2018年6月 9日 (土)

5分診療の精神科・心療内科の現実にいかに対処するか

地域のたいていの開業医は、待合室に十数人の患者さんが寿司詰め、お医者さんと話ができるのは数分間という状況で運営されています。

これは、精神神経科や心療内科でも同じことでして、

カウンセリングに来る方から「通っている病院では十分話を聞いてもらえないから、ここに着た」という話をよく聞きます。

実は、病院でのカウンセリングの「保険点数」はきわめて低く、それで2,30分も保険診療の枠内で一人の患者さんにかけていたら、病院の経営が成り立たないわけです。

仮に、そのクリニックが別にカウンセラーを雇っていても、実はカウンセラーを雇う経費という点だけからすれば赤字になるのを覚悟で雇っているところが多い。

******

そこで、日本では、現実的には、医療とカウンセリングが「別の場所」となる役割分担と相互の連携が必要なクライエントさんがたいへん多いはずということになります。

しかし、こうした「通院中のクライエントさんに、カウンセラーがどういうサポートができるか」という問題について、本当に徹底した議論がなされてきたとは私には思えません。

薬はお医者さんに任せ、カウンセリングするだけ、

大変になりすぎた時だけ、「お医者さんに『ゆだねて』しまう

といったことが、まだかなり多い気がします

(ちょっと皮肉を込めたつもりですが....)

カウンセラーは、単に5分診療のお医者さんに話せないクライエントさんの、もっと話したい欲求を「埋め合わせる」ためにのみ機能すべきではないし、

かといって、反対に、単なる「カウンセリング」や「心理療法」をする存在にとどまってはならないと思います。

*****

敢えて結論から言います。

そのお医者さんとの「5分間」でクライエントさんが何をお医者さんに伝えると「効果的」かについての「コーチ」役

ということがまだ忘れられてはいないでしょうか。

何しろ50分から1時間の話をクライエントさんから聞けるのです。一見主訴とは関係なさそうな話題をクライエントさんは山のように話しているはずです。

いつも主訴に関わる話題だけになるクライエントさんとしか会っていないカウンセラーは、クライエントさんにひどく窮屈な思いをさせて、「カウンセラー中心療法」をしているのでは? と疑いたくなります。

そうした中で、クライエントさんは、カウンセラーがクライエントさんの「状況を俯瞰して」みる限り、もしそのことを医者が知らないままとすれば、あまりにもったいない、といいたくなる話を、なんともさりげなく始めたりします。

クライエントさんご本人も、それが自分の主訴の治療に関係ないとすら思っている場合の方が多い。

例えば、うつ状態の改善をめざして通院しつつもカウンセリングに通っている患者さんが、

「実は一緒に住んでる母が、今度入院して手術を受けることになったんです」

「実は親父がリストラで会社を首になったんです」

などという話を、何かのきっかけで話したとします。

「それ、あなたの会っているお医者さんに伝えた?」

というと、

たいてい「いいえ」といわれます。

回復期の欝の人に限らず、およそ通院が必要な水準まで心の問題を抱えている人は、それを支えている家族の他の誰か一人が家の中で機能しなくなるとか、「実家の」経済基盤に大きな変化が生じるというだけで、実は相当なストレス要因、あるいは「余裕の喪失」を抱え込むことになります。薬がそれに応じて変更されたとしても何もおかしくありません。

あるいは、精神症状と一見無関係な一見些細な身体症状の変化

「風邪を引いて2日仕事を休みました」

「最近下痢が増えました」

とか。

私は、こうした時、よほど特別な場合を除いては、お医者さんに宛てて「○○クリニック ○○先生 御机下」に始まる「公式の『経過報告書』」を書いて、クライエントさんに持たせるということもしません。

「1.○○○があった
 2.△△△になった
 3.身体の調子が□□□だ

この三点だけは、「絶対」、今度お医者さんに会ったらお伝えするようにしてね。

私は医者じゃないから、確言できないけど、ひょっとしたら薬の処方とか、変わるかもよ」

念のために、それらを箇条書きにして「メモ用紙に」書いたものと、私の名刺一枚を、クライエントさんに渡して、

「お医者さんに渡してね。お医者さんが、私からもっと詳しい状況を聞きたければ、『いつでもお電話下さってかまいませんと、カウンセラーが言っていました』とも伝えてもらってもいいから」

ということまですることもありますが。

******

私は、特別な場合を除き、こうしたことをお医者さんに伝えることを、クライエントさん本人に委ねます。

カウンセラー自身が、クライエントさんの許可を受けた上だとしても、クライエントさんの「頭越しに」医療機関へと連絡を取るのは、ほんとうにこのままでは本人の心身に多大な悪影響が出る可能性が高い水準の「危機介入」が必要な場合と考えています。

もっとも、本人があまりに心細そうだったら

「あなたの了解の下に、お医者さんに電話を入れてもいいよ」

とも、わりとあっさり応じますが。

(もとより、カウンセリングのはじめに、通院していると知った時点で、「カウンセリングを始めたことは、お医者さんに伝えて欲しい」とは、名刺を渡して必ず言い添えています)

*******

こうしてお医者さんの「5分間診療」の密度を上げ

「そうか、こんなことをお医者さんに伝えればいいんだ」

ということをクライエントさんに「身につけて」もらう為にも、

ほんとは、こんなふうな、

「コーチ役」

カウンセラーにとって、大事な役割だと思ってます。

これは、そんなに高度な医学についての専門知識がカウンセラーになくても、できる筈のことです。

ちなみに、カウンセリングを始めてからお医者さんを紹介する時は、原則的にきちんとした『紹介状』を書きますよ。

(すでに信頼関係と過去の実績があり、紹介状なしでもそのクライエントさんに間違いのない対応をして下さる確信が私の中にある、ほんの2、3の開業医の方を除いては)

クライエントさん本人にも読んでもらい、納得してもらえる形でのものにします。

2018年6月 7日 (木)

欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている(再掲)

さて、「欝」の人というと、皆さんはどんなイメージをもたれますか?

げっそりとやつれ込んでいて、何にもやる気が出ず、「自分がこんな状態では周りに申し訳がない、死んでしまうしかない」と、切々と涙をこぼしながら訴える人?

いいえ、

「客観的に見ればその人が疲れ果てたり、泣き言を人に言いたくなるような状況下においても、全く平気そうに、明るくすら振舞い、精力的に勉強や仕事を続けている人」

がいたら、その人はすでに「欝」にはまりつつある、と私なら判断します。

つまり、「自分がつらい筈のに、つらいという自己認識が、その人から『1,2週間以上』失われてしまった」ら、その時点で、その人は、欝への道をまっさかさまに突き進んでいます。

******

人間に限らず、動物一般には、体内・脳内の状態を「非常事態切り抜けモード」に切り替える自動スイッチのようなものがあります。自然の大災害や命の危険にさらされると、それが発動して、いわゆる「火事場のクソ力」状態になります。

長時間睡眠とかをとらなくても移動し続けたり、頭の回転が鈍らなくなるのです。

大地震の直後、一気に途方にくれて何もできなくなる人ばかりかというと、そうではなく、むしろ普段は発揮されないくらいに冷静に、不眠不休の活動をし続け、善意の相互扶助のコミュニティを広げ、自然に活動を続ける人が意外なまでに多いというのは、結構知られたことでしょう。

あるいは、兵士は、最前線での戦いのさなかなら、一週間の不眠不休の戦闘や行軍にも耐えられてしまいます。

しかし、この「非常事態モード」は、多くの場合、1週間ぐらいしか持たないものです。

ハリケーンにせよ、大洪水にせよ、たいていの自然災害というのは、どんなに巨大なものでも、一週間以上、そのピークが続くものはありません。生き残れた、移動できる動物は、1週間のうちに、安全な土地に移動しているでしょう。

動物の体内スイッチは再び「非常事態切り抜けモード」から自然と「オフ」になり、むしろ「休息しながらの充電モード」になり、次第に「日常モード」に復帰するでしょう。

人間も、この「動物的」メカニズムを受け継いでいるだけなんですね。

人間にも、種の保存のため、この「非常事態」への耐性が特に強い遺伝子を受け継いだ人たちかいると思います。

*****

ところが、人間は、必ずしも自然の摂理に一致しない「文化」というものを築いてしまいました。そして、客観的に見れば「生存の必要性からすればそこまでしなくても生きていけるはず」の社会活動や仕事に、まるで「非常事態モード」にはまった場合と同じように、不眠不休で打ち込み続ける泥沼から抜け出せなくなる人も出てくるという問題を抱え込むようになったのです。

典型例。

配置転換されたり、昇任して、仕事の量がぐっと増えた。ある時期まではそれを本人は大変だ、睡眠不足になってきた思いつつも、歯を食いしばってがんばった。そのうち、同じ役職にある周囲の人は身体の病気になったり、する休みをはじめたり、仕事をやめてしまったりしてもその人はがんばった。

いよいよその人の「勤勉さ」への周囲の期待と依存は高まる。

その頃になり、気がついてみると、睡眠時間が非常に少なくても疲れを感じなくなる。

その人は、自分の「気力」が勝った!! などと思いつつ、それから2,3ヶ月は明るい顔で元気いっぱいで働き続ける。

数ヵ月後、何かのきっかけで、彼は「うつ病」と診断される。

「やれます! がんばれます」

と本人はそのことを受け入れない。ほんとにやれそうな気でいるのである。

それでも彼の状態が心配な人事課長は、会社の産業医との面接を勧めて、産業医の説得で、しぶしぶ休職を受け入れる。

その2,3日のうちに、彼は、自分が何をするのにも億劫で、トイレや、1,2メートル先の冷蔵庫の食べ物の扉を開けようとしても、身体が動かないまま、いつの間にか日が暮れているのに気づく。

「非常事態切り抜けモード」のスイッチが、自然に、ブレーカーが落ちるように落ちるのが、この人の場合、あまりにも遅すぎたのです。

そのブレーカーが、休息と薬の助けと自然治癒力の中である程度回復するのに、数ヶ月から年単位かかるわけです。

世間の人々は、この状態に陥った「後の」人の「欝」についてのイメージしかありません。

彼は、とうの昔に、「非常事態切り抜けモード」のブレーカーが再びOFFに自然に切り替わることができなくなった時点で、すでに病気だったともいえます。

*******

だから、欝の人は、見かけ上人よりすごく「元気」で「社交的」だったりする場合も多いという「逆説」があります。

「見かけは」元気そうでも、「言っている言葉の内容を文字通りに受け止めると」、この人、つらい状況にあるはずなのに、と、そこにある種の、態度と言ってることの「不自然なギャップ」を感じたら、その相手は欝にすでにかなりはまっている可能性があります。このことは、先日「アフォーダンス」について書いたとき、終わりの方で述べたことにもつながります。

回復後も、無理をせずに休息を取るベースをわきまえるまでが、通常のケースではいへんです。欝病者とは「無理をしたがる」ものですから。

そして、上司や同僚も、元気だった頃の彼のイメージ(そっちの方が「スーパーマン」過ぎた「異常事態」だったのに!!)だけを引きずって、

「もう『治った』のなら、フルに働いてもらう」ということを要求しやすい。

パソコンや自動車が「修理」されてきたのとは違うんですけどね!!

なぜ、鬱病は、回復期の上昇カーブにかかったあたりで自殺率が高いといわれるのかも、こうした理由によります。

少し調子を取り戻したつもりで、仕事に復帰したら、まだ思うように仕事ができない、すぐに疲れ果てる自分に直面して悲観するわけですね。

一度欝はまった人が、ちょうどいいペースで仕事をするとはどういうことかを、少しずつ社会復帰しながら自分なりのスタイルを完成させていく、というのは、ものすごく大変なことです。

周囲の期待と、「元通りに働きたい」という「焦り」に押し流されず、前ほど「お人よし」で「便利な人」「いい人」であることを放棄して、マイ・ペースの生き方に切り替えていく。

もし、そのことに本当にうまく成功して、新たなライフスタイルにたどり着けたら、ひょっとしたらその人は、前ほど「しゃにむに」働かないけど、一回り大きくなり、ほんとうの資質を開花させ、真の意味で組織や社会に「必要な」人間に脱皮しさえするかもしれません。

******

こうしたことへの認識がもっと広まれば、そういう「『働け』過ぎ」の人に、実は依存して、彼らを犠牲者として成り立っている、現代社会も少しすつ変わるのに、という思いを込め思いつつ、私なりの言葉で書いてみました。

対面面接のご案内(再掲)

場所は、近所の「インターネットカフェ 自遊空間 久留米櫛原店」のファミリールームをレンタルして行います(入会金500円を含めたレンタル料金は別途お支払ください)。

Net

●料金:50分 5,000円

●開業時間:月曜・火曜 お休み。水-日曜日 10:00-12:00/13:00-18:00 開業。(祝祭日も開業いたします)

 

ご連絡は、

●メール:kurumefocusing@mbr.nifty.com

●電話:0942-35-3880、携帯:080-9532-1148

 

まで、よろしくお願いいたします。

 

 

 

●お申込み

正式の申し込みの際にはメール

kurumefocusing@mbr.nifty.com

で以下の情報をお願いします:

  1. 本名(ふりがな)
  2. 年齢
  3. ご住所
  4. ご職業(無論、学生さん、無職、失業中の方でもOKです)
  5. ご連絡の取れる電話番号
  6. 相談したい内容の概略(ほんの数行で結構です)

をご記入ください。

Skypeを通してのWeb上でのネットカウンセリング、および、フォーカシング個別指導のご案内(再掲)

Skypeを通してのネット上のカウンセリング・フォーカシング個別指導のご案内です。

*******

●カウンセラー:阿世賀浩一郎

※詳しい経歴はプロフィールをご参照ください。

●skypeID: kasegaです。

1回50分

料金:5000円

銀行口座振り込みでお願いいたします。

●面接時間:

私の都合で不定期になるかもしれませんが、原則として、

月曜・火曜:お休み
水曜・木曜・金曜・土曜10:00-18:00、20:00-24:00
日曜:10:00-15:00 20:00-24:00
※原則として水・木・金・土は祝日でも結構です。

※なお、契約予約時間外の通信は受けかねますので、お許しください。

●お申込み

お電話でのお問い合わせにはお答えしますが、正式の申し込みの際にはメール

メール:kurumefocusing@mbr.nifty.com 

で以下の情報をお願いします:

  1. 本名(フリガナ)
  2. Skype ID(すでにお持ちでしたら)
  3. 年齢
  4. ご住所
  5. ご職業(無論、学生さん、無職、失業中の方でもOKです)
  6. ご連絡の取れる電話番号
  7. 相談したい内容の概略(ほんの数行で結構です)

をご記入ください。

相談日時については、その後お電話で打ち合わせます。

電話・FAX 0942-35-3880

*******

Skypeの使い方については、以下のサイト:

のブログなどでご確認ください。.

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最近のラップトップパソコンには最初からwebカメラが搭載機種された機種が多いかと思いますが、新規に使用機器をお買い求めになる方は、万が一皆様のパソコンに適合しない機種を買ってしまわないためには、実際の店頭で店員さんに相談していただくのが一番だと思います(^^)

※スカイプで連絡できるようになるまでのお手伝いは電話で対応いたします。

医療との連携

まずはカウンセリングを受けようか、お医者さんに行ってみようかとお悩みの方も少なくないかと思います。

 

どちらが先でもかまいません。当カウンセリングルームでは、信頼できるお医者さまをご紹介して連携していくこともすすめております。

 

薬物療法も、眠れない、不安が強いなどの症状を収めるのに効果的な場合が少なくないです。

 

一度薬を飲み始めると、その薬があっていても、自己判断で薬をやめてしまうと、離脱症状に苦しむ場合もありますので、お医者様に正直に何を飲んでいるか、それがどのようにつらいのかを正直にお話になるのかいいかと思います。

 

ただ、現実の医療現場では、初回で15分、2回目からは5分間ぐらいしか話を聴いてくれないことも少なくないのですね。

 

その限られた時間内に何を伝えるべきか、ポイントというものがあります。

 

そうした指南もさせていただきますので、気軽にご相談ください。

 

鬱に陥った人の休養期の衝動買い現象

 

おいでになるクライエントさんの話を聴いていると、欝になって休養を取って休んでいた時期に、それまでやったことがないくらいの衝動買いに走ったという話を聴くことは決して稀ではない。はっきりいって、かなり一般的ですらあると感じている。

 

衝動買いを、双極性障害の人の躁状態における典型的行動である・・・・などという教科書的理解をするたけで説明が済むとはとても思えない。

 

SSRIなどの抗うつ薬の副作用で「躁転」した時期に生じやすいという場合は確かに含まれているかもしれないが。

 

かといって、このような行為に走る人は、いわゆる「新型うつ病」(非定型うつ病)の人に多い・・・・などということを軽々しく言うのも、避けたほうがいいように思う。 私の印象では、この、「衝動買い亢進状態」は、古典的な「メランコリー型」の鬱に類型してもよさそうな人にも、休養のある段階で実は結構見られる気がしてならない。

 

そして、どうも、この「衝動買い」現象は、ある程度以上重度の鬱の人の休養治療初期に見られる、「身体を1メートル動かすのもたいへん」という寝たきりに等しい状態(これは、例えば、気を張り詰めて働いていたのやめ、実際に休むことに決めた翌朝に心身に襲い掛かり、本人もあっけにとられる水準のものとなり、かなり順調に行っても数週間続く場合がある)を脱して小康を得て外出できるようになった、最初の段階ですでに生じることも多いようである。

 

鬱の人・・・・むしろ古典的な鬱傾向の人場合にむしろ余計に当てはなることかもしれないが、充実感を感じられる”task”が着実に目の前にないまま、「まったりと過ごす」ということは、病気になる前からそもそも苦手なのである。

 

鬱の人は「暇をもてあます」状況にはそもそももろい。「ともかくしばらくはゆっくり休んでください」「無理はしないで」といわれて「そっとされている」鬱の人は、周囲の人からは想像できない次元で、実は窮地に陥っているのだ。

 

鬱の人とは、基本的に、自分の中の「何か」が突き動かす「焦り」に巻き込まれ、安らかに穏やかに休息を味わう境地からは「程遠い」中で休養生活しているものである。

 

中には、家事や庭いじり、日曜大工(仕事を辞めた人の場合には)ネットでの求職情報収集などを「熱心にこなす」ことに没頭し始める人もあるだろう。

 

こうしたことを性急に「熱心にやり過ぎる」と、それだけで再び鬱が悪化する引き金となり、「ああ、まだ私は治りかかったいたわけではないんだ」と落ち込むという、「二次的な鬱」の悪循環になる場合少なくないのだが・・・・

 

しかし、そういう性急な活動開始の結果生じたてん末を、単に一緒になって失望したり、「言ったことじゃない!!無理しちゃ駄目じゃない! 休んでいないとならなかったのよ!!」と責めるみたいな反応しかしなかったら、急用中の鬱の人は更に自己嫌悪の泥沼にはまるだけであろう。

 

せめて、「残念だったね」とやさしくその悔しさを共にする心の余裕が、見守る人には欲しいものである。

 

 休養中とはいえ、鬱の人が、自分が「意味のある活動をしていない」ことにいかに耐え難い思いで悶々と心安らがずに過ごしていることが多いかは、家族すらほんとうには察し切れていないことが多いように思う。

 

そうした”task”で時間を埋められないとなると、今度は購入した「もの」で空間を埋めたくなるという方向に転化してもおかしくはない。

 

*****

 

もっとも、こうした発想だけでは不十分だったようだ。

 

全く別のアングルから、欝で休養経験のある若い女性クライエントさんが、次のように語ってくれた:

 

「買い物をしている時だけ、自分は病人ではないという気分を味わうことができるんですよ。社会で普通に働けている人と同じフリ

ができるっていうのかな? 

 

 鬱になってから、お店で店員さんと話し込んで、じっくりと品物を選びながら買うことが増えていた気がする。働いていた頃は、そうやって話し込むタイプでは全然なくて、ひとりで決めるタイプだった筈なんですけどね(^^;)

 

 街を、流行の服を着て、お店の紙袋ぶら下げて歩いているだけで、病人でない気分を味わえた。実社会から降りていて、普通に働いている人たちとの間に超えられない隔てができてしまっているという、心の空洞を、そうやって埋めてしまいたかったのだとも思います」

 

このようにしてまでも自分で自分を慰めるしかない心の機微を汲むことをまずはしないままに、衝動買いのやりすぎ自体はよくないとばかり言い出すようなカウンセラーではありたくない気もする(^^)

 

衝動買いが現実的な問題を生み出すことをどうしたらいいのか?ということを一緒に考えていくのは、次のステップである。

 

「ものを買うばかりではない形で、そうした心の隙間を埋めるにはどうすればいいのか?」

 

(例えば、人との出会いもありそうな習い事に投資する形も考えられないかとか)

 

あるいは、

 

「買い過ぎを押さえるには家計簿をつけてみて、検討してみないか?」

 

など。

 

2017/03/28 夢の世界を冒険しよう

当カウンセリングルームでは、フォーカシングを応用した夢分析を行っております。

 

夢分析というと、フロイトの「塔はペニスの象徴」みたいな、辞書を引くような分析を思い浮かべる人があるかと思いますが、実はずっと奥が深いものです。

 

私たちは、夢を見るとき、いろいろな生活体験や生理的状況から影響を受けています。

前日に観たテレビ番組の影響などが関わっていると感じる人もあるでしょう。

 

その一方、繰り返し襲われる悪夢というものもあります。

 

「自分がまた学生に戻っていて、試験の前日を迎えているのに、全然勉強ができていない」など典型でしょうか。

 

人は悪夢を見ると、その夢を、昼間の日常で物事を理解するときと同じような形で理解しようとする傾向があります。

 

しかし、夢はそれらを超えた奥深いものを秘めています。

 

ユングは、夢の中で登場する人間は全部自分の分身だと述べています。

 

同性の登場人物の場合「影」と呼び、異性の登場人物の場合は「アニマ(内なる女性性)」「アニムス(内なる男性性)」と呼びます。

 

それらは決して自分の中のダークサイドではなくて、むしろその人がそれまでに生きられていない潜在的な可能性であることが多いと述べています。

 

例えば、がめついばかりの金貸しに借金の催促を受ける夢を見れば、あなたがもっと「経済的にがめつく」、したたかに投資をしながら生きていいことを示唆するかもしれません。

 

また、夢の中に出てくる動物や、夢にしか出てこない光景とかも、自分自身の分身だったり、日常の心象風景の象徴だったりします。

 

私の経験でいえば、純粋な悪夢というものは存在しません。たいてい、自分が成長できる可能性を示唆してくれています。

 

一度夢に関心をもつと、夢のお告げそのものが頻繁に体験でき、覚えていられるようになります。

 

一緒に夢の世界を堪能してみませんか?

日常とカウンセリング場面の往復

 

カウンセリング場面とは、ある意味で「非日常」の空間です。

 

多くのカウンセリングルームでは、小奇麗な、明るい室内、のびのびと座りやすい椅子、カウンセラーとの間にテーブルが準備されています。

 

そうした中で、何でも受容的に聴いてくれるカウンセラーがいます。

 

カウンセラーとの間には、親兄弟とは全く異なった<絆>が生まれます。

 

こうした空間の中でこそ、普段の日常から間合いを取り、じっくりと内面を振り返れる心の余裕を持てるということが多いでしょう。

 

しかし、人によっては時にはその日常生活とのギャップが、日常に帰った時に、「反動」を生じさせることがあります。

 

面接中はハイな気分になったのに、帰り路や自分の家に戻ると、再び気分は沈み、身体の痛みすら現れる場合があるかもしれません。

 

家族との関係の中で、これまでは黙っていたことを口に出してしまうようになり、むしろ喧嘩が増えるかもしれません。

 

私はこうした現象を「セッションの反動」と呼んでいます。

 

そうしたありようを、再びカウンセリングルームに持ってきて、更に相談を深めること繰り返す中で、やっとに新たな次元にほんとうに進歩を感じることができるというケースが少なからずあるでしょう。

 

ある意味で、人の成長とは、こういう「揺れ」「ジグザグ運動」に耐えるだけの自我の形成のプロセスでもあると思います。

 

このことは、治療者も、カウンセリングに来る方も、心しておいてくださいね。

 

短期間通っただけでは、おさまりがつかない場合があることを

ご家族等をカウンセリングに通わせたい場合

 

自分の配偶者やお子様が問題をかかえていて、カウンセリングに通わせたいが、本人が嫌がっている。一緒に行こうと言っても拒否される。こういう場合はどうすればいいのでしょうか?

 

カウンセリングに限らず、支援機関そのものが、

 

「本人がカウンセリングに来てくれないと、どうにもなりません」

 

・・・と、突き放してくるケースも少なくないのが現状です。

 

私なら、まずはあなたが繰り返し相談に現れることをオススメします。

 

これは、何もあなたに問題があるといいたいのではありません。

 

問題行動を起こすご家庭は、そういう問題があることを、周囲に隠していたりすることそのものが、いい状態ではありません。

 

例えば、引きこもりのお子さんをお持ちでしたら、そういう引きこもりを抱えたご家族全体が、その問題について外部から「引きこもって」いることが多いのです。

 

すでに述べたように「本人が現れないとどうにもならない」などと突き放してくる相談機関も問題なのですが。

そうやって、ご家族が「外部」との接点を持つと、どういうわけか、ご夫婦やお子様との関係にも、これまでにない接点がいつの間にか開かれるものです。

5分診療の精神科・心療内科の現実にいかに対処するか

地域のたいていの開業医は、待合室に十数人の患者さんが寿司詰め、お医者さんと話ができるのは数分間という状況で運営されています。

 

これは、精神神経科や心療内科でも同じことでして、

 

カウンセリングに来る方から「通っている病院では十分話を聞いてもらえないから、ここに着た」という話をよく聞きます。

 

実は、病院でのカウンセリングの「保険点数」はきわめて低く、それで2,30分も保険診療の枠内で一人の患者さんにかけていたら、病院の経営が成り立たないわけです。

 

仮に、そのクリニックが別にカウンセラーを雇っていても、実はカウンセラーを雇う経費という点だけからすれば赤字になるのを覚悟で雇っているところが多い。

 

******

 

そこで、日本では、現実的には、医療とカウンセリングが「別の場所」となる役割分担と相互の連携が必要なクライエントさんがたいへん多いはずということになります。

 

しかし、こうした「通院中のクライエントさんに、カウンセラーがどういうサポートができるか」という問題について、本当に徹底した議論がなされてきたとは私には思えません。

 

薬はお医者さんに任せ、カウンセリングするだけ、

 

大変になりすぎた時だけ、「お医者さんに『ゆだねて』しまう

 

といったことが、まだかなり多い気がします。

 

カウンセラーは、単に5分診療のお医者さんに話せないクライエントさんの、もっと話したい欲求を「埋め合わせる」ためにのみ機能すべきではないし、

かといって、反対に、単なる「カウンセリング」や「心理療法」をする存在にとどまってはならないと思います。

 

 

*****

 

敢えて結論から言います。

 

そのお医者さんとの「5分間」でクライエントさんが何をお医者さんに伝えると「効果的」かについての「コーチ」役ということがまだ忘れられてはいないでしょうか。

 

何しろ50分から1時間の話をクライエントさんから聞けるのです。一見主訴とは関係なさそうな話題をクライエントさんは山のように話しているはずです。

 

いつも主訴に関わる話題だけになるクライエントさんとしか会っていないカウンセラーは、クライエントさんにひどく窮屈な思いをさせて、「カウンセラー中心療法」をしているのでは? と疑いたくなります。

 

そうした中で、クライエントさんは、カウンセラーがクライエントさんの「状況を俯瞰して」みる限り、もしそのことを医者が知らないままとすれば、あまりにもったいない、といいたくなる話を、なんともさりげなく始めたりします。

 

クライエントさんご本人も、それが自分の主訴の治療に関係ないとすら思っている場合の方が多い。

 

例えば、うつ状態の改善をめざして通院しつつもカウンセリングに通っている患者さんが、

 

「実は一緒に住んでる母が、今度入院して手術を受けることになったんです」

「実は親父がリストラで会社を首になったんです」

 

などという話を、何かのきっかけで話したとします。

 

「それ、あなたの会っているお医者さんに伝えた?」

 

というと、

 

たいてい「いいえ」といわれます。

 

回復期の欝の人に限らず、およそ通院が必要な水準まで心の問題を抱えている人は、それを支えている家族の他の誰か一人が家の中で機能しなくなるとか、「実家の」経済基盤に大きな変化が生じるというだけで、実は相当なストレス要因、あるいは「余裕の喪失」を抱え込むことになります。薬がそれに応じて変更されたとしても何もおかしくありません。

 

あるいは、精神症状と一見無関係な一見些細な身体症状の変化

 

「風邪を引いて2日仕事を休みました」

「最近下痢が増えました」

 

とか。

 

私は、こうした時、よほど特別な場合を除いては、お医者さんに宛てて「○○クリニック ○○先生 御机下」に始まる「公式の『経過報告書』」を書いて、クライエントさんに持たせるということもしません。

 

「1.○○○があった
2.△△△になった
3.身体の調子が□□□だ

 

この三点だけは、「絶対」、今度お医者さんに会ったらお伝えするようにしてね。

私は医者じゃないから、確言できないけど、ひょっとしたら薬の処方とか、変わるかもよ」

 

念のために、それらを箇条書きにして「メモ用紙に」書いたものと、私の名刺一枚を、クライエントさんに渡して、

 

「お医者さんに渡してね。お医者さんが、私からもっと詳しい状況を聞きたければ、『いつでもお電話下さってかまいませんと、カウンセラーが言っていました』とも伝えてもらってもいいから」

ということまですることもありますが。

 

******

 

私は、特別な場合を除き、こうしたことをお医者さんに伝えることを、クライエントさん本人に委ねます。

 

カウンセラー自身が、クライエントさんの許可を受けた上だとしても、クライエントさんの「頭越しに」医療機関へと連絡を取るのは、ほんとうにこのままでは本人の心身に多大な悪影響が出る可能性が高い水準の「危機介入」が必要な場合と考えています。

 

もっとも、本人があまりに心細そうだったら

 

「あなたの了解の下に、お医者さんに電話を入れてもいいよ」

 

とも、わりとあっさり応じますが。

 

(もとより、カウンセリングのはじめに、通院していると知った時点で、「カウンセリングを始めたことは、お医者さんに伝えて欲しい」とは、名刺を渡して必ず言い添えています)

 

*******

 

こうしてお医者さんの「5分間診療」の密度を上げ

 

「そうか、こんなことをお医者さんに伝えればいいんだ」

 

ということをクライエントさんに「身につけて」もらう為にも、

 

ほんとは、こんなふうな、

 

「コーチ役」

 

カウンセラーにとって、大事な役割だと思ってます。

 

これは、そんなに高度な医学についての専門知識がカウンセラーになくても、できる筈のことです。

 

ちなみに、カウンセリングを始めてからお医者さんを紹介する時は、原則的にきちんとした『紹介状』を書きますよ。

 

(すでに信頼関係と過去の実績があり、紹介状なしでもそのクライエントさんに間違いのない対応をして下さる確信が私の中にある、ほんの2、3の開業医の方を除いては)

 

クライエントさん本人にも読んでもらい、納得してもらえる形でのものにします。

 

 

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