTSDというのが、摩訶不思議な症状ではなく、そのときの環境に適応するために、高等哺乳類なら成熟に達しでも発揮する「学習」の過程の「後遺症」であり、パブロフ的な、実にシンプルな「条件付け」の結果として成立することが理解できる。
帰還しても、大きな音が突然すると、戦場での爆裂音と時と同じように恐怖体験になってしまう。もはやそれは「ここは戦場ではない」などと頭で納得しようとしても、身体が条件反射を起こしてしまうことなのである。
一見平和に見える通りや公園で遭遇する通行人が、実はテロリストであるという不安と緊張が、何かの弾みで止めようもなく生じて来る。
これが繰り返しのパニック障害的な反応になるだけでも本人には苦しいのであるが、最悪の場合、「テロリストに包囲されている」という幻覚妄想状態になり、手にしていた銃で、銃弾を発射してしまうといった事件もまた、こうした「戦場での恐怖体験の刻印づけ」によるものとみなすとわかりやすい。
DSMの診断基準の「統合失調症」の項の鑑別基準において「PTSDの条件には当てはならないこと」ということが特記されているのはこうしたためである。
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特に、戦場で民間人を誤射して殺してしまったときの体験は、兵士の中で深刻に後を引く。
多くの映画やドラマでは描かれていないが、人をひとり殺すということは、それだけで深刻なトラウマとなるのだ。
第1時世界大戦初期の頃、兵士が戦闘場面でどのくらい実弾を発砲したかについての膨大な聞き取り調査がなされた。その結果、発砲経験がある兵士は、実際には2割いないという予想外の結果に軍は驚くこととなる。
一般の兵士ですら、そのようにナイーブな存在なのだ。
そこで、その調査をした研究者は、軍に次のように提案する。
兵士に実際に実弾を人に向けて発射することに慣れさせるためには、従来の、静止した的(まと)の真ん中を狙わせるような射撃訓練ではもはや意味がない。人型のシルエットを持った標的を、戦場を模した演習場に配置し、突如物陰から立ち上がり、命中したら倒れるという仕掛けにする。そうした標的を相手に反復練習させるなが望ましい....と。
そうすれば、戦場で人影を観たら無意識のうちにも射撃するという「条件反射」が兵士の中に形成される.....とも。
今日、映画やドラマで誰もがおなじみの射撃訓練のやり方である。
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こうした訓練の改良の結果、朝鮮戦争時のアメリカ軍の前線の兵士の実弾射撃率は5割に達し、その研究者はアメリカ陸軍から勲章をもらうことになる。
その後、ベトナム戦争において、一般民衆に紛れてゲリラ戦術を取るベトナム解放戦線相手の戦いの中で、いかに「戦争の大儀」を確信していた兵士でも、一般住民を誤認し、それこそ「条件反射的に」実弾発射、結果的に殺害したことで深刻な罪悪感に悩む兵士が続出する。相手の死ぬときの記憶映像や、近づいて一般住民と確認できたときの衝撃、その死体のむごたらしさの記憶などが、その兵士の脳裏に繰り返し繰り返し「頭に圧入されるように」よみがえることが止めようもなくなるのである。いわゆる「フラッシュバック」である。
これもまた、高等ほ乳類なら、成熟した後でも、危機的な事態に体験したことだと、たとえ一回であっても身体に刻み込んでしまうという、生存本能に導かれた「刻印付け」なのだ。
(飼い犬が、一度虐待して来た人間には、二度と決して愛想を向けなくなるのを思い出して欲しい)
帰国後も、こうした罪悪感とフラッシュバック、突然の感情発作、抑うつなどに苦しむ中で、アルコールや薬物に手を出し、暴力や犯罪行為に走る帰還兵士が深刻な社会問題となる。良心的徴兵拒否者も増加する。
こうしたベトナム帰還兵問題の深刻化の中で社会に高まる厭戦ムードと反戦運動の激化の中で 兵士の接近銃撃戦を回避し、上空からの爆弾投下などの戦術に切り替えないと、もはや兵士のなり手がなくなるという事態に直面しする。
徴兵制も志願兵制に切り替えざるを得なくなり、当時独立した働き口に乏しかった女性の兵役志願、更には前線への派遣にも依存するようになる。
更にアメリカは、トマホークなどのハイテクミサイル誘導兵器による攻撃に戦闘の主軸を移すことになる。
ある意味で、帰還兵のPTSDが引き起こす社会問題が、アメリカの戦術そのものの変化を後押ししたのである。単なる科学技術の進歩の帰結などではないのだ。
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ところが、9.11テロをきっかけに、戦争の様式が、再びベトナム戦争当時と同じようなゲリラ戦抜きには考えられなくなる。
そこで、アメリカ軍は、冒頭に紹介したような、一般人とゲリラ兵士を的確に識別するための、実戦さなからの訓練というところまで戦闘訓練を高度化するしかなくなったのである。
こうして、母国での軍隊の訓練と現実の戦場との間で「条件付け」のいたちごっこが果てしなく続く。
しかし、決して兵士による民間人の誤射がなくなるわけではない。むしろ、民間人とテロリストを識別せよということが絶対の軍規として兵士に教育される中で、誤射した兵士の罪悪感とPTSDの症状一層増幅するという悪循環が生じるのである。
アメリカ軍はPTSDに陥った兵士の治療に力を入れるようになる。
しかし、あくまでもそれは、そうした実戦経験のある兵士を再び戦場に送り出し、勇敢に戦ってもらうためなのである。
兵士は、修理しては現場に戻される「ロボット」ななる。
そうした動きに、精神療法や精神医療の一部も協力する。
元々非人間的な状況に、あたかも健康人であるかのように適応できることそのものが、まさに歪みの蓄積に他ならないこと。
......これは、私が、自身の鬱体験と、鬱状態のクライエントさんとのカウンセリングの中で、深刻に直面した問題である。
心理療法や精神療法の目的とは何なのか、深刻に考えさせられる。
誤解なきように言えば、誠意ある治療者の行なう「行動療法」は、このようなものではない。単に自分を思ったとおりに「改造する」ものでもない、ましてや、他者を強制的に、自分たちの思う理想像に向けて改善するものでもない。私はそのことを山上敏子先生の行動療法から学んだ。
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しかし、このドキュメンタリーを見る限り、兵士ではなくて、ひとりの一般市民としての日常の中での兵士のメンタルヘルス、夫婦や家族関係への影響という視点は、セラピー先進国であるアメリカですら、まだ現在手が行き届いていないように思えた。
こうした帰還兵士の家族問題全体に積極的に介入する「家族療法的なアプローチ」が、ただの一例も、このドキュメンタリーでは描かれていなかったのである。
現実には、帰還兵士自身やパートナー、子供、老いた親などの個人的な努力でこうした問題を切り抜けている例しか紹介されなかったのである。
(10歳の眼鏡っ娘の少女が、故郷へのお里帰りの際に、飛行機に乗ってパニックを起こしそうな予期不安を抱える母親を細かく気使うシーンを見ていると、私は、こうした「世代逆転」的な形で「娘が母親の母親役」を演じ続けなければならない家族関係は、この娘さんが将来アダルトチルドレンに育ってしまいかねないなと感じて、痛々しかった)
しかし、そうした個人的な努力には限界がある。
戦場から帰還して、一歳になる息子に愛情ある態度を取れなくなってしまったことに苦しんでいる母親の例が紹介されていた。公園での散歩の様子も描かれていたが、歩き始めたばかりの子供がちょっと石いじりをはじめるだけで、まるで新兵の行儀悪さをこまめに注意するような言葉をどうしても連発してしまう母親。
彼女は、そのように振舞ってしまう自分に、本当は、涙ながらに深刻に自己嫌悪している。実際に子供を前にすると、理性ではとても統御できない振る舞いをしてしまうのである。
しかし、彼女たちは、それを、あまりに不器用な次元での、「話し合いによる解決」で何とかしようとする泥沼に陥っている。彼女らの背後に、家族関係についてまで援助しようとする、専門的な援助的専門家がいる形跡が、全く感じられないのである。
「愛している」と言葉では伝え、抱き上げる母親に対して、幼い息子の方は、決してアイコンタクトをしないようすが悲惨であった。
この夫婦は、協議離婚の相談を始めている。
恐らく、養育権は父親という形での。
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日本において、PTSDが引き合いに出される場合、地震などの不慮の大規模災害の被害者や、 残虐な犯罪に巻き込まれた人の心の傷について論じるケースにのみ、ある意味で偏っているように思う。
アメリカでのPTSD概念の確立の歴史は、第1次大戦、第2次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、9.11後のイラクヘの介入という、ほとんど途切れることなく続いた兵士の実戦への参加の中で、大量に生み出された帰還兵の精神状態の悪化が、犯罪や薬物汚染、DVを含む家族関係や子供の成長に大きな影を落とすという、「近所にいる誰か、友人の誰かそういう状態にある」という、一見平和な社会の日常に深く根を張った問題に結びついているからこそ、先進的な研究と対策の対象となりえたものである。
どうもそうした背景については、日本の一般市民の常識のレヴェルには浸透していない。
日本も、集団安全保障の観点から、自衛隊の海外派兵が更に広がったり、ましてや憲法第9条の改正がされたら、こうしたアメリカ社会の状況は、帰還した自衛官の社会復帰過程でそのまま日本社会でも現実化し、子供の成長から犯罪まで、深刻な社会不安を引き起こす可能性があるという視点など、今日、ほとんど論じられていないといっていいのではなかろうか。
あえて言えば、海外派兵にほとんどの自衛官が関与しない現状においてですら、戦闘訓練の過程で、自衛隊員の心身にこうした問題が生じ、深刻な家族関係の危機をすでに引き起されている可能性など、あえて言えば、「闇に葬られている」問題のように思われてならない。
その一端が、自衛隊員の自殺や、隊内でのいじめの問題としてのみ、今日語られているのではないか。
例えば、駐留アメリカ軍兵士の婦女暴行等の問題を考える際に、もちろん、被害者の悲惨は言うまでもないが、単に「軍の規律を引き締める」ように要請するなどという次元を超えた、こうした深刻な問題が潜んでいる可能性について、論じられた記事を私は読んだことがない。
ひとりひとりの生身の人間であり、親であり、パートナーの伴侶であり、家族の一員であるという視点から、兵士のメンタルヘルスをとらえ、社会問題として波及していく可能性というシミュレーションに目が届かないまま、戦争と平和について語られることの空しさを、このドキュメンタリーを通して感じた。
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昔、日本でも欧米でも、そうやって戦場でのトラウマで戦闘能力を失う兵士は、「根性なし」で「精神が弱い」人間であるとして蔑まれていた。
実は今日においてもかなりの程度そのように思われおり、それは、子供や、企業で働く「戦士」としての、サラリーマンたちの不適応問題においても、無意識のうちに陥りがちな偏見であるように思われる。
しかし、実は、そういう社会の中で一見適応的にやれて「生き残って」、見かけ上平穏な暮らしを送っている子供や親たちによって構成されている家族においても、隠れた形でそのひずみは蓄積して、さまざまな問題を引き起こしている可能性が高いだろう。
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以下は、この番組を見た、アメリカへの留学経験がある知り合いから昨晩聞いたことである。
その人は、ホームステイ先の近所に、同じように外国からの留学生(日本人ではない)のホームステイを受け入れている家庭があり、その留学生や、オーナーの家族ともつきあいがあったそうである。
その友人の留学生のオーナーご夫婦は、二人とも退役した軍人であった。もっとも、戦場に出た経験はなかったという。
夫妻は、たいへん親切でないい人たちではあったが、家に、十数丁ものライフルや銃が、人目に触れるところに陳列されていた、そして、当時まだ小学生低学年ぐらいだった男の子へのしつけの際の言動や教育方針が、何か「大人じゃあるまいし、そこまでこの年齢の子には理解し、やらせるのは無理では?」と、一抹の違和感を感じていたという。
私の知り合いがアメリカから帰国して数年後、その留学生からのメールで、思春期になったその男の子が、自宅に並んでいたその拳銃で自殺したことを知らされたという。
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これはひとつの例であるに過ぎない。引き付け過ぎかもしれないが、戦場での殺戮とは無縁で、一見問題がない両親であったとしても、兵士の家庭に、こうした「PTSDにならないままサバイバルできた」がゆえの、さりげない歪みが蓄積され、子供の成長に大きく影響していることも少なくないのではないかとも想像させるのである。
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なお、このNHKスペシャルの前に、2008年8月にBS-hiで放送していた「兵士たちの悪夢」というドキュメンタリー番組に関して、モラルハラスト問題のカウンセラーである惠美さんが、ご自身のブログで、モラハラの家族力動と兵士のおかれた状況を比較する形で、たいへんまとまりのいい考察をなされているので、ご紹介します。
●録画してあった「兵士たちの悪夢」というドキュメンタリー番組をやっと見た (カウンセラーママの日々つれづれ)
私は、この惠美さんの記事に触発されて、今回のNHKスペシャルを観ました。
ここに感謝申し上げます。
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※ なお、私の専門とするフォーカシング技法とトラウマ治療に関しての序論的な紹介が、
●フォーカシングとトラウマについて
(The Focusing institute日本語版公式サイト)
http://www.focusing.org/jp/jp_trauma.htm
で読めます。
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追記:
敢えていえば、ここで私が書いたことは、家族内の暴力や性虐待、モラルハラストメントなどによって生じるPTSDをあまり扱っていないという点で誤解を招く難点があるかと思います。
しかし、DVやモラハラ問題において、真の解決は、単に加害者を悪人視して、被害者の「救済」、加害者の「更生」という形で問題をとらえる段階を超えつつあるのではないかというのが私の認識です。
自分の様々な心身不調が、DVやモラハラの加害者から受けた仕打ちの影響の元で生じたというメカニズムを理解することは治療的にも極めて大事でしょう。しかし、それが単なる「悪者探し」になるのだとすれば、それは明らかに反治療的です。
被害者も、「加害者によって人生を狂わされた」という観点にのみとらわれ、自分の人生を築いていくことの妨げになる場合もあると思います。いわば「被害者」という「否定的同一性」が逆にその人のその後の人生を必要以上に支配してしまう危険があるのですね。
もとより、被害者と加害者が互いに接触できないように緊急隔離することは重要ですが、それを単に「被害者の」保護という観点からのみとらえるのはおかしい。
敢えて大胆にいえば、暴力を振るわざるを得ない加害者を、更に暴力を振るい続け、深刻な事態に陥る可能性から隔離するという、「加害者の人権保護」でもある筈です。
DVやモラハラの「加害者」になってしまった側の人間の、その後の人生に対するメンタルケアの体制となると、現状はあまりにも立ち後れているといわざるを得ません。
被害者と加害者の間に生じた相互作用の悪循環そのものをそれぞれに洞察してもらえる機会を提供し、別居・離婚後、別々に人生を歩みだすそれぞれのメンタル面をサポートするシステムの構築となると、あまりにもお寒いのではないでしょうか。
すでに"Identified Patient"(見なし患者)という言葉が普及している中で、一見一番問題があるかにみえる人物、病的な状態に陥っているかに見える人物を、単にその個人の病理という観点からのみとらえて、治療していくことの限界については、今日、家族療法や応用行動分析の分野を通して、カウンセラーの間でも幅広く認知されつつあります。
その病理的な人物が、その周囲の人間たちが一見「正常に」生きていくための犠牲になって病理を引き受けている可能性があるのです。
病理そのものに生得的な要因や脳の器質変化がうかがわれる場合ですら、それによる「一次症状」に対して、家族や教師をはじめとする周囲の人間がどう関わるかそのものが、本人を更に不適応にさせ、「二次症状」を生み出し、更にそれが「本来の病理」と混同されていく可能性については、自閉症や学習障害、ADHD、更には精神遅滞についての臨床研究で重視されてきました。
その「悪循環の連鎖」を断ち切るために、患者の周囲のいろいろな立場の人を含めた治療的なサポートが必要という認識が、今日専門家の間に広まって来ています。
これは、統合失調症患者や鬱病患者の治療においても重要であることは、中井久夫氏をはじめとする現場精神科医によって、かなり早くから提唱されて、今日に至ります。
ですから、ここでPTSDの「原点」である、戦場から帰還した兵士の問題に立ち返り、それが具体的な社会的相互作用の悪循環の連鎖の中で形成、維持され、家族を当惑させる中で「二次症状」化し、本人を追いつめ、むしろ社会問題を引き起こしているという可能性という視点を提供することは、たいへん大事なのでないかと思う次第です。
反戦運動で、戦場から帰還した兵士を侮蔑するとしたら、その方が彼らを窮地に陥れるのみ。軍隊は、上官に絶対服従の世界です。そこから脱走しても、周囲は自分を殺そうとする敵ばかりかもしれない。
以前、個人サイトの方で、
という、ロバート・レッドフォード監督の映画「父親たちの星条旗」への感想でも書きましたが、戦場から帰還したひとりひとりの兵士に対しては、そういう意味で、労りと敬意を払うのが当然だと思うのです。
英雄として祭り上げるのでもなく、俗世間への再適応に苦労する彼ら、彼女らを、「厄介者扱い」することもなく。
彼ら/彼女らこそ、我々の代わりに罪を犯し、十字架を背負った人であることを、「銃後」の私たちは忘れずに!!
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<9/23増補改訂の内容>
* 上記の「追記」の内容全体
* 若干の誤字修正
* 定着までに何十回もの刺激と反応の対提示を必要とするパブロフ的な「古典的条件づけ」と、一回の刺激対提示で条件づけが定着する可能性がある「刻印づけ」という用語法の違いについて、心理学の専門家でない皆様に誤解されないような、最低限の記述の修正。
(行動心理学、動物行動学、学習心理学の専門家の方へ:私はここで「刻印づけ」と「生得的触発規制」を、共通項も持ちつつも「別の概念」として認識しています。「刻印づけ」の中でも発達上の臨界期がない特殊ケースをここで問題としているのです)
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