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2018年6月

2018年6月29日 (金)

浜崎あゆみとスピリチュアリティ

  • Windows8.1のInternet Explorer10では画面をクリックするだけで大きな画面になること確認済みです。
  • 私の手元にあるWindows10のEdgeブラウザ、Microsoft Surfaceのブラウザでは機能停止です。
  • 私の場合Windows10のInternet Explorer11にはにどういうわけか辿り着けないので動作未確認ですが、おそらくクリックだけで画面拡大しない可能性があるでしょう。
  • iOSを含め、Google Chrome,Firefox,Operaをお使いの場合には、画面にカーソルを合わせて、「右クリック」→「新しいタブで開く」とすると、別タブで、大きな画面になります。
  • iOSのsafariの場合にはクリックしてもそもそも拡大しないようです。

;・・・・結局、推奨ブラウザはGoogle Chromeです。いいブラウザですからこれを機会にインストールされることをお勧めします。

少し面倒ですが、画像にカーソルを合わせて右クリック→「新しいタブを開く」で対応してください。、

この学会発表に際しては、かるばどすさんの協力がありました。謹んで感謝申し上げます。

※なお、途中に差し挟んだYoutubeのプロモーションビデオはほとんどのものが公式サイトのものですが、たいてい1分30秒ほどでフェイドアウトしてしまいます。でもないよりマシでしょう。

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ヴィーンの謝肉祭の道化 Op.26

  

1.「謝肉祭」Op.9ではありません!

「ヴィーンの謝肉祭の道化」Op.26であります。

 ……などと一応断っておいた方がいいかもしれない。シューマンのピアノ曲の中では比較的有名ではない曲であり、「そんな曲があったの?」という人も結構いそうなので。それでも今CD18種所有できるわけなので、これまで取り上げた曲の中では一番メジャーなはずとも言える。「謝肉祭」Op.9、「蝶々」Op.2あたりと組まれていることが多いので、おまけのようにして聴いたことがある人は少なくないかもしれない。

 この曲を取り上げることは、例によってかなりのシューマン好きすら戸惑わせるであろう「フェイント攻撃」であると自負している。ビアノソナタ第1番Op.11とか幻想小曲集p.111(Op.12ではない!)のあたりからはじめる方がよほど「マニアっぽい」であろう。

 この曲をシューマンのピアノ曲の1番手として取り上げるというのも、この「ロベルトの部屋」第1回を「序曲、スケルツォとフィナーレ」Op.52ではじめた時と似たような理由による。つまり、大変親しみやすい曲の割には有名ではないのが理解しがたいと長年思っていたからなのだ。

 連載第1回で書いたように、この曲はシューマンの多楽章のピアノ曲の中では、3曲のピアノソナタ以上にピアノソナタ的な古典的構成感があり、例えばベートーヴェンのピアノソナタになじんでいる人とかは非常に入りやすい作品のように思う。特に第18番変ホ長調Op.18 No.3(あだ名のない中期のピアノソナタの中では最高傑作。この曲の第2楽章の2拍子の常動曲的スケルツォは、シューマンの第2交響曲のあの独創的な2拍子のスケルツォの手本だと思う)や「ワルトシュタイン」、「告別」ソナタあたりとかなり共通の雰囲気もあるし、一部の楽章で明らかな影響を指摘する音楽学者もあるようだ。

 この「ヴィーンの謝肉祭の道化」は、5つの小曲から成り立っているのだが、

「第1楽章」 ロンド
「第2楽章」 静かな緩徐楽章
「第3楽章」 諧謔的なスケルツォ
「間奏曲」  スケールの大きいロマンスに寄り道
ソナタ形式の実に輝かしくて開放的な「フィナーレ」

という、古典的なソナタとして位置づけることも可能なのである。

 まさに偉大な古典派の先人大作曲家たちが暮らした音楽の都、ヴィーンに対するシューマンの敬意の表れがこの曲の古典派ソナタ的な構成を生み出させたという意見もあるようだ。(もとより「第1楽章」がロンドというのが古典派的ではない。
 だが、このロンドこそがこの曲の鍵を握る特異そのものの部分なのだ。後述するように、私はこの第1曲……ベートーヴェンのピアノソナタからの明白な引用を含む……を、ロンドを偽装したソナタ形式ではないかと判断しているのだが)。

 ベートーヴェンの死後、ピアノソナタが聴衆に受容されていく歴史において、リストと共に特別の役割を果たしたのがシューマン夫妻であることは意外と強調されていないかもしれない。
 クララが実は保守的な感性の持ち主だったということは以前にも書いたが、実はクララはベートーヴェンのピアノソナタが最初は「全然わからなかった」そうである。そういうクララにベートーヴェンのピアノソナタの価値を熱心に説き、演奏解釈の仕方について徹底的にコーチしたのがロベルトらしい。
 シューマンの死後、この「コーチ役」はブラームスとヨアヒムに引き継がれ、リストが公開の演奏活動から一時期完全に身を引いた頃からは、まさにベートーヴェン・ルネッサンスの牽引者としての役割をピアノ曲の分野でクララは一身に担うのである。もとよりそのクララですら、後期ソナタをレパートリーに加える決心をするのはかなり後年になってからだったらしいが。

 ただし、誤解なきようにいいたいのだが、「ヴィーンの謝肉祭の道化」は形式面でいつになく「古典ソナタ的」とはいえ、この作品の曲想は優等生からはほど遠い。曲の内容はいかにもシューマンというべきリズミックで奔放なファンタジーの飛翔に満ちている。深刻ぶることが皆無、開放感の大きさと明快さという点ではシューマンのピアノ曲の中でも一方の極にある。ただし、シンフォニックな響きを要求する演奏技巧の難しさも超一級。一見簡潔とも言えるけれども、むしろその明快な枠組みの中で単純な動機をくどいまでに反復する中でファンタジーをどんどん増殖させていく。

 この曲はひたすら前向きな生気が失われるとひどく単調な曲として響く危険もある。変に部分部分の小細工をし過ぎると曲の流れが停滞する。そのあたりが今一つピアニストに弾かれない原因だろう。録音はともかくライブとなれば、よほど自信があるピアニストでないと弾くのを躊躇するだろう。シューマンのピアノ曲には、「経験論的」なショパンとは異なり、ピアニストの都合などお構いなしに複雑な創意を盛り込む傾向が強い。

 シューマン自身、この作品のことを当初「ロマンティックな大ソナタ」と名付けようとしていたようである。それを取り下げさせた一つの原因は、例によって古典的なソナタに関するシューマンのベートーヴェンへのコンプレックスのせいかもしれない。「序曲、スケルツォとフィナーレ」と同じく、この曲もまた、タイトルのなじみにくさで損をしている曲という気がしてならないのだが。

 この曲のタイトルのなじみにくさは日本語訳をこなれたものにしにくいという問題もあるようである。ドイツ語では、Fashingsschwank aus Wien であり、英語にするとCarnival Jest from Viennaとなる。Schwank(jest)をこれまで通例「道化」と訳してきたわけである。この訳でも間違いではないのだが、最近では「ヴィーンの謝肉祭さわぎ」という訳も見かけられる。こちらの方がふさわしいかもしれない。私ならば「ヴィーンの謝肉祭の悪ふざけ」とかも可能かなと思う。

   

    http://chitose1960.jp/button5.gif2.ヴィーンの街へのオマージュ

 1938年の秋から半年ほど、シューマンはヴィーンに滞在する。ライプチヒで創刊した「音楽新報」の拠点をヴィーンに移したいというのが一番の目的だったようだ。

 当時、ロベルトとクララとの結婚に反対する、クララの父フリードリヒ・ヴィークとの関係は最悪になりつつあった。二人は直接会うことは禁じられ、手紙もロベルトとクララの共通の友人によって極秘裏に手渡しされた。ヴィークはシューマンについての悪い噂をクララに吹き込み、ライブチヒを離れた外国の都市での演奏会を次々企画してクララを連れ回し、シューマンと連絡が取りにくいようにもした。

 そういうヴィークに、音楽の都ヴィーンで一旗揚げて自分にも実力があることを示したいという思いがロベルトを駆り立てたようである。しかし結局ヴィーンでの雑誌創刊の計画は挫折した。ヴィーク自身が悪い情報をヴィーンの関係者に流して足を引っ張った形跡すらあるようである。

 しかし、ロベルトにとってこのヴィーン滞在は幾つかの成果を上げた。一つは、シューベルトの兄フェルディナントと知り合いになり、かのバ長調交響曲「ザ・グレート」の自筆譜が残されていることを突き止めたことである。そしてそのシューベルトが眠る墓地を散策したときに拾ったペンで、後にあの交響曲第1番「春」の冒頭を書き付けることとなるのである。

 また、作曲の面でも多大な成果があった。「アラベスク」Op.18、「花の曲」Op.19、「フモレスケ」Op.20、「夜曲」Op.23、3つのロマンスOp.28そして「ヴィーンの謝肉祭の道化」Op.26である。

 実は、これらの曲を最後に、シューマンはピアノ曲の作曲をぱったりとやめて、1840年の「歌の年」、1841年の「交響曲の年」、1842年の「室内楽の年」へと突入してしまう。実際、Op.23までのすべての作品がピアノ曲だったわけであるから、要するに前期シューマンのピアノ曲の総決算というべき円熟した作品がここには並んでいる。

 もとより、このヴィーン時代のピアノ曲は、その直前の時期の曲、すなわち、「謝肉祭(カルナヴァル)」Op.9、幻想小曲集Op.12、交響的練習曲Op.13、「子供の情景」Op.15、「クライスレリアーナ」Op.16、幻想曲Op.17までの曲(シューマンのピアノ曲からベスト6を選べといわれればこの6曲をそのまま並べていいように私は思う)のような、一曲ごとに新境地を開くぎらぎらとした才気のほとばしり、全存在を賭けた魂の燃焼の趣きはない。より静謐で余裕のある古典的なまとまりを持つ大人の音楽へと急速に変貌していくのである。しかし、このヴィーン時代の作品群の方が心休まるという人も少なくないかと思う。

***

 さて、この「ヴィーンの謝肉祭の道化」に関しては、前述の、ヴィーン古典派の偉大な先人達へのオマージュとしての側面と共に、シューマンがはじめて体験した南欧的な色彩すらあるヴィーンの謝肉祭独特の乱痴気騒ぎにインスパイアーされて書かれた曲……と説明されることが多い。特に第1曲、アレグロにはそのような雰囲気が濃厚である。

 似たような「舞踏の幻想」といいたくなる性格の曲に「蝶々(パピヨン)」Op.2「謝肉祭」Op.9がある。後者の中に前者のメロディが引用されるなど、この2曲は文字通り姉妹作といっていい作品だが、これら2曲は、ほとんど「ピアノによる交響詩」といいたくなる独特の性格を持つ。つまり、シューマンは「舞曲」そのものではなくて「空想された舞踏会の幻影」を描いているというべきなのだ。

 このあたり、ウェーバーの「舞踏への勧誘」が、冒頭の序奏とコーダで紳士と淑女の挨拶を描写したとされながらも、それらに挟まれた主部は「舞曲」以外の何者でもないのとはすでに次元が異なることをシューマンははじめている。
 「蝶々」の終結部、舞踏会が終わり、ファンファーレと鐘の音が鳴り響く中、踏みっぱなしのペダルの和音の中から、一つずつ鍵盤から指を離して余韻が宙に消えていく様を表現するという手法など、当時はほとんど前衛的な演奏技法だったと思われるが、ほとんどオーケストラによる交響詩のようなデリケートで幻想的な心象風景の移ろいの描写というべきだろう。こういうことを「作品2」でやっていたのがシューマンなのだ。

 ところが、この「ヴィーンの謝肉祭の道化」の場合には、そのような「舞踏の幻影」といいたくなる性格は第1曲には顕著だが、第2曲以下はあくまでも古典派ソナタ的な構成の中に回帰していくところがある。この曲の演奏頻度や知名度が今一つなのは、そのような、第2曲以下との性格のギャップを調和させることの難しさにもあるのではないかと思う。

 しかもこの第1曲自体、なかなかのくせ者である。ズン・チャッ・チャとキチンと3拍子を踏みしめて旋律的なメロディが流れてくれる音楽ではない。このようなズン・チャッ・チャのノリなら、「蝶々」や「謝肉祭」の個々の曲ではかなり見られたのである。それがここでは、いわば音楽が「3ビート」ではなくて「12ビート」になっているのである。
 この、宙を舞うような飛翔感は、むしろラヴェルの「ラ・ヴァルス」の世界に繋がるもののようにも思える。短くで単純な動機が、ほとんど後ろからせっつかれるような独特の前のめりのリズムの中で前へ前へとどんどんあおられて螺旋状に猛スピードで「旋回」していくのだ。

 この第1曲を、フランスの古いロンドの様式、と解説しているものもある。確かに、詳しくは後述するように、主要主題A5つのエピソードがほぼ交互に現れる、見かけ上はシンプルな構造。ただし第4エピソードはその中に更に幾つかのエピソードを内包する長めのもの。私としては、この第4エピソードを「展開部」とする一種のソナタ形式と見ることが実はできる気がしている。まさにロンドに偽装された「ソナタ形式の第1楽章」というわけである。

 しかし、この第1曲、聴いていると完全に奔放そのものの舞曲である。ねぶた祭りか阿波踊りのお囃子を聴いている気分にもなり(もとよりシューマンのこの曲は3拍子だが)、その意味ではいかにもカーニバルが町中を練り歩くという感じに近くなる。民衆の野放図なエネルギーの爆発とも言えるし、リズムの強迫的な繰り返しの中にいかにもシューマン的な「病熱」をかぎ取る人もあるかもしれない。単純なくどい繰り返しの中でどんどんトランス状態に入っていくようなノリ。

 ともかく、この第1曲のノリをうまくつかめるかどうかが演奏の正否をほとんど分けてしまう。余り細かい細工をしすぎると逆に冗長な音楽になり果てる。少なくとも一つのエピソード全体には共通した性格を与え、それ以上細かく小技を使おうとしない方がいいようだ。リオのカーニバルを引き合いに出すつもりもないが、この作品、ラテン系のピアニストにおもしろい演奏が多いのも事実である。

 ちなみにこの第1曲の4番目のエピソードに唐突に「ラ・マルセイエーズ」のメロディが三拍子で現れ、瞬く間のうちに立ち去っていく。当時のヴィーンではメッテルニヒがこの曲を「歌う」ことを禁止していたらしい。シューマンは「ヴィーンの」謝肉祭の喧噪の中にこのメロディを忍び込ませてメッテルニヒを皮肉っているわけである。ちなみにこの「マルセイエーズ」の部分、さりげなーくあっさりと登場して何もなかったかのように姿を消し、「あれ? 今何か……」と感じさせるあたりに「ざまあみろ、してやったり」的なイタズラ心の効果があるのだから、このメロディをいかにも「めだつ」ように「意味深」に弾く、メッテルニヒの秘密警察につかまりかねない演奏は、シューマンの意図ではないと思う。

  

    http://chitose1960.jp/button5.gif3.曲の構成

 1.アレグロ きわめていきいきと 変ロ長調 3/4

 すでに述べたように、極めて快速のシンフォニックとすら言えるロンドである。付点二分音符、すなわち三拍子の一小節を一分間に76回とシューマンは指定している。ほとんどの演奏がこのテンポはほぼ遵守している。このように一小節単位でメトロノームを指定したあたりにも、この曲の場合に3拍子を一つ一つズン・チャッ・チャと拍節感を明快に刻むのではなくて、一小節全体で一つのアクセントとして、まるで円を描くかのように演奏することをシューマンが期待していることが現れていると思う。

 確かにこのスタイルはドイツ風というよりフランス風であり、前述のように「ラ・ヴァルス」あたりを想起させるところがある。しかも、伴奏音型が素直にズン・チャッ・チャすることは全くに近くなく、凝った分散和音の音型で進むことが多く、しかも声部が錯綜し、メロディと伴奏が渾然と一体化しているあたりも、よほど引き込まないと3拍子のリズムが崩れてギクシャクしてしまうだろうし、ペダリングを含めてどのようなバランスで弾きこなすかが難しそうだ。しかもメロディが流れるというより和音の柱のような小さな動機を繰り返していくという感じなので、たおやかな舞曲というより、リズムのダイナミズムのうねりでバリバリ進む音楽となる。

 すでに述べたように、一応、A-1-A-2-A-3-A-4-5-A-'-コーダ、という形の、主要主題Aと5つのエピソードがほぼ交代交代に現れるロンドと位置づけられる。

 冒頭いきなり登場する主要主題Aは、8小節単位の(a-a-b-a)の32小節の構造になっている。ただし、最初に登場する場合のみ、このうちの(b-a)の部分が反復される。bの部分がいかにもシューマン好みの少し飛躍のある和声進行である。この主要主題Aは、基本的には5つのエピソードと交代交代に伴奏を含めて同じ形で繰り返し舞い戻るのだが、第1エピソードの直後に回帰するときにのみ、この中のbの部分の和声進行が、より跳躍度の大きなものに改変され、彩りを増している。

 次に、5つのエピソードそれぞれについて。

 ラローチャ盤の外盤の解説をしているLionel Salterによれば、これら5つのエピソードはそれぞれ5人の作曲家の作風を暗示しているとのことなので、それらについても言及していきたい。

 エピソード1は、短調だが、この第1曲の中では珍しい、メロディアスでピアニステイックなもの。装飾音や前打音がかなりついているだが、Salterによればこれはショパンを暗示するという。なるほどと思う。主要主題Aの唐竹を割るような性格と対照的である。

 エピソード2は、二分音符と四分音符が対になったリズムですべての声部が進行する長調の静かなもの。Salterはシューマン自身のピアノ協奏曲Op.54の第3楽章の主題との類似を指摘する。つまりシューマン自身が登場するというわけだ。もっともピアノ協奏曲の主題にこれとそっくりなのがあるとは思えないし、この当時まだピアノ協奏曲の第3楽章は作曲されていないはずである。むしろ、クライスレリアーナOp.16の第7曲の後半部分に現れる、静かなコラール風の慰めに満ちた旋律のリズムパターンを3拍子に変えたものという方が遥かに似ているだろう。

 エピソード3は再び短調だが、憂いを含みつつも軽やかに細やかな音が宙を舞う。これをSalterメンデルスゾーンだというのだが、これはなるほどと思う。「真夏の夜の夢」や弦楽八重奏曲に見られるような、メンデルスゾーンお得意の妖精的なスケルツォの様式に確かに似ている。

 エピソード4は何かしらこれまでと雰囲気が一転する。起承転結のまさに「転」の部分に入ったという印象。この部分全体をソナタ形式の展開部として位置づける方が私としてはスッキリする気がする。これまでのエピソードと異なり、このエピソード自体の中に複数のエピソードが組み込まれているとも言える。他のエピソードよりかなり長い。Salterはこの部分をシューベルトのワルツだと述べているが。そのようにまとめるにはこの部分は多様なものを内包し過ぎてはいまいか。

 最初の部分はやや軍楽調とも言える勇ましいリズミックな長調の部分。ピアニストはこんな和音をたたいていたらさぞ気持ちがいいのではないかと思う(4a)。続いて、少しトーンを落として遠くの方からホルンのエコーが何回も交錯するような効果を出し(4b)、その直後に突然、フォルテで8小節だけ、例の「ラ・マルセイエーズ」が、さりげない顔して堂々と現れる(4c)

 ここで再び(4b)の反復。このあとでもう一度「ラ・マルセイエーズ」か! 今度出てきたら逮捕だ! とメッテルニヒの秘密警察の連中が身構えたところで、それを見事にはぐらかすように、がちゃがちゃとしたかき回すような別の旋律がフォルテで出てあたかも終結するかのように見得を切る(4d)。実はこの(4d)の旋律は性格的に見て主要主題Aと類似しているが、後に更に拡張されてこの第1曲のコーダとして再び使われる。

 この後に引き続いて、ここでだけ主要主題Aの再現を挟まないまま(前述のように直前の4dが主要主題Aと共通した性格を持つため、代理しているといえる可能性もある)、そのまま静かな第5エピソードに入る。第2エピソードとリズム音型は実は同じだが、音程の跳躍が大きい、より甘やかなトーンのある新たなメロディである。ミケランジェリドコフスカは、この部分に、前後とは異なるデリケートな音色感覚を駆使し、見事な聴かせどころとしている。Salterによれば、ベートーヴェンのピアノソナタ第18番変ホ長調Op.18 No.3との明白な関連があるという。これは確かにその通り。第3楽章メヌエットのトリオの部分の冒頭の動機が、調性もメロディもそっくりである。これに関してはシューマンが意識的にベートーヴェンを引用した可能性は確かにあると思う。

 さて、この第4エピソード以降の部分はソナタ形式でいう再現部に当たるようにも思われる。主要主題Aの再現に続いて、再び第2エピソード、すなわち、シューマン自身の「クライスレリアーナ」からの引用と考えられるものが回帰する。いわばソナタ形式の「第2主題再現部」的効果を持たせたのかもしれない。

 ただし、この第2エピソードの再現は中途で手短にプツンと弱音のまま途切れ、弱音の静かな余韻ある新しい旋律へと繋がっていく。ここからがコーダだといっていいであろう。いかにも精力的なロンドの喧噪の後の余韻という感じになった後、最後に再び急速なエピソード4dが少しラストを拡張された形で現れ、華やかな和音と共に終わる。

  

     2.ロマンツェ かなりゆっくりと

 ト短調、2/4拍子の静かな叙情的な旋律の主部に、ハ長調、3/4拍子の中間部がはさまる三部形式。

 カーニバルの喧噪と興奮の後、静寂が戻り、人通りも絶えた街角で、放心状態のロベルトは、ふと我に返り、クララのいない我が身の孤独にひたるのであった……

 ……などと、標題楽的に解説しなくてもいいかもしれないが、実際、この静かで、音がポツン、ポツンとなる風情のゆっくりしたロマンスは、クララ(C-la-ra)の名前を意識的に音名として読み込んだ下降動機に基づいて作られているらしい。

 そうだとすると、ロベルトは「クララ、クララ……」と、前半で6回、後半で3回、計9回繰り言をいっていることになる。繰り言をいう度に旋律線とそれを支える和声は微妙に移ろう。このへんはかの「トロイメライ」と共通するデリケートな変奏の手法とも言える。もとよりこちらの曲では途中にほのかに明るい中間部が入るわけだが。

 第1曲の精力的な音楽からすると非常に落差のある散文的な静かな音楽である。しかし、ここでこれだけ静けさを取り戻せてこそ、この後の精力的な後半部分との間に見事なインターミッションが生まれると言っていいであろう。

 3分前後の短い曲で、第1曲の余韻をさますうちにいつの間にか終わっているという感じであるが、ロベルトのクララへのモノローグというべきこの楽章は、第三者がそんなに集中力の固まりになって耳をそばだてなくてもいいのかもしれない。ここでは下手にロベルトに話しかけるべきではないのだ。そっとひとりにしてあげよう。ロベルトは我々を置き去りにした物思いからすぐに醒めて、再び一緒になってカーニバル見物をはじめてくれるだろう。

 しかし、実演で、第1曲が終わってすぐにこの「密やかな」音楽に切り替えて繊細なタッチで演奏しなければならないピアニストも大変だろう。中途半端な若手だと、この部分を小手先だけでぎこちなく所在なげに弾いてしまい、一気にボロが出る可能性もあると思う。

   

     3.スケルツィーノ 変ロ長調 2/4拍子

 A-B-A-C-A-コーダというロンド形式のスケルツォ。

 鬱から躁へ。再び陽気でウイットに富んだ陽気なロベルトが帰ってくる。ひょうきんでどこか人を食ったようなユーモアのある、シューマンお得意の付点音符のついたリズミックなスケルツォ。

 この曲にはピエロのパフォーマンスともいいたくなる雰囲気がある。笑いながら見ていたらいつの間にか舞台の上に引き出されてピエロの芸に巻き込まれてこちらも観客の物笑いの種にされているかもしれない。そうこうするうちに、ピエロは帽子を観客達に回してコインをいれて貰うと、「おあとがよろしいようで……」とばかりにそそくさと立ち去ってしまうのである。そういう、微かな毒がある曲だと思う。

 シューマンのこの種の諧謔的な性格的小品としては、短くて簡潔ながらも最高の完成度のものの一つだろう。一度聴いたらこのリズミックな主題は妙にクセになります。

    

     4.インテルメッツォ 極めて大きなエネルギーでもって

 変ホ短調 4/4拍子。「間奏曲」と銘打ちつつも、何ともスケールが大きい、音の奔流の中で歌い上げられる、クララへの臆面もないロベルトの「愛の賛歌」とでもいいたくなる曲である。

 細やかな音型の伴奏の中に浮かび上がる、壮大であると同時に何とも細やかな親密性を込めたピアニスティックなメロディ。変ホ短調から変ロ短調、変イ長調へと刻々と移ろう音の色彩。曲は、壮大な盛り上がりの中で、音の大気の中に静かに夕陽が沈むように消えていく。

 ピアニストがこの曲に必要な「極めて大きなエネルギー」を込めて演奏できる限り、シューマンのピアノ曲の中でももっとも演奏効果の高い叙情曲のひとつとして記憶されるとなる素質がある。未聴の方は、是非、いい演奏で一度聴いて下さい。

    

     5.フィナーレ 極めて元気よく 変ロ長調 2/4拍子

 第4曲にも増して輝かしいピアノの技巧とエネルギーを必要とする、「フィナーレの鏡」といいたくなるくらいのカタルシスのある、何とも鮮やかで爽快な終曲である。私がもっとも好きなシューマンのピアノ楽章のひとつ。この曲のみが、シューマンがヴィーンからライプチヒに引き上げた後で書かれたとのことである。

 冒頭から、強烈なタッチで下降する和音がファンファーレのように叩きつけられる。しかもその和音のさなかにすら、めざましい技巧での下降するパッセージがダブらされており、どうやったらこんな風に弾けるんだというぐらい。恐らく、ベートーヴェンの「告別」ソナタの終楽章の経過句の入りと同様に、ペタル操作で小節最初の音を引き延ばせるようにした上で、それに絡む声部のパートに指を置き直すのではなかろうか(実際、この曲全体に、「告別」ソナタの終楽章、「再会」に合い通じる喜びの爆発のような側面が強いように思える)。すでに「蝶々」の終曲の例で示したように、ペダルの操作という点では、シューマンの曲には当時のピアノの性能の極限に近い前衛的な使用法のものが少なくない。

 ファンファーレに続いて、モーツァルトの「魔笛」序曲の第1主題にも似た精力的な第1主題がバリバリにスフォルツァンドを決めながら驀進をはじめる。このあたりのセンスは非常にベートーヴェン的とも言えるかもしれない。

 それに続く第2主題。細やかな音の波の伴奏の上にしっとりと浮かび上がる清澄で繊細で伸びやかなピアノの歌。この旋律の最後の部分が高音域で歌われるのに続いて、低音域でリフレインされる瞬間こそが、私がシューマンのすべてのピアノ曲の中で一番恍惚を感じる瞬間なのである。

 ここは、ひょっとしたら、クララの愛の言葉にロベルトが「僕もだよ」と応えている部分なのではないかという気もする。このへんの独特の余韻感となると、ベートーヴェンというよりはもはや完全にシューマン自身の世界という気がする。

 提示部は反復され、展開部にはいる。提示部以上に複雑で輝かしい、ホント、どうやって弾いてるんだといいたくなるくらいのファンファーレが調性を変えて登場、第1主題が再び再現されるかに見えて、途中からすぐに全く新しい短調のモティーフによる、低音域と高音域の対話が始まる。クララとロベルトの言い争いのようにもきこえる。

 実際、当時の二人は、手紙のやりとりの中で、互いの気持ちを牽制しあうようなやりとりを山のような重ねている。この曲には献呈者がないが、クララとの仲直りのためのクララに捧げた曲としての性格が強いことが、この曲をめぐる残された二人の手紙から読みとれるらしい。

 この、やや不穏な葛藤じみた曲の展開も、再びのファンファーレ、再現部に突入して、再び喜びに満ちた肯定感の中に唱和していくのである。提示部より高いキーで歌われる第2主題がそうした感興を更に高める。

 曲は、圧倒的な技巧を要する輝かしいコーダを徐々にのぼり詰めて、歓喜と祝福の嵐の教会の鐘の乱れ打ちのような和音の連打の中に、ハッピーエンドを迎える。

 終結のエネルギッシュさと派手派手さ加減という点で、この曲に拮抗できるのは、シューマンのピアノ曲では、この曲以外には、交響的練習曲Op.13の終曲ぐらいではなかろうか。しかも喜びを率直かつ伸びやかに歌い上げる流麗さという点ではそれすら越える、シューマンのピアノ曲で最も輝かしいフィナーレなのではないかと個人的には考えている。

2018年6月28日 (木)

バイオリン協奏曲 遺作

1.遺族に「抹殺」され、ナチスに政治利用され……


 前回、「序曲、スケルツォとフィナーレ」Op.52を取り上げた時、この曲が少なくともある時期まで日本のレコード会社によって不当に無視されてきた経緯について、曲の不憫さに思わず同一化して「オレなんか生まれてこなければよかったんだ!」ともらい泣きした筆者であったが、この「バイオリン協奏曲」に至っては、更に悲惨な波乱の人生の傷を引きずっているといっていい。何しろあの愛する妻クララに存在を「抹殺」された形跡があるのだから、日本のレコード会社の思慮不足の比ではない。

 シューマンがバイオリン独奏の曲を手がけるようになったのはごく晩年になってからである。編曲ものを除くと、何しろ作品番号のないものを入れても5曲(数えようによっては6曲)しか存在しない。

 すなわち、

  • バイオリンソナタ第1番イ短調Op.105
  • バイオリンソナタ第2番ニ短調Op.121
  • バイオリン独奏と管弦楽のための幻想曲Op.133
  • F・A・Eソナタ(ディートリヒ、ブラームスとの合作。シューマンは第2・第4楽章担当)
  • バイオリンソナタ第3番イ短調 F・A・Eソナタをシューマン一人の作品として改作したもの)
  • バイオリン協奏曲ニ短調

以上ですべてである。

 念のために言うと、バイオリンの小品として演奏会で頻繁に取り上げられる有名な3つのロマンスOp.94(特に第2曲は通俗的人気を誇る)は、シューマン自身バイオリンとピアノによる独奏も可と楽譜に明記しているが、本来はオーボエとビアノのための作品で、演奏効果もオーボエによる方が実は遥かに高い。

 前述の5(6)曲は、すべて1851年から1853年の間に書かれている。ちなみにシューマンのライン川への身投げは翌年の1854年、エンデニヒの精神病院で生涯を閉じたのは1856年である。1854年のピアノ独奏のための創作主題による変奏曲(この曲は今回取り上げるバイオリン協奏曲と因縁が深い)が、実質的にシューマン最後の完成された作品であることからすれば、これらの作品はすべてシューマンの作曲家としての最晩年の作品群と言って差し支えない。

 シューマンがこうしてバイオリン・ソロの曲に取り組むには2人のバイオリニストの刺激があった。
 一人は、親友メンデルスゾーンが指揮者をしていたライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団のコンサートマスターもつとめていたフェルディナンド・ダーヴィトである。この人物はメンデルスゾーンのあの有名なバイオリン協奏曲の助言者・初演者としても知られているが、彼がシューマンにバイオリン曲の作曲を強く勧めたことが、バイオリンソナタ1番と2番の作曲の引き金となった。バイオリンの技巧についてはピアノ曲ほどの経験がないシューマンはかなりの程度ダーヴィトの助言を受け入れつつ作曲したようである。これら2曲は当然のようにダーヴィトのバイオリンとクララのピアノ演奏で初演され、作品は2人からも高い評価を得ている。

 これらのソナタの評判がひとつの引き金となってシューマンと親交を深めるようになったのが、当時まだ20代、後に19世紀後半から20世紀初頭にかけてドイツ最大のバイオリニストと謳われることになるヨーゼフ・ヨアヒムである。

 ヨアヒムはまずはシューマンにバイオリンとオーケストラのための協奏的作品を委嘱した。
 ヨアヒムがシューマンに宛てた、「あなたも、ベートーヴェンの例にならい、室内楽作品を除くとなかなか弾く曲に恵まれない哀れなバイオリニストたちのために曲を書いて下さるべきです」という何ともへりくだった文面の手紙が遺されているようだ。
 シューマンはこのヨアヒムの求めに応じて、バイオリンと管弦楽のための幻想曲ハ長調Op.131を作曲する。草稿をヨアヒムに送ってバイオリンの技巧に関しては自由に加筆して送り返してほしいと頼んだくらいにヨアヒムの期待に応えようとしていたようだ。
 この協奏的「幻想曲」の初演はヨアヒムの独奏、シューマンが常任指揮者を務めていたデュッセルドルフのオーケストラで、シューマン自身の指揮で行われた。この当時シューマンはデュッセルドルフの歌劇場の演奏者や歌手たちから指揮者として不的確という烙印を押され、自作以外を指揮する権利をすでに取り上げられていたが、若き名手ヨアヒムの人気と演奏のすばらしさもあったのだろうか、この曲の初演に関しては好評だったらしい。
 この幻想曲は、バイオリン協奏曲以上に、今日その存在を忘れ去られているが、初演当時は聴衆にも好評で、委嘱者たるヨアヒムも賞賛する出来映えの作品だったのである。
 曲は単一楽章からなり、メンデルスゾーン風の短調の楚々とした導入部から、チェロ協奏曲イ短調Op.129の終楽章を思わせるソナタ形式の快活な主部に至る、なかなかの佳曲である。今日の耳で聴いても、バイオリン協奏曲はなじめなくてもこの曲なら……という人は少なからずいるのでないかと思う。しかし私が現時点で発見できたCDは2種のみである(4節参照)。

 この「幻想曲」の好評と、シューマン自身が演奏会でヨアヒムの独奏するベートーヴェンのバイオリン協奏曲に感動したことが、引き続いて本格的なバイオリン協奏曲の作曲を決意させる。

 シューマンは曲を書き上げるとまたもやヨアヒムに曲を送って助言を請うた。クララと同席してヨアヒムがオーケストラで試奏してみることにも立ち会ったらしい。この時点ではクララもヨアヒムもこの曲をかなりの程度評価していたのだ。この試奏の直後、ヨアヒム自身、「あの時は指揮者としての仕事が多忙で腕を使い過ぎて腕が疲れていたのでうまく弾くことができなかったのです。でも今ならあの終楽章のポロネーズをもっと堂々と演奏できます」などと書き送っている。ただしシューマン自身独奏部を更に修正する必要はこの試演奏の時に感じたらしい。

 だが、結局この試奏の年にロベルトはライン川に投身自殺未遂するところまで行ってしまうのである。

 ヨアヒムはその後もこの曲を演奏せず、結局楽譜はヨアヒムの遺言で、死後プロイセン国立図書館に寄贈され、作品はそのまま更に数十年の眠りにつくことになる。

 ヨアヒム自身のみならず、ロベルトの未亡人クララや、クララと非常に親しい関係にあったブラームス(ヨアヒムはこの2人とも2人が先に死ぬまでずっと親密だった)がこの作品の存在を知らないわけではなかったようである。しかし、シューマンの死後クララ自らの監修でシューマン全集の楽譜が出版される際も、このバイオリン協奏曲は黙殺される。

 なぜヨアヒムやクララ、プラームスたちがこのようにしたのかは伝記的な謎のひとつである。クララたちがシューマンの生前には未出版の作品の中から、その後出版していい作品とそうでない作品を「選別」していたことは明らかである。現実にはシューマンの死後十数年後にまで、作品番号つきの作品の出版は継続されているのだから、バイオリン協奏曲のような大曲を出版するつもりがあれば当然していたはずである。

 バイオリン協奏曲の「黙殺」について、一般にいわれている仮説は次の2つである。

1. この曲は独奏バイオリンが高度な技巧を要求する割には演奏効果が上がらないことをヨアヒムが嫌ったのではないか。

2. この作品の中に、精神障害の影響の現れの強さをクララたちは感じ取ったのではないのか。

 問題はこのうちの後者の仮説である。ブラームスとヨアヒムは、晩年のシューマン家に頻繁に出入りしていたため、自殺未遂以前でも、世間一般の人が見ることができないような、ロベルトの精神状態が悪いときの惨状を目の当たりにしていたようだ。
 2人は、シューマンが自殺未遂を犯してエンデニヒの精神病院に入院した後も、決心が付かないクララに代わって何回か病院を訪問している。調子がよくて一緒に院内の庭を散歩したりバッハやパガニーニの編曲などにいそしむ姿に巡り会えたときもあったが、ひどい状態の時にもぶつかったらしい。病状などもクララの代理として、クララには内密にした内容すら医師から聞いていた形跡がある。

 クララはシューマンが亡くなる少し前の小康を得た時にやっと決心が付いて一度だけ病院を訪問して、ロベルトを抱擁し、それまで訪問しなかったことを悔いる発言をロベルトにしているようだが、その時のロベルトにそれを理解する力があったかどうかはあやふやである。

 更に、前田昭雄氏をはじめとする幾人もの研究者が指摘しているとおり、シューマンのバイオリン協奏曲の第2楽章の主要主題は、シューマンが自殺未遂の直前に完成させた「創作主題による変奏曲(天使の主題による変奏曲)」の主題とそっくりである。シューマンがこの主題をピアノでクララに何度も何度も聴かせながら、「この旋律は天使が僕に授けてくれたんだ」打ち明けたという逸話は有名であるが、クララにとってこの時の体験は戦慄すべきものだったらしい。ましてやこの曲の完成直後にシューマンはライン川に身投げしている。

 前田氏はそこまで明言していないようだが、クララの中で、このピアノ曲と同じ主題を持つバイオリン協奏曲が、非常に忌まわしい作品としてとらえられていたとしてもおかしくはないのではなかろうか。

 実際、この2つの作品が出版されたのは、どちらも1930年代に入ってからである。クララ亡き後のシューマンの遺族たちも、シューマンの未出版の作品の出版や演奏の勧めに関しては非常に警戒心が強かったらしい。遺族のひとりが思い出として書いているところによると、このへんはほとんど亡きクララが遺した「家訓」に近いものだったようだ。

当初はこの作品に好意的だったクララの見解が翻った最大の原因はクララがロベルトからブラームスに次第に「心を移した」からであり、ブラームスの作風が好きになった時点で、ロベルト生前ははっきりと表明できなかったロベルトの作品への違和感を素直に表明できるようになれたのではないかといううがった見方をヘルムート・ポフフは取っているようである。クララが実はロベルトの作風の最も先鋭な部分を理解する力がない保守的な感性の持ち主だったのでないかということはよく言われる。

 この点では、ドイツ映画「春の交響曲(日本では「哀愁のトロイメライ」などという陳腐なタイトルで公開された)」など、全体としては史実にかなり忠実で、例えばシューマンが若き日に愛した娼婦クリステルなども史実通り登場するが、ナスターシャ・キンスキー演じるクララは厳密にはミスキャストかもしれない(色っぽすぎるし、クララの持つ保守性の側面が見えてこない)。もとよりもっとも私個人はナタキンのファンですから、個人的にはクララをキンスキーが演じてくれたのはすごくうれしかったのだが。ちなみにこの映画は二人が結婚するまでの前半生しか描いていない。しかし、後年のシューマンの悲劇の予感を観じさせる、心憎い終わり方をしていると思う。

 恐らくクララは、実の父親ヴィークに引き続いて第2の「父親」となったロベルトの前では従順な「娘」だったのかもしれない。もとよりロベルトがクララの保守的な演奏スタイルをけんもほろろに批判してしまい、「私はどう演奏したらいいのかわからなくなりました」などと知人に書き送るような火花の散る葛藤も結構あったらしい。
  このようなロベルトとクララの感性のギャップが年々ひどくなり、潜在的な結婚生活の危機が深まるにつれてロベルトの精神障害が悪化したという見地にたつ研究者も少なくないようである。ちなみにドイツではロベルトとクララ、そしてプラームスの愛憎劇について脚色した文学作品や戯曲は現代でもかなりの数作られ続けているらしい。ちょうどNHKの大河ドラマのようにして、史実と関係なくフィクションめいた描き方をしたものも多いようである。例えば「ほんとうはクララがロベルトを絞め殺したのだ」とか。

***

 ヨアヒムの遺言でプロイセン国立図書館に寄贈されたバイオリン協奏曲の自筆譜は、ヨアヒムが死んだ1907年以降も更に30年も眠り続ける。

 この曲の再発見のきっかけもかなり変わっている。1933年、ヨアヒムの甥の娘でバイオリニストでもあった、ジェリー・ダラーニという女性(ラヴェルのあのバイオリン曲史上最難曲のひとつ、「ツィガーヌ」の初演者として知られているくらいであるから、決して「大叔父の七光り」だけのバイオリニストではない)が、ある時突然、大叔父のヨアヒムとシューマン自身の霊が自分の前に現れて、「忘れ去られたロベルトのバイオリン協奏曲がどこかにあるはず」というお告げをさずけたと言い始めたのである。そこでこの幻の協奏曲探しが始まったのである。
 当時降霊術が盛んで、シューマン自身それに凝ったことがあるのは確かだが、この事件は、ヨアヒムの遺族相互間でのこのシューマンの遺作を巡っての姿勢の違いが、演奏肯定派のジェリーにほとんどヒステリー発作に近い形で幻影をみせ、この作品の公表に有利な状況を無意識的に生み出したというべきだろう。時はまさにヒステリーの治療者、フロイトが大活躍していた頃のドイツ・オーストリアである! フロイトがダラーニを診察したらどのように解釈したかは目に見えている。

 1937年にいたり、ヘルマン・シュプリンガーという人物がついにプロイセン国立図書館からこの協奏曲の自筆譜を「公式に」発掘する(実は以前から一部の人に所在は知られていたものを遺族の反対を無視して勝手に雑誌で公表したと言うだけのことのようだが。今も昔もジャーナリズムはこの種のスクープが好きである)。
 そしてこのプロイセン国立図書館長のゲオルグ・シューネマンにより楽譜が校訂され、その年のうちにショット社から出版された。

***

 ここから先の初演に至るまでのいきさつがまた一悶着あるのである。

  バイオリニスト引退後も、指揮者として活躍する、往年のユダヤ人名バイオリニスト、イェフディ・メニューヒンは、1937年、この曲の出版された楽譜を早速手に入れた。そして1937103日にサン・フランシスコで世界初演をすることが報じられた。
 しかし、ドイツのナチス文化省は、「この曲をユダヤ人に初演させるわけにはいかない、ドイツ人によってなされねばならない」と公式声明を出して干渉、1126日、当時ドイツ最高の名バイオリニストといわれたゲオルグ・クーレンカンプの独奏、カール・ベーム指揮ベルリン・フィルの演奏でこの作品を初演し、全世界にラジオ中継した。
 しかし、クーレンカンプの演奏は独奏部の一部を改定したばかりか、一部楽譜のカットなどもあったため、126日にカーネギー・ホールでFerguson Websterのピアノ伴奏でアメリカ初演したメニューヒンは「楽譜通りに弾いた自分の方が真の意味での世界初演である」とやり返したという。
 ちなみに、前述のダラーニ自身はこの後、この曲の3番目の紹介者として、ロンドンでBBCオーケストラと演奏したとのことである。
 ただ、このバイオリン協奏曲初演に関するいきさつは諸説あり、ダラーニが初演とするものもあることをここに付記したい。

 何とクーレンカンプは、初演後一ヶ月に満たないその年の12月20日に、テレフンケンのSPにこの曲を録音し、この曲のレコード第1号にもなっている(ちなみにこのSPの演奏は、初演と同じベルリンフィルではあるが、ベーム指揮ではなくてシュミット・イッセルシュテット指揮と公式には記録されている。初演の指揮がベームであったことは当時の演奏会評に記述がいくつも残っているので間違いないだろう。

 それにしても、なぜフルトヴェングラーがこの初演を引き受けなかったのか。「マンフレッド」序曲のウィーン・フィルとの戦慄的な空前絶後の名演盤(51/1/24-5録音 LPEMI WF-60038。グラモフォンから現在CDで出ているのは別録音)……私はかの有名な第4交響曲の演奏はそんなにいいとは思わず、フルトヴェングラーなら遥かにいい演奏ができたはずと思うが、この「マンフレッド」のヴィーン・フィル盤は文句なくすごい。空前無比の「ドロドロ」とした情念。バイロイトの「第9」ですらそんなに特別視しない私が、「ウラニアのエロイカ」と共に別格的に好きなフルトヴェングラーの演奏である……などから想像するに、このバイオリン協奏曲伴奏を仮にフルトヴェングラーがやっていたら、絶対的などす黒いまでのすごみが出て、録音でも残ろうものなら永遠の名盤視されたことは確実なのに。
 単に日程があわなかったのか、それとも、ユダヤ人楽員の亡命に実は影で尽力していたフルトヴェングラーは、この時ナチス政府の言うがままになることは嫌ったのか?。

 ちなみにこのクーレンカンプの演奏は最近公式にCD復刻され、国内盤も出て、容易に聴くことができる。
 メニューヒンも負けずに、バルビローリ指揮ニューヨーク・フィルとの共演で193829日に録音しているとのことである。これは英Biddulph LAB042からクライスラー/ロナルド演奏のメンデルスゾーンのVn協との組み合わせでCD復刻発売されているらしいが、私自身は未聴である。

 クーレンカンプ自身、ほんの2年前の1935年にはユダヤ人、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲を録音している。戦前のこの曲最高の名演と日本でも当時から絶賛されていた演奏である(前述のシューマンの協奏曲とのカップリングで最近CD化された。確かに今日の耳で聞いても古さを感じさせない名演である)。
 シューマンとメンデルスゾーンが深い親友で、互いに刺激を与えあいながら競争するように似たジャンルの作品を発表していたことも歴史上の明白な事実である。そうした意味ではこのナチスの振る舞いはやはり現在の目から見れば何とも陳腐な国威高揚策に過ぎない。
 しかしおかげで、ただでさえ「精神異常者の音楽」というレッテルがつきかねないところに「ナチスへの協力」のレッテルまでついてしまうとなると、この曲のイメージは一層悪くなったことになる。よほど星の巡りが悪い宿命を背負っていると言うべきだろう。

 追記

 なお、以上の初演に至るいきさつ関連の記述は、当初、主として10枚あまりの輸入盤CDのライナーノートの記述を比較対照して書き上げたものでした。
  本稿執筆後、バイオリン協奏曲に対するクララやヨアヒムの態度の変遷、初演のいきさつ、初演の際の賛否両論の当時の批評の幾つかなどについては、ラオホフライシュ著「ロベルト・シューマン ~引き裂かれた精神~」井上節子訳 音楽之友社 の第7章「晩年の作品の評価」の大半を費やして実に詳しく論じられていることに、偶然本屋で見つけてに気付いた。
 一部に、ひょっとしたら原典にさかのぼりうるかもしれない、明らかにケアレスミスの事実誤認(シューマンはチェロ・ソナタなど書いてはいない。チェロ協奏曲かチェロ独奏のための小品集、あるいはバイオリンソナタを勘違いしたものだ。バイオリン協奏曲の「初演」や「試奏」という言葉の使い方にも若干の混乱があり、まるでヨアヒムが演奏会の本番でこの曲を弾いたことがあるかのようにすら読めてしまう部分がある)や訳語の問題はあるが、恐らくこれほどまとまった形で詳しくバイオリン協奏曲を巡る文献を整理して紹介してくれたものは今の日本で一般の人が手に入る範囲では他にないだろう。
 その本の「明らかに誤った」記述と思われるものを修正し、若干増補させていただきました。

http://chitose1960.jp/button5.gif2.後期シューマン様式の典型

 ピアノ協奏曲Op.54ピアノ五重奏曲Op.44、ピアノ曲で言うと謝肉祭Op.9交響的練習曲Op.13あたりを「シューマンらしい」曲だと思っている人がはじめてこのバイオリン協奏曲を聴いたら、確かに殆ど裏切られたかのような思いを感じるかもしれない。

「何と重苦しくて単調で起伏に乏しくめりはりのない曲なんだ!」

 重苦しさで有名なバイオリン協奏曲といえばシベリウスの曲があるが、あちらには刻々と変化する曲想の移ろい、繊細さと野性的壮大さの震幅の大きさ、そして後期のシベリウスに比べれば、一種の楽天的なわかりやすさも具わっている。一曲の中に内包される多様性とドラマ性という点では古今のバイオリン協奏曲の最高傑作といってもいいくらいであろう。

 恐らく、ひとわたり有名曲を押さえたくらいのクラシックファンにとっては、チェロ協奏曲Op.129ですら、暗くてモノトーンで気の利いたメロディのない、渋過ぎる曲に感じられるかもしれない。なるほど、ドヴォルジャークの曲ほどは聴き易くはない(もとよりあの曲は交響曲を含めたドヴォルジャークの最高傑作、協奏曲の枠を超越した別格の名曲であろう。「新世界交響曲」の方が遥かに底が浅い曲である)。しかしシューマンのチェロ協奏曲にはまだしもダイナミックな起伏と力強さ、希望に向けての輝きがある。いい演奏を聴けば終楽章は興奮のるつぼであろう。

 それに比べるとこのバイオリン協奏曲は何だろう。何という単調かつ鈍重な荘重さ。起伏に乏しく、同じような繰り返しの中で無理矢理曲を終わらせたのではないかというぐらいに各楽章の最後が芸がない。バイオリンの技巧がやたら滅多ら難しい割には、すべては重苦しく単調なオーケストラの伴奏に飲み込まれ、バイオリニストにとってはこれでは骨折り損のくたびれもうけではないのか。

 まだ一枚もこの曲のレコードを聴いたことがない十数年前、FMN響のライブでこの曲をはじめて聴いた時(当時この曲の国内盤はデイスコグラフィから消えていた。元々シェリング/ドラティ盤しか世界的にも存在せず、それすら廃盤だったわけである。この時の指揮者が外山雄三、バイオリンは海野・江藤・徳永という御三家の中の誰かだったと記憶する)の私の印象も、まさにそのようなものだった。何と一本調子な曲だろう。第2主題は弱々しくて性格に乏しい。そのくせ妙に力んだ重々しさがオーケストラを支配し続ける。確かにシューマンはこの曲を書いた時精神の張りを喪失し始め、青息吐息でこの曲を書いていたのではないか?

 ただ、第3楽章のロンドの主題にだけは不思議と耳について離れない魅力があった。一度聴いただけでこの一見素朴な主題は耳から離れなくなり、固定観念となって、曲が終わったあとも私の頭の中で延々と「輪舞」を続けた。しかし現実の曲そのものがそういう私の幻想そのままに、その主題がひらりひらりと宙を舞うばかりで何か収拾がつかないまま終わるような曲と感じた。これでは素人が頭に浮かんだ一節を延々空想の中で弄り回すのと何も違いがないではないか。

 だが、このロンド主題だけは無性に好きになってエアチェックしたカセットテープ……当時はステレオラジカセのみ……でくり返して聴いた。
 そして思ったのは、「この分散和音が旋回するメロディをバイオリンで美しく響かせるには、ぐっと遅いテンポで一音一音レガートに朗々と響かせるしかないな。でもそんなことをしたら全体が弛緩してしまうかな」。
 私はそのN響ライブの倍近いとんでもない遅さでこのメロディを口ずさむことに取り憑かれた。「でも、こんなの邪道だよなー」と思いつつ。

 そのあと、クレーメルがムーティの指揮でヴィーン・フィルとやったライブ録音をFMで聴く機会が程なく訪れた。しかし私の期待に反して、クレーメルは実に速いスピードで、しかも一音一音を短めに切って非常に痩せた音でこの終楽章を演奏した。
 「これは違う」と思った。この曲想の持ち味を殺している。クレメルが元々細身の音を出す反ロマン的な芸風とわかりつつも、そう思った。

 それからまた2,3年して、やっと限定廉価版の形で、戦後最初のこの曲の録音といわれたシェリング/ドラティLPを入手する。比較的テンポが速くて淡泊でさっぱりした演奏だなとは思ったが、60年頃の演奏家に共通する非常に素直な力強さは感じられて、まずまずの演奏と感じた。
 しかし、この曲の第1楽章すら、ちょうど大オーケストラでバッハの荘重なフランス風序曲でもやるようなつもりで重戦車のように一音一音踏みしめながらとことん重々しくやったら凄い曲に響くのではという思いも拭えなかった。

 その頃の私は、そういうまるで地面に足をめり込ませるような踏みしめるような調子で曲を演奏しさえすれば、この曲や「マンフレッド」序曲のような後期シューマンの曲は独特の鬼気迫る迫力が魅力となるはずと確信しつつあった。曲のフォルテの部分にそういう「地面にめり込む迫力」が出てくれば、第2主題の柔らかい部分はさながら天上の幻想のように響き、それはそれでコントラストがつくのではないのか。

 ここにいたり、私は、前期のシューマンと後期のシューマンを区別する、非常に単純な指標を見出す。それは、特にフォルテの高らかなメロデイの場合、「青空高くどこまでも飛翔するかのように上空に向けて響きわたる」開放感があるのが前期、逆に、舞い上がろうとしても天井に容易に頭がつかえてしまい、そのありあまるエネルギーを、大地を踏みしめ、穴をうがつかのように下の方にぶつけるのが後期という分類である。

 要するに「天井の高さ」がすべてを決めてしまうのだ。天井が高ければどこまでも自由に飛翔できるので機敏で自由な反応ができる。緩急やダイナミズムの変化も思うがままである。しかし、天井が低ければ、高らかに叫んだつもりでも、そうでない部分と見かけ上の標高差はほとんど生じない、容易に「飽和点」に達してしまう。だから単調でくどくて妙に息が詰まる感じにしかならなくなる。
 ちょうどステレオのトーンコントロールのバスをやたらと上げた状態だと弱音は聴きやすくなる代わりに強音との聴感上のダイナミックレンジが狭まり、すべてがボテボテの鈍い音に聴こえはじめるのに似ている。

 こうした「天井の低さ」「飛翔できずに地面にめり込むしかなくなる」兆候がシューマンの曲にはじめて明白に現れるのは、有名曲では交響曲第3番「ライン」Op.97(1850年作曲)の第1楽章からであろう。この楽章、4分の6拍子と2分の3拍子が実に複雑な形で折りあわされるという、シューマンお得意のヘミオラが一番徹底して活かされており、はじめて聴く人はそのリズム変動のマジックに幻惑されて、主題のメロディがつかみにくい、独特の不安定感を感じるはずである。お箸を持った素人指揮者をこれほど困惑させる曲は前期ロマン派にはない。

 ただ、一見曲想が明るいにも関わらず、妙に頭の上から押しつぶされるような息苦しさとくどさをこの曲の第1楽章に感じる人は少なくないはずである。

 ほんの少し前までのシューマンは違っていた。ピアノ協奏曲Op.54(1845年作曲)の第3楽章もまた、8分の6拍子と4分の3拍子が複雑に絡み合ったヘミオラの徹底使用の極致を行く音楽である。少し観察すれば「ライン」の第1楽章と非常に似た発想で作られた曲だとわかるはずである。しかしピアノ協奏曲はそのへミオラを機敏でいたずらっぽい曲想の変化として実に軽やかに開放的に用いている。はっきり言って非常に「しゃれた」曲想の変化として響く。この軽やかさと身のこなしの敏捷さは「ライン」の時にはもう失われつつあるのだ。
 まさにこの1845年の後半から翌46年にかけてが、シューマンの精神症状が最初に長期の危機的状態を迎えた時なのである。

 その危機のさなかに、病気の克服の勝利の交響曲として書き上げられるのが、交響曲第2番Op.61に他ならない。この曲そのものは第1楽章展開部の闘争性や第3楽章の沈み込んだ情緒はあるものの、全体としてはむしろ澄みわたる肯定感に貫かれたさわやかな作品である(この曲のラストをワーグナーの「マイスタージンガー」前奏曲か何かのように重厚に盛り上げる厚化粧はシューマンの意志に反していると思う)。

 この病気のさなかに精神を沈めるために、シューマンはクララとバッハのフーガの研究に励んだという。このような数学的・論理的なハズルじみたものが、精神を病んだ人間の内面の安静に貢献することがあることは確かによく知られている。シューマンのこの時のバッハへの感謝の気持ちは、第2交響曲の第3楽章の主題がバッハの「音楽の捧げもの」の主題に酷似していることで現されている。

 しかし、この精神安定のための論理性への献身は、シューマンの中から奔放さや機敏で即興的な表情の変化という特性を永遠に失わせるものでもあったのではないか。それが、「ライン」の第1楽章で見事に露呈している。シューマンの生涯の折り返し点はまさにその間のどこかにあった。

 シューマンの夏の盛りの終焉。日差しがすこしずつ和らぎ、灼けた肌の色は薄らぎ、風は秋のニオイがする。

 決してそれは単なる衰えではなかった。「もう一人の」シューマンの「誕生」なのである。だが、前期シューマンこそシューマンの魅力のすべてと感じる人にとっては、「もう、あのシューマンはいなくなってしまった」ということになる。

 さて、今、バッハのことを述べた。
 シューマンのバイオリン協奏曲を聴く際には、実はバッハの序曲や協奏曲を聴くつもりになると理解しやすくなるところがあるのではないか。管弦楽組曲の第2番のフランス風の遅い荘重な序曲(といっても最近の古楽の団体は、もはやイ・ムジチのように荘重にやったりしないが)、あるいはバイオリン協奏曲の1番や2つのバイオリンのための協奏曲をこのシューマンの曲に重ね合わせると、急に理解しやすくなるのではなかろうか。

 シューマンのバイオリン協奏曲の第1楽章の管弦楽のみによる提示部に続くバイオリンソロが提示するカデンツァ。これはまさにバロックではないのか。バッハではないのか。フランス風の荘重な序曲に引き続いて、今まさに無伴奏バイオリンのためシャコンヌが始まるのだとすれば?


http://chitose1960.jp/button5.gif 3.各楽章の構成 

 

§ 第1楽章 力強く、あまり速すぎない速度で 4/4

 いきなり荘重な第1主題が中音域の弦の3連符の刻みを伴奏にして管弦楽のみで現れる。メロデイックと言うよりは幾分ぎこちないくらいの旋律だが、すでに述べたように、もしこの部分をロマン派の味付けの加わったバロックのフランス風序曲と理解すれば、この重付点音符の効いた重々しいメロディも容易に納得がいくのではなかろうか。シューマン自身「力強く、あまり早すぎないように」と表記していることを忘れてはならない。

 第2主題が始まるところで伴奏の弦の三連符が一度外れて、弦楽合奏にフルートを伴うヘ長調の柔らかいメロディが始まる。この旋律を霊感が乏しくで芸がないと感じる人もあるかもしれないが、伴奏の合いの手と旨く呼吸を合わせれば、独特のため息をつくような効果が出るはずである。ただ、管弦楽提示部のこのあたりを本当に旨く解釈できた、完全に私が納得できる演奏には巡り会えていない。

 再び第1主題部の荘重な部分にかなり近い内容のものが経過句としてあらわれる。このあたり、提示部は殆どA-B-Aの構成でできているといってよく、単純といえば単純きわまりないが、シューマンが意識的にバロック様式をねらっていたとすれば何のおかしいこともあるまい。

 経過句が急に静まったところではじめて独奏バイオリンが、まるで無伴奏バイオリンパルティータでもはじめるかのようにして、重音奏法を駆使して登場し、管弦楽の控えめな伴奏を伴いつつも、多少カデンツァ的な動きを見せた上で第1主題をゆっくりと奏する。これまた荘重で何とも渋い、堅苦しいとも言える響きがあるが、これまたバッハか何かを効くつもりになるとスンナリ理解できるだろう。

 このあと第1主題を擬古典的に装飾を重ねたところで再びヘ長調の第2主題。管弦楽提示部よりはかなり生き生きとした美しさをもつ生彩ある部分として聴こえるのではないかと思う。途中から長調になってのままで第1主題を用いた経過句となり、バイオリンがのびのびと重音奏法を駆使して歌い上げる。このあたりはベートーヴェンやブラームスのバイオリン協奏曲の同じような部分を思い起こさせる幸福感がある。経過句の後半はバイオリンは休んで再び管弦楽のトウッテイで、しかし長調で第一主題の旋律が朗々と歌われて提示部は終わる。

 展開部は、一見独奏提示部と似たようなバイオリンの重音奏法で始まるが、ピアノ協奏曲の第1楽章展開部の前半と同様に、比較的弱音を多用して静かで詩的な移ろいの中で第1主題と弟2主題を展開していく趣きが強い。管弦楽はかなり控えめに独奏バイオリンを支えるのみ。

 突然少しずつ独奏バイオリンが熱を帯びはじめたと思ったら、そのまま再現部に突入。最初は独奏バイオリンを伴っているがすぐに管弦楽のみのトウッテイとなる。こうなるとこの管弦楽総奏の繰り返しの回帰が少しくどくて長ったらしいと感じられはじめなくもないが、バロックのコンチェルト・グロッソのリトルネルロ、総奏とソロの交互の出現と思えばどうだろう。その後再現部は殆どソロ提示部と同じ形で進む。

 そしてまたもや第1主題の管弦楽トウッテイ、くどいなあと思ったところで、従来の半分の長さのところで急に静まり、長調のバイオリンソロで、肩の力の抜けた新しいメロディが導入される。ここからがコーダである。バイオリンは3連符の重音奏法で明るく歌い上げて、華やかさを盛り上げようとするのだが、最後には楽章全体の腰の重さの方が勝ってしまうような管弦楽のトウッテイによる重たい長調の和音で終わる。

 確かにくどい、この楽章は。シューマンにしては型どおりに協奏ソナタ形式に従い過ぎという意見もあるだろう。しかし、シューマンはこの曲をヨアヒムの独奏したベートーヴェンのバイオリン協奏曲の刺激で作り始めたのである。重厚長大な弟1楽章になるのが当然とも言える。そもそもベートーヴェンやブラームスのバイオリン協奏曲の弟1楽章にしても、メンデルスゾーンやチャイコフスキーに比べれば、初心者のクラシックファンには退屈で冗長に響くのではなかろうか。独創的な構成のピアノ協奏曲の第1楽章(もともとは独立した単一楽章の幻想曲だったことを忘れてはならない)の即興的な奔放さを期待するから期待外れと感じるのである。練り込んだ解釈で聴かせれば結構多様で味わい深い音楽になる。演奏解釈の歴史が浅すぎるのである。

 

§ 第2楽章 ゆるやかに

 問題の絶筆、クララを戦慄させた、投身自殺直前の「天使が与えてくれた」メロディによるピアノ独奏のための変奏曲とほとんど同一の主題による変ロ長調、4/4の緩やかな楽章。おもしろいのは全編にわたってチェロが2つの奏部に分割され、その片方は切分音のシンコペーションで分散和音的にあたかも対旋律のように響きながら第2の独奏部的な形で絡んでくる点だ。しかも、ただの分散和音ではなくて常に半拍遅れて入ってくるので独特の浮遊感と不安感を生み出す。私は永らくこの分散和音をチェロ独奏だと信じていた。

 主要主題部ではこのチェロの分散和音の音型の方が管弦楽伴奏で先に出てくる。その後でさほど立たないうちに、問題の「天使の主題」を独奏バイオリンが歌い始める。中間に短くて多少孤独感に打ちふるえる趣きの中間部を持つA-B-Aの三部形式とも言えるだろう。ちなみに展開のプロセスではバイオリン独奏もこの切分音の分散和音動機をくり返し奏し、独特のかすかな不安な気分を呼び起こさせる。全体として飾り気のない静かな楽章である。ブラームスのバイオリン協奏曲の第2楽章とも似た風情があるがかなりこちらの方が短い。切分音の分散和音動機が時々介入しなければ少しとりとめもない叙情的な楽章と感じるかもしれない。

 主要主題再現部は提示部より短調に偏る傾向があり、提示部よりやや長い。殆ど展開部的な側面も内包している。最後に長調でもう一度二分割されたチェロ奏部の一方に分散和音の切分音の動機が戻り、あたかもこれからもう一度主要主題部が3回目の回帰を見せるかのように感じさせたところで曲はそのままテンポを速めて高揚し、次の楽章になだれ込む。

 

§ 第3楽章 生き生きと、しかし急速にではなく 

  3/4、ニ長調の、ポロネーズ風の明るく輝かしい旋回する分散和音風の、単純だが忘れがたいメインテーマを持つロンド。実はこの音型は前の楽章の主要主題部の後半でさりげなく独奏バイオリンにも表れている。

このポロネーズ風ロンドの主要主題を、どういうテンポとアーティキュレーションで奏するかということで、この楽章全体の雰囲気は激変する。ショスタコピッチの交響曲弟5番の終楽章のテンポ設定と同様に、演奏者の個性と主張が恐ろしく曲の意図するものを変えてしまう実に怖い楽章である。ひとつだけヒントを出せば、シューマン自身の楽譜のメトロノームの書き込みは四分音符が1分間に63回となっている点を覚えて置いてほしい。

 主要主題そのものが前半と後半に分かれており、バイオリンソロがメロディを弾く前半が終わったところで管弦楽トウッテイ、その後にバイオリン独奏で、よりチャーミングで旋律的でにじり寄られるような後半の経過句が奏でられる。私はこの経過句にじっくりと「言い寄られる」のが大好きである。この経過句ががそのまま殆ど展開部といっていいくらいの形でしばらく展開されたところで、木管に全く新しい印象的なかわいらしいスタッカートに弾む動機が出る。この木管の動機とそれに応答する独奏バイオリンの旋律が副主題で、特に木管の動機の方はこの後きわめて重要な働きを果たすことになる。

 この副主題もかなり長い時間をかけて展開された後で、やっと主要主題の管弦楽のみによるトウッテイ部分のみが手短に回帰する。

 この後に続く部分はロンドソナタ形式の展開部というべき部分だが、まずは第2楽章のあのチェロの切分音の分散和音主題が突然回帰する。3拍子のポロネーズの中に突然2拍子系のこの部分が重複して表れるので一種のポリリズムのような効果が生まれる。

 その後は展開部の後半と言うべきかなり長い部分で、主要主題と副主題の木管の動機に独奏バイオリンの技巧的なパッセージによる展開が延々と絡む部分が来る。この部分は独奏バイオリンが技巧的なパッセージで異様なまでに駆け回らねばならない割には妙にあっさり淡々と曲が進んで、ソロそのものは「目立たない」ところがあり、ソロイオリニストには「骨折り損のくたびれもうけ」と感じさせられて嫌われる、この曲最大の難所だろう。もとよりクレメルのムーティ指揮の旧盤やベルを代表とする現代の名手はこの部分をかなり速いテンポでサラサラと難なく弾き飛ばしてくれることが多い。

ところが、数年後にクレメルが、アーノンクール/ヨーロッパ室内管弦楽団と組んだ演奏を聴かされた時、クレメルは驚くほど遅い、細やかなアーティキュレーションの演奏という、全く異なった解釈で演奏しているのに驚いた。これこそ私の理想の演奏だと思った。

これについては、英語のアーノンクールによるライナーノーツに「ショパンは、ポロネーズを、3分の2拍子ではなく、6分の4拍子で弾くように示唆していた」という興味深い指摘がある。

 こうして曲は再び主要主題部に回帰する。ここから経過句を経て副主題まではほぼ型どおりに前半の形が反復される。まさにソナタ形式で言う再現部である。ここの後で再び管弦楽のみによる主要主題の一部の総奏、更に再び経過句が出て(何というくどさ! まあ、私はこの経過句が大好きだからいいけど)、木管群に全く新しい旋律が出て独奏バイオリンが3連符中心のバッセージでその木管の旋律に絡みはじめたあたりからがやっとコーダである。バイオリンの小刻みなハッセージはそれ相応に高揚感を盛り上げては行くが、ソリスト側からすると、またもや忙しい割には自分は目立たないフラストレーションがたまるかもしれない。そのフラストレーションがたまりにたまったところで、やっと(というか、唐突に、というか)管弦楽の総奏による「ターッ、タ、ター」という和音が曲の終わりを告げてくれる。

 今回英語の解説書を読んではじめて曲の構造を理解したくらいで、ともかく何度も同じ旋律がホロネーズの規則正しいテンポの中で舞い戻るという感じのつかみ所がない楽章である。これがピアノ協奏曲のあの機敏な表情の変化のロンドを書いた人の作品とは思えないという人もあるだろう。

 この件に関して、後述のツィンマーマン/フォンク盤の輸入盤のライナーノートに、エックハルト・ヴァン・ホーゲンと言う人が興味深いことを書いているので最後に翻訳して引用したい。

 この楽章でシューマンは一貫してポロネーズのリズムを用いているが、ポロネーズは、この曲作曲当時でもすでに時代遅れのものになってしまっていたはずである。シューマンはふと「青春時代」を振り返ったのだろうか? ポロネーズ付きと言えば、クララが13歳の時に書いたイ短調のピアノ協奏曲がある。この曲の実際のオーケストレーションをしたのは、他ならぬクララの教師役、シューマンだった……

ヴァン・ホーゲンはこの一節の直前に、クララによってこの「バイオリン協奏曲」が闇に葬られた可能性について論じているのであり、この最後の一節の文末に原文にもついている「……」に、ヴァン・ホーゲンがどんな思いを込めたのかは容易に想像がつく。

 ロベルト、人間とはなかなか気持ちが通じ合えないものだね。

2018年6月27日 (水)

序曲、スケルツォとフィナーレ Op.52

 

1.シューマンの交響作品の独自性

 私は何より「交響曲作曲家」としてのシューマンが好きである。普通ならばピアノ曲や歌曲といわれるであろう。
 とかくシューマンの交響作品には何か一言難癖をつけた上でないと認めてもらえない趨勢がある。曰く、「管弦楽法が未熟である」「ピアノ的な書法が目立つ」ナドナド。
 管弦楽法や曲の構成力についてのこうした「誤解」については、世界的なシューマン研究家、前田昭雄氏らによる非常に熱心な考究によって、今やかなり覆されてきたかもしれない。しかしそれでも、すでに「シューマンの生涯」の項でも述べたように、ベートーヴェンの次の「偉大な」交響曲作曲家はプラームスであり、「未完成」という超例外を除いたシューベルト、メンデルスゾーン、シューマンの交響曲は、それなりの地位は与えられつつも、何となく超一流とは言えないかのような扱いを受けてきているといっていいであろう。
 しかし、私は敢えて、少なくともシューベルトとメンデルスゾーンの交響曲と比較する限り、シューマンの交響曲は明らかに一歩前進した独自の様式を確立していると言いたい。

 すでによくいわれることであるが、交響曲に限らず、シューベルトとメンデルスゾーンのソナタ的な作品は、実はベートーヴェンの後継というよりも、ハイドンの後継と言う方がすんなり納得がいくような様式感覚をそのベースに持っている。もとより2人ともベートーヴェンを尊敬し、いろんな意味でインスパイアーされていたことは疑いないし、ハイドンに比べると遥かにロマン主義的・文学的な風土の中に育っている、別の時代の人間である。
 しかしそれにもかかわらず、シューベルトとメンデルスゾーンが、ベートーヴェンからは引き継げなかった重大な資質がある。私はそれをここで借りに「伸縮する”時間”感覚」と名付けてみたいのである。シューベルトとメンデルスゾーンの場合、序奏やコーダを別にすると、一つの楽章なら一つの楽章全体が、実は同じテンポの歩みで構成されていることが多い。曲の途中で次第次第にテンポを速めたりゆるめたりするアチェレランドやデュミネンドは、メンデルスゾーンでは稀れ、シューベルトに至っては皆無に近いのではなかろうか。
正直に言ってスコアまで見たことがある曲はごく一部なのだが、例えば未完成交響曲の、聴感上の拍節感がまるで違う第一主題と第二主題の間ですら、シューベルトはスコアに何も変化を指定していなかったように記憶する。

 このようにいうと、例えばメンデルスゾーンの実質的に最後の交響曲である第3番「スコットランド」の第1楽章の内部には、楽譜に明瞭に表記されたテンポや拍子のの切り替えが、単に序奏と主部の間みならず、他にも途中に幾つもあるではないかといわれるかもしれない。しかし、メンデルスゾーンがこの手口をここまで鮮やかに使えたのは、まさに最後の交響曲たる第3番においてなのである。そいうえば、バイオリン協奏曲も第一楽章で何回もあからさまにテンポの変更を求めたかもしれないけれども、この曲もまた、「スコットランド」交響曲と同様に、メンデルスゾーンの早すぎた晩年、最円熟期の作品である。
 実質的に交響的カンタータというべき第2番「賛歌」を脇に置くならば、メンデルスゾーンの正式の番号付きの交響曲は、作曲年代順にいうと、第1番、第5番「宗教改革」、第4番「イタリア」、そして第3番「スコットランド」の順であるが、そのロマン的文学趣味にもかかわらず、第4番までの3曲は、ハイドンの交響曲の構成図式ですっぽり理解できてしまう。
  第3番「スコットランド」と第4番「イタリア」をはじめて比較して聴いた時、「イタリア」の方が予想外に保守的で古典的、「ハイドン的」な交響曲の枠をでておらず、「スコットランド」の方が遥かにモダンな曲に聴こえた人も少なくないのではなかろうか。メンデルスゾーンは明らかにこの2曲の間で大きく成長して、ある限界はあるかもしれないが、ともかく古典派の呪縛を脱してきている。
 だが、メンデルスゾーンをこの呪縛から解き放させる刺激は誰が与えたのだろうか? それはまさに、すでに親密に交際して互いに影響を与えあうことが大きかったシューマンからの影響というべきではなかろうか。裕福な家に生まれ、完璧な音楽的教育を受け、子どもの頃ゲーテに可愛がられるなど、洗練の極といっていい古典的教養を身につけていたメンデルスゾーンに「羽目を外させた」のは、シューマン(あるいはベルリオーズ)という本質的に奔放な天才型の友人からの感化ではなかったかと思える。

 シューベルトの交響曲に至っては、「未完成」を別格的な例外とするならば、メンデルスゾーン以上に、交響曲形式としてはほぼ完璧にハイドンの次元に縛られている。第6番までの作品...個人的にはどの曲も素朴だがチャーミングで大好きなのだが....など、聴いたことがない人にはじめて聴かせたら「ハイドンの曲? 僕は「ザロモン・セット」以外の曲はほとんど知らなくて」などと言い出される確率はかなり高いだろう。
 何しろシューベルトはベートーヴェンの死の翌年に死んだ人である。ベートーヴェンという同時代のスターにあこがれ、刺激をうけつつも、学んだ曲の作り方は完全にハイドン時代そのままとしても仕方がない。もし歌曲が世に知られず、「未完成」と「ザ・グレート」という例外的作品が作られなかったら、シューベルトは、「ハイドン・シンパのそれなりにいい曲を書いた交響曲作家のひとり」というあたりの評価に落ちついたかもしれない。
 もしシューベルトの初期交響曲を聴いていない人がいたら、少なくとも第5番変ロ長調だけは聞いてみていただきたい。シューベルトにしかできない歌心に満ちながらも、完璧といっていいハイドン的な古典的様式感を持った逸品であることに驚かれるかもしれない。これほど「人なつっこい」交響曲は珍しい。

 しかしシューベルトは自分のそういう小市民的な気質にコンプレックスもいだいてしまうという宿命を持っていた。ベートーヴェンのようなドラマとパトスに満ちた大曲を自分も作りたい。「そのためならば歌曲の作曲なんてやめてもいい」とすら口走ることがあったのである。
 だが、どんなに真似ようとしても、シューベルトは、自分の中にある、人の歩むスピードでゆっくり歩む「等速の時間感覚」、まさにシューベルト歌曲お得意の「さすらい」の歩み、ドイツ語でいうところのwandelnの「時間感覚」が肌に染み着いていた。ベートーヴェンのような空間的飛翔感とほとんどバロック的と言える「伸縮する時間感覚」は体質にないものだったのであろう。例えば晩年のピアノソナタ第19番ハ短調は「ベートーヴェン的」とよくいわれる。なるほど、他の曲と比べると明らかにそうかもしれない。しかし、何か非常に基本的なところで「もったり」している。ベートーヴェンにある機敏さ、そしてここでいう「伸縮する時間感覚」の決定的な欠落のせいである。
 シューベルトぐらい、未完成の挫折した草稿が遺され、しかもその多くの断片それ自体が愛しまれて聴かれている作曲家は珍しい。あの「未完成」交響曲以外にも幾つもの「未完成」なピアノ曲や室内楽曲が名曲視されている。
  恐らくシューベルト自身には全くコントロールできないような形で、自我を突き破ってもう一人の悪魔的自分が噴出する瞬間があった。そういう時に書かれた曲は、習い覚えた曲の構成原理などまるで無視して一気に楽想として吹き出す。かなりの場合はソナタ形式の展開部の中途ぐらいで挫折する。運が良ければ特定の楽章ぐらいは、ものすごい凝縮した内容のユニットとして完成にこぎ着けられる。こうして生き延びた逸品が「未完成」交響曲であり、「四重奏断章」なのである。これらの曲では、ほとんどシューベルトの中の別の人格が曲を作っているのでないかといいたくなる不思議な自在さ、気紛れさ、めくるめくドラマがある。しかし、曲の構造分析をするならば、予想外に保守的な枠を守っていることがわかる。
 晩年のシューベルトは独特の開きなおりを見せる。さながら「曲が冗長になってもいい。俺はおれのペースで「歩く」んだ」と宣言しているかのよう。
 そうなった時、奇跡が起こる。もはや型にはまった形式の限界は放置されたまま、それでも異様な深みと心の陰影がデリケートに移ろう。
 こうして最晩年の長大なピアノソナタ、弦楽五重奏曲、そして、交響曲「ザ・グレート」という、シューベルトの器楽曲の至宝というべき作品群が生まれる。
 
 そしてまさにシューマンが「発掘」してこの世に送り出し、自身の第1交響曲「春」を書かずにいられなくなる起爆剤となったのがこの「ザ・グレート」である。第1楽章冒頭の金管の旋律や、第2主題の楽想の持つ雰囲気など、シューマンの第1交響曲のあちこちに、ほとんどあからさまな「ザ・グレート」の影響のあとがある
 だが、この二曲には歴然とした違いがある。それは、シューベルトの曲の方には、同一楽章内部でテンポを切り替えるための指示が、第一楽章の序奏と主部の転換点以外何もないということだ。私がこの曲と出会って以来の愛聴盤のカール・ベーム/ベルリン・フィルの演奏(独グラモフォン 419 318-2 シューベルト交響曲全集)など、第一楽章の内部だけでも、楽想が変わる度に実に細やかなテンポの変更が加えられていて、恐らくこの曲のドイツ伝統の演奏スタイルを見事に洗練させたものといえるであろう、まだ老いの陰がないベームの演奏の持つ味わいを私は今でも愛している。
 だが、しかしこの往年の名盤への最近の批評では、まさにこの「楽譜に書かれてもいないテンポの変化」という点が批判されることが少なくないようだ。ベームをはじめとするドイツの伝統的演奏解釈では、序奏部から主部に入るところで猛然とアチェレランドをかけ、序奏部よりかなりはやいテンポで演奏する主部へと「なだれ込ませる」ことが少なくないのである。一転、第2主題部に入ると、見事なセンスっでテンポを少し緩める。
  原典至上主義の現在ではまさにこの点が「恣意的」というそしりをうける。私からすると、ことシューベルトに限っていえば、本人自身が、楽想の変化に応じて、演奏者が自然とテンポをあげたりゆるめたりすることはむしろ当然のこととして期待していたと思うけれども。もとより恣意的でこれ見よがしな緩急の付け方はシューベルトの趣味ではなかったろう。山道を歩き、少し上り坂になったり、急に視界が開けたりしたら、自然と歩みのテンポが変わる...そのくらいのことはあたりまえのように期待していたろうということである。

 実をいうと、このように第一楽章序奏部から主部に入るときに、鮮やかなアチェレランドを期待して実際に曲を構成しているのはシューマンの第一交響曲の方である。一時期のドイツでの「ザ・グレート」解釈は、ひょっとしたらシューマンの交響曲の様式を、本来シューマンが手本にした「ザ・グレート」の方に逆適用したものではなかったろうか。ちなみに、既に述べたように、シューマンが自分の第1交響曲の特に第1楽章で「ザ・グレート」の楽想の影響をもろにさらしているあたりからすると、少なくともシューマンが頭の中で鳴らしていた「ザ・グレート」序奏から主部への「入り」は、猛然とアチェレランドさせていたのではあるまいか。シューベルト自身はいざ知らず、その発掘の功労者シューマン自身は「ザ・グレート」のアチェレランドを支持する御墨付きを出していた可能性は高いと思う。仮にそれが「シューマンの中にいるシューベルト」の判断に過ぎないとしても。

 いずれにしても、こと純粋器楽曲の分野で、曲の途中で刻々とテンポや拍子を速めたりゆるめたりなどという「はしたのない」ことを臆面もなく楽譜の中で繰り返し指示しているのは古典派ではベートーヴェンぐらいのものである。曲の途中で部分的に拍子を変えたり(「英雄」交響曲のスケルツォ楽章の再現部で唐突に挿入される二拍子の部分)、あるいは8分の6拍子と4分の3拍子のリズム構造を読み変えて、あたかも拍子やテンポそのものを急に切り替えたかのような、ヘミオラと呼ばれる二重のリズム構造を採用する・・・ちなみにこれはシューマンやブラームスになくてはならない得意技となる・・・とか、あの交響曲の歴史で一番論理的な構造物であるかに見える第五交響曲の第一楽章再現部で唐突に挿入されるオーボエのゆっくりしたカデンツァなど。
 スケルツォやメヌエットでトリオをまったく別のテンポや拍子にしてしまうように楽譜の上ではっきりと指示したのもベートーヴェンが最初ではないのか? モーツァルトの一部の協奏曲のロンド楽章にはそれに似た仕掛けもあるけれども、これはダイナミズムの変化というより接続曲的な舞曲のノリだろう。更に言うと、これらのダイナミックな伸縮がベートーヴェン後期のピアノソナタや弦楽四重奏でどれだけ縦横無尽に活用されるかは言うまでもないだろう。
 ベートーヴェンだけが時間の伸び縮みを意図的なダイナミズムの効果として狙っていたのだ。これはオーソドックスな古典派的音楽教育から出てくるものではなく、劇音楽や、むしろ時間を遡及してバロックの様式などから咀嚼したものだろう。何よりベートーヴェン自身が若いまだ耳の聞こえた頃はピアノの即興演奏の大家として有名だったのだ。

 どういうわけか、シューベルトメンデルスゾーンはこの手口を少なくとも純粋器楽曲の分野で使うことはほとんど全く控えてしまっていた(メンデルスゾーンには。意識的にバロックのオルガン曲に接近させた様式の器楽曲がかなりの数存在するようだが、未聴である)。いや、むしろベートーヴェンだけが突き抜けたことをし過ぎていて、二人はいくらまねようとしてもついていけなかったのだろう。この二人の音楽では、多少の自然な曲想の揺れば別として、あるフレームの中では等速に時間が流れるという前提で曲を書いていた気がする。
 「真夏の夜の夢」の序曲やスケルツォに代表されるメンデルスゾーンお得意の妖精のような軽快で饒舌なまでに音が多い音楽に至っては、むしろその等速の音響空間の中ではじめてその真価を発揮する
 メンデルスゾーンで曲の一部でテンポを不用意に揺らすと非常に安っぽく下品にしか聴こえない。「スコットランド」ですら、最近古楽器による演奏スタイルが見直されるまでは、メンデルスゾーン自身が要求したとはとても思えない厚化粧な演奏が少なくなかった気がする(例えばカラヤンやバーンスタイン)。メンデルスゾーンの交響曲を重厚壮大にやろうとするのは何か間違っている
 
 恐らくシューマンは、その音楽教育を受ける最初から、ベートーヴェンの業績を手本とすることが自然に可能だった最初の世代である。器楽曲の中で、頻繁にテンポや拍子や楽想を動かして曲のドラマを盛り上げるベートーヴェンのダイナミズムを素直に受け継ぐことになる(ついでにいうと、ベートーヴェン的な、小さな動機の徹底的な展開という技法もまた、シューベルト・メンデルスゾーン、シューマンの3人の中では文句なくシューマンが一番うまかった気がするのだが)。
 時代のロマン主義の更なる深まり、劇音楽の影響、そしてリストやパガニーニの即興的巨匠芸の影響、そして何よりシューマン自身に内在したむら気なまでの奔放な一面など、いろんな要素があったろう。だが、総合的に見て、ベートーヴェンの業績を一番まともに継承したのはシューマンだったのではないかという気がしてならない。もとよりシューマンは、それを古典的ソナタ形式に拘泥しない、別な形式的統一感のもとで生かすのである。

 シューマンの場合、交響曲等の構成的な作品では、その曲想変化に伴うテンポ上の指示などをかなり細かく書き込んでいる。第1・第4交響曲の第1楽章や 第4交響曲の終楽章の序奏部から主部に向けては、非常に芝居がかった緊張感あふれる「なだれ込み」を活用したし、また、逆に、むしろ曲や楽章のの終わりの方でかなり長めの静かでゆっくりした部分を確保し、余韻を込めて終わるやり方も好んでいる。「詩人の恋」の最後の曲のピアノによる長大なエピローグや、第一交響曲のスケルツォ楽章(!)のおわりのゆっくりした部分などは、ベートーヴェンすら思いもよらない手法だろう。
 しかし、シューマンにもまた、その奔放な楽想にもかかわらず、単なる技巧のための技巧を嫌い、表面的な華美さを嫌う独特のストイシズムが同居している。ゆえに楽譜に指定してもいない不要に大げさな表情をつけるとむしろ決然とした美しさを損なわれる場合も多い。恐らくこの点は、これから私が個々の作品の演奏を論じる上で一つのポイントとして行くであろう。

2.「交響曲全集」に入れてもらえない佳作

 さて、シューマンの作品について連載するにあたって、この、「序曲,スケルツォとフィナーレ」Op.52からはじめるなどというアイデアは、よほどのシューマン好きでも思いつかないフェイント攻撃であると自負している。シューマン通ならば、例えば私がいきなり「ファウストの情景」バイオリン協奏曲「ミニョンのためのレクイエム」Op.98b「楽園とペリ」Op.50バイオリンソナタ第3番交響曲第4番の第一稿とかからはじめても、「なるほどね」とニヤリとされて納得されてしまうかもしれない(笑)。ちなみに私は上記の曲のCDはすべて保有しているし、その中には何枚も集めている大好きな曲もあるので上記の中の幾つかは遠からず登場させるつもりである。

 私は何もマニアックな曲を選んだつもりはない。それどころか、シューマンの中でももっとも親しみやすい曲の一つとしてこの曲を推薦するのである。ところがシューマンの交響曲を高校時代から大好きだったこの私が、この曲だけは実にほんの2年ぐらい前まで実物を聴いたことがなかったのである。交響曲第4番の第一稿すら以前から何通りも聴いていたのにである。何しろ交響曲ト短調断章(ツヴイッカウ交響曲)という未完の習作の方が先に聴けたくらいである。 「序曲、スケルツォとフィナーレ」は、ある時期まで、そもそも輸入盤を含めたCD屋で全く姿をみかけなかったのだ。

 それをついに聞けたのは、偶然見た教育テレビでのサバリツシュ指揮のN響ライブでやってくれたからである。聴いて(見て)みて、あまりに素直にいい曲だと思えてしまったので、シューマン交響曲マニアを自負していた私にとって、この曲をそれまでの人生で知らないままでいたことが残念でならなかった。そしてこの曲の国内盤が皆無な状態を生み出した日本のレコード会社全体を呪詛した。
 だが、ちょうどそのころから、それこそ一度発売された音源ならどんなにマイナーなのでもCDになってしまうという傾向が進んでくれたおかげで、徐々に店頭で輸入盤の形ならばこの曲が手にはいるようになった。
 ただしこの「輸入盤の形でなら」というのが私に日本のレコード会社を更に呪詛させる要因となる。もとより私は東京在住なので石丸でもタワーレコードでも通勤帰りに行ける。日本語の解説が付いてるより安いのが嬉しいというタイプであるから手にはいるのが輸入盤で大いに結構である。

 問題なのは、次の点だ。この曲は得てしてシューマンの交響曲全集の2枚組か3枚組の余白についてくる。シューマンの交響曲全集ならひたすらコレクションする私なのでそのことはかまわない。ところが、その同じ輸入盤と同じ内容のものが国内盤で出る(出ている)場合、この曲がカットされている例がいくつかあったのである。シューマンの交響曲全集の代表的名盤とされてきたサバリッシュ/ドレスデン国立管弦楽団盤しかり。廉価版で出たインバル/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団盤しかり。
 更にいえば、例えば天下のカラヤン/ベルリンフィルやショルティ/ウイーン・フィルがシューマンの交響曲全集を録音して最初にLPで発売された当時、ちゃんとこの曲も収録されていた事実が判明すると、どうしてCD化の際に省略したんだと言いたくなってしまった。たとえマイナーな曲でも、カラヤン/ベルリンフィルの録音があるのならば出してくれてもいいではないか。カラヤンのシューマン全集は世間の評価は今一つかもしれないが、私個人は少なくとも2番と3番は名盤の中に加えてあげたいと思っている。この「序曲、スケルツォとフィナーレ」にもカラヤンのがあるなら聴きたいよー、どうしていつもこうシューマンの交響作品は虐待されるんだ、どうせ僕なんてこの世に生まれてこなければよかったんだ・・・などと、不敏なこの曲に思わず同一化してまったのであった。

 「シューマンに似ている」と言う宣伝に釣られてベルワルドと言うスウェーデンの作曲家の交響曲全集すら買ってしまった私である。でもこの曲の方がまだしもベルワルドよりも幅広い聞き手の耳を喜ばせるだけの魅力に満ちていることは明白に思えた。
 「CD二枚組で収録すると収録時間が足りなくなるんです」などといういいわけは通用しない。現に輸入盤の方では二枚組でこの曲を余白に納められているではないか。別に三枚組にすることを強制する気はない。中には交響曲4曲の演奏時間が長めで本当に二枚組の余白に収録不可能な演奏もあるかもしれない。しかし、その後、国内盤の新譜で最初からこの曲を全集の2枚組の余白に入れられている新しい演奏が出てきたりすると、要は「この曲はマイナーだから関心を引かないだろう」というレコード会社の思いこみに原因があるとしか言いようがなくなってくるのである(これはインターネットでたまたま読んで下さっているレコード会社のクラシック担当の人とかがいてくれれば助かると思いつつ書いてること)。
  
 私の思いは天に通じた。何と問題のカラヤンのこの曲のCDが輸入盤でならば出ていること偶然気がついたのだ。しかもそれは全集の余白などではなく、何とプラームスの交響曲第1番のベルリン・フィルとの一度目の録音の余白に収録という、予想もしない形で出ていることに偶然店頭で手にして気がついたのだ。更に、ショルティ/ウイーン・フィルの演奏に関しては、スッペ序曲集とのだきあわせというこれまた予想外の形で、これはいきなり国内盤で出てくれた。その後、最新盤のシノーポリ/ドレスデン国立管弦楽団の演奏に至るまで、徐々にこの曲のCDは国内盤水準でも増加しつつあり、この曲を私は今や10種類近く保有しているのである。

 それでも、バーンスタインやレヴァインの全集をはじめとして、この曲をそもそもシューマン全集録音の際に録音しないアーチストが少なくないようである。全集の余白に何か入れてもたいてい「マンフレッド」序曲「4本のホルンのための小協奏曲」Op.86止まりで代わりにこの曲にするという発想はまだ珍しいようだ。
 ホルン小協奏曲は珍しい編成だけど演奏効果も高くて楽団のホルン奏者全員が目立てて喜ぶかもしれないので常任指揮者になったばかりの指揮者が録音すると御利益があるかもしれない、というのはジョークで、室内楽の名曲、「アダージョとアレグロ」Op.70と並んで、作曲当時楽器が急速に改良され高性能化が進みつつあったホルンという楽器のためにシューマンが遺してくれた、ホルン独奏のための数少ない名曲と思いますから、これが全集の余白を埋めるためによくチョイスされることは好意的に受けとめましょう。
 「マンフレッド」序曲も、もしそれが名演奏ならば私も無茶苦茶好きだけれども、正直言ってこの序曲を本当に効果的に演奏するのは至難、よほどのシューマン好きでないと、このひたすらネクラな情念が徘徊するような曲を、普通のクラシックファンはうっとおしくて遠ざけるだけとおもうわけです。

 むしろ「マンフレッド」の正反対、ひたすらさわやかでキュートなこの「序曲、スケルツォとフィナーレ」の方が一服の清涼剤として喜ばれること請け合いだと思うのですが。

     


   
     
3.もとはといえばシューマンの命名がよくない?

 
しかし、そもそもこの佳曲をマイナーにしてしまったのはシューマン自身が悪いのである・・・・などと、矛先を元も子もなく急展開。
 曲自体はすごくいいんです。ある意味では4曲の交響曲より幅広い層にウケてもおかしくないくらいの、いい意味での大衆性がある。個人的には、この曲には、
「シューマンの”アイネ・クライネ・ナハトムジーク”」というキャッチフレーズを与えたい。モーツァルトの「あの」曲は、とらえようによってはモーツァルトの後期の6大交響曲より親しめるばかりか、内容的に見てもセレナードとしては異様に引き締まったシンフォニックな構成力の確かさがある。つまりモーツァルトの交響曲よりすごい名曲とすら言える。シューマンの交響曲とこの曲の関係にも似たようなところがある気がするから。
 問題は、「序曲、スケルツォとフィナーレ」という何とも愛想の悪い曲名をシューマンが最終的に選択したところにある気がする。これじゃまるで、「通常なら第二楽章にあたる遅いテンポの楽章を作り損なって残りの三つの楽章のみが遺された、交響曲の未完のトルソ」みたいに思いこまれるではないか。

 事実はそうではないのだ。(やっとまともにこの曲そのものの解説をするぞ)。

 この曲は、シューマンが例のシューベルトの「ザ・グレート」交響曲を発見し、雑誌で紹介してメンデルスゾーンに初演までさせたのをきっかけにして「自分も交響曲を作ろう!」と丸一年燃えに燃えた、いわゆる「交響曲の年」、1841年に、第1交響曲「春」の完成と初演の成功の余勢を駆って、引き続いてはじめられた新たな2つの交響曲作曲の試みのうちのひとつなのだ(もう一つの試みが後に改訂されて第4交響曲となった曲の第1稿)。
  実際この「序曲、スケルツォとフィナーレ」という曲には、シューマンの4つの交響曲の中でも第1交響曲にしかない、あのさわやかさと素直な素朴さのエッセンスを抽出して、シューベルトの「ザ・グレート」からの影響とか、最初の交響曲故の力みみたいなものを全部捨象して純化するとまさにこうなりますと言いたくなるところがある。だから、第1交響曲を既に聴いていて好きな人ならば、ちょうどキュートな妹分ができるみたいなものだから絶対に気に入る(長年つき合った姉貴から妹に心がわりするかもしれぬ)。
 ところが、そうやって前作のエッセンスだけを純化してサラサラサラッと書いてしまったものだから、気がついてみると、「交響曲」と名付けるにはコンパクト過ぎる。敢えて遅い楽章をもう一つ書くのも何か不要に思える。シューマン自身タイトルには困ったらしい。「第2交響曲」「組曲」「シンフォネッタ(小交響曲)」などの案を立てたらしい。でも最終的には、現在の、一番説明的で愛想の悪い「序曲、スケルツォとフィナーレ」としてしまう過ち(?)を犯したのである。
 私に言わせると、せめて「シンフォネッタ」としておけば、ヤナーチェクの曲の次に有名ぐらいには今でもなれていたかもしれないと思う。私が最初から命名するならば、どことなくエルガーの弦楽セレナードに通じるインティメートな魅力もあるので、「管弦楽のためのセレナード」というのはどうかと思う。この世の中には通称と作曲者自身がつけたタイトルが別という曲はいくらでもあるから、天国のシューマンが許してくれるならば、このインターネットをきっかけに全世界にこの名称を提案しよう!(英語版もないのに?)。
 そういえばドビュッシーの初期の作品に「小組曲」という何ともキュートでかわいい3つの曲でできたピアノ連弾組曲があり、ビュッセルという人の編曲でオーケストラ版も作られ、誰もが絶対CMとかを通して繰り返し耳にしているはずである。その曲にも通じるピュアーさがある気もする。
 そういえばシューマンはこの頃クララとの新婚ホヤホヤだったはず。ここまでシューマンが管弦楽でひたすら希望に満ちた楽しい曲を書いたことはこれきりなのは当然かも。ここには、後年の「ライン」交響曲のような、一見明るい晴れやかな中に秘められた深い屈折と葛藤は微塵もない。

4.各楽章の構成

 
だからこの曲は、1.序曲、2.スケルツォ、3.フィナーレ・・・以上3つの楽章からできています・・・・と、これだけでは説明になってない!

   1.序曲

 アンダンテ・マ・コン・モート、ホ短調 4/4拍子のあまり長くない序奏にはじまります。最初のバイオリンの静かな動きの下の方から突然チェロが一発カマしてくるあたりは一瞬ゾクッとして根のクラいやっちゃと思うかもしれませんが、シューマンのオーケストラ曲の短調の緩やかな導入部を持つものの中では一番深刻味がなくて、むしろ甘美なものが支配的という気もします。
 でも、この序奏がそんなに延々続かない内に、あっさりと明るくて快速な主部が始まります。この作品がクラいのはここまでです。
 主部はアレグロ ホ長調 2/2拍子。いよいよ軽やかでインティメートなセレナードの幕開けです。こうやってシラーッとさりげなく弾むリズムで脇の方から入って来るみたいに曲の主部をはじめるのはピアノ曲とかでシューマンお得意の口説きの手練手管です。
 曲は簡潔なソナタ形式を取って、提示部-展開部-再現部と進みますが、シューマンが交響作品でこんなに肩の力を抜いた簡素な形式で「第1楽章」を書いたことは他にありません。これを作ってしまってから「交響曲」をイメージさせるタイトルをシューマンが結局つける決心が付かなかった気持ちも分かります。後続の二楽章はそんなに軽すぎると感じずにすむだろうから。

 シューマンにとっては、結局交響曲というのはベートーヴェンの曲のようなホットで力みかえったものでないとならないという先入観が抜けなかったんでしょうね。ブラームスが第1交響曲であそこまで力んでしまっても、その余勢を駆ってサラサラと作りはじめた第2交響曲では、あっさりと静かで女性的で肩の力が抜けた優しい作品になって、「それでもこれも交響曲」と開き直れたのとはずいぶん違う(あっちは大曲ではありますが)。
 いずれにしても、この曲、深刻ぶったり力んだりしなくてよかったから、弦楽合奏が完全に中心、木管も彩りの一部、金管楽器はあくまでも隠し味度に控えめに使っている。こんな淡泊であっさりしたオーケストレーションは他の交響曲や管弦楽曲ではシューマンはやれていない。このくらいヘルシーにしていれば、「シューマンの管弦楽法は音を重ねすぎて効果的ではない」とかいう例の陰口たたかれずに済んだろう。でも「こんな」曲ばかりは作れず、新婚直後の幸せな時期が過ぎるとまたもや暗い情念との戦いに帰っていき、ついには力尽きるあたりはシューマンの宿命なのかも。
 ・・・さて、再現部が終わると、曲はリズムパターンを変えてウン・ポコ・アニマートと少しだけギアチェンジ、更に快速の軽やかで喜ばしい終結部に入ります。この、実に気持ちのいいシャキシャキッとしたリズム感こそが、前期のシューマンが「ゴキゲン」な表情を見せるときの最大の魅力でしょう。
  この終結部のラストのラストでは、少しだけオーケストラ全体に大見得を切らせて「交響曲」っぽく終わらせるのですが、ほんとうに終わる直前、フッとゆるめる部分があります。まるでスカートの両裾をつまんで少女が「おじさま、それではとりあえずお席をはずさせて頂きます」みたいにしゃなりと柔らかく「しなを作って」いく。このあたりもシューマンのニクイニクイ常套テクなんです。

 

   2.スケルツォ

ヴィーヴォ 主部 ホ長調 6/8拍子-トリオ 変ニ長調 2/4拍子

 シューマンお得意の付点音符のついた弾むリズムのスケルツォ。少しだけほの暗い響きで始まりますが、そのうちに日差しが差してきて・・・またシューマンの手口である。何かブラームスの「大学祝典序曲」の冒頭のつぶやくような語り口にもにています。
 中間部のトリオでは二拍子系の平明な短いメロディが最初は木管で出て次々受け渡されていきますが、受け渡される度に、一見単純なメロディをただ繰り返していると見せかけて、非常に新鮮な方向に和声が刻々移ろうという仕掛けがしてあります。これはかの「トロイメライ」でシューマンが使っているのと同じ仕掛けです。
 もう一度主部の弾むスケルツォが少し圧縮されつつも型どおりに回帰し、更にもう一度トリオに手短に回帰したあと、スケルツォが同じテンポで戻るはずのところで、そのまま終結部に入り、ここまでの主要な旋律の断片が緩やかなテンポで回想されます。
 実はスケルツォ楽章の終わりの方でこのような、何らかの意味で安らいだ静かな部分が入るというのは、他のシューマンの交響曲や室内楽曲のスケルツォ楽章でも見られる独創的な手口ですが、特にこの作品には遅い楽章がないので、ここで一息つくと、次の快活な終楽章とのコントラストが生えると言えるかもしれません。ダンスを終えた女の子が「今度こそホントにおいとましますね」と、第一楽章の終わりの時より更に丁寧にしなを作るとでもいいますか。
 ただし、この遅い部分は軽やかにさりげなくやるのがいいのであって、べったりと表情を付けて止まらんばかりのテンポまで落とす演奏解釈は、シューマンの様式をわかっていない恣意的な味付けだと思います。

 

   3.フィナーレ

 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ ホ長調 2/2拍子 ソナタ形式

 曲は家の中庭から外の広い野原へと一気に駆け出す。
 オケ全体の総奏による力強い和音の柱が2つ投げつけられるのに続いて、まさにこの曲の白眉としかいいようがない、素晴らしい快活さのさわやかでリズミックなカノンがまずはバイオリンからはじまり、次々別の楽器にバトンタッチされていく。ひとつ新しい声部が重なる度に、言い様のない幸福感がどんどん広がっていく。
 その音の重なりが一つの頂点に達したとき、今度は突然思いも寄らないほど流麗でチャーミングな、歌う旋律が、第2主題として、何とも人なつっこくまとよりついてくる。私など、この瞬間は何度聴いてもゾクゾクさせられる。
 短く簡潔だが素朴な力強さを秘めた展開部のあと、またあの何とも心うきうきさせる楽器間の対話が再現部で帰ってくる。
 そして、終結部。ここまでの主題が、ちょうど倍に引き延ばされたゆっくりした形で、最初は高らかなファンファーレの形で、後半はしみじみと柔らかく、もういちどだけ歌われる。何ともなつかしい風情を漂わせて帰ってくる。特に第二主題の歌うメロディがしみじみと回帰する瞬間、至福の境地に酔える人は少なくないのではなかろうか。
 曲は最後にもう一度元のリズムに戻り、あくまでも快活に、でもどこか不思議な名残惜しさを感じさせつつ、余韻ある輝きの中に終わる。何かここには、「となりのトトロ」のエンディングが流れ出す瞬間と共通するような至福がある。

 こうして克明に曲の流れを解説していて再び思った。
ロベルト、どうしてこんなチャーミングな素晴らしい曲に、あんな野暮なタイトルを付けたんだ?


  
     
5.私が持っているこの曲のCD(98/03/29増補改訂)

1.サバリッシュ/ドレスデン国立管弦楽団 (英EMI 7 64815 2/シューマン交響曲全集)

2.ヤルヴィ/ロンドン・フィル(英シャンドス CHAN6548/シューマン序曲集)

3.ヴィルトナー/ポーランド放送交響楽団(香港ナクソス 8.550608/シューマン序曲集)

4.カラヤン/ベルリン・フィル(独グラモフォン 431 161-2/ブラームス交響曲第1番)

5.シュヴァルツ/シアトル交響楽団(米デロス DE 3084/交響曲第1番/ホルン小協奏曲)

6.レパード/インディアナポリス交響楽団(米コス KC-2213/「ゲノヴェーヴァ」序曲/交響曲第1番)

7.グッドマン/ハノーヴァー・バンド(米BMG 09026-91931-2/交響曲全集)

8.マリナー/シュトゥットガルト放送交響楽団(独カブリッチョ  10 063/交響曲第1番/「マンフレッド」序曲)

9.マズア/ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団(米BMG 74321 34172 2/交響曲全集/「ヘルマンとドロテア」序曲)

10.シノーポリ/ドレスデン国立管弦楽団(グラモフォン POGC-1932/3 /楽園とペリ)

11.インバル/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(蘭フィリップス 426 186-2/交響曲全集/「ツヴィッガウ交響曲」)

12.ショルティ/ヴィーン・フィル(ロンドン POCL-9570/スッペ・シューマン序曲集)

13.コンヴィチュニー/ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団(独ベルリン・クラシックス 0320 016/交響曲全集/序曲集/ホルン小協奏曲)

 順番は一応推薦順とみなしていただいていいです。

 1.サバリッシュの全集はシューマン交響曲の定番といわれていますが、少し洗練させ過ぎで(受け取りようによればカラヤン盤以上にカラヤン的)、食いつきが今一つと感じることがあります。ドレスデン・シューターツカペレを使った割には録音が少し外面的かなという気もします。残響がお風呂場みたい。が、これはCD化の際のマスタリングの問題もあるのではないかと思う。ただ、この曲に関しては総合的に見て一番熟した演奏という気はします。ただし、国内盤のシューマン全集には入っていない!

 2.突如発掘できた意外な伏兵。ヤルヴィ盤には驚いた。録音は超優秀ハイファイ録音。繊細でクリアーで透明でダイナミックレンジが実に広い。演奏も細部まで磨き抜かれた全く隙がない、超正統派・完璧な完成度である。この曲としては立派に演奏しすぎているのではないかというくらい。正直に言って私はヤルヴィという指揮者を、CDはやたらと作るけれども決定盤に推したくなる演奏がない指揮者と思っていた。しかしこの演奏を最初に聴いたとき理屈抜きに圧倒された。あわててサバリッシュ盤を聴き直したのだが、録音・演奏ともに驚くほどそっくりなのである。ただ、微妙な楽器間のバランスや歌い回しという点でサバリッシュ盤の方がわずかに一層のコクがある。ただその差は実に微妙なものである。ここに至り、むしろサバリッシュがいかにドイツの伝統に寄りかからずにインターナショナルで清新な演奏を心がけていたのかがよくわかった。「ドレスデンらしくない」印象はむしろそれだけサバリッシュのコントロールが凄いということでもある。そしてそのサバリッシュにここまで肉薄できる演奏をヤルヴィがロンドンのオケで生み出せた。シューマンにドイツ的な重厚さとか霞がかかったような味わいを期待しないでいい人にとっては恐らくこの演奏こそが最も完璧と映るだろう。メジャーレーベルにはこれより遥かにおざなりの微温的な水準の演奏や録音で良しとしている「有名指揮者」が五万といる。欠点は「シューマン序曲集」と銘打ちつつもこの曲の外に序曲が比較的入手しやすい3曲のみ(後述のヴィルトナー盤は6曲)、CD全演奏時間がわずか47分という点。ただしその3曲の序曲も、曲をワーグナーの前奏曲のスケールで聴かせてしまう名演揃いである。シューマン好き必聴の隠れた特選盤としたい。

 3.ヴィルトナー盤は大穴。何しろナクソスだから安い。まあ、スケルツォの終わりは減速し過ぎかもしれないけど、むしろそれを気に入る人もいるだろう。その他の点では演奏もすごく素直で流動感もあり、好感が持てる。実は私が普段一番聴い来たのはこの演奏です。一緒に入っているのが、ひょっとしたら現在世界で唯一のほぼ完璧なシューマン序曲集(この序曲集に入っていないシューマンの序曲は他に「祝典序曲」Op.123のみ。シューマンの序曲についてはいずれ「全曲」取り上げます)というあたり、よほどのシューマンおたく向けの、何とも渋い選曲ですが、店によっては1000円以下で買えますので。唯一イライラするのは、なぜか3楽章全体をまとめてひとつのトラックにしてあること。私の大好きなフィナーレだけを一発呼び出しできない!

 4.そして問題のカラヤン盤。流麗でクリィミーな響きの美しさという点では最高。楽団の格の違いを感じる。ただ、少しだけ芸が細かすぎるかなと思う部分もある。変なところでじっくりテンポを落としたりもするし。でも一般にはこの演奏が一番ウケそうな気もする。もっともフィナーレの提示部の反復はして欲しかった。既に述べたように全集盤には入ってないので探すのに意外と苦労するかも。カップリングのブラームスの1番はカラヤンの同曲演奏では個人的には一番素直で好きです。廉価版だし、その意味ではお薦めですね。

 5.シュワルツ盤も、かなりの穴です。ここでの録音はナチュラル、むしろヨーロッパ的にシックで飾り気がないけど繊細なのが実にいい。その点ではサバリッシュ盤がこの音ならいいのにとおもってしまう。演奏は特に個性的ではないのだけれども、ともかくキチンとまとめていて好感度は極めて高いです。曲を聴くならばこれが一番いいかも、ただし容易に入手できるのかな?

 6.レパード盤もなぜか録音も解釈もシュワルツ盤と似ています。アメリカの地方オケの方がヨーロッパ的な古風な響きを録音面でも解釈面でも手抜きなく演出できているのは妙なものです。ただ、旋律をここぞというところでのびのびと歌わせるという点ではシュワルツ盤の方が壺を得ている気がしたので順位はこうなった。ちなみに「コス」レーベルとはヘッドフォンで有名なあのKOSSのことです。ここがレコード制作もしているとは全く知らなかった。タワーレコード渋谷店は思いもよらないものを置いてくれている。恐らくこのCDはかなり日本での入手は難しいのではないかと思います。

 グッドマン盤は国内盤でも出ています。確かノリントン盤に続く二番目のオリジナル楽器によるシューマン全集。この「序曲、スケルツォとフィナーレ」に関してはオリジナル楽器の風通しのいい音は非常にフィットします。実に気持ちがいい。新しい録音でもありますし。カップリングの交響曲の方は少しだけ食い足りないですけども。

 8.マリナー盤は演奏そのものはマリナーの入れた一連のシューマン録音の中では平凡なものだと思います。しかし、この音色の魅力はたいしたもの。何ともサラサラとした透明感のある音。録音は「ひたすらさわやかでキュート」です。バイオリンの倍音成分のあたりに不思議なフェロモンがあって脳髄をくすぐる。こんな何の陰もウエットさもない淡泊で清潔でヘルシーでベジタリアンみたいな音はシューマンではないという人もあるかもしれませんが、私自身は、このようなピュアーな音質でサラサラと演奏した時はじめて引き出されるシューマンの魅力というものがひとつのスタイルとしてはあってもおかしくないと以前から夢想していたのです。その音がまさにここに実現されているという感じなので、「こんなのも悪くないな」と妙に味方してしまいます。シューマンはほんとうはこういう軽やかな「天上の音色」を心の中では聴いていたのかもしれないと。

 9.マズア盤は交響曲全集の旧盤に付いているもの。交響曲全集としては、同じゲバントハウスを振った後述のコンヴィチュニーに比べると、録音はいいものの、何か醒めた演奏という気もするが、基本的には同じ傾向で、ドイツの伝統的などっしりとしたスタイルを踏襲、こちらの方が端整で楽しめるという人もあるだろう。この「序曲と……」に関していえば、序曲は後述のコンヴィチュニーのようにもったりしてはいない点はいいが、スケルツォは、丁寧ではあるが少し醒めすぎている気はする。フィナーレは快速で無難にまとめている。あとひとつ夢が欲しいなあという思いはあるが、全体として悪い演奏ではない。

 10.録音の新しさという点ではシノーポリ盤が一番。国内盤も出たばかり。その意味では今は入手しやすいだろう。ただしこれは先に出た交響曲全集ではなくて、カンタータ「楽園とペリ」などという一般の人には未知の大曲と組まれているので、シノーポリなら何でも買いますという人や私のようなシューマンおたくはともかく、「序曲、スケルツォとフィナーレ」を取りあえず聴いてみたい人のためには大冒険となる。フィナーレの部分、少し表現がスタティック過ぎて、もう少しピチピチしたものも欲しくなるが、解釈自体としては明快で現代的で筋は通ったものがあると思う。この演奏で十分満足という人も少なくないだろう。ただ、何か妙に響きに潤いと余裕と厚みと解け合いが乏しいのはどういうことだろう。妙に痩せぎすでこじんまりとした印象はどこから来るのか。単に録音のせいなのか。それとも、ひょつとしたらドイツ統合後のドレスデンのオケ、サバリッシュ盤の頃より練り込みが落ちているという可能性もあるのか。私はそもそもシノーポリ/ドレスデンの組み合わせにピンときたことがありません。正直に言ってヤルヴィ盤を聴いてしまうと果たしてどちらが名指揮者なのかすら判断に苦しむことになるのではないかと。これが単にシノーポリと楽団の現時点での相性の問題にすぎないことを祈ります。互いの個性を殺し合う形になっていないか? ウイーン・フィルとの第2交響曲は確かに新鮮な演奏だったから。

 11.インバルの演奏は、オーケストラそのものの響きの練り込みが少し不足かと思う。若い頃のインバルの解釈そのものは少しそっけないかなとは思いますけど、曲を知る上では十分でしょう。他にマリナー盤ぐらいしか出ていない、初期の習作交響曲が聴けるメリットもある。ただし、国内盤の廉価版での全集では交響曲以外のすべての曲が切られました。

 12.スッペ序曲集などという思いも寄らないものと抱き合わせで国内でも廉価版でリリースされたショルティの少し古めの録音は、当時のショルティの、たとえ相手がウィーンフィルであろうとお構いなしの力尽くで直情な演奏スタイルがどうしても気になる。どうしてこの曲でフォルテの部分をこんなに肩いからせないとならないのか。ただ、少しでもおとなしい演奏が嫌いになりそうだという人は、最初からこの盤を選ぶのも一つの手かもしれない。私からするとこの演奏、かなり牛刀で鶏口を・・・なんだけど。

 13.コンヴィチュニーは、私が高校時代にはじめてシューマンの交響曲に接するきっかけを作ってくれて以来、ことシューマン演奏に関しては特別な愛着の対象で今もあり続けているのだけれども、この曲に限っては、特に第1楽章の何とも「もったり」した語り口が、この曲に本来必要な軽やかな流動感を殺している気がしてならないのです。聞き込んでくるとこれはこれで味があるのですが、ファーストチョイスとしてはどうかと思います。他の演奏とは歴然と異次元というあたりはおもしろいんですが。交響曲全集自体は、録音は古めになりましたが、ドイツの香りムンムンの超名演だと今も思います。

ロベルト・シューマンの生涯について

Schumann1     

 作曲家への道

 ロベルト・シューマン Robert Schumann は、ウェーバー・シューベルト・メンデルスゾーンと並ぶ、ドイツ・前期ロマン派の代表的な作曲家である。
 ロベルトは、まだベートーヴェンやシューベルトが在世中の1810年、ツィッカウで出版業を営む父アウグストと母ヨハンナのもとに生まれた。小さい頃から音楽的才能を示し、12歳の頃には自己流でオーケストラ付きの大規模な合唱曲すら作曲していた。
 家族の勧めもあり、ライプチヒ大学の法科に進むが、文学やちょうど死去したばかりのベートーヴェンやシューベルトの音楽への情熱は抑え難く、当時著名なピアノ教師、フリードリヒ・ヴィークの門をたたく。このヴィーク家の娘、クララは、シューマンと出会った時、まだ10歳に満たない少女であったが、現代でいえば「ステージ・パパ」そのものの父親のフリードリヒの手ほどきを受けて、天才少女ピアニストとして有名になっていく。
 シューマンは、当時「悪魔のバイオリニスト」といわれたパガニーニの演奏を聴き、その超絶技巧をピアノで表現できるピアニストになることをめざす。だが、指に器具をとりつける無理な練習をした結果、指を痛め、ピアニストを断念、作曲家を目指すようになる。(なお、この指の機能障害については、放蕩の果てに感染した進行麻痺(梅毒)の初期症状ではないかという研究もある)

Schumann2

ロベルトとクララ



     許されぬ恋の結晶

 次第に成熟していくクララとの間に愛が生まれる。二人は結婚を望むが父親のフリードリヒは頑強に反対。遂には訴訟沙汰となる。しかし、この裁判がシューマン・クララ側の勝訴に終わり結婚に至る1840年までの数年に及ぶ緊張した恋愛関係は、シューマンの創作意欲をかき立て、今日一般にシューマンの名作として「幅広く」知られる諸作品の実に大半を、あふれるような勢いで生み出す原動力となる。
  すなわち、ピアノ曲でいうと、、ピアノ学習者がその「かっこよさ」に自分も弾けたらと一度は憧れるという小品「飛翔」を含む「幻想小曲集」Op.12、「交響的練習曲」Op.13、超有名曲「トロイメライ」を含む「子どもの情景」Op.15、「クライスレリアーナ」Op.16、 「幻想曲」Op.17、「アラベスク」Op.18など、あるいは歌曲集「女の愛と生涯」Op.42、「詩人の恋」Op.48など、すべてこのクララとの結婚までの恋愛期の作品である。
 シューマンが熱烈な感情を込めて曲と共にクララに送った手紙の数々が今も残されている。シューマンのピアノ曲は、まさに名ピアニストでもある愛するクララに弾いてもらうという前提で書かれていく。そこには、「アベック変奏曲」Op.1にはじまる作品番号1桁台の、それはそれで非凡ではあるピアノ曲にすらまだ見られなかった、壮絶な実存的燃焼度が込められているのである。

  ここからしばらく、シューマンの伝記を追うことから離れて、この時期のシューマンのピアノ曲の位置づけについて考察してみたい。
 純粋に独創性と同時代の水準からの離脱度という点からすると、シューマンのピアノ曲はショパンやリストより際だってすらいたのではないかと、私は思う。シューマンの特にこのクララとの恋愛期のピアノ曲は、例えばメンデルスゾーンの「無言歌集」と同列の、詩的・文学的なタイトルがついた単なるロマン的小品集として捕らえられがちかもしれない。
 しかしシューマンのピアノ曲集は単なる小曲の花束ではないのである。個々の部分は、いわばソナタのひとつひとつの楽章のように、全体を有機的に構成するように実に周到に配慮されている。
 
  「幻想小曲集」「クライスレリアーナ」「謝肉祭」Op.9,「子どもの情景」などは、曲集全体をひとつの有機的構造体として構成する集約度において、ピアノソナタ並に高い。このような構成的な「ピアノ曲集」というものに歴史上はじめて成功したのはシューマンといっていいだろう。
 一応「主題と幾つかの変奏」という形式であるかに見える「交響的練習曲」ですら、聴いた上での実感としては「謝肉祭」「クライスレリアーナ」等と非常に近い「ピアノ曲集」形式として聴こえてくるのも興味深い。
 こうした有機的「ピアノ曲集」形式の直接の先駆は、ベートーヴェンが晩年に書いたバガテル集Op.124の、単なる小品集を越えた全体の構成力や、シューマン自身評論の対象としたシューベルトの二組の「即興曲集」があげられるかもしれない。もとよりシューベルトの即興曲は、シューマン自身が推定したとおり、古典派のピアノソナタに近く、シューマンの曲集のような、せいぜい3,4分の曲の連鎖の中で次々とギアチェンジしながらドラマが展開していくような「ジェットコースター性」はない。シューベルトに崇拝に近い感情を抱いていたシューマンではあるが、実の所この二人の「時間」についての感覚は根本から異なる気がする(この「時間」感覚の違いについては、後続の交響作品についての分析の中で、シューベルト、メンデルスゾーンとシューマンの比較論として詳しく取り上げるつもりなのでここでは割愛したい)。
 メンデルスゾーンの「無言歌集」は、好きな数曲を任意に選んでどんな順序で演奏してもいいだろう。ショパンすら「24の前奏曲」を唯一の例外とすると、このような構成力の強い組曲風の作品はひとつも書いていない(私は24の前奏曲は全曲通して演奏してはじめて本来の意図が伝わる作品だと信じる。その点ではまさにシューマンのピアノ曲集に近い)。リストに至っては、たとえば「超絶技巧練習曲」を全曲通して弾く必然性は何もないだろう。
 このような、単なる小曲の束ではない「ピアノ曲集」形式の、シューマン以降の後継者探しにも実は苦労する。まず思い当たるのはムソルグスキーの「展覧会の絵」ぐらいであろうか。この後は更に時代を下って、印象派のドビュッシー・ラヴェルの傑作群まで待たねばならない。
 結局、盛期ロマン派時代において、この「ピアノ曲集」形式はまさにシューマンの独壇場の世界というのに近いだろう。(念のためにいうと、シューマンの場合でも、ただの小品の寄せ集めに近いピアノ曲集もたくさんある。ただしそうしたものの多くは、前述の作品たちに比べると次席の位置を占めるに過ぎない作品群だろう)。
 
 おもしろいのは、シューベルトにしろ、シューマンにしろ、「ビアノソナタ」という形式的枠組みを意識的に取ろうとすると逆にぎこちない構成力しか発揮できなかったということである。シューベルトの「即興曲集」や「さすらい人幻想曲」、シューマンの「幻想曲」や「ヴィーンの謝肉祭の道化」Op.26の方が、彼らが「ビアノソナタ」の名のもとに作曲した作品よりもはるかに「ピアノソナタ」っぽい自然な構成感を持つと感じる人は実に多いはずである。
 もとより、構成的には冗長以外の何者でもないシューベルトのピアノソナタの中に、あの最後の第21番に代表される、実に不思議な魅力に満ちた深みのある傑作がいくつもあることは、私も認めるつもりである。しかし、シューマンのピアノソナタにシューベルトの上質のピアノソナタを越える価値を見出すことは困難だろう。シューマンの場合、前述の「ピアノ曲集」と同じ、生涯で一番生産性の高い時期にピアノソナタを3曲とも作曲しているのだが、奇妙に形式に縛られた不自然さがつきまとい、一般にはあまり成功した作品とみなされていないのである。まあ、構成を極度に切り詰めたピアノソナタ第2番Op.22は「かなりの線」とは思うが、「クラリスレリアーナ」や「交響的練習曲」の超天才性があるかといえば、結局、既成の形式の中に自分を押し込めた窮屈さから抜け切れていないというしかなくなるだろう。
 もとより、実のところ、ピアノソナタという形式をとことんプラスに活用して創造性を最高度に発揮出来た作品を書いたのは、実はベートーヴェンが最後だったという見方もできるかもしれない。ブラームスですら、ピアノソナタのジャンルでは「今二つ」だったのである。シューマンのピアノソナタだけ責めてもどうにもならないだろう(P.S.「スクリャービンやプロコフィエフのピアノソナタを忘れているのではないか」という、山田琢磨様からのメールを頂きました。ごもっともです。訂正します。貴重なご指摘ありがとうございました)。ベートーヴェンの「熱情」ソナタの後継者は、むしろ非-ソナタのはずの「クライスレリアーナ」の方なのである。
 結局シューマンは、ピアノ作品に限らず、自らを古典ソナタの枠組みに止める必要がないときに限ってはじめて全体の有機的構成力を発揮できた。ただし、例外もある。一応古典ソナタの枠組みに従いながらも奔放に振る舞い、シューマンらしさを微塵も失わなかった偉大な例外、それが4曲の交響曲とピアノ協奏曲、そしてピアノ五重奏曲のように思う。もとよりそれを可能にしたのは、特に前二者においては、古典ソナタ形式の徹底的な換骨奪胎なのであるが、この点については今後、折りに触れて述べたいと思う。

 ・・・思わずシューマン前期の「ピアノ曲集」形式の独自の意味についての分析に長居してしまい、この論考そのものの形式的統一性を損ないかけてしまった(笑)。シューマンの生涯についての概説を先に進めたい。
 ただ、これだけはここでつけ加えてみたい。シューマン自身はピアニストを断念したからこそ、そしてそれにも関わらず自分の曲を最高度に理解し、しかもそれを現実に高水準で演奏してくれる当代一流のピアニスト・クララを恋人にしたからこそ、シューマンはピアノ曲の世界で、あそこまで高く「翔べた」のではなかろうか?
  
 ロベルトは、結婚直後の幸せの中で、1841年は交響曲第1番「春」Op.38、後に第4交響曲Op.120となる作品の初稿、「序曲、スケルツォとフィナーレ」Op.52などの管弦楽作品、翌1842年は、室内楽史上屈指の名作「ピアノ五重奏曲」Op.44を含む室内楽作品の集中的作曲へと、作品の幅を拡げていく。この数年間のシューマンの創作意欲と霊感のほとばしりは、何か桁外れのものを感じさせる。



     ジャーナリストとしてのシューマン

 シューマンはそうした作曲活動と並行して、父親ゆずりのジャーナリストとしての才能も示し、「音楽新報」をただ一人で編集・刊行。音楽批評家としての活動はシューマンの全生涯にわたり継続され、作曲による収入の不安定さを補った。(同時代、「幻想交響曲」で有名な、おとなりフランスのもう一人の交響曲の大家、ベルリオーズもまた、そのような作曲家とジャーナリストの二足の草鞋をはいていた点も興味深い)。
 そうした執筆活動の中で、シューマンは、ショパンやベルリオーズらをドイツにはじめて本格的に紹介したり(特にまだごく初期の作品しか発表していないポーランド人ショパンを発掘した。「諸君、帽子をとりたまえ、天才が現れた」。

 あるいは、これはシューマンの晩年に近いことではあるが、当時無名の若きブラームスの訪問を受け、作品と演奏に接するや、その類希な才能を見抜き、「新しい道」と題する記事を書いた。

「彼のピアノソナタはまるで偽装した交響曲である」

「彼が魔法の杖を振り下ろすことになれば、合唱とオーケストラの大群の威力が力を借り、そこには神々の世界の神秘の最も素晴らしい眺めが、われわれの前に広がるであろう(井上節子訳)」。

 ブラームスがまさにこの予言そのものの存在になっていったのはご存じの通りである。いや、むしろこの予言に「呪縛」されたからこそ、第一交響曲を50歳過ぎるまで書けなくなったと言うべきか。後述するようにブラームスの生涯は、シューマンと、その妻クララとの関わり抜きに語ることはできない。
 また、ヴィーンを訪問した際に、今は亡きシューベルトの兄の元に遺されていたハ長調の大交響曲、すなわち、今日、「未完成」交響曲と並ぶ傑作、「ザ・グレート」として交響曲史に不朽の名を残す作品の自筆譜を発見した。(現在のクラシック音楽ファンのかなりの部分は、この交響曲を、後期ロマン派のブルックナーの大交響曲の先駆として、もはや「未完成」交響曲以上に愛好しはじめている)。
 シューマンは早速「この曲はジャン・パウルの長編小説の如く、天国的に長い」という、この交響曲に今でも必ずついて回る名文句で誌面に紹介する一方で、当時ライプチヒのゲバントハウス管弦楽団の指揮者を勤めていてシューマンと親交を深めていたメンデルスゾーンに初演を依頼した。これもまた、ジャーナリスト・シューマンの音楽史上の功績の一つである。
 シューベルト自身、この曲の執筆当時「これからは歌曲を作るのはやめた。ベートーヴェンのような大交響曲を書くんだ!」と周囲に漏らしていたという。そしてこのシューベルトのハ長調交響曲からシューマンがうけた刺激が、それまで何度か試みつつも挫折していた、シューマン自身の交響曲を書きたいという野望を再燃させ、第1交響曲「春」Op.38を完成させるきっかけともなるのである。そして、そのシューマンがブラームスを世に出した。
  後に完成されたブラームス自身の第1交響曲を聴いて、当時ドイツ第一の名指揮者だったのハンス・フォン・ビューローは、「この曲はベートーヴェンの”第9”の次の”第10”交響曲だ」などと、まるでベートーヴェン以降数十年にわたり大交響曲の作曲家が不在であったかのような言い方をしてしまい、この捉え方は現在のクラシックファンのかなりの部分すら呪縛している気がする。だが、忘れてはならない。交響曲作家としてのベートーヴェンとブラームスをリンクさせたのは、他ならぬシューマンあってのことなのだ。
  しかもそれは単にシューマンのジャーナリストとしての活動が果たした意味だけには止まらない。シューマンそのものが、ベートーヴェンとブラームスの間にそびえ立つ「交響曲の大作曲家」として位置づけられるべきなのである。恐らくこの最後の点については、私がこれからの連載の中で、個々の作品に即しながら繰り返し指摘したいポイントの一つである。



     内なる戦いの果てに

 クララとの結婚後、作曲家シューマンは次々と名作を生み出し、幸せな日々が続くかに見えたが、クララとのロシアへの演奏旅行や、若き日からの宿願たる、ゲーテの「ファウスト」のための音楽の作曲の心身の消耗の中で、徐々に精神障害の兆候が見られるようになる。その精神障害との戦いと克服の軌跡として、一度は中断されかけた第2交響曲Op.61を完成させる。あるいは数年前ピアノと管弦楽のための単一楽章の幻想曲として完成された作品を手直しし、新たに第2、第3楽章を追加作曲して、あのロマン派のピアノ協奏曲の白眉というべきOp.54が生まれるのである。
 1844年、シューマン一家はドレスデンに移住。合唱団を組織し、そのための曲を数多く書いた。更に1850年、デュッセルドルフの歌劇場の指揮者として赴任した。俗に「ライン」と呼ばれる第3交響曲Op.97を完成させ、シューマンの心身は小康を得たかに見えたが、その内向的性格ゆえに指揮者としては徐々に聴衆や楽団員の信望を失い、次第に世間から身を引く生活にはいる。 

  そして1854年、決定的な破局。「天使が与えてくれた」とクララに語ったメロディに基づくピアノ変奏曲を完成させた直後、ライン川に身を投げる。幸い救出されるが、そのままボン郊外、エンデニヒの精神病院に収容。その後の療養生活の中では、医者に面会を禁じられたクララに代わり、ブラームス、ヨアヒムらの繰り返しの再訪も受け、小康を得た時期もあったが、1856年、遂に入院したまま生涯を閉じる。クララがロベルトを見舞うことができたのはロベルトの死の前日だった。
 



     後期シューマンをどのように評価するか

 「ピアノ協奏曲」と、小品「予言の鳥」を含むピアノ曲集「森の情景」Op.82、そして実は「トロイメライ」以上にそのメロディを知らない人がない「楽しい農夫」を含む「子どものためのアルバム」Op.79あたりを例外として、一般に、こうした後半生のシューマンの諸作品は、クララとの恋愛時代の作品ほどには幅広い人気を持ってはいない。
 「ライン」交響曲ですら、その一見朗らかな明るさにも関わらず、第1交響曲「春」などに比べると、ブラームスやチャイコフスキーやドボルザークの有名交響曲に十分耳がなじんだ入門期を脱した程度のクラシックファンにとって、奇妙なとらえにくさを感じさせるかもしれない。
 2曲のバイオリン・ソナタOp.105&121なども、ブラームスの3曲程は愛好されないにしても、以前よりは弾かれる機会が増えたように思われるし、「チェロ協奏曲」Op.129に至っては以前からハイドン・ボッケリーニ・ドヴォルジャークやエルガーの曲と並んで、このジャンルの傑作、チェリスト必須のレパートリーとされてはいるが、たとえばピアノ協奏曲の圧倒的知名度に比べると遥かに地味な存在だろう。
 確かに、前述のピアノ協奏曲や「ライン」交響曲のあたりを一つの折り返し点として、精神障害の進行と共に、かつてはそのくるくる変わる機敏な表情の変化と奔放さが魅力だったシューマンの作風に大きな変化が生じていく。それは大衆性に乏しく、前期の作品に比べると渋くて重々しく、晦渋でモノトーンな世界に沈んで行くところがある。これは明らかに他の作曲家が若い時代を過ぎて徐々に枯れていくのとは異次元の「変質」である。
 奇妙な単調さ。以前であれば、ちょうど現代のロックのリズム感にも通じる心地よい、ほとんど「性的律動」に近い疾走感と感じられた、シューマン独特の、単なる当時の舞曲のリズムの受け売りではない、より抽象化されたリズムの執拗な繰り返しが、後期作品では、まるでしつこい繰り言のように空虚に響きはじめる。飛翔したいのに、飛翔しきれないもどかしさのようなもの。
 しかし、ごく近年になって、晩年の宗教曲バイオリン協奏曲生涯の大作「ファウストの情景」などにすら、再評価が進み、CDも増えつつある。実際そうした晩年の作品の中にも、単なるマニアの好奇心を越えて、私自身個人的に好きな愛着ある作品はいくつかあるので、今後このシリーズの中ですすんで取り上げて行くつもりである。
 
 シューマンの死後、生涯独身で過ごしたブラームスと未亡人クララとの間に30年にわたり続いたプラトニックな関係も有名である(もっとも、シューマンの最晩年に生まれたクララの最後の子供、フェリックスが、実はブラームスとの間の子供ではないかという遺族の証言もある。この証言については今日の研究では疑問視されてはいるが)。

 ブラームスが、ロベルトとクララとの出会い以降、ものの見事にエディプス状況にはまり、「父親」ロベルトの妻、「母親」クララを寝取りたいという願望と罪意識に引き裂かれ、自分は「父親」ロベルトを越える大作曲家になることでその権利を当然のものとして主張したいという衝動に突き動かされていたのは確かだろう。そのために、クララすら洗脳して、「バイオリン協奏曲」をはじめとするシューマン晩年の作品の幾つかを必要以上に無価値として公表しないようにし向けた疑いもある。

 もとよりワーグナーやリストのような例外を除いては、このようなスキャンダラスな恋愛に対する世間の目に耐えることは当時容易ではなかったろう。リストですら人妻との結婚が法王庁に許されない壁にぶつかり、俗世を捨てて僧籍に入った時代である(もとより当時の社交界では「クララとブラームスはもうできている」という噂には事欠かなかったことだろう)。ロベルトは「父親」フリードリヒ・ヴィークから娘クララを奪い取ったという罪意識の中で、今度は「息子」ブラームスにクララを奪われていくという因果応報に耐えきれずに、最晩年の精神障害を更に悪化させたと解釈する人も多いようだ。

 クララはまさに19世紀を代表する名ピアニストとしての生涯を送る。二人は作曲と演奏で密接な協力関係を結んだまま、共に老い、クララが1896年、ブラームスが1897年という、20世紀をあと少しで迎えるという年に、相次いで世を去っている。ブラームスがクララの危篤の報を受け取るもの、乗る汽車を間違えて間に合わなかったエピソードも著名である。

***

(以上の執筆の際には、音楽之友社発行 「作曲家別名曲解説ライブラリー23 シューマン」(1995)の、世界的なシューマン研究者、前田昭雄氏による小伝と巻末の作品目録を、事実確認のために改めて参考にさせていただきました)。

(追記*ラオホフライシュ「ロベルト・シューマン ~引き裂かれた精神~」井上節子訳 音楽之友社 により、以前の本ページにあった若干の伝記的事実の誤りを修正しています 96/06/23。更に97/02

魔法という名のモラトリアム・・・「魔法のスター・マジカルエミ」論

舞は、魔法を授かる時期限もつけられなかったし、使命も言い渡されなかった。ただ「立派なマジシャンになりたい」という夢の実現のためにのみ魔法を使っていたのである。

 だが、舞は自分から魔法を返した。マジックを、魔法でエミに変身してではなく、「舞(のまま)でやる方がおもしろい」ことに気づき、「もうエミにならなくてもいい」と思ったから。舞は、魔法の力で「水晶」として輝くのではなく、自分の力で 「ケイ石」に含まれているガラスの輝きをみがき上げていく道を選んだ。早咲きのスミレに過ぎないエミは今や舞台を去り、代わって「マジカル舞」が、花開くべき春を目の前に、つぼみをふくらませつつある。

 舞はなぜそうしたのか。自力で奨励賞を射止めたヤング・マジカラットの三人をみているうちに、魔法の力を借りている自分のことを「後ろめたく」思ったから? それもあろう。しかし、私には、舞が「罪意識」に目覚めて、つまり、「自分の努力で夢は実現すべきだ」と思うに至った結果として魔法を返したようにはみえない。彼女は、むしろ彼らのことが「うらやましく」なったのだ。自分の力のみを頼りにしてチャレンジしていった彼らの中に、自分の味わえていない喜びとやりがいがあり、「たのしそう」にすらみえたのではないか。

 試合を負けたのにむしろ「いい顔」している将に、舞は「どうして痛い思いしてまでボクシングするの」と尋ねている。しかし、彼女はその答えを、今や自分自身の問題として実感しつつある。「痛い思い」してもやらずにはいられなくなる「何か」がそこにあることに。

 魔法とは一種の「モラトリアム」であろう。それだけの社会的・経済的能力がないのに、まるで親のスネをかじって、欲しいものが手に入るのと同じようにして、やりたいことが実現できる。

 しかし、「時が来ました。あなたはもう『魔法』を返さねばなりません。これからは自分の力で生きて行きなさい」と言われたので仕方なしに魔法を返す....というのでいいのだろうか。

 むしろ、自分の夢の実現のために、許され得る限り、その『魔法』を使いまくり、その果てに、自分の力でやる方が「おもしろい」ということに気づける所まで行けてこそ、その人は真の意味でモラトリアムを卒業できるのではないだろうか。親に「のみこま」れ、妙に縮こまって、その『魔法』を生かしきれなかった人だけが、ずるずると「モラトリアム人間」になっていく気がする。

 ある意味で、舞はわずか10歳にして、肝心な点で「大人」になった。

 なぜ、「夢は自分でみるもので、人からもらうものではない」のか、そして「大人になる夢」こそ本当の夢なのかを、この作品は『モモ』に代わって十分描いてくれた。


解説

 「魔法のスター・マジカルエミ」は、4作連続して制作された、スタジオぴえろ制作の魔法少女アニメTVシリーズの第3作である。ちなみに他の3作は、最初から順に「クリィミーマミ」「ペルシャ」「パステルユーミ」である。
 これらぴえろ制作の4本に、スタジオライブ制作の「魔法のプリンセス・ミンキーモモ」……アニメファンの間で「モモ」といえばミヒャエル・エンデではなくてこの作品を差す……を加えた5つの作品を、東映動画制作の「魔法使いサリー」「魔法のマコちゃん」などの諸作品と区別して、「第2期魔法少女アニメ」と呼ばれることが多い。

 主人公の少女、香月舞は、マジック一座、「マジカラット」の家庭に生まれた小学生。舞もマジックがうまくなりたいのだが、まだ見よう見まねの水準である。ある日、モモンガのぬいぐるみ、トポに突然光の球が宿り、人の言葉を話すようになる。そして、自分の夢を体現する18歳の女性マジシャン、マジカル・エミに変身する魔法を授かる。
 この謎のマジシャンの加入により、マジカラットは一躍テレビでも大人気の一座となる。だが……
 このようにあらすじを語っても、この作品独特の魅力を語ることにはならない。「マジカルエミ」は、ぴえろの4作の中で、一般に一番地味な作品とされているが、安濃高志チーフディレクターの繊細で日常性と幻想性が錯綜する様式が局限まで発揮された、ほとんど前衛的ファンタジーというべき作品である。
 放送当時地味だなとしか感じなかった人、「エヴァンゲリオン」について来れたのなら今この作品を見て下さい。今ならこの作品の、特に中盤以降の異様な味の濃さに気づかれると思います。 
 ともかくこの作品は状況説明が異様に少ない。主人公の少女がなぜ、誰から魔法を授かったのか、最後まではっきり説明されることはない。日常の狭間での幻想の世界とのさりげない出会い。舞は何でもないことのように二つの世界を往復する。言葉では語られない感情表現の微妙さ。このへんの描き方の独特の感性的世界は実際に映像を見てもらわないと分からない。
 ここで私の「魔法という名のモラトリアム」が対象にした物語大詰めの「4部作(35-38話)」を別にすると、第26話「枯葉のシャワー」という、前半全く台詞が出てこない、繊細きわまりないエピソードを特に推薦しておきたい。私がアニメにおける演出というものの意味に真に目覚めた、忘れられないエピソードである。

 さて、この「魔法という名のモラトリアム」という文章は、私がはじめて「OUT」のReader's Voiceに掲載された時のものである。最終回の一つ前の回、第37話「ためらいの季節」(演出:望月智充)における、舞が魔法を返す決心を固めるまでの非常に説得力ある描き方に共鳴して書かれたものである。(この回は望月氏の映像へのこだわりが異様に冴えているので、そうした興味からこの作品をご覧になるのもいいかもしれない)。

  「デビュー作にはその後の作風のすべてが現れている」とはよく言われるけれども、現在読み返しても、私がアニメについて書いた文章の中で最も完成度が高いものの一つという印象に変わりがない。まさにここで語られた論調こそが、その後の私のアニメ観のすべてを先取りしてすらいるのである。

 ちなみに私はこの文章を書いた翌日に心理学科の大学院に合格している。まさに、この「エミ」という作品、そしてこの「エミ」論から、今の私は出発しているのである。

二つの母性の相克 -セーラームーンについての精神分析的対象関係論に基づく考察-

1.はじめに 

 武内直子作『美少女戦士セーラームーン』は、少女向け漫画雑誌『なかよし』(講談社発行)に連載され、92年3月より、テレビ朝日系列でTVシリーズアニメーション(シリーズディレクター:佐藤順一/幾原邦彦、アニメ制作:東映動画)としてすでに3年近くにわたり放送中(94年9月現在)であり、本来のターゲットであった年少女児のみなら ず、その親の世代までをも含む幅広い層の男女に人気を呼び、玩具の売り上げを含め、ひとつの社会現象と呼ばれるに至った作品である。

 この『セーラームーン』の登場人物と物語について、特に93年12月に東映系で劇場公開された長編アニメーション『美少女戦士セーラームーン(監督:幾原邦彦,脚本:富田祐弘。今後「劇場版」と略称する)に焦点を当てて、クライン、ウィニコット、マスターソンといった、精神分析イギリス対象関係学派の理論に基づき分析・考察する。

 そしてそれは、「おたく族」と呼ばれるアニメやコミックのファン層のパーソナリティについての分析とも結びつけられることになる筈である。

 

     2:アニメブームの成立と「おたく」族 

 十数年前、『宇宙戦艦ヤマト』をきっかけとして、いわゆる「アニメブーム」と呼ばれるものが生じ、思春期以降の男女がアニメに熱狂する光景が社会現象として話題にされるようになった。『アニメージュ(徳間書店)』『ニュータイプ(角川書店)』などのアニメ専門誌が次々創刊され、『銀河鉄道999』『機動戦士ガンダム』『うる星やつら』など次々とヒット作が現れる一方、徳間書店の強力なバックアップにより、宮崎駿・高畑勲両監督の劇場用長編作品が次々と公開され、『風の谷のナウシカ』『となりのトトロ』 『魔女の宅急便』『おもひでぽろぽろ』などが、日本映画全体を代表する作品として評価されるのが恒例となった。つい先日(94年7月)にも高畑勲監督による『平成狸物語・ぽんぽこ』が公開され、好評を博している。

 そうした一方で、アニメ作品を愛するファン層の同人誌活動が盛んとなり、同人誌即売会の巨大な全国的ネットワークとしての「コミックマーケット(通称『コミケ』)」が確立し、毎年2回、東京晴海で数十万人を動員する催しが行われるようになる。

 そうした中で、アニメや漫画に限らず、パソコンやTVゲーム、アイドル、模型、鉄道などの比較的内向的な趣味を抱く人間が、寄り集まったり家にひとり引きこもって、メディアによるネットワークのみをたよりに、外の世界に関心を向けずに生活するライフスタイルが評論家中森明夫らにより「おたく族」と通称されるようになる(家に引きこもってばかりいると見られていることと、同好の士を二人称で呼ぶ時に「おたくは…」と言う言い方が好んでなされる傾向があるためにこの呼び名が普及したようだ)。

 不幸にして、東京埼玉幼女連続誘拐殺人事件の容疑者がこのいわゆる「おたく」趣味の持ち主であったことから、こうした「おたく」現象に対する社会的批判が強まり、数年前からは、更にいわゆる「有害コミック規制運動」が盛んになる中で、「おたく」に対する社会的風当たりは更に強くなって来ている。

 なお、従来、現実に小さな子供や一般の大人に人気の作品と「アニメおたく」が好む作品は別のものあることが多かった(ここ数年のアニメブーム回復のきっかけとなったNHKTVシリーズアニメ『不思議の海のナディア』は、アニメファン以外の人たちにまで広く話題にされるには至らなかった。逆に、現在、一般には社会現象として取り上げられる『クレヨンしんちゃん』に強い関心を向けるアニメファンは少ない)。だが、近年、『ドラゴンボール(鳥山明原作、『少年ジャンプ(集英社)』連載、アニメ制作:東映動 画)、そして『セーラームーン』と言った作品がこうした傾向を打ち破り、いわゆる 「おたく」層にとっても普通の子供に取っても人気の中心となる作品として君臨するようになる。 少なくともここ2、3年について言えば、『セーラームーン』こそが、男女や年齢に関係なくアニメファンにもっとも人気がある作品であることには変わりがない。

 

    3.月野うさぎにおける母性の分裂(split)  

 『セーラームーン』の主人公、月野うさぎは14歳の公立中学2年生(94年には『サザエさん』的な齢を取らない世界を脱して3年生に進級している)、恋愛結婚による平凡だが優しいなサラリーマンの父親と専業主婦の母親、育子のもとに生まれ育った、快活だが成績も中の下のごく普通の女の子であった(他に真吾という名の生の弟1名)。

 ある日、子供たちにいじめられていた人の言葉を話す不思議な黒猫、ルナを助け、美少女戦士セーラームーンに変身できる魔法のアイテムを受け取り、純粋な若者のエナジーをねらう悪の組織と戦うようになる。

 更にその過程で4人の中学2年生の少女と次々出会い、彼女たちもセーラー戦士に加わっていく(水野亜美=セーラーマーキュリー、火野レイ=セーラーマーズ、木野まこと=セーラージュピター、愛野美奈子=セーラーヴィーナス)。  また、大学生の地場衛(ちば・まもる)という青年と知り合うが、彼は自分の意志と関係なく二重人格的に変身してタキシード仮面となり、窮地に陥ったセーラー戦士たちの前に突然現れて救いの手を差し伸べる。

 物語の進展と共に登場人物たちの前世の記憶が蘇って行く。うさぎと衛は、前世では月の国のプリンセス・セレニティと地球国のプリンス・エンディミオンとして相思相愛の関係にあり、他のセーラー戦士4人は月の国の宮廷に仕える戦士であった。ところが、地球国の巫女として宮廷に仕えていたクイン・ベリルが王子エンディミオンに邪な恋心を抱 き、エンディミオンが月に赴いた隙に闇の女王、クイン・メタリアの魔力の召喚によって地球を制圧し、月の国に攻めて来て、王子・王女を含む全員の命を奪う。しかしプリンセス・セレニティ(うさぎ)の母親、クイーン・セレニティの命を引き替えにした魔法によって悪の力は封印され、プリンセス・セレニティたちには幸せな未来での転生が保証されていたのである。

 うさぎたちが現代の地球で変身した時のセーラー戦士の姿や衛がタキシード仮面に変身した時の姿は前世での自分達の姿を映したものであり、現代日本でうさぎたちの身辺に現れた悪の軍団、ダークキングダムは、実は前述のクイン・ベリルがダーク・パワーによる地球の支配を再現すべく、一度は封印されたクイン・メタリアの魔力を再び解き放つために必要なエナジーを、地上の若者たちから(物質的消費文化に依存させることを通して)吸い取るために組織したものである[図参照]。

 …こうしたストーリーは、『白雪姫』『シンデレラ』など、数多くの昔話で反復されて来た「生みの母親(クイーン・セレニティ)と早く死に別れ、現在は継母(クイン・ベリル)に迫害されるている(殺される)」というモチーフの現代版と言うべき性格を備えている。

 マスターソン,1972 は、前述の2つの童話を引き合いに出し、物語の中の「生みの母」に、愛情深くて養育的な「よい母親」像、「継母」に、迫害的で自分のエゴのためにならば子供の命すら食いつくす「悪い母親」像split (分裂)された形で投影されていると述べているが、『セーラームーン』の物語もまた、こうした「よい母親」像と「悪い母 親」像の地上の覇権をかけた葛藤のドラマとしてとらえることができる。

 このことは後述する「劇場版」では、うさぎ自身と「キセニアン」という宇宙からの侵略者との、2つの母性の相克のドラマとして拡大敷衍されることになる。

 

  4.父母の不在:うさぎ以外のセーラー戦士たちの特異な家族構成 

 ウィニコット,1965 によれば、乳児の快・不快の些細な兆候に敏感に反応し、授乳を得たいまさにその時に、あたかも自分の空想が魔法のように乳房を『創造』するかのようなタイミングで実際の授乳がなされているのが当初は望ましいが、この高度の共感性は自然とが徐々に失われ、子供の中に徐々に欲求不満が体験されるようになり、子供の自発的な外的世界への働きかけに道を譲り、養育者がそれを緩やかにサポートする方向に変化していく場合にはじめて、母子関係の「分離-個体化」は良好に達成される【注】。このような養育のことを「ほぼ十分な養育(good enough mothering) 」と呼ぶ。

     【注】「分離-個体化」(この用語そのものは後述するマーラーの術語である)は本論文を読み解く鍵概念である。詳しくはこの後詳述していくこととなるが、取りあえず分かりやすく言えば、母親と子供が心理的に相互依存した共生関係からお互いに自立し、「親離れ」「子離れ」して、独立した自我を持つ個人同士としての信頼関係へと移行していくプロセスのことである。

      非常に興味深いことに、『魔法使いサリー』に始まる、いわゆる「魔法少女もの」アニメ(その非常に多くが『セーラームーン』と同じ東映動画の制作による。『セーラームーン』そのものがそうした「魔法少女もの」のバリエーションである)の主役の少女の生まれ育った家庭は、そのような、愛情深いが過保護にも過干渉にもならず、普段は少し離れたところから自分なりにふるまい、成長していく娘を見守る両親(親代理)像としてほとんど例外なく描かれている。魔法を信じる能力の形成には、子供の空想に応答して「あたかも自分の空想が対象を『創造』したかのように」即座に願望を満たしてくれる養育者の高度の共感性が前提となっているのである。

     『魔法少女』ものにおける家族構成には大きく分けて二つのタイプがある。

     

       A.「魔法の国の王女様地上降臨型」:

     「魔法の国」の王と王妃の間に生まれたプリンセスが、何らかの理由(おてんば過ぎて自分から飛び出す・修業に出される・魔法の国の滅亡の危機を救うものを見つけるetc.)で、「地上世界」に普通の人間の女の子になりすまして滞在する。『魔法使いサリー』『魔法のマコちゃん』『魔女っ子メグちゃん』『魔法のプリンセス・ミンキーモモ』などが代表的であるが、『サリー』を除くと、地上の世界で「親代わり」をみつけ、家庭に入り込むのが定石となった。実の子供、親戚、居候などの形をとるが、大抵魔法の力によってその家族を洗脳し、彼女が家庭に入り込んだことに疑問を感じないようになっており、彼女が魔法使いであること自体、その家族を含めた地上の人には秘密とされる。

     ちなみにそうした「地上での疑似家族」もまた、魔法の国の両親と同じくらいにgood engugh な養育者であることを常とする。多くの昔話における「意地悪な継母」にあたる役は、魔法の国の王家の敵対勢力から現実世界に派遣された娘や手下が演じるか、主人公の現実世界でのライバルとしての「お金持ちのお嬢様」の家庭によって代理されることが多いとみなしていいだろう。

     もとより、『ミンキーモモ』のように、そのような特定の「悪玉」の設定を排除して、主人公自身を含めた人間一人一人に内在する弱さや諦めやエゴイズムとの内面的戦いへと昇華した作品もある。

     

       B.「地上の少女使命拝受型」:

          good engugh な養育者の元ですくすく育った地上世界の普通の少女(大抵目に見えない異世界への特別の感受性を持つ)が何かをきっかけにして魔法の国(の人物)と遭遇し、使命を授かり、魔法を使うためのアイテム(コンパクトやステッキ)を授かる。この場合にも魔法を使えることは家族を含めた周囲の人には秘密とされる。

     『ひみつのアッコちゃん』に原型があるが、その後、魔法の国から遣わされた 妖精が動物の姿を借りて主人公のお供をするのが普通となった。『花の子ルンルン』『魔法の天使・クリィミーマミ』『魔法のスター・マジカルエミ』など。最近では『姫ちゃんのリボン(原作:水沢めぐみ,集英社 りぼんマスコットコミックス)』がこのタイプ(地上の主人公と魔法の国の王女が瓜二つで、途中で二人が入れ替わるエピソードなど、A型との折衷的要素があるが)。

    『セーラームーン』は、実に巧妙にこれら2つのタイプをどちらも十分に満たす作品となっている点に注意されたい。

 

 だが、興味深いことに、うさぎ以外のセーラー戦士4人全員が、両親共に揃った家庭としてはっきりとは描かれていない。もとより主人公のうさぎを強調しようとすれば自然と他の脇役の家庭の描写はなされなくなるのでないかと言えば言えてしまうが、今日、アニメやコミックの世界で、一応現在の現実世界を舞台にしている場合ですら、まだ独り暮らししていない子供である主要な登場人物の家族が全く描かれないケースは非常に多く、そのことの中に現代の子供の心の中での家族との距離感が反映しているという見解はかなり一般的なものとなっているので、一応注目しておくに値するだろう。

 具体的に言うと、水野亜美(セーラーマーキュリー)は、全国模試連続一位、IQ300 <笑> の超優等生である。成績がいいことを鼻にかけない優しい少女であるが、人付き合いが苦手で社交に通じていないため、場にそぐわない本音を平気でボソッと言ってしまうところがある。彼女には、女医の母親がいることになっているのだが、亜美本人の自宅での自室でのシーンは時々描かれるにもかかわらず、物語の中で母親の姿が登場したことは一度もない。父親は日本画家でチェスの手ほどきを亜美にしたことはわかっており、亜美が父親に今もある敬愛を抱いていることは描かれているのであるが、少なくとも現在ではすでに亜美は母親との二人暮らしのようであり、父親は回想を含めて画面に登場したこともなく、離別か死別かすらはっきり物語の中で語られたことはない。

 占いや呪術などの超能力をもつ霊感少女にして私立中学の生徒会長でもある火野レイ (セーラーマーズ)。積極的だがやや気位が高く、うさぎとはいつも口げんかばかりしているが、いざとなるとうさぎをさりげなくサポートする行動をとっさに取る機転が一番効くのも彼女である。彼女は神社の神主の祖父のもとに同居し、時々巫女の仕事も手伝っている。祖父は脳天気な子供っぽさを持つ脇役としてかなり頻繁に登場するが、レイ自身の父母はどうしたのかは物語の中で一度も問題にされたことはない。

 腕っ節が強くて喧嘩ばかりしていたためにうさぎや亜美のいる街の公立中学に転校せざるを得なくなった木野まこと(セーラージュピター)は、アパートでひとりぐらししており、男っぽい外観にもかかわらず、掃除や料理は得意という家庭的な面も見せ、出会う男性にすぐに「昔好きだった先輩」と似ている所を見つけて一目惚れして尽くし始める。しかし、父親母親等家族については物語の中で何ら言及されない。

 うさぎを含む他の4人より以前から正義の味方セーラーV(ヴィーナス)として活躍していた愛野美奈子は、『セーラームーン』原作の武内直子が以前から連載し、今も並行して執筆している『コードネームはセーラーV』という姉妹作品では、両親が登場する家庭が描かれているが、『セーラームーン』では、自宅のシーンはかなり頻繁であるにもかかわらず家族は一度も登場したことはない。しかもつい1,2年前までイギリスでしばらくひとりで生活し(留学としてではなくて「正義の味方」としての活動の為である!)、年上の男性と恋愛関係に陥って、不幸な行き違いから、その彼は美奈子が姉のように慕ってもいた女性に心を移すという形で失恋していたエピソードがある(無意識的に父親代理と母親代理を求めて三角関係に陥る悲劇は、エレクトラ・コンプレックスそのものだが)。

 うさぎの恋人になる地場衛=タキシード仮面そのものが両親の欠けた家庭環境なのだ が、その点については次の節で詳しく述べたい。

 …こうした、うさぎ以外の登場人物に家族のニオイがひどく欠けていることに意識的に注目し、他の登場人物にとってうさぎという存在は何を意味するのかを真っ向からテーマに据えて、現監督幾原邦彦をはじめとするアニメスタッフが、TVシリーズの流れから一応独立したオリジナルストーリーとして作ったのが、今回の論文の主要な対象となる「劇場版」である。

 5.地場衛の両親の死の意味するもの

 

  主人公月野うさぎの恋人役たる、タキシード仮面こと地場衛は、原作では高校生、アニメ版では理系の大学生という設定である。物語のTVシリーズ第1部(いわゆる「ダークキングダム編」)では、マンションでひとり暮らししており、偶然出会ったうさぎを「おだんご頭」と呼び、テストの成績が悪いのをからかったりする関係が続くが、プライドが高くて愛想がなく、ゲームセンターでバイトする、古畑元基という名の人のいい大学生の男の親友一人を除くと、どこか他人と親しい関係を作ることを回避している面がある孤独な冷たい青年として描かれていた。

 そして第1部の大詰めで、次のような衛の過去が明かされる。すなわち、小学生時代、乗っていた車が崖から転落し、両親を失い、ひとりだけ生き残るという過去を背負っていて、それ以来続いていた愛情への渇望と人間不信の葛藤が、彼のあの他人と距離を取る態度の原因であったことが画面の上であからさまに暗示される。

 対象関係論的に解釈すれば、突然の事故による両親の死は、彼の親からの分離-個体化の過程が、彼に取って、外傷的な「見捨てられ体験」としてのみ内的に体験されていたことの象徴的表現と理解できる。十分に愛情に恵まれた共生的な「幸せの時代」から一気に両親に「見捨てられ」、悪意に満ちた世間へとひとり置き去りにされた「捨て子」体験として内的には体験されているということである。

 その結果、彼の中には「他人に深い愛情を求めると、その頂点で必ず『裏切られ』『見捨てられる』」という「反復強迫(本人の意識的意思に関係なく本人自身や対人関係に破壊的な行動パターンをいつの間にか執拗にくり返すこと)」が形成されており、他人との関係が深まることを慎重に回避するか、関係がある程度深まると「見捨てられる」不安が高まり、むしろ自分の方から相手を見捨てたり傷つけたりする形で距離を取るという対人関係パターンをくり返していたことが伺える(物語の中では衛のうさぎ以前の女性関係についての具体的な描写は存在しないが、うさぎと次第に関係が深まる過程でのひどく屈折した彼の態度から想像できることである)。

 しかし、うさぎだけが、そういう衛の心の扉を開け、癒すことができる女性として第1部の終わりでは受け入れられる(第1部最終回で、事故の直後の病室での、傷心の子供の衛をうさぎが癒すというイメージ的象徴的表現で鮮明に暗示される。そしてこの病室でのイメージシーンこそが、1年後に制作される「劇場版」の構想の胚芽となったとも理解できる)。

 

  6.両親からの「見捨てられ体験」:地場衛とフィオレの共通項 

 さて、「劇場版」の物語は、TVシリーズで言う第3部(「ブラックムーン編」)の途中の時期に設定されているが、物語の内容としては「ブラックムーン編」のストーリーからは完全に独立している。すなわち、うさぎと衛はすでに相思相愛の関係になってかなりの時が経過している(もっとも、この種の物語に良くあるように、二人の関係が何らかの理由で気まずくなったり引き離されることがドラマに緊張をもたらす要素として時々生じるのだが、ともかく「劇場版」の物語は、二人の仲がたまたま平穏な時期に設定されている)。

 そして、第3部の初めに突然現れた「ちびうさ」という少女(実は未来に衛とうさぎの間に産まれたがタイムトリップして来たもの! ただしこの事実は「劇場版」の段階ではまだ明かされてはいない)がうさぎの家に居候しているという設定も劇場版に生かされ、ちびうさには、クライマックスで「セーラームーン(うさぎ)はみんなのママだから」という重要なセリフをつぶやく役回りを負わされている。

 更に、この「劇場版」には、この「劇場版」のみに登場する2人(?)の重要な敵役が存在する。すなわちフィオレ(男)キセニアン(女)である。この2人のキャラクターは、TVシリーズ第2部「宇宙樹編」の主要敵役キャラクターとして登場したエイルアン(SF映画「エイリアン」のもじり)という宇宙人兄妹に原形があるのだが、その相関については本発表では詳しい説明は省略したい(ただ、エイルとアンが宇宙樹という虚空に漂う子宮的な生命体に寄生するさまよえる宇宙人であり、「地上世界の人間たち」と は、自分たちのエナジーを確保する資源として必要な限りにおいてのみ本心を隠して表面的に関わる…というあたりに、この二人がオタクの隠喩として描かれた可能性を示唆できる点だけは指摘しておきたい)。

 このフィオレというキャラクターを前述の地場衛の成育歴と比較対照して見ていくと非常に明確な類似がある。すなわち、フィオレはどの星で、誰を両親として産まれたのか分からないまま宇宙空間に放り出されてひとり放浪していた天涯孤独の宇宙人である。すなわちフィオレも事故で両親を失った衛と同じように「親に見捨てられた」少年である。年格好は衛と同年代と推測できる。

 ただし、衛が事故で両親を失うまでは十分な愛情を受けて育っているのに対して、フィオレにはそういう「幸せな親との関係の時代」が全く存在しない点に決定的な相違がある。フィオレには母子一体の「共生期」の幸福な体験そのものが存在しないのであり、エリクソンの言う「基本的信頼感」の形成という点では衛とは比較にならない「基底欠損(バリント)」を抱えていると想像される。

 しかし、このフィオレにポジティブな愛情の備給を受ける経験が全く欠落しているかというとそうではない。

 そうやって産まれてこの方続いた宇宙での孤独な放浪の果てに力尽きてたどり着いたのが地球だった。雨の中病院の庭に倒れているのを偶然通りかかって発見して自分の病室に連れ帰って介抱したのは、他ならぬ事故で両親を失って入院中の子供時代の地場衛なのである。

 二人は数日間を同じベッドで過ごして互いの孤独を癒し合う。あたかも両親の死でショックを受けたばかりの子供の衛が孤独を癒すために幻想の中で自分の分身として創造したかのような存在として子供のフィオレが描かれているとも受け取れる点に注意すべきだろう。

  「君(衛)が僕(フィオレ)を呼んだんだ」

 衛の内的世界の分身だからこそ、前述のように衛自身より端的な「見捨てられ体験」の持ち主として象徴的にフィオレが創造されたとも理解できる。実際、数年後の再会の時、衛は思わずフィオレに

  「(君は)幻ではなかったんだね」

と言葉にしている。このことは、子供の衛にとってのフィオレがいかに幻想に近い性格のものとして体験されていたかをむしろ傍証することになる。こうして、フィオレを、衛に内在するもうひとつの人格、あるいは「影」のようなものとしてとらえ、この「劇場版」の物語全体が実は衛の精神内界で繰り広げられる内的葛藤とその克服のドラマとして理解できる点にはここで注意を喚起しておこう。

 なぜ子供の衛にフィオレを介抱する心の優しさがあったのだろう? それは衛が両親に十分に優しく愛されて育ったからこそではないのか? そして、人は、自分自身に心の痛みが生じたときに、そういう自分自身(フィオレ)に優しく接して傷を癒すことができるようになった時、依存する他者がその場にいなくても絶望することなく生きて行けるようになるのである。これをロジャーズは「肯定的な自己配慮(positive self regard)」と呼ぶが、対象関係論的に見ても、親からの「分離-個体化」のために不可欠な内的対象関係能力であろう。

 幻想の中で自分の分身たるフィオレを介抱し、心を通わせ、別れるまでのプロセスは、両親を失っても曲がりなりにも自立して生きて行けるだけの自我を取り合えず確立するために必要な通過儀礼だったのではなかろうか(もとより、「子供の」衛は実はひとりだけでこの儀式をなし遂げたのではなかった。そのようなことは無力でいたいけな「子供」にはひとりだけで可能であろうか? この点に関しては、この作品の最大のポイントなので、あとしばらくは種を明かさないで置こう)。

 

   7.フィオレの「代理母」としてのキセニアン

 …話を衛とフィオレの子供時代のつかの間のふれあいのその後の経過に引き戻そう。

 結局、数日を衛と共に過ごしたものの、体質が地球にあわないために、フィオレは地球を離れねばならなくなる。それは衛に取っても悲しい別れだった。衛は別れ際に泣きながら一輪の薔薇の花をフィオレに差し出す。

 感激するフィオレ。

  「ありがとう。今度は僕がいっぱい花を持って戻って来るからね」

という言葉を残して子供の衛の前からフィオレは消え去る(「花をもらうということがこんなに嬉しいことだとは思わなかった」と後のフィオレは回想するのだが)。

 再び宇宙空間をさまようフィオレは、成長し、ついにある小惑星で、衛に返礼として渡すに値する美しいを見つけ出す。その花は植物と裸体の妖艶な女性が合体した姿のキセニアンという寄生植物だった。

 この花はフィオレの身体に「寄生」し、キセニアンの巣である小惑星と共に宇宙をさすらい、たどり着いた生命のある星で繁殖し、他のすべての生命体を滅ぼすまでその星のエナジーを吸いつくしては破壊することをくり返して来た恐ろしい植物である。しかし、キセニアンの遺伝子の「運び屋」をしてくれる宿主のフィオレに対しては、星の征服というキセニアンの目的に従う限り、絶大な超能力をふるう力と母性的な愛情を惜しみなく貸し与える。

 もとよりフィオレの精神は、すでにかなりの程度キセニアンに「憑依」され、 「洗脳」状態にあるのだが、時々自分の行動に疑問を抱くこともあり、そのたびごとに 「だまされてはだめよ、フィオレ」とキセニアンに再洗脳を受け、新たな報酬としての更に強力な超能力を賦与されることをくり返す。

 こうしたフィオレとキセニアンの関係は、マスターソン,1972 が「境界人格障害」の母子関係にありがちな「『分離個体化』しないままの相互依存的『共生』関係」として描き出したものにあい通じるものを持っている。

 すなわち、子供(フィオレ)が何らかの意味で個体に内在する内発的な自発性を発揮する兆候が見られると、母親(キセニアン)はそのことに不安になり、むしろ子供が自らの自発性を撤去した場合に初めて母親からの承認と愛情の備給(報酬)が与えられる。そして母親の無意識的願望の投影を子供が現実化してふるまう場合にのみ更なる愛情の備給を与える。これらのプロセスをマスターソ ン,1981 は「撤去型対象関係部分単位(RORU)」および「報酬型対象関係部分単位(WORU)」と病的自我の同盟と呼んだ。

  「キセニアンは心の弱い人に取り憑くのよ」

…セーラー戦士たちの知恵袋たる人語を解する黒猫、ルナのこの物語の中でのセリフである。

 また、キセニアンがフィオレを「見捨てた」生みの両親とは別の存在、親代理である点に具体的意味を持たせるならば、「キセニアン-フィオレ的関係」は、例えば新興宗教内部での指導者と信徒との関係に典型的に見られるような関係の隠喩とも受け取れる。(注:この論文はオウム事件発覚の一年前に書かれている)

 

    8.アニメファンとアニメ産業・コミケ的な場の

    共生関係の隠喩としての キセニアン-フィオレ関係

 

 更に強調したいのは、実はこの「キセニアン-フィオレ的関係」が、アニメキャラとアニメファンの関係(アニメ産業・コミケ的ネットワークと個々のアニメファンとの関係)の隠喩として意識的に描かれている可能性があるという点である。つまり、セーラームーンのキャラクターに魅せられたアニメファンの心理そのものを自己批判するという過激な試みがこの映画には内包されている可能性がある。

 かなり以前から、少なくともアニメ・コミックファンの内部には「二次元コンプレックス(二次コン)」という概念が幅広く流通していた。これは、自分の周囲にいる現実の 「生身の」異性に対しては恋心を抱くことなく、もっぱら漫画やアニメの中にのみ存在する「二次元の」虚構のキャラクターにのみ感情移入する現象を指す。最近は、パソコンソフトやTVゲームの発達(もはや虚構世界は「3次元的に」しかも「インターラクティヴ(相互作用可能)」なものとして表現されつつある!)に伴い、この概念は拡張され、 「バーチャル・セックス(仮想現実空間における性)」という言い方の方が一般的にな り、「二次コン」という言葉は死語になりつつある。

 一般的にいって、そうした虚構世界でファンに愛好されるキャラクターは、現実の生身の異性の生臭さや複雑さが捨象されて、ファン自身のナルチシズムを傷つけることがな い願望充足的な存在として描かれることが多い。つまり、年頃の異性が持つ自我やエゴイズムを伴う「他者性」が捨象される。この結果、キャラクターは、性的成熟以前の少年少女性と庇護的な両親像が複雑な形で合成されたイメージで描かれることが多い。

 すなわち、女性キャラクターは、年齢や顔だちや肌の色つやは思春期以前の多少細みの清純な少女でありつつ、胸や腰は異様に発達したプロポーション、性的欲求に優しい庇護者としてエスコートしながら応じてくれる存在として描かれることが多い(小林よしの り,1993)。男性像の場合には、細みで少年的な体格、クールでベタベタしないがしっかりしていてユーモアもあり、見かけよりはるかに運動能力もある…というところか。

 もとより(女性像で言えば)、「きまじめで禁欲的な優等生型」「不良(スケバン) 型」「悪女・妖女型」「タカビー(高飛車なお嬢様)型」「運動大好き健全少女型」「仕事に有能なキャリアウーマン型」「宝塚的男装の麗人型」などのバリエーションも存在するが、基本パーソナリティは前述したようなものであり、どんな辛辣な腹黒い悪女も、どんなに性的に厳格な女性も、一皮剥くと前述のような「かわいらしくて庇護的に性愛を満たしてくれるやさしさ」を秘めた存在として描かれることをファンは期待している。

 このような特異な異性像は、何らかの意味で現実の両親との情緒的な愛情関係に満たされないものを抱えたまま画一的な受験-選別のための競争の場としての学校や塾中心の生活を強制され、同胞との対人関係能力を形成できないままに集団への不適応に陥り、周囲にいる現実の異性によって愛情欲求を満たすだけの対人関係能力も形成できないまま虚構世界に逃避するしかなかった「おたく」層が、異性への性的欲求と親への依存的愛情欲求を同時に代わりに満たしてくれる虚構の「救済者」として生み出した像であるとみなすことができる(もとより、女性のアニメおたくに見られる、男性同性愛の物語への強烈な嗜好はこれだけでは説明できないが。中島,1991 はこれを、摂食障害の女性患者とあい通じる、女性性を全面忌避して虚構世界にユートピアを求める傾向としてとらえている)。

 こうした虚構の対象による性的・情緒的充足への需要は、今日、極めて高度に商業化された生産-流通-消費ネットワークとして市場化されており、このようなアニメファンと商業資本・コミケ的な場の「相互依存的共生関係」こそが、まさに劇場版『セーラームーン』でフィオレ(ファン層)とキセニアン(商業資本・コミケ的な場)の「共生関係」として象徴的に描かれているとも解釈できるわけである。キセニアンが、生みの親を知らないままの孤独なフィオレが宇宙空間を放浪した末にやっと見いだした「代理母」である点に改めて注意を喚起したい。

9.「一人前の子供」になれなかった若者たち:

     アニメファンの基本パーソナリティの成立についての一仮説 :

     マーラーのいわゆる「再接近期」における自発性の撤去

 

 こうして、フィオレとキセニアンの関係を通してアニメファンの両親との関係と成育歴の問題への注意を喚起することとなったが、ここでしばらく『セーラームーン』の物語から離れて、アニメファンのパーソナリティとその成育史的要因についての筆者の見解をまとめて述べてみたい。

 一般に、おたく族について、「いつまでも子供のままでいたい存在、大人になりたくないモラトリアム人間」といった言い方が好んでなされる。筆者はこの「通説」に対して或る違和感を常に感じてきた。それは、彼ら・彼女らが「子供っぽい」「子供のままでいたい」などと言われる時の「子供」とは何を指すのかがひどく曖昧なままで、そこに或る種の混乱が生じている気がしていたのである。

 むしろ、彼ら・彼女らは、無邪気な子供時代を最初から持っていないとも言えるのではないか。おたくたちが思い描く理想としての「純粋無垢な子供」の姿は現実の子供の姿とは実はかなり掛け離れている。彼ら・彼女らは、現実の幼稚園児に身近に遭遇すると、 「ギャーギャーうるさくて汚らしくて煩わしい」悪魔的存在とけむたがることが多いという自己矛盾を平然と犯すのである。『クレヨンしんちゃん』の主人公は、むしろ現実の幼稚園児に内包された悪魔的な側面を誇張してカリカチュアライズされた存在と言うべきだろう。だからこそオタク層にはウケないのである。

 彼ら・彼女らは、むしろ、「一人前の」子供らしい子供になることをひどく根本的なところでスポイルされたまま、形の上でだけの成長を迫られていた存在ではないのか。もしそうだとすれば、彼ら・彼女らに更に強引に大人社会への適応を迫ることは、内在する歪みを更に拡大することに他ならない。その歪みに耐え切れなくなることへの防衛・抵抗として、おたくたちは「大人になる」ことを拒み、モラトリアム的現状を維持しようとするのではないのか? 

 彼ら・彼女には真の意味で「子供」としてこの世に祝福されて生まれ落ちた経験をまだしていないのではなかろうか?

 筆者は、このことを、アメリカの女性小児科医、マーラーが、数多くの母親と子供の相互作用を継続的に直接観察したデータに基づいて確立した『分離-個体化』理論(主としてマスターソン,1972 に基づく)の発達図式に当てはめて捉えてみたい【注】。

     【注】ウイニコットやマーラーらの発達早期対象関係論は基本的に「二者関係」論である。そこにはエディプス期以降の三人目の登場人物としての「父親」に固有の役割が認められていない。これは父親が子供との関係に無意味と言うことではなく、父親もまた、育児に関わる場合には「母親」と同じ意味を持つ者とみなされている。ウイニコット,1965 自身、自分の文献で「母親」という言葉を用いる場合には、「母親的役割を取る人物」すべてのことを指すことを注釈している。例えば「good enough motherとしての役割を果たす男性セラピスト」という表現すら可能である(心理療法家としてのウイニコットを一言で言い表せば、まさにそのような人物であった)。

     つまり「母親」という言葉には男性つまり父親や、家族以外の養育者も含まれる。更に言えば、「乳房」という表現は必ずしも人工栄養否定を意味しない。以下の本論文でもこれに従う。

 おたくの場合にも、多くの場合には、マーラーの『分離-個体化』理論で言うところの生後一年未満の 『共生期』 における親との相互作用は、基本的には、ウィニコットの言う「ほぼ十分(good enough) な」形でなされているのではないか。すなわち、赤ん坊の中に何らかの欲求不満が生じた時に、「あたかも自分が欲求するということが対象を『創造する』かのように」、的確に、乳房に象徴される供給物が与えられることが「ほぼ十分に」なされているように思われる。

 この時点では、乳房は必ずしも自分の外部にある現実存在として十分に体験されているわけではない。自分が「お乳がのみたい」と空想すると、あたかも魔法の呪文に応じてくれるかのように目の前に乳房が現れてくれるわけであり、乳房が自分の空想の生み出した幻想なのか、外界の客観的実在なのかについてのはっきりとした認識は赤ん坊にはない (子供時代の衛にとってフィオレとの出会いがそのような現実とも幻想ともつかない曖昧さを持っていたことに注意)。

 このような、赤ん坊の生理状態の変化に敏速に対応する養育者の高度な共感性は次第に減じられて行き、赤ん坊は次第に欲求不満や不快に長時間耐えねばならなくなる。「自分の中には確かに欲求があるのに、必ずしもそれは即座に満たされない」という体験を通して、赤ん坊は、自分の単なる延長でも一部でもない、自分の自由にはならない「自分ではない」外界と他者が存在することを徐々に認識できるようになって行く。

 ただし、自分が一定の自発的身ぶりとしての働きかけをすれば、たいていの場合にはしばらくのうちには欲望は満たされるという体験は堅持される【注】。大抵のオタクの場合でも、こうした中で外界や養育的他者への「基本的信頼感」そのものはある程度は形成され、決してバリントの言うような「基底欠損」ということはないだろう。

      【注】ちなみに、生後4カ月ごろから、母親自身の身体や直接的な世話を得られない瞬間にも、特定の毛布や、おしゃぶりや、自分の指や、ほとんど叫びに近い自発的な発声などが、特別な愛着の対象となり、母親の方もそれが赤ん坊に取って特別の対象であることを尊重し、安易に取りあげたり洗濯したりはしなくなる。赤ん坊はその対象への愛着に没頭している限りは母親と分離している不安を感じずに済むのである。

     このような対象のことをウイニコット,1971 は 「移行対象(transitional object 「過渡対象」とも訳される) 」と呼ぶ。     この「移行対象」という、精神分析に関心のある心理療法家の間ではkey    concept として周知の概念は、単に毛布を吸うことが乳房の代用品となることで子供の不安が静められるということを指すかのように短絡的に誤解されがちである。しかし、単なる空想や内的願望の投影ではなくて客観的実在物でもあり、だからといって母親それ自身のように、自分の意志から分離独立した「他者」としての「外的対象」でもなく、いわば現実と空想の中間に位置する過渡的・移行的(transitional)な対象、しかもその赤ん坊の心的世界における特別の価値を母親によっても承認されている対象であるという点に意味がある。

     おたくが執着する収集物などの「モノ」との関係、そして、フィオレが衛から贈られた薔薇の花に向ける、まるで他者との「つながり」による安堵すべてをその「モノ」に象徴させるかのようなこだわりは、こうした、自分が助けてくれる人もないまま孤立の中に放置されているという「分離不安」・「見捨てられ抑欝」への直面から身を守ってくれる「移行対象」としての性格を持っている。

     もとよりオタクの場合には、その「移行対象」を他者-世界とのつながりとして保証しているのは、もはや現実の母親ではなくて、ここで「キセニアン的代理母」と呼ぶ所のものということになる。

  いずれにしても、赤ん坊の運動機能はこうした間にも急速に発達していくわけで、欲求の充足は完全に受け身的なものから、自発的・能動的な活動性が関与するものへと急激に変動する。

 次に、生後1年前後の、マーラーの言う 「練習期」であるが、この時期はハイハイから直立歩行が可能になり、赤ん坊の中に旺盛な外界の対象への自発的な関心と探索欲求が生じ、興味を持つ対象に向かって一目散に歩いて行き、何でも手に取っていじり回してみたり口に入れたり、同じ対象を飽きもせずに眺めたりする。

 これはおぼつかない足取りで歩いていて転んだり、何かに頭をぶつけて痛い思いをするなどということがどれだけくり返されようと、親に何度しかり付けられようと、懲りることなく自発的に試みられる外界の探索であり、しかもこの「練習期」においては、親の方を振り返って反応を確かめることも多いが、その一方で自分の視野から親の姿が見えなくなってもそのことに気がつかないくらいに対象への探索やいじり回しに没頭している瞬間が増える。これをマーラー は、「世界との浮気」と呼んでいる。

 もっとも、この段階では赤ん坊の周囲の世界はまだ母体の子宮的な空間と融合して体験されている側面が少なくないため、こうした探索の中での子供の高揚状態は極めて誇大な自己愛性を帯びている。この段階においては、後におたくとなる子供は、少なくとも当初の自発的活動水準は基本的には平均値ないしそれ以上であろう(さもなければ、おたく独特の、一度関心を持った対象への強烈な没頭と執着は生じまい)。

 普通の親は、子供のそういう自発的な活動を、危険なことやしてはいけないことをした時にはしかる(これは当然あっていいことである)にしても、基本的にはむしろ子供の成長して行く姿として肯定的な感情を抱きつつ眺め(いい意味での「親バカ」性)、感情移入的な言葉かけをし(この「言葉かけ」については18節で詳述する)、時には子供の探索にむしろ積極的につき合ってあげるなどという対応を自然にすることができる。

 そうした一方で、養育者は、子供に危険がなさそうならば「放置」して子供のしたいようにさせて自分の関心や家事などに没頭したりもできる。このようにして、親と子供が一緒にいながらもそれぞれの関心に安心して没頭していられる状態、すなわち「一緒に居ながらそれぞれが安心して『ひとりでいられる』状態」は、母子の分離個体化の為の前提として不可欠な体験である。つまり、他者との関係の中に居て、しかも「自立」していられる能力の礎となるのである。ウイニコット,1965 はこれを 「ひとりでいられる能力 (ability to be alone) 」 と名づけている。

 もちろん、普通の親でも時にはそういう子供の旺盛な活動性に対していら立ちや不安を抱き、神経質になり、すぐに「介入」したくなる時もあるだろう。こうした反応がすべてマイナスと言うわけではない。親と子供が歴然とした「他者」であることもいずれ自覚せざるを得ない以上、分離-個体化の為にはこうした経験は子供にもある程度必要である (子供の成長と共に自然と親はこうした反応を取る時が増える。これはサル等の親子関係にも見られる現象である)。

 しかし、このような、自発性の発現に親から干渉される経験が子供に取って意味を持つのは、あくまでも、前述のような、自発性の発現を親に受け止め、共有して貰う経験や、干渉されずに放置して貰える経験の方が先行し、比率的に優位に体験されていた場合だけである。

 ところが、このような、赤ん坊の自発的活動性に干渉的・抑制的な対応をする傾向が 「おたく」の親の場合は平均よりやや顕著である可能性があるのではないかと思う。ここで言う「干渉」には、一見肯定的でいながら、子供の行動につき合い過ぎる傾向、あるいは、親の願望を子供に投影して先回り的に満たしてあげようとする傾向のみが過剰で、子供自身の自発的探索に先回りしていろんなものを与え過ぎたり、親が期待する何らかの活動に誘い込もうとし過ぎる傾向も含まれるだろう。これはこれで子供の自然な自発性の発露を殺しているのである。

 恐らく親の方が、子供が勝手に自分から分離-個体化して、子供に「見捨てられて」しまうのを恐れて、子供に無意識的にしがみつき、コントロールして支配下に置こうとしているいていることの結果である。要するに親の方に子供が「親離れ」していくことに耐えられる心の安定がないのだ。それが得てして「愛情」「子供の早期教育」という名の過干渉を産むのである。

 子供が「……が欲しい」「……取って」などとしつこくわがままを言うことをせず、親の差し出したものをはねのけもせず、いつも「大人しく」親の差し出したものを受け取るだけになっていたりしたら大変な危険信号である。

 少なくとも、伸び始めた芽生えをヤットコでつかんで無理やり引きずり出そうとするかのように「創造性を伸ばそう」とするなどいらぬおせっかいであろう。むしろこれは子供のありのままの成長能力への不信に基づくと捉えることも可能であろう。人工肥料で促成栽培された植物は一見育ちがいいが果実の味に深みはなく、ちょっとした気候の急変でしおれてしまう。

 この「練習期」においては視野に親がいるかどうかに子供は比較的無関心に探索に没頭することはすでに述べたが、この時期に引き続く 再接近期(生後15-22カ 月) に入ると、赤ん坊は外界全体からから独立した個体として養育者個人を認知する度合いが更に高まるために、そうした自発的な世界の探索の途中で養育者が視野にいないことにふと気づくと、とてつもない不安に襲われるようになる。これがいわゆる「見捨てられ抑欝」であり、「劇場版」の中では、衛の両親の突然の死や、子供時代のフィオレとの別れの中に象徴されている。

 だが、この不安に圧倒されている時と言うのは、子供が親からの自立、すなわち分離-個体化を達成する上での決定的な分かれ道なのである。「見捨てられ抑欝」は、親からの心理的な「分離不安」でもあるのだ。分離不安に泣き叫ぶ子供の姿、それは心理的な意味での出産体験、すなわち、親の心理的「子宮」と一体化した安息状態から外界に産み落とされて孤立した自我に直面して泣き叫ぶ子供の姿なのであり、子供が真の意味で「この世の中に生まれ落ちる」誕生の時はこの時なのだ。

 もとより、こうした時に泣きわめく子供を長時間放置するような経験のみがいきなりくり返されると、子供の中の傷つきは癒しがたいものになり、自分を産み落とした「世界」と「他者」を恐ろしく迫害的なものとして捕える傾向が固着し、人間を信頼して交流する能力が基本的なところで侵害され過ぎてしまう。

 故に、当初は、子供がひとりでの外界の自発的探索の中途で突如不安になり泣き出したら、さほど時を経ずして養育者が現れて抱っこしてあげるような関係が望ましい。  こうした「しばらくすれば必ず養育者が助けに来てくれる」体験の中で、子供の中に は、以前のように「魔法のように」かなえられる「共生関係」にはないにしても、ひとりになっても、いざという時には「他者」としての自分を愛する人間は自分のことを配慮してくれるという「基本的信頼感」が形成され、それにつれて視野に養育者がいなくても不安を徐々に感じなくなる現象が再び生じる。

    「今現在『ひとり』であることが孤独なのではない。人間は『これからもひとりかもしれない』と感じる時に孤独になるのだろう[幾原,1994]」

 泣き出して養育者が抱っこしてくれるまでの時間も自然と次第に長くなることだろう が、子供は次第にそのことに平気となり、ついには、少し前までのように、養育者の姿が見えないことに気づいた瞬間に火のついたようなパニックになることそのものが減少してしまう。

 こうして「再接近期危機」は克服され、「対象の恒常性の確立」に至る。  

 この、一人で居ることに不安を感じる傾向が再び減少した状態は、前述の「練習期」における養育者から離れても「世界」の探索に没頭できる子供の姿と一見似通っている。しかし、「練習期」の場合には、探索する外界そのものが子供には子宮内の体験のように捕えられている度合いがまだかなり高かったからこそ平気で親の方を振り返らずに出歩いていたのであり、「再接近期」において見捨てられ不安が克服された後に養育者との間で確立する、互いに分離独立した「他者」どうしの信頼関係に基づく、親から離れても不安にならずにふるまえるというのとは次元が異なるのである。

 この「再接近期」の危機的段階において、「見捨てられ不安」から親が視野に居ないと再び泣き出すようになった時、それまでも子供の自発性の発現そのものを愛おしみ、信頼し、受け止めてきた母親ならば、「しかたないわねえ」というのに近い調子でほほえみながら、ある種の余裕を持ちながら「どうしたの?」と声をかけて抱き寄せることもできるだろう。別に熱が出たとか、おもらしとか、怪我をしたりして泣き出した訳でもなさそうだ。親のあやす表情や口調には更に余裕が生まれ、暗黙のうちに「大丈夫、何も心配することはない。あなたは何も間違ったことをしていた罰を受けた訳でもない。私から自立した命と意志を持ちつつある今のありのままのあなたでいいのよ。でも今のあなたがまだか弱くて一人になると心細くなることも受け止めてあげるわ」というようなメッセージが込められることになるだろう。

 このようにして、子供の自発的活動性を基本的には受容しむしろ肯定的な評価を与えつつ促進しながらも、子供の不安をも受容する態度を取れる親がいる一方で、次のような、問題のある反応しか取れない親もいるのである。

 すなわち、この段階で、もし親の側に子供から自立する心の準備がなく、子供を自分とは分離独立した自発性を持つ「他者」として存在そのものを祝福する心構えがなかったとすれば? いわば親の方が子供の成長と自立によって子供から「見捨てられる」不安を感じていたとすれば? あるいは、親自身が、子供の頃から独りぼっちになった時に前述の余裕ある母親のような態度で受け止めて貰えない経験を繰り返してばかりの人物だったらどうだろう?

  子供が親の目を離れた所で不安に泣き叫んでいるのを見た瞬間に、親の中にも「異様なまでの」不安が喚起されることになる。前述の母親と一見同じように「どうしたの?」とかけ寄るにしても親の漂わす雰囲気そのものが妙な切迫感と余裕のなさと動揺に満ちているだろう。泣いている子供の方も、この時こうして親の方もパニックを起こしているということを肌で直感するだろう。自分が自分の意志でひとり歩きしたという行為は、自分の存在を今も支えてくれている母親をこんなにも不安に陥れるものなのか? 子供は自分の不安とパニックを駆け寄った親に「優しくしっかりと受け止めてもらえた」安心感というより、自分がこうした不安やパニックを体験することで母親を更に不安定にしてしまったことにいよいよ深刻なショックを受け、更に不安定になるだろう。

 「母親の反応は、自分が自発性を発揮したことそのものへのではないのか?」  結果的に、こうした親は、子供がそうした自発的衝動を取り下げた場合にはじめて受容するような反応をしてしまうことになる。

 「おかあさんの目の届く所でお母さんがやっていいということだけをしていたら、その場合に限って愛してあげます」と暗黙の内に教育していることになる(こうした親自身が、子供時代に自発性を受け止めてもらえず、他人が認めることをするだけの生き方に『甘んじて』いたことが多い。それ故に子供の発揮する自発性にも過敏に不安になり、受容できないのである)。

 後者のような反応がくり返されると、子供の中の身体的・衝動的・内発的な表出性と結びついた、ウイニコットのいわゆる 『真の自己(true self) 』 の形成それ自体が阻害され、親子の『分離-個体化』は促進されず、共生的な段階にとどまることになる。そして、養育者や周囲が求める行為や感情だけを表出する 『偽りの自己(false self)』による適応のみが発達する。

 もとより、この「再接近期」以降、子供が更に成長し、個体化すると、養育者は子供がより小さかった頃の、ほとんど『共生的』関係の中での高度な共感性を(恐らく遺伝子のプログラムに従い)次第に喪失するものであり、自分のエゴイズムを次第に優先するようになったり、子供の自発的な活動性や訴えに対して養育者が何らかの干渉や禁止を与え、むしろ親が期待する活動を強制したりする傾向は、通常の親子関係ではむしろ激しくなるくらいかもしれない。しかし、「再接近期」において、自発性を基本的には受容されて育った子供の場合は、それ以降に関しては、そういう自分の内発的自発的な願望充足への欲求を、養育者からの禁制や強制に抵抗しつついかにしぶとく実現するかについて、親やきょうだいや同胞との果てしない戦いやの渦に自ら進んで身を投じ続けるだけの個体化された自我の潜在力をすでに開発済みである。

 こうして、周囲と折り合う社会性を身につけながらも、ずる賢いまでの狡猾さでもって自分の内側からの欲求もかなりの程度満たし続けるしたたかな対人関係の技能を磨いて行くのである。交換条件を付けたり、いいわけをしたり、巧妙に甘えたり、同胞とぐるになったり、形の上だけ謝ったりといった対人的なかけひきに熟達して行くのである(筆者 は、このような「内発的欲求」と「社会的・対人的なかけひきの能力」を統合的に機能させる自我機能全体を『真の自己』と呼んでいるつもりである)。

 ところが、「再接近期」に、内発的自発性をむしろ撤去しないと親に受容されない体験ばかりが優位になってしまった子供の場合は、この時点であっさりと『偽りの自己』のみによる適応が優勢となり、「手のかからない『いい子』」としての道を歩み始める。

10. 個体化された欲求の撤去と『偽りの自己』の形成 

 『偽りの自己』というと、まるでその人が自分の本音を自覚しながら意識的に仮面をかぶっていることを指すかのように誤解されかねないが、むしろ、仮面の内側に本音が別に存在するかどうかそのものにはじめから無関心でしかいられない状態のことである。彼は自分の中に内在した身体的・自発的欲求に自分でアクセスすることがほとんどできない。いや、アクセスするとはどういうことかもわからないし、アクセスすることに価値があるとも感じていない(フォーカシング・トレーニングにおいて、内側の漠然とした身体感覚、すなわちフェルトセンスに触れられるようになるという点で特別な困難を伴うタイプの人たちの中のある部分がまさにこのような『偽りの自己』のみによる適応者と推測できる)。

 つまり、彼ら・彼女らの多くは、得てして、健常者から神経症水準の人物のようには「本当の自分は何なのか」と悩むことすらない人物である!

 つまり、「再接近期」における個体化の衝動の撤去と『偽りの自己』の形成は、単なる欲求の「抑圧」に伴う防衛的な神経症的自我形成とは次元が異なる。もう少し子供が成長した段階、すなわち、分離-個体化した子供らしい欲求がすでに十分受容され、発達した後で親や周囲から禁止が与えられる際に生じるのが「抑圧」である。

 これに対して、『再接近期』における個体化への衝動の撤去の場合には、自分自身のものとして自分の欲求を体験できるようになるまでの発達過程そのものが前もって制止されてしまうのである。 この、個体化された欲求が確立した後で「抑圧」されたのか、より早期に個体化そのものが阻害されて『偽りの自己』が形成されたのかという点こそが、後に心理的障害が生じる場合に、いわゆる「神経症」域にとどまるのか、「境界例」的性格を帯びるのかの分かれ目となる。

 すなわち、「抑圧」の場合には、抑圧する防衛機制を解除できれば自然とその人なりの個体化された欲求がおもてに現れて来る準備がすでにできている。それを社会性と折り合わせるだけの自我の確立を目指せばいいとも言える(こうした言いかたが、過度な単純化であるのは十分承知しているが)。

 しかし、より発達早期に個体化そのものが阻害されていた場合には、仮に『偽りの自己』の鎧を打ち破ることができたとしても、そこには個体として欲求や不安を体験することにすら耐えられない、非常に脆弱で未分化な、心理的には子宮内の胎児のような存在しかないことになる。

 「私がそれをしたいのだ」「私はそれを嫌だと感じている」…その人物は(少なくとも現実世界の中で)そのように自分の欲求や感情を体験すること自体に耐えられない。世界の只中に、ともかく何らかの欲求や不安を感じている孤独な存在他者から分離して存在するという体験それ自体を自我が支え切れないのだ。

 ゆえにそういう体験に直面させられる状態に陥ることが予め無意識的に巧妙に回避され続けることが多い。

 詳しくは後述するように、それは一見正反対の二つの方略によって達成されようとする。すなわち、一方の極は、何ら内的葛藤を引き起こさない所まで現実から『退却』して最小限の現実適応を当面維持しようとすることである(それが現実との関係の破綻を今後も恒久的に生じさせないような形で実現できる長期的見通しがある訳ではない)。もう一方の正反対の極は、周囲が自分を拒否することなく受け止めてくれるような完璧な現実適応(いわゆる「過剰適応」)という方向に、『偽りの自己』を高度に形成しようとする場合である。

 これら2つの道を取れず、もし仮に全く逃げ場がない形で『偽りの自己』の内側の非常に脆弱で未分化な『真の自己』が直接外的現実にさらされる状態が、強烈に、あるいは持続的に生じると、その負荷に耐えられず、何らかの身体症状的反応を起こすか、さもなくば、内界と外界の境いめ、すなわち「自我境界」が破綻して精神病とも誤認されるくらいの急性の人格の混乱に一時的に陥ることを繰り返し、周囲の人物や治療者はそれに振り回されることになる。

 具体的に言えば、神経症的人物には有効に機能する、自由連想と抵抗の徹底操作を中心とする標準型精神分析技法や単なる受容的傾聴だけでは成果が上がらないまま膠着したり混乱したりすることが多い。見かけ上治療が成功したかに見えたのが、実は治療者が気にいる方向の新たな『偽りの自己』をas if 的に形成したに過ぎず、すぐに以前と同じ不適応が再発することもある。

 もっとも、これらの人物でも「私は○○したい(は嫌だ)」という言い方をする時はあるかもしれない。しかし、その内実は、「私は、あなた(あるいは周囲の他者)からの、私が『○○したい(は嫌だ)』と思ってくれなければ見捨ててしまうぞという示唆を受けたと感じたので、それに従います」ということなのだ。

 誤解なきように言えば、こうした「再接近期」における個体化への衝動の撤去と『偽りの自己』による適応タイプの人物の場合、本人が自覚可能な形で他者や周囲に「迎合」しているのではない。「当時は別に周囲に『迎合』しているつもりもありませんでした」…もし本人がそれまでの自分をこのように自己分析できたら、その人の中に個体化された『真の自己』がすでに相当程度活性化され始めているのであり、セラピーはすでにかなり成功裡に進んでいることとなる。物心ついて以来、本人の中で、「○○したい」「○○せよと命じられる」という2つのことは同じこととしてしか体験されていないのである。メンタルな人格的相互作用に最低限必要な個体としての自我そのものがあまりにも未成熟で、外界からの刺激と内側からの刺激を未分化な情動的カオスとしてしか体験できないのである【注】

     【注】「未分化なカオス」というと、フォーカシングでいうフェルトセンスとして体験することと何が異なるのかと思われる方があるかもしれないが、フェルトセンスへのフォーカシングの場合には、その漠とした感覚を自分の感じるひとつの全体的な対象化された感覚として、ある余裕感を抱きつつ巻き込まれずに触れ続けることができる状態である。すでに述べたように、『偽りの自己』による適応が優位の人物は、フェルトセンスと一緒にいられる適切な間合いを見いだす能力がひどく未成熟である。何回訓練しても「感じられない」と訴えるかもしれない。逆に、よほどの配慮を持って相互作用を持たないと「感じられ過ぎて」しかもそれを日常に帰ってもコントロールできない危機的状態に陥らせる場合もある。

     【注】マスターソン,1981 で述べられているように、ウィニコット自身とマスターソンとでは『真の自己』『偽りの自己』という概念についての定義に多少のズレがあるようである。本論文では主としてマスターソン寄りの定義に基づいて概念を使用している。

    11. 無理やり「大人」にさせられる:

      成人向け同人誌の物語で反復される

      「強制された歓喜」のモチーフ

 

  さて、『偽りの自己』による適応が、真の自発的・内発的な願望充足というものを知らず、他者からそういう願望を抱か「ねばならない」と強制された(と少なくとも本人は無意識的に受け止めている)願望を実現しようとするのみであるという点について、オタクの世界にひとつの例証を求めてみよう。

 オタクの人たちは果たして作品それ自体を「楽しんで」いるのだろうか? …そう思えることがある。彼ら・彼女らに、本当におもしろい作品と、退屈で薄味の作品を区別する作品の「鑑識眼」と言うものがひどく欠けている気がすることがあるのである。

 唐沢,1994 が指摘するように、「今日のおたくは、月野うさぎというキャラクターを愛しているのではなく、月野うさぎというキャラクターが今一番人気のある作品(=「ウリ」)だからそのセル画を大事にする」ような、妙に「クール」な面を持っているのである。極端に言えば、今その作品がブームと言うことになっているから、その同じ作品を共有する仲間に入って「一体感」の中で盛り上がるフリをしているだけではないかと言いたくなるような、妙に「虚ろな熱狂」なのである。

 もとよりおよそすべての流行と言うものは、他の人もそれを楽しんでいると言う理由で迎合的に一体感に浸ろうとする側面はある気がする。しかし、ことアニメファンの持つ特定の作品への付和雷同的雪崩現象は何かが違う。音楽やタレントに関しては、むしろ以前よりも個々人の趣味が細分化して「国民的大スター」が生まれにくくなっている今の時代に、アニメファンのみが、むしろ以前にも増してある特定の一色に染まりやすくなっている気がする(その対象が現在では『セーラームーン』ということになるが)。

 そして、作品そのものへの感想や批評ということには以前よりも関心が向かなくなり、人気ある作品のキャラクターをもともとの物語から切り離して、俗に「やおい」と呼ばれるような、物語の「山なし、オチなし、意味なし」の、起承転結すらない、楽屋オチ的なエピソードの断片として同人誌の世界で再構成されたものを楽しむのである。

 要するに、TVでは描かれていない、登場人物どうしの隠された恋愛や日々の生活などを妄想して、自分勝手な断片的なエピソードに「解体」してしまうのである。

 そうした想像力が作品の本質と更に深く触れ合う方向に向かうのならばむしろ好ましいことである。しかし、そうした際に同人誌で描かれるエピソードのパターンそのものが、今日非常にステレオタイプ化して来ている。例えば、もしその物語に美形の男性が二人以上登場すれば、敵味方に関係なく、それらの人物の同性愛のエピソードをほとんど順列組み合わせ的なパターンで強迫的なまでに次々創出する。

 それどころか、原作者の個性的な描線をまねる必要すら最近の同人誌作家は重視しないようだ。ちょうど一時期女の子にの流行った「丸文字」と呼ばれる書体が、誰が書こうと皆同じにしか見えなかったのと同じようにして、ほとんど「同人誌顔」と言いたくなる画一的な男女の描き方が実に洗練された形で確立しているのであり、そのキャラクターがセーラー服風レオタードを着ていたら『セーラームーン』を指し、格闘着を身につけていたら『らんま1/2(原作:高橋留美子,小学館「『少年サンデー』連載)』かもしれないというくらいに個々のキャラクターの個性が抜かれてしまうのである。髪型や服装で区別しないと、絵柄だけではどのアニメ作品の同人誌かすら分からない場合もある。もはやこれはその時流行りの作品の登場人物の名前だけを張り替えて、マニュアル化された幾通りかの物語を演じさせることを繰り返す「着せ換え人形」の世界なのである。

 要するに、今日のおたくのかなりの部分に取って、作品との出会いは、もはや自分とは異なる個性を持った「他者」としての登場人物や物語とのいきいきとした出会いと交流の中で何か予想外の新鮮な経験を積むことではない。自分の中にある妄想の世界を、その時人気の作品の登場人物に強引に「投影して」いるだけである(土田,1994 参照)。

 そうした内的妄想の投影の中で単調なまでに反復されて描かれている「物語」の本質は何なのだろうか?  …いわゆる「成人向け」同人誌が『セーラームーン』のキャラクターを題材にしている場合、そこで、驚くべき確率で好んで描かれているストーリーのパターンは、「すでに性に目覚めたセーラー戦士が、まだ『うぶ』な他のメンバーを無理やり犯し、性に目覚めさせる」という同性愛のストーリーである。筆者が目を通して来た『セーラームーン』成人向け同人誌に関しては、男性キャラどうしの同性愛や男女キャラの性描写よりも遥かに多い比率でこのパターンが描かれているように思われる。 こうしたストーリーにおいては、自分の中の性的「欲望」は、他者から力づくで無理やり目覚めさせられ、引きずり出されるものなのであり、しかもそのことによって「目覚めさせた」相手との閉鎖的な関係の中に隷属させられ、服従させられる。

 それは一見大人へのイニシエーション、快楽の園への加入として描かれているかに見えつつ、むしろその人物の「純粋さ」が永遠の死を迎え、他者に食いつくされて闇の混沌の中に消えていく、諦めと無力感に満ちた物語の結末のように思われてならない。

 もとより、不幸にして少なからぬ女性の性への目覚めはそのような受け身的・強制的な形をとらされるという現実もあるかもしれない。しかしなぜこのような「犯す男性」が不在の物語を男性読者すらもが好んで読むのだろう?  こうした成人向け同人誌の筆者も読者も男女が混在していて、一概にどちらが多いとすら言えない可能性がある。ところが、(一見非常に意外に思われるかもしれないが)、男性のオタクは、セーラー戦士たちが男性に強引に犯されて処女喪失する物語はむしろあまり読みたがっていないようにすら思われる(偶然かもしれないが、私が目を通した同人誌の中ではこのパターンにはついにひとつも遭遇しなかった)。

 恐らく、彼らのメンタリティは思春期の女性を力づくで征服するような物語にも耐えられないのであろう。すでに述べたように、異性間のセックスとして描く場合は、あくまでもセーラー戦士側がうぶな男性キャラを優しくエスコートしてくれる誘惑者でなければならない(「お母さん」が差し出してくれた対象以外で欲望を満たしてはならないのである!)。さもなければすでに相思相愛の二人の性交渉のシーンがその同人作品の物語の本筋ではない経過的シーンとして描かれる程度である。ともかく、圧倒的に、セーラー戦士どうしの女性同性愛の物語が多いようだ。

 そもそも、男性が成人向けの映像や雑誌を読む際、「犯す」男の側に感情移入しているのか「犯される」女の側に感情移入しているのかというのはたいへんデリケートな問題ではなかろうか。『ビックコミックスピリッツ(小学館)』連載の相原コージの『一コマ漫画宣言』にこの問題を取りあげた回があったが、そこで示唆されていたのは、実は男は 「犯される」女の側にウエイトを置いてアダルトビデオに感情移入している場合が少なくないということだった。

 女性にペニス羨望があるという、フェミニズムの現代では実に評判の悪い精神分析の学説に対応するものとして、「男性は、女性が処女膜を所有していることに、ある『羨望』を感じている可能性がある」という仮説は立てられないだろうか? 男は、多くの場合、童貞を捨てることは自分の自尊心を高めるものでこそあれ、自己の純粋さを「奪われる」体験としては捉えておるまい。男は、形あるモノとしての、「純粋さ」とその「永遠の喪失」を象徴してくれる証しは所持していないのである。つまり、男の中に、自分の「純粋さ」を受け身的に強引に(しかも「侵入的に」)剥奪され、強制された快楽の中に自己を喪失する「物語」を、作品世界の犯される処女に仮託する形で「反復強迫」せざるを得ない過去の心的外傷があるのではないか。

 この場合、犯す主体もまた女性であるという物語には、ある好都合な側面があるとは言えまいか。要するに、他のセーラー戦士に「犯される」セーラー戦士はそれを読むオタク(性別不問【注】)それ自身であり、ペニスの代わりに無理やりに「母親」の乳房を口の中にねじ込まれて毒を注入され、「真の自己」の芽生えを殺されて、「母親」の期待する「願望」を抱いた場合のみに受容される物語として受け取ることが可能なのではなかろうか。それは、おたくが幼少期(再接近期)に体験した、個体化への欲求の撤去・『真の自己』の芽生えの喪失と『偽りの自己』形成という体験を象徴してくれるものなのではなかろうか。

 それは「強制された歓喜」なのだ。「こうして私は子供らしい自由としての『純粋さ』を奪われ、『母親』との共生的な閉じた空間で、『母親』が自分に期待する満足だけを満足と感じるように強制される世界=『家』の中に縛りつけられたのです」。「……が欲しい」と言うことはできず、ただ、「……ちゃん、……はどう?」と先回りして差し出されたものを「うん」と受け身に受容することによってしか得られないマゾ的快楽。

    【注】「『母親』に自発性の芽生えをスポイルされる」経験は当然女性の幼児体験にもあり得ることであるから、女性オタクが同人誌の「犯される」側に感情移入して読んでいる際に「体験」していることは予想外に男性読者と共通の次元でのものという可能性が出てくることになる。現実に男性に強引に肉体的処女性を奪われることの方が、むしろこうして幼少期に親から個体化した子供らしさの芽生えを「奪われた」経験の「二番煎じ」程度の意味しか持たないことすらあるだろう。

     ウイニコット,1965 も、幼少期に自己の真にパーソナルな領域に強引に侵入され、自発性の芽生えを剥奪される幼児の経験は、実は単に肉体的に強姦されることや人食い人種に食われることよりも深刻な体験であることを示唆している。

     

      12. オタクが守ろうとする「純粋さ」の正体

  ただし、オタクが「『純粋さ』の喪失」と言う時、そこで言う「純粋さ」とは、必ずしも「個体化された欲求」の発露や『真の自己』を失いたくないということを指す訳ではない場合も多いように思われる。

 オタクは、「子供のような『純粋さ』」という言い方を好んで用いる。しかしそこで言う「子供らしさ」「純粋さ」というのは、実は、「再接近期」の分離不安を克服して形成された、個体化された一人前の「子供」としての「子供らしさ」の発露のことではなく、得てして、むしろ、個体化への欲求を撤去された後の、親の与えた共生的子宮空間で 「『大人しい』いい子」でいることに甘んじるようになった中で感じるようになった、『偽りの自己』に安住する中での安定、すなわち、自分の欲求や衝動を「去勢」されたが故の不安のない平安に過ぎないのではなかろうか。しかし、そもそも「『大人しい』子供」という表現そのものが形容の矛盾を内包しており、その子供が歪んだ偽りの成長を強いられていることの証しのようにも思われる。

 そうした子供にとっては、自分の内側に個体としての生々しい衝動性を感じ取ることそのものが、自我を内側から破壊しかねない異物的な脅威なのであり、そうした内的衝動を喚起されそうな外部からの刺激そのものをできるだけ避けようとすらするだろう。彼らに取って、現実の中で自らの欲望に目覚めさせられることそれ自体が自らの「純粋さ」を奪われる「外傷体験」になる。

 オタクたちが恐れている「純粋さの喪失」とは、『偽りの自己』を失って個体化された欲求を統合する『真の自己』に目覚めることへの不安と言える場合も多いということになる。

 なぜそのことが強烈な不安を意味するのか? それは、個体化された欲求を持つということが、「母なるもの」との共生関係から自分を分離させるということで初めて達成可能だからである。彼ら・彼女らが「純粋」でいられるのは、何らかの母性的な子宮空間に自分が依存することで個体として現実に直面せずに生きていられたからこそである。しかし彼らは自分たちの「純粋さ」がそうした依存によってはじめて保たれているという現実に直面することからはひたすら逃げ続ける。

 …もっとも、このような言い方を彼らにすると、オタクたちはそういう依存を、依存する対象としての大人に対する罪の問題として受け止め、そうやって順応を強いる大人社会の厳しさや汚らしさを憎悪し、「自分たちはああいう大人にはなりたくない」と反論されるのがオチである。

 だが、「純粋」であることによって実はそうした意味での「大人に対する」罪よりも遥かに重大な罪を犯していることに彼ら・彼女らは気づいてはいない。

 自慰行為は果たして自分の性的欲望を「満たす」行為なのだろうか? それとも自分の中に生じて来る性的欲望を絞り出してスッカラカンにして自分を世間に対して「人畜無害な」存在にして「服従」しようとする「自己去勢」行為としての側面も強いのだろうか?

 受け取りようによっては、オタクの言う「純粋さ」は、実は自分で自分の内発的な個体化された欲求の芽生えを絶えず摘み取り、自己去勢し続けるという、自分自身へのたいへん残酷な仕打ちによって維持されているのである。もとより自分で自分をどう扱おうと自分の自由だと彼ら・彼女らは言い放つかもしれない。しかし、一度そうした個体化された『真の自己』こそが自分の「生きる」感覚・存在の根源であることを実感し始めると、 「自分は何と『自分自身』にかわいそうで残酷な仕打ちを平気でしていたのだろう」と心の底から嘆き悲しみ、『自分自身』にいくら謝っても償い切れないと言いたくなるほどのことなのだが。

13. 『過剰適応』か、『引きこもり』か:

      分離個体化に失敗した者の未来

 「再接近期」に自発性をスポイルされた子供は、その後、親に強制でもされない限り、未知の対象外界に出て行くことに対して躊躇する傾向が強くなり、自分から親に甘えることが控えめになり、親が自分に「してくれる」「与えてくれる」ことを受け身に待つ形で願望を満たすか、親に言われる前に親の願望を察して先回りして応えていく状態に甘んじる(得てして自分からおもちゃをねだった経験が幼児期にほとんどなかったりする)。親がやれということにはおとなしく従う。

 同胞との遊びなどでも、自分が何をすればいいのか逐一先導してくれる「兄貴分」「姉貴分」的な役割を果たしてくれる人間がいれば友達の輪に参加するが、自分から相手に「○○をしよう」「○○に行こう」などと友達に提案することはかなり稀れだろう。自発的なものごとへの関心 は、家にひとりでいる時のひとり遊びの世界などにある程度見られるだけとなることが少なくない(重度の場合には、一人遊びを楽しんだという経験そのものが希薄なのだが)。

 普通の子供たちは、幼稚園時代から、同胞仲間集団の中で流行っていることになれ親しんでいる。しかもそれは、その子供の内部の個体化された自発的・内発的欲求を実現しようとする衝動性を、周囲の仲間たちや大人たちとぶつかり合う中でいかにしたたかに現実化するかという方向で自然と統合されたものとなる。今の自分が現実や他者を相手にどれだけの影響力を振るえるのかについて身を持って体験し、遊びや対人関係の中で能力を練磨するのである。

 つまり、「ありのままの自分らしく」振る舞うことと、周囲に溶け込み自分なりの居場所を確保することが矛盾せずに両立できるぐらいの自我を徐々に確立して行く。だからクラスメートの間で流行っていることに心から熱中して堪能することができるし、気にいらないとかつまらないとか仲間と感情的にもつれたら衝動的にその対象を投げ捨てることも平気でできる。

 だが、発達早期に個体化を撤去されて『偽りの自己』による適応が優位に立っていた子供の場合には、思春期以前においては、クラスメートの多くが熱中する対象には本当の主体的関心を向けないままのことが多い。無関心なまま漫然と横で眺めながら過ごしている場合もあるだろうし、さもなければ「友達につき合う」というような消極的な形で一応関心を持つというのに過ぎない。しかもそのつき合い方そのものが妙に「まじめ」で羽目を外さないのである。

 …意外に思われるかも知れないが、アニメおたくのかなりの部分は、子供時代、周囲の子供たちほどには自分から進んで漫画の本を買ったこともなければ漫画に「熱中した」こともない。テレビアニメの類も普通の子供たちよりも「大人しく」、何となく見ているくらいのことも多い。それが思春期に、突然「目覚め」、特別の執着の対象になるのである。

 『偽りの自己』による適応優位の子供が周囲とのズレを深刻に受け止め始めるのは思春期に入る前後、具体的に言うと小学校上学年に入る頃からのことが少なくないだろう。第2次性徴に伴う急激な心身の成長の中で、個体としての自我が再び急成長を求められるのである。実際、この時期を「第2の分離-個体化期」と呼ぶ研究者もいるようである。このハードルを越えることを求められた時に、それまでの10年前後の人生の中で「一人前の子供」としてどれだけ情緒的に成熟してきているかどうかが決定的な影響力を持つのである。

 たとえ小学校中学年の頃までにある程度の仲間はずれやいじめを受けていたとしても、思春期以降のいじめに比べると、まだしもたかが知れた水準のことが多いのではなかろうか。同様にして、周囲からの疎外感だとか、孤独感などが本当の意味で耐え難い絶望的なものに感じられて来るのも思春期からのことが多いだろう。他者の他者性に真に直面し始め、孤独な自我を持つことをかじかむような寂寥感と共に体験し始める。大人びて行く者とそうでない者の落差も非常に大きくなる。それまで自分と一体感仲間のつもりでいた人物が、いつの間にか自分より先に自分の知らない連中と自分の知らない世界で自分の知らない事柄を共有して楽しんでいることに気づかされて「置いていかれた」「見捨てられた」ようなショックを受けることもあるかもしれない。

 それは、ちょうど『劇場版』の物語の中で、遠い少年の日以来久々に再会したが、すでに昔の衛ではなく、うさぎという女性を愛し始めている存在であることに直面してショックを受けたフィオレのように(フィオレは、衛が自分から分離独立した「他者」であるという現実を何が何でも否定しようとして行くのだが)。

 恐らくこの時点で、周囲の他者の求めるままに受け身の順応しかして来なかった『偽りの自己』による適応優位の人物は、あたかも玉手箱を開けて老人になった浦島太郎のように、あるいは寝ている間に亀に追い越された兎のように、ある底知れない恐怖に襲われるのである。「周囲の多くの者がいつの間にか身につけている『何か』が自分にはほとんど身についていない。このままでは自分は人間として完全に周囲から落後してしまう」。

 しかしその人物は、それまでの自分に欠けていた決定的なものというのが、「ありのままの自分の子供らしい自発性を伸ばし、それを周囲と葛藤を起こしながらも『折り合い点を見つける(つまりこちらが一方的に妥協する訳ではない)』だけの自我の力を伸ばし、経験を積み、他者と個と個として関係を結べるようになる」ということそのものだということを受け止めることはできない

 漠然とはそのことに気づくかも知れないが、周囲はどんどん大人になっていくのである。今更「一人前の『子供』になること」からやり直したりしたらいよいよ遅れを認めるようなものではないか。直面したくないのはまさにそのようにして自分が周囲の人間と違うということそのものなのだ。

 この段階で、『再接近期』に自発性をスポイルされた『偽りの自己』による適応タイプの人物の未来は両極端の二通りに別れはじめる。

 すなわち、一方は、

1.自分が実は未成熟であるということを見事に覆い隠してくれそうな『鎧』としての、何らかの社会的な価値を身につけようと過剰なまでの努力を始める場合

である。

 要するに、従来受け身的だった『偽りの自己』による現実適応をより高度なものに高める方向に能動化することによって切り抜けようとするのである。

 そしてもう一方は、

2.失われた周囲との一体感を、虚構の世界の登場人物(あるいは自分の存在を超越したカリスマ的なもの)との関係、あるいは、その虚構の世界(超越存在)を愛している他の同好の士との関係の中で癒そうとする場合。

 この2.の場合、その集団構成員のまなざしは実は直接他者としてのお互い同士に向けられているのではない。個々の構成員は虚構世界(超越存在)の方にのみ目を向けつつ、同じようにその存在に目を向けている同志がいることに一体感を見いだすという間接的な形なのである。要するに同じ夢を見ているという思い込みの共有というのに近い。

 この場合、現実に対する適応は自分がその虚構世界を楽しむことを可能にするほどに当面維持されて行く程度に確保されていればいい。他の同好の士とのつながりも、かなり具体的で直接的な対人関係の次元である場合から、非常に間接的で、ほとんど空想的と言うのに近い連帯感の水準の場合まである。つまり、サークル活動のような具体的な対人関係(ただし、その趣味の世界の話題を越えてを越えて心を開き合う純粋にパーソナルな、プライベートな身の上話を語り合うような関係に入ることは巧妙に回避されがちである)の場合から、商業誌や同人誌への投稿やパソコンネットなどによる結び付き、商業誌や同人誌の受け身な読者でありつつも、その雑誌を通して同じ楽しみを持つ者が全国にいるという連帯感、そして、(これは部外者には分かりにくいかも知れないが)「この同じアニメ番組を同じ時間に全国の数多くの同好の士が楽しんでいる筈だ」というほとんど空想的な次元での連帯感そのものが、アニメファンを孤独から救う貴重な絆である場合がある。テレビアニメに、チャンネル(=通路)すら合わせれば全国の仲間と「つながる(チャネリングする)」ことができるという空想を喚起する、容易に空想の共同体の参加者になれる「全国一斉同時イベント」と言う性格がなかったならば、アニメブームはここまで発展しなかった可能性がある。

 ただし、次の点に注意すべきである。

 1.現世的な価値を獲得して『鎧』として身につけることで周囲から『見捨てられる』不安を防衛しようとする「過剰適応」タイプは、一見2.の典型的オタク型とは対照的で異次元の存在のように思われるかもしれない。しかし、自発性を撤去されて順応的な子供時代を送り、個体化した自我を確立できておらず、他者に『見捨てられる』分離不安が強烈で、自我の脆弱性を守る何らかの「庇護してくれるもの(鎧・虚構世界)」を必要とするという点では全く共通の心性を持っている。

 そして、他者とは一種の役割的な関係としてのみ表面的に円滑に関わろうとし、その役割の内側にあるパーソナルな自己の領域をお互い重ね合わせることはないという点でも共通なのだ。仮に互いに肉体的に裸になって交渉を持ったとしてもである。故に一般に思われているよりも両者の心性は類似しており、同一人物が1.2.二つの側面を兼ね備えていたり、何かをきっかけに一方から他方へと「変身」することすら珍しくはない。

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 この点に注意しながら、しばらく、一見オタクと正反対の、1.「現世的価値への過剰適応型」のライフスタイルについて描写して行きたい。

 このタイプの人物は、個体化された『真の自己』を伸ばす代わりに、むしろできるだけインスタントに遅れを取り戻させて、まわりの人間と対等であることを保証してくれそうなものを身につけることにのみ熱中する。実はそれはそれまでも親や教室集団を相手にやって来た『偽りの自己』による適応という方略を、よりせっぱ詰まった形で能動的に強化することに他ならない。

 ある者は勉強することにしがみつき、一流中・高・大学に入ることによって安定した人生の切符を手に入れようとするかもしれない。ある者は、突然スポーツに熱中し始め、体力や肉体的男性性、運動部のリーダーとしての指導力によって認められようとするのかもしれない。その際、サッカーなどの容易に人気者になれる可能性が高いスポーツに打ち込むかもしれない(江川達也『東京大学物語』[「ビックコミックスピリッツ」連載]は、主人公村上直樹を通して、こうした人物の内面を実に洞察力のある表現で、微に入り細を穿ち描き出している)。

 また、学業成績全般で優位に立つ自信がないある者は、ある特定の分野…科学や政治や軍事や歴史や社会問題についての本をむさぼり読み、その分野では周囲より絶対的に優位に立つことで自分の存在意義を周囲に認めさせようとするかもしれな い。

 こうなると、必ずしも親や教師が期待する人間像にかなうものであろうとする必要はなくなる点に注意して欲しい。ある者は、ファッション雑誌を読みまくり、こづかいのすべてを服やアクセサリーにつぎ込み、実際に街を出歩く中で、あるいは知識や情報で周囲を振り向かせようとするかもしれない。ある者は、ダイエットしてスマートな身体になればもうコンプレックスは感じずに済む筈だと信じるかもしれない。ある者は、たまたま知りあった不良の先輩に大人のニオイを感じ、この人についていけば遅れを一気に取り戻せるのではと感じて不良集団や暴走族に加入するかも知れない。ある者は、たまたま誘惑して来た異性に身を任せることによって、一気にオトナへのイニシエーションを果たせると信じるかもしれない。

 …だが、これらはすべて、今の自分の内側の未成熟なありのままの『真の自己』を成長させることに結びつきにくい。むしろそういう自らの未成熟を覆い隠す『鎧』を身につけようというあがきなのである。これまでにも増して更に『偽りの自己』による適応を徹底させることで切り抜けようとしているのである。

 誤解なきように言うならば、一流大学を目指す人間や運動部に熱中する人間、ファッション雑誌を読みふける人間が皆すべて『偽りの自己』による過剰適応をしていると言いたいのではない。マスコミが言うこととか、仲間たちの流行りとかに流されてしまうことや、他人に嫌われたくないあまりに、本当はあまりしたくもないことすら無理して背伸びして自分を「あわせて」やってしまうこと自体は誰にでもある。

 しかし、子供時代から個体化された欲求を周囲の現実との葛藤の中でしたたかに充足するだけの自我を成長させて来た健康度の高い人たちと、再接近期に自発性を根っこの所でスポイルされた人たちとでは、その『過剰適応』への心理的強迫と不安の程度の次元が根底から異なる

 前者の健康度が高い場合にも、多少の無理を重ねることや、自分の気持ちを偽ることはあるかもしれない。しかし、そのことをすることによって自分が満足しているか退屈しているかなどを絶えず自分の内側にアクセスして照合・確認しながらその活動を自分の中に統合していく。その人の『真の自己』と常に或る程度折り合いをつけながらそのことに取り組んでいるのである。自分にとってつまらない、耐えられないと思ったらその時はあっさり投げ出すかもしれないし、友達関係の「つきあい」として、さほど興味がなくてもやる場合には、そうやって表面的に周囲に合わせている自分を十分に自覚しているので肩の力が抜けており、必要以上にそのことにエネルギーを投資することはしない。時々さぼったりと中から抜け出したりしては舞い戻ることが全く無理なくできる。要するにその人の才能や能力やそのことをやりたいという内発的な興味と基本的に一致した方向への努力なのであり、『自分自身を偽って鎧を身につける』ためではなくて、『より一層自分自身になる』ための努力なのである。

 ところが、後者、すなわち、子供時代に自発性を撤去されて『偽りの自己』で適応して来た人物の場合には、脆弱なありのままの自分の「正体」を周囲に「見破られ」て「見捨てられて」しまう不安から、何か異様な切迫感を背負いながら完璧に鎧を身につけようとしているため、 「自分は自分」とマイ・ペースを保つ「余裕」のようなものがない。独特の冷たいまでの残酷さで自分自身を酷使してそのことに向かわせようとする。

 もし、そういう『鎧』を身につけることに失敗したら、今の自分が齢相応の「人間として肝心な『何か』」をまるで欠いたままの「失敗作」であることが確実に宣告されることになるという、ひきつるような切迫感が彼ら・彼女らを衝き動かしているのだ。それは「熱中」というより、何かに 「脅迫」されて必死に命令通りに動こうとしているかのようでもある。

 そこには独特の硬直した完全主義が内包されており、そのことに成功するか失敗するかで自分の人生の運命がすべて決まってしまうかのようなほとんど妄想的・魔術的な信念に到達する場合もある(摂食障害者の体重を減らすことが自分を幸せにするというかたくなな信念などがわかりやすいだろう)。

 一方、その道で自分よりも劣る存在と遭遇すると、その相手の不完全さを残酷なまでに軽蔑することもある。

 大学生になったら勉強そっちのけでテニスや合コンで遊べねばならない、早いうちに肉体関係をもてねばならない。でも4年になったら就職活動に切り替えて名の通った企業に就職できねばならない。あるいは単に一般企業に就職するよりも価値がある資格や専門技能を獲得せねばならない。社会的ステータスの面ではレールから外れたとしても、雑誌などに満ちあふれるライフスタイル(ファッション、体型、恋愛、遊び、持ち物)を完璧に体現できる存在になれねばならないというただならぬ強迫のうちに彼ら・彼女らは生きている。これらは欲望の充足としてなされているのではない不安と恐怖に脅迫されているだけなのだ。

 彼ら・彼女らは実は周囲の人間のリアルでパーソナルな生きざまやものの感じ方が実感できる程に成熟した対人関係を結ぶ力はない。だから他人の表面的な印象や、他人が言葉の上で口にしたことや、マスコミ媒体で語られる若者像にモロに影響を受け、更にそこに自分の感情を投影して、歪んだ対人認知を作り上げていることが少なくない。しかしそのことはその人物と表面的・役割的にしか関わらない周囲の人物の多くには気づかれなかったりする。

 「自分が女子高校生に恋愛感情を抱いていることを周囲に知られる訳にはいかない。そんなことは大学生としてあってはならない許されざることだ」と、まじめで活動的で、成績も良く、いつも「知り合い」の話の輪の中にいて、同級生の女の子とのデートには気軽に応じるサークルのリーダーは語った。

 「もし自分が二浪だと言うことを周囲が知ったら仲間はずれにされるだろう」と語る学生は筆者がうらやましくなるくらいのハンサム・ボーイだった。

 「自分以外の大学生は皆友達を作って楽しそうにやっている。その証拠に自分のようなものの感じ方を口にしてくれる学生とはまだ一度も会っていない(このようなものの感じ方をしている学生どうしが己れをさらして『出会う』ことがあるだろう か?)」

 「自分だけが恋人もできず『経験』していないようだ」

 彼ら・彼女らは皆、自分だけが孤独で仲間はずれなのではないかと怯え、それを魔法のように解決してくれることを期待して、必死に周囲に評価されそうな人間になろうと努力する。

 ただでさえこのようなひきつるような余裕のない完全主義を秘めており、しかもそれは自分の有機体的な欲求と無関係に自分に強いる形でやって行こうとしているのであるか ら(そこにはその活動を「楽しむ」心のゆとりもない)、心身の消耗も激しく、途中で息切れする可能性は高く、まるで反動のようにてつもない絶望感と無力感に沈み込むことにもなりかねない(そうやって抑欝に沈むことすら自分に許せないとなると心身症的身体症状化するしかない)。

 そのような抑欝は何かをきっかけで挫折した場合だけではない。他人から見ればすばらしい達成や充実した体験をした直後で本人も十分に今は満ちたりて安らいでいるに違いないと他人からは思えるその時に、彼は家で猛烈な抑欝状態の中に引きこもっていたりするのである。

 この種の人物は人並みはずれた活動性と完全な抑欝・無気力に沈み込む引きこもり状態ひどく不安定に往復している場合も少なくない。ただしそういう自分の不安定な面は家族やセラピストにしかさらさなかったりするのである。

 しかも、得てしてこの種の人物が目指していた目標は非常にアクセスが容易なものが多いため、永遠に挫折感に沈むことはなくていいものが多いのである。その人物は無力感にうちひしがれた惨めな自分を見事に否認してしまう形で、しばらくすると再び、成功すれば『魔法の通行手形』となる筈のダイエットに挑戦し、再び司法試験を目指し始め、再び別な大学を再受験しようとするのである。

 恐らくこうした中から、まんまとその『鎧』の獲得に成功してしまう人物も出てくることだろう。これは恐ろしく高度な「見かけの『適応』」に到達する場合もある。つまり、学業も優秀で、友達づきあいも良く、同世代の人間が興味を持つことには一通りの関心を持ち、異性とデートを重ね肉体的には深くつき合い、一流企業や高度の専門職に就職することも少なくないのである。

 これは、「自分が満足できるかどうか」ではなくて「周囲から認められること」で安全感を得ようとするのが唯一の動機づけとなっている以上、能力や体力や運が味方すれば、一方の極としては一部の人には到達されるであろう事態である。

 ただし、身体的・内発的な「真の自己」へのアクセスを欠いたまま「期待される人間 像」そのものであろうとすることの弊害は、例えば、(自分の身体からの「無理し過 ぎ」というシグナルを無視して過活動になる反動として生じる)心身症的身体症状、価値観のステレオタイプさ、自発的創意のなさ、プライベートな次元での真に心を許す友人や伴侶の不在(得てして身内に対しては暴君的だったり極度に依存的だったりする)など、さまざまな形で現れる(阿世賀,1993)。

 そこには、今にも糸が切れそうな、ピンと張りつめた、薄氷を踏むような見せかけの安定しかない。

               ***

 一方、これとは一見対照的な、2.「現世的なものからの引きこもり」の方向に向かう場合。

 そもそも、子供らしい自発性を撤去して「手のかからないいい子」として育つ子供 は、集団主義的な日本の風土と、個性や自発性よりも受け身的・画一的な学習や規律への順応を求める日本の教育風土においては、受け身な形ながらもむしろ「適応的」ですらある。

 こうした子供は少なくとも思春期に至る以前は成績は悪くないことも少なくないのではないかと思う。普通の子供なら関心を持つ遊びにも興味が湧かないので、そんなに他人から強制されなくてもそこそこ勉強について行ける。もとより対人関係の形成においては、その受け身で、親兄弟や同胞との間でしたたかな対人関係能力を鍛えて来ずに済んでいる「うぶさ」「硬さ」のために何らかの不適応が生じ始めていることも少なくないだろ う。

 こうした子供が更に思春期に至り、第2次性徴に伴う内側からの衝動性の再度のつき上げに見舞われるようになった時、その子供の中にはそういう己れの内側からの衝動を現実の対人関係と折り合わせる形で消化して行く能力がいまだに未熟であるために、いよいよ本格的に外的現実への不適応は顕在化し始めることになる。

 そして何らかの意味で、「できのいい優等生」でいることに挫折する経験が、早くて小学校高学年、遅い場合には大学受験から大学入学時の適応の頃までに生じる。これは単に「競争に敗れた」と言うことではない。知能指数の上では十分その学校で成績上位になれる潜在力を持ちながらも、どういうわけか勉強への意欲を失う青少年は決して少なくないのである。大人しく順応的に勉強しようとすることを妨げるくらいの、はけ口のない情緒的な欲求不満を自分でもうまく処理できないのである。

 仮に学業への適応は維持されたとしても、情緒的な欲求不満は何らかの現実の対人関係以外の対象へと代償されるしかなくなる。昔であればそれは詩や文学の世界に求められたかもしれない。しかし現在では、視覚を伴うコミック・アニメ・パソコンゲームの類がそうした情緒的満足の対象としてまずは選ばれやすい。

 こうした「現世からの退却」タイプの中の、オタク趣味が学業への適応と両立するサブ・グループは、華やかな若者文化への適応や、一流企業への就職などは必ずしも期待しないにしても、激しい競争や対人関係にさらされなくても自分の安定した生活を保障してくれそうな「堅実な」職業に、それこそ学力だけをたよりに就こうとすることが多い。公務員(教員や自衛隊を含む)や技術専門職志望などが典型であろう。もとよりこのような希望が現実吟味が甘いものに終わり、途中で挫折する場合も多い。

 学業への適応とも両立しなくなったサブ・グループの場合には、収入は限られているが比較的拘束されない仕事につくか、今日の半ば「商業化」している同人誌やアニメ業界辺縁のセミプロ的な仕事で食いつなぐか、ある程度親のすねをかじる生活に甘んじることになる。こうした一部に、正真正銘の「引きこもり」状態に近い人物も含まれることになる【注】。

     【注】少し観点を変えて言えば、オタクというと、みんな同人誌を書いたりコミケに通ったり声優やアニメソング歌手のイベントの追っかけをしているかのように今日思い込まれかねない。マスコミの取り上げ方がそうなっているからである。

     しかし、そうした活動やイベントに踏み込む勇気もなかったり、オタク同士の対人関係それ自体にストレスを感じ、一人で、あるいは身近にせいぜい2,3名の同好の士を持ち、アニメ雑誌で情報を得てアニメショップに時々足を運ぶ程度の人物も少なくないことは今日見落とされている。このような「非組織的な、集団としての凝集度の低いオタク層」の方が、実はコミケに出入りしたりする層よりも遥かに多い筈である。

     そして更に、すでに妻や子を持ち、カタギの職業に就きつつも、夜になると子供と一緒に『セーラームーン』を見るのを心から楽しみにしている(子供が見るというのは大義名分で、本当は本人が一番楽しみにしている)「隠れオタク層」も、今の若い社会人や家庭には実にたくさんいるのである!

     今や中年に近いサラリーマンが『少年ジャンプ』を電車の中で読み、ラブホテルにTVゲームが置いてあるのが珍しくない時代である。恋愛結婚して子供がいる父親がセーラー戦士に結構マジに感情移入しているのも何ら不思議でない時代に現在はなっているのだ。

     オタク問題を論じる際に、このような底辺の広がりという観点がスッポリ抜け落ちていることも少なくないことは振り返っておいていいだろう。        

 旧来のオタク・ムーブメントは、かつての学生運動で挫折した反体制の生き残りが、その組織力を利用して「大人しい羊」たる「引きこもり型」オタク層を先導してひとつのユートピア的なコミニュティとして組織化したものだったとも言える(このように単純化することに意義を唱える人も少なくないであろうが)。

 しかし、反原発運動や環境運動がオタク層を取り込むことに失敗したあたりから、オタク・エリートに明らかな世代交代と質的転換が生じる。すなわち、前述のようにして、今の大人社会や若者文化に過剰適応しようとしつつも、結局それに挫折した1.グループが再加入して来るようになったようなのである。

 彼らはこうした「引きこもり型」に比べると、表面的な次元での行動力とそつのない社会性はあるので、主流の大人社会や若者文化の中ではエリートになり損なった代わりに、オタク社会の中でエリートになろうとする屈折した権力意志に捕らわれている。

  こうした、「かつての反体制文化、あるいは今日の大人社会や若者文化に一度は『過剰適応』しようとして<現実から挫折した>層」と「最初から現実世界での競争を降りてしまっていたた<引きこもり>層」との役割分業無意識的共謀の元に、そうした趣味を持つ人間どうしがメディアやコミケなどを通してひとつの共同体的ネットワークを、商業主義からの側面的支援を受けつつ、あたかも現実世界の中の排他的「自治領」として形成したのが今日の「オタク社会」である。

 このようにして、実はオタク集団の中にもかなり出自も性格もが異なるサブ・グループが存在するのだが、彼ら全体に共通するキー・ワードが、『再接近期』における自発性の撤去に伴う「分離-個体化」の失敗と、それ以降の、自分を庇護する対象(当初は親、そのうちにマスメディア)に評価され、承認されるされることだけをやろうとする『偽りの自己』による過剰適応傾向であると筆者は考えるのである。

 こうした基本的な早期対象関係上の問題について検討することなしに、小さい頃からTV等の疑似現実に取り囲まれて育ったことを原因として問題視しても、それは安易なスケーブゴート作りであり、オタク問題の根底を射抜くことにはならないと筆者は考える。TVやパソコンに親しんで育ってもオタクと縁遠い子はたくさんいるわけである。

 一般的に言って、オタク的な若者にはきまじめさと言うよりある種の情緒的「硬さ」のようなものがつきまとう。ファッションや考え方に置いても画一的・受け身的である。

 すなわち、オタクの服装は一般に地味だが、いくつになっても親に買い与えられた服だけを着ていて平気ということはよく指摘される(最近では、女性のオタク層に、「ピンクハウス系」などと呼ばれる独自のファッションが好まれた時期もあるが)。

  更に、すでに述べたように、アニメ作品への嗜好や感想の述べ方にしても、非常にステレオタイプ受け売りの表現が多い。他の同好者との好みや考え方の違いに対する耐性が低く、オタクジャーナリズムですでにその価値を認められているかどうかに敏感であり、そうした意味では「権威主義的」ですらある。

 彼らが現実社会の一般の価値規範から引きこもるのは、そうした世間の一般的価値に対して「無関心」だったり、あるいは「反抗」して自己を主張しているというより、むし ろ、主としてマスメディアを通して体験した、世間一般の主流の価値観を人並み以上に鋭く意識し、それらの理想に引き比べて、自分が好ましからざる存在、もはや落後者であると非常に強く強く自己嫌悪していることが多い(いわゆる「退却神経症者」の心性である)。

 つまり、彼らは自分が社会の主流の価値観(と彼らが思い込んでいるもの)に基づく競争で勝負しても勝てないと感じているので最初から下りているだけであり、もし自分にも可能であるならば、社会に期待される人間像に「順応」して適者、勝者として生きていたいという屈折した権力意志とナルチシズムを強列に隠していることすら少なくない。

 だが、彼らの場合ですら、「ありのままの自分」が本当にそういう「現実の中でうまくやれている」かに見える連中のライフスタイルを望んでいるのだろうか。むしろ「連中はうまくやれている」かに見えることそのものを嫉妬しているだけではないのか。そしてそういう自分の中にある嫉妬自体を自分で認めたくないだけではないのか。

 実は、オタク自身こそが、自分のものの感じ方を殺して、その時点でのマスコミ等で社会の主流の価値観とされるものを規範として受け入れてしまっていて、世間で旨くやれているかに見える人間への嫉妬と羨望の中で堂々めぐりしている、少なくとも価値観の上では現代社会に順応し過ぎた人種なのだ。

 その意味では、かつての反戦運動や学生運動に見られたような、既成の価値観に代わる新たな価値、対抗文化の形成というアイデンティティ希求的な側面は、実は今日のオタク文化には極めて希薄なのである。一見自己卑下的で被害者意識が強いにもかかわらず、彼らの基本的な価値観は実は極めて保守的で権威主義的で、大人とのあからさまな対立にはむしろ回避的である。

 そして「自分たちは何も人に迷惑をかけていない」「自分たちは異常ではない」とかたくなに主張する。

 …筆者はこうした特性を、「再接近期」において子供らしい自発性をスポイルされ、その後は現実に対する消極的順応を続けて来た影響という視点からとらえてみたいのであ る。

 こうしたオタクの屈折した権威服従への渇望に応える形で、依存的受け身的でいても願望を満たしてくれる「代理母」、キセニアンの役割を果たしているのが、今日の商業化されたアニメ・コミック・ゲーム産業-情報-流通-消費のネットワークなのである。

 彼らは「商業主義」を非常に軽蔑しているにもかかららず、彼らの少なからぬ部分が同人誌市場で取っているのはまさにその「人気優先」の商業主義の皮相なカリカチュアそのものなのだ! コミックやゲームはともかく、ことアニメに関して言えば、最近は、ファン自身の間からの「下からのブーム」で自然発生的にヒットした作品はもはや存在しなくなっている。

 しかし、まさにそのようにして何に興味を持ち、何を楽しむかということそのものすら自発的な興味に従えず、オタクジャーナリズムやコミケのネットワークという権威によって承認されているかどうかに依存する付和雷同的・迎合的傾向それ自体が、まさにアニメ産業-情報-流通-消費ネットワークというキセニアン的「代理母」への『偽りの自己』による過剰適応であり、「分離-個体化」の制止なのである。

 彼らは現実社会に適応して勝者になれなかった代わりに、オタク社会の内部での「優等生」として庇護と承認と一体感を得ようとするのである【注】。

 もとより、こうしたネットワークが可能になる背景に、そうやって社会の主流の価値規範への適応からは「降りて」いるにもかかわらず、どういうわけか可処分所得を豊富に確保していられる消費者としてのオタクの存立を可能とする物質経済面で豊かな社会というものが背景としてあることは忘れてはなるまい。

     【注】すでに述べたとおり、「偽りの自己」による適応は、見かけ上極めて高度な現実適応に到達する場合がある。

     アニメおたくの世界にも、一方には学校生活で不適応に陥っていたり、友人が一人も作れないばかりか、アニメファンの集会等に参加することにすら躊躇し、経済的自立に到達し得ない「適応水準の低い」層がある一方で、職業生活等もそつなくこなし、人付き合いもうまく、服装等も洗練された「高度に社会性のある」一群も存在する。

     彼らはマスコミ業界などで、「普通の」社会人とそつなく関係を取り結ぶ。しかし、彼らは決して「普通の」マスコミ関係者それ自体となることはないし、アニメの実際の制作にかかわる人たちとも全くの異人種のようだ。

     …こうした「適応水準の高い」オタク的人物の多くにも通用する性格特性として、本論文の叙述は基本的にはなされている。いや、敢えて言おう、筆者が本論文で展開した「『再接近期』における分離個体化の失敗の結果としての『偽りの自己』に基づく過剰適応」という現象が一番典型的に当てはまる人々は、そのような、適応水準の高いオタク・エリートの中に含まれている。

     

 14. 『セーラームーン』に内在する今日のアニメファンと       アニメ産業・コミケ的な場の共生関係批判の側面

 先ほど、ファン層に待望されるアニメの人物像が、思春期以前の異性像と、受け身的依存欲求を満たしてくれる理想化された異性の親イメージの特異な複合体であることについて述べた。これは『セーラームーン』の場合についても適合するであろうか?

 『セーラームーン』は、性格の異なる5人(ただし「劇場版」公開当時の人数。すでに現在では新メンバーも加わり9人に増えている)の少女を主役においている(前述の分類で言うと火野レイは「タカビー型」、木野まことは「スケバン型」、水野亜美は「優等生型」、最近登場した天王はるかは「男装の麗人」型、海王みちるは「キャリアウーマン 型」である)ため、各人がそれぞれ好みのごひいきキャラを見いだすことが容易であり、一応多くのキャラクターが中学2年生として設定されている割にはプロポーションや性格にはむしろ二十歳前後の女性に近いものがかなり加味されているという点で、前述の「期待されるアニメキャラ像」を満たしている。 

 このようにして、『セーラームーン』の登場人物は、現在、アニメおたくが「二次コ ン」的関心を向ける典型的なキャラクターとみなされており、すでに11節で述べたよう に、同人誌の世界では『セーラームーン』の登場人物を題材としたポルノまがいの作品も多数見られる。

 ただし、『セーラームーン』の場合、幼稚園の女の子にも「あこがれのお姉さん」像として幅広く受け止められるだけのバランス感覚が見られ、単なる興味本意の性的表現は厳しく抑制されている。

 これは、単にTVというメディアの公共性を意識した「自主規制」ではなく、むしろ前述のようなファンの願望充足的なお手軽キャラクターの商業主義的蔓延に対する作り手自身の批判精神の発露の結果である。

 つまり、そうした「アニメおたく」と商業主義の共生関係の現時点での台風の目のようにみなされている『セーラームーン』という作品それ自体の中に、他のアニメ作品の場合より遥かに自覚的な自己批判・自己浄化への志向が作り手(少なくともアニメスタッフ)のポリシーとして内包されている。しかしこのことを世間一般も、「おたく」現象に批判的な勢力も、当の『セーラームーン』を支持するファン層のほとんども現時点では理解していない。

 この点に関しては、『セーラームーン』の監督の幾原邦彦自身が書いた作品解題(幾原,1994)を読むだけでも、その真摯さに圧倒される思いがする(この解題の一部は本論文の後半で引用することになる)。

 しかし、この解題に直接言及する以前に、筆者自身が作品そのものから読み解いた、さまざまな「状況証拠」をまずは提示して行きたい。

 例えば、「劇場版」のクライマックスとエンディングで流される主題歌は、Moon Revengeと題されているのだが、その1番の歌詞は次のようなものである。

やっとたどりついた愛 にぎりしめ 小さな眠りに安らぐひと

閉じたまぶたにさよなら くちづけて 

時間(とき)の花園に あなた置き去りにした

愛は夢のままでは続かない 

むさぼれば 美しい しかばね それでも

望むのなら 追いかけて来て

あの口づけは赤いTatoo(=入れ墨)

運命の予告刻むTatoo

私になら ひとめでわかる

くちびる型に 痛むTatoo

かくせないわ あなた

Its Moon Revenge,woo

 (作詞:冬杜花代子)

 この歌詞は、恋人とベッドで一夜を共にした女性が、眠りについたままの男性にキス・マークを残して先に立ち去り、「油断していたら私の心はあなたから離れていくかもしれないわよ。でもあなたの心が私のとりこだという証拠の刻印はすでに刻みつけられているのだから、おいかけてくるしかないでしょうよ」と歌うありふれた恋の歌とも受け取れる。

 しかし、眠りについた赤ん坊に対する母親の「時がたてばあなたも成長して独り立ちして現実の中に出ていくしかない。あなたがどんなに悲しもうと私が去っていく時が来るのよ」という思いを歌う歌とも読み取れる。

 そして更に、宇宙空間でキセニアンに「やっとたどり着いた」フィオレに対してキセニアン自身が歌う「今は私に出会えて満足しているみたいだけれども、本当は私があなたを格好のえじきとして私に縛りつけているだけなのよ。このままでは抜け殻になるまでしゃぶり尽くされるだけなのに。そのことに気づいていない哀れな奴」と歌う恐ろしいグレート・マザーの毒のある愛の歌とも理解できる。

 そして、『セーラームーン』のセーラー戦士たち自身が、アニメファンに取って「キセニアン」に過ぎなくなる可能性を秘めているという点に注目すると、セーラー戦士自身 が、次のように歌っていると理解できることになる(実際、この歌はセーラー戦士役の声優による合唱である!)。

 「あなたは『セーラームーン』という作品で私たちセーラー戦士に『やっとたどり着いて』心の安らぎを得て、現実に目を閉ざしてつかの間の『小さな眠り』に落ちて、夢の世界の『花園』で、現実の『時』の流れを無視したままでまどろんでいる。もうあなたは私のとりこになっていて逃れられない。でも、虚構の夢の世界に浸っている中で満たされたかに見える愛なんて脆いものよ(=「愛は夢のままでは続かない」)。そのまま「むさぼって」いたら、遠からず現実との間に破綻を来たして、あなたは「美しい」ナルチシズムに浸ったまま「しかばね」になるしかない。それでもいいと「望むのならば」「追いかけて来て」いつまでも『セーラームーン』おたくやって私たちを愛していなさいよ。でも、破滅という「運命の時」は確実に近づいて来て、逃れることはできないのよ。これが私たち月(moon)の戦士たちからのあなたへの報復(revenge) なの」【注】

 【注】ちなみに、その後入手した作詞者自身と幾原監督の解説(くまさん (ed.),1994) によると、この歌詞はここまで皮肉っぽい意図は意識的には読み込んでおらず、「望むのならば追いかけて来て」以降は、むしろ「あなたも引きこもっていないで私たちと一緒に戦いましょう、さもなくは置き去りにするわよ」という肯定的なニュアンスのようだ(仮にそうだとしても曲の雰囲気とTatooをモチーフとする歌詞は女の情念のようなものが何かドロドロとしていて妙にダーティな薫りが言外にしてしまう気もするが)。

 上述の筆者の歌詞解釈に微妙な「誤読」が含まれていたとしても、「子宮的世界で引きこもったまま惰眠をむさぼるのではなく、外の現実に出て戦え」という、それはそれでひとつのオタク否定的なメッセージがこの歌詞に込められているとは言っていいであろう。

 セーラームーンは子宮内へ退行させてエナジーを奪うグレートマザーではなくて、『夢の花園』での共生状態からむしろ自分から率先して分離-個体化して、後に残した人物を自立へと促す女神としてとらえられているのである。

 少なくとも精神分析に関心があるサイコセラピストがこの歌詞を読むと、子供の「分離不安」に対する、子供の自立を願う母親の思いを歌う歌という連想を、かなりの人がごく自然にして下さるのではなかろうか。

(後日注:この歌の歌詞と「エヴァンゲリオン」のテーマソング、「残酷な天使のテーゼ」の歌詞の内容がかなり類似していることにお気づきの方がどのくらいあるだろうか?)

 

15. 「世界が自分を迫害する」:

    フィオレ=アニメファンの持つ「分裂的=妄想的態勢」への固着

 

 さて、「劇場版」のストーリーの更に先を見ていくことにしよう。

 取り憑いた星のエナジーをすべて吸いつくす恐ろしい寄生植物、キセニアンに取り憑かれたフィオレが、子供時代の「今度は僕がを持ってくる」という衛との約束を果たすために、すでにうさぎという恋人を見いだした地球の衛の元に戻ってくるのである。

 ある日、衛とうさぎたちの植物園でのデート。衛は花を見るうちに思わず幼年時代の夢とも現ともつかないフィオレとの出会いと別れを思い出している。

「私を忘れないで」

と、花言葉にかこつけて衛を現実に引き戻すうさぎ(後述のように「私を忘れないで」という言葉には隠された二重の含蓄があるのだが)。

 うさぎは目を閉じて衛にキスをねだるのだが、衛は周囲の目を気にするあまりその場から逃げ出してしまう。

 この、衛の中の今でもうさぎへの愛に正面から向き合うことに徹し切れていない心の隙をつくかのように、空から花びらと共にフィオレが舞い降りるのである。

「約束を果たしに来たよ。君への花を見つけたんだ」

となれなれしく衛の手を握るフィオレに、追いついて来たうさぎは妙な不安にかられ、衛の腕に寄り添って

「だめよ、マモちゃん、今は私の彼なんだから!」

 すると、フィオレは乱暴にうさぎを身体ごとなぎ払い、

「君こそ、どうしてこんなつまらない女の子で寂しさを慰めているんだ? いずれ裏切られて、ひとりになってしまうぞ」

と衛に詰め寄る。

 このセリフは、アニメファンにありがちな生身の異性への不信感を暗示するものであると同時に、すでに述べたような、両親の死以来衛自身の中に内在している「愛する対象から『見捨てられる』不安」を、衛自身に代わって衛の分身のフィオレが代弁しているとも受け取れる。

 なぜ衛はうさぎと今でも気軽にキスしないのか? うさぎとの愛が深まり過ぎてその後に「見捨てられる」ことに不安を抱き続ける衛自身の躊躇のためではないのか

さて、「劇場版R」の物語は、さまざまないきさつを経て、結局衛はうさぎを守るために深手を負い、フィオレに地球外軌道に位置するキセニアンの巣である小惑星に連れ去られ、傷の治療のための水槽のようなボックスに幽閉される。

 この幽閉された衛の姿はあたかも子宮の羊水の中に浮かんでいるかのようである。この状態で衛とフィオレが会話するシーンに効果音として心臓の音が絶えず流されているのであるが、これについて幾原監督自身、「フィオレに子宮回帰の願望があることの暗示のため」とインタビューで答えている[ビデオ広報紙の記事に基づく]。 

 この世に生まれ出ることそのものがひとつの『外傷』体験であり、人間の中には根本的なものとして子宮回帰への願望があるという仮説は、フロイトの直弟子たるO・ランク以来語り尽くされているが、そもそも「オタク」に子宮回帰願望が強く、パソコンやAV機器に囲まれた密室は一種の「電脳子宮空間」に他ならないというとらえ方は、すでにオタクの内部ですらかなり普遍的であり、多くのSF調アニメやコミックですでに使い古されたモチーフというのに近い(例えば六田登の『ヤングマン』[小学館/ビックコミックスピリッツ連載])。

 しかし、とりあえず作品の監督自身が「フィオレには子宮回帰の願望がある」と発言していることそのものが、フィオレ=オタクという表現意図をほぼ公然と認めているに等しい。

 しかし、筆者は、「オタクには子宮回帰願望が強い」というもはや「俗説」と言っていい発想は、問題をやや単純化し過ぎているように思われる。

 仮に出産による親からの身体的分離がひとつの「外傷体験」であるにしても、そもそも出産そのものが乳児に取って全く受け身的な「身に降りかかる災難」として体験されているのかどうかは疑わしい。ある意味では胎児そのものが子宮の内側に居続けるのが生理的に不快になったので母体を刺激するという側面もあるに違いない。

 そして、今日では胎児期における両親とのコミニュケーションをすでに親子関係の始まりとしてとらえる見方がもはや普遍的である。更に、出産後も、養育者との間で長期にわたり、ほとんど「共生的」な関係を続けていくわけであり、そうした中ではじめて心理・社会的な意味での母体からの「分離・個体化」が徐々に形成される。

 つまり、出産後の養育者との相互作用次第で、自分がこの世に生まれ出て母体という「世界」との一体感を喪失して「個体」として生きていくことそのものが「世界」から祝福されているという「基本的信頼感」の方が優勢になるという考え方はさまざまな精神分析学者によって語り尽くされている。

 こうした非常にベーシックな自尊感情の形成は、単純なプロセスではなく、さまざまな危機的段階の克服のプロセスの中で徐々に「漸成」されるものであり、こうした諸段階のより早期において何らかの障害が生じた場合ほどその後に生じる発達障害は根の深い重度なものとなりるという点でも諸家の見解は基本的に一致している(但し、これらが単に親子関係や育児の問題ではなく、何らかの先天的あるいは後天的な生理学的・神経学的な因子が関与している可能性もマスターソン,1985 自ら示唆している)。

 本論文のこれまでの部分で、仮にマーラーの言う「共生期」における母子相互作用が 「ほぼ十分」であったとしても、「再接近期」において親が子供の自発性を受容出来ず、むしろ自発性を撤去した場合に親から報酬が与えられる関係が確立すると、「分離-個体化」の過程は停止してしまい、それがオタクの、現世をしたたかに生きて行こうという自発的意欲をベーシックな次元で奪っている可能性を示唆した。実はこうした場合にはじめて、いわゆる「オタクの子宮回帰願望」が発現すると筆者は考える。

 いやこうした「回帰願望」という言い方すら不適切かもしれない。対象関係論的に言えば、そもそも彼ら・彼女らは、心理的には母子一体の子宮的共生空間から外に出たことがないのである。「この世に生まれ落ちていない」。

 彼らが経験している「外の世界から迫害される」という経験そのものが、外の世界の外的他者と人格的にかかわる能力の形成以前の段階でなされている可能性がある。

 つまり、精神分析的対象関係論の礎を築いたイギリスの女性精神分析医、メラニー・クラインの言う「分裂的・妄想的態勢」のレベルでの「投影同一視」的な経験にとどまっている可能性がある。

 すなわち、クラインによれば、生まれて数週の赤ん坊の体験世界は自己外界との鮮明な区分は存在しない。外界の中の独立した人格として母親をとらえる能力も限定されている。そのため、自分の中にが生じると、「良き母親」というより「善意に満ちた世界全体」から自分が愛され、愛情を備給されているものとして体験するが、自分の中が不快な状態になると、一転して世界は地獄と化し、「悪い母親」というより「悪意に満ちた世界全体」からが攻撃され、迫害されているものとして体験する。

 このようにして、自分の中に生じた快・不快が、自分自身の「内部に」生じた感情体験として認知されず、自分の周囲の他者に投影され、他者からの何らかの感情的意志に基づく働きかけとしてのみ認知されることを「投影同一視(projective identification) の心理機制と呼ぶ。

 ここで形成されている「母親」や「他者」のイメージは、現実の外的他者の態度の反映というより、自分の中の感情を外界に投影した「内的対象」としての側面が遥かに強 い。

 もとより、乳児の中に、ある感情的・生理的状態が生起する上で、現実の他者としての「外的対象」からの何らかの反応が先行し、影響を与えている場合が多いことは言うまでもない。だが、乳児それ自身が主観的な「内的体験」の世界で他者との関係をどのように受け止め、どういう「他者」像と関わりを持っているかは別問題として扱うことが可能である。この、個人の内面での「親イメージ」との関係=「内的対象関係」を重視するのがクラインに始まる「精神分析的対象関係論」である。【注】。 

 しかもこの時期の赤ん坊には時間を越えた継続的存在としての自己の同一性の感覚がまだ希薄で、いわば瞬間瞬間を生きているのに近いので、これらの「良い母親」に愛される「良い自分」、「悪い母親」に迫害される「悪い自分」という体験は統合されることな く、別々の存在として「分裂(split) 」されて認知される。このような体験様式を「分裂的=妄想的態勢」と呼ぶ。

 【注】それどころか、「クライン正統派」と呼ばれる人たち(スィーガルなど)の 理論は完全に乳児内部の主観の投影としてでのみ世界との関係が完結している 「唯我論」であり、実は外的な親子関係を全く問題にしていないという批判は以前から存在する。

 ウイニコットらのいわゆる「対象関係学派[フロイト正統派とクライン正統派の間に立つ「中間学派」「独立学派」とも呼ばれる]」は、むしろこの「クライン直系派」からの分派として当初成立した。彼らはクライン流の 内的対象関係と現実の外的親子関係を相互作用的なものとしてとらえる形で理論を構築する)。

 このように言うと、何か特別の現象のように思われるかもしれないが、我々の日常にも非常に密着した心理である。例えば、「投影同一視」について言えば、そもそも自分の中に生じた快や不快が、主として自分の内側から生じたのか、外界からの影響として生じたのかはっきり判別できることの方が実は例外の筈である。

 自分の気分がいい時には周囲の風景すらいきいきとして見え、周囲の人が自分に優しい善人のように思えるのに対して、暗い気分になると周囲の風景すら殺伐と見え、周囲のみんなが自分を軽蔑したり隙あらば自分を陥れようとしてくる存在のように思われることなど誰でも時には経験あるであろ う。

 同様にして、ある時期には賞賛の対象にした有名人を、ひとつのスキャンダルをきっかけにほんの数週間後には大昔から悪人であったかのように扱って平気というあたりも「対象の分裂」の機制の現れであるとも言える。恐らく賞賛される時点でのその人物は「良い対象」としてのイメージを投影され過ぎており、避難される時点等なると「悪い対象」としてのイメージの投影に逆転する。それらはどちらも「外的対象」としてのその人自身のリアルで複雑な清濁併せのむ実像から大幅に解離している可能性が高い。

 マスターソン,1972 は、この「分裂的-妄想的態勢」に固着したままの度合いが強い、分離-個体化しない親子関係にある子供は、実際には(前述のように)自分の自発性をスポイルしている面がある現在の現実の母親に「いい母親」像を抱き続ける為に、「悪い母親」像を分離して外界に投影する傾向があることを指摘している(内的空想の領域では 「やさしい産みの母」と「意地悪なまま母」という形に分裂させられることが多いことはすでに2節で述べた)。

 これがまさにフィオレに当てはまるのである。フィオレに取っては、快適な体験は今やすべて「キセニアン」と言う代理母からもたらされるものとして体験され、すべての苦痛や不快な体験は自分(とキセニアンと衛)以外のすべての他者からの自分への迫害として体験されるという形で「投影同一視」と「対象の分裂」の機制が用いられている。

 それどころか、フィオレには、セーラームーン=月野うさぎに「悪い母親」像を投影するというとんでもない転倒が生ていたとすら言える。

 更に、フィオレは「衛君をいじめて独りぼっちにしたまわりの連中に復讐してやる!」と言う意味のことをくり返して述べるのだが、フィオレはいつどこで衛が「周りの連中にいじめられている」のを観察したのだろうか? そもそも子供時代の衛が独りぼっちだったということすら、あくまでも事故で両親を失ったせいではないか? フィオレは生まれてこの方の自分の孤独感と迫害された感じを衛に投影しているだけなのである。子供時代の出会いの時と同様に、衛と自分は一体で、今も同じ思いを抱いているのだという「幻 想」がフィオレの中ではまだ崩れてはいない。

  16.「疎外感」の独り相撲を越えて

 フィオレは、衛を救うために小惑星まで追って来たうさぎたちセーラー戦士5人を、小惑星の地面から果てしなく沸いて来るキセニアンの群れの力を借りて痛めつける。そし てうさぎ=セーラームーンを十字架の形に縛り上げ、エナジーを吸い取ろうとする。もだえ苦しみながらまるで赤子のように絶叫するセーラームーン(このシーンのBGMは聖歌調である)。あたかもこの世に命を産み落とすという業を背負った「母親」が、産んだ子供に「何でオレを産んだんだ!」と責めさいなまれるような、魂を深いところから揺さぶる荘厳さを秘めた刺激的なシーンである。

 フィオレはうさぎを責め苛みながら、他の4人の傷つき倒れたセーラー戦士に向かって叫ぶ。

「この世に生まれて来たことを不幸だと感じたことがない、孤独を知らないおまえらに何が分かる!」 

  この言葉を聞いた、すでに戦いの中で打ちのめされたうさぎ以外の4人のセーラー戦士の心の中に次々と過去の自分の姿が回想され始めるシーンは、この映画の心理的クライマックスと言うべき衝撃的なシーンである。

 あたかもフィオレの孤独感と世界全体に自分の存在が迫害されているかのように感じる否定的な投影同一視が彼女たちにも伝染し、過去の傷口を再び開いてしまうかのように。

 「勉強ができることを鼻にかけている」と陰口をたたかれて独りぼっちだった水野亜 美。

 異常に良く当たる占い等の超能力をもつことを気味悪がられていた火野レイ。

 喧嘩ばかりしている不良と見られ、転校を余儀なくされて新しい学校でも孤立していた木野まこと

 他の4人より前から実はセーラー戦士としての仕事を周囲に隠してしていたために、放課後のつき合いが悪いことについて陰口をたたかれていた愛野美奈子

 しかし彼女たちはそういう過去を思い出すにつれて、次第に、フィオレの、まるで自分だけが世界の中で迫害されているかのような悲劇の主人公気取りの「裏返しのナルチシズム」に憤りを感じ始め、傷ついた身体に残された力を振り絞って次々と起き上がる(この「起き上がる」シーンの作画の描線に満ちあふれた感情移入の迫真性は一度見ると忘れられない程に強烈なものである)。

 フィオレの発言は彼女たちの現実に反した単なる思い込みに過ぎないのだ。レイが4人の気持ちを代表するかのように、ある哀れみを込めてフィオレに抗議する、

「何も分かってないのね。うさぎと出会わなかったら、私たち、ずっと『ひとり』だった」

 大学で学生相談をしていると、対人不適応に陥った学生が、周囲の学生すべてがみんな友達を持って楽しいキャンパスライフをエンジョイしていて、自分のような孤独な人間を軽蔑して仲間はずれにしているかのように思い込んでいる訴えにくり返し遭遇する。周囲の中で自分だけが性体験がないかのように感じてコンプレックスを抱いている学生も決して稀れではない。

 彼ら・彼女らには、ゼミの中で話し相手がいるかに端からは見える人間ですら、空しさや疎外感に苦しんでいる場合があることとか、例えば特定の恋人ができたならばできたで、さまざまな互いの葛藤や不安や孤独や相手への疑惑がことある毎にうずを巻き、決して幸せな思いばかりするわけではなく、手ひどい傷つきをくり返し体験するものだなどということは理屈だけでいくら説明しても理解できない。カウンセラーになり立ての頃は、「そんなの贅沢な悩みですよ、僕の苦しみに比べたら」と真顔で言い返されて困惑したこともある。

 「おたく」集団にもこのことは言える。フィオレについて述べたことをそのまま当てはめるならば、「快適な体験は今やすべて「アニメやコミックやゲームやそれらの同好の士との対人関係(=キセニアン)」からもたらされるものとして体験され、すべての苦痛や不快な体験は自分(と仲間のオタク)以外の、現実の親を含むすべての他者からの自分への迫害として体験されるという形で「投影同一視」と「対象の分裂」の機制が用いられている。

 敢えて言おう。世間一般の人は、「おたく」の人を、残念ながら本人が思っているほど軽蔑してくれてもいない。そもそも「おたく」とはどういう連中かについて必ずしもよく知らないし、敢えて言えば「無関心」ですらある。

 「おたく」の人自身が感じている「周囲からの疎外感」のかなりの部分は、「おたく」の人自身の中に生じた、自分自身や他人へ向けての陰性感情(傷つきや怒りや恨み)を、周囲の人たちの自分を見る目に「投影」したものに過ぎない。自分が傷ついたり孤立感を感じているということは、即、周囲の人間が自分を迫害したりのけ者にしたりしていることを意味する訳ではない。

 「おたく」の人自身は、自分の身の回りにいる生身の亜美を、レイを、まことを、美奈子を、勝手な思い込みで「この世に生まれて来たことを不幸だと感じたことがない、孤独を知らない」幸せそうな連中に分類して、そういう連中に自分は迫害されているというふうにとらえているだけである。彼らはそもそも現実の生身の他者の内面に真に踏み込んだことはほとんどないのだ。実は、自分の空想の中にいる『他者』と独り相撲をしている度合いが高いのである。

 著作『コミニュケーション不全症候群(1991)の中で中島梓(=栗本薫)は、おたく族は、人間を「仲間である『非人間』」「仲間でない『真人間』」に区別すると述べているが、「自分たちは、生まれてこの方、周囲の『普通の人間』たちから、理由のない迫害やいじめを受け続け、自分たちの気持ちは『普通人』には決して理解されない」という思いを『おたく』たちは実に強烈に共有している。そして自分たちの存在と気持ちを認めてくれる『おたく』どうしの人間関係やメディアを通したネットワークの内側に執拗に引きこもる。通常のマスコミからの取材に対しても、「どうせ興味本意の偏見に満ちた嘲笑的記事を書かれるだけ」と過敏なまでに拒否的になりやすい。

 もとより一般の大人社会やマスメディアが、「おたく」やアニメの世界に対して非常に陳腐でステレオタイプなイメージしか持たず、真に白紙の状態で先入観なしに「おたく」現象を理解しようとしているとはとても言えない現実があることも確かである。しかし、筆者のように、この論文をお読みになればお分かりのように現役バリバリのアニメファ ン(過去10年程の『アニメージュ』や『OUT(みのり書房)』の読者欄をめくって貰えば、「阿世賀浩一郎」の名前はかなり頻繁に見いだせる)、超Aクラスの『セーラームーン』おたくであることが明らかな人間ですら、カウンセラーなどという、「現実世界」でひとつの権威として認められている職業を本業にしているというだけで、オタク集団のインサイダーからは非常に警戒され、「仲間に入れてもらえない」のである<笑>(このような筆者自身の被害者意識そのものが実は非常に「おたく」的な投影同一視的な疎外感の感じ方そのものという面もあるのは自覚しているが)。

 従来のアニメ作品が疎外感を描く時には、まさに前述のような不適応学生や「おたく」やフィオレの独りよがりな思い込みそのものに、得てして「おたく」出身者たる作り手自身もとらわれたまま(あるいは作り手の側が「おたく」に迎合する形で)、その主観的で歪んだ対人認知そのままの物語にしてしまう例が少なくなかった。そういうひとりよがりな対人認識がいかに歪んだものであるかを、これだけ客観的に突き放した形でリアルに表現したアニメ作品はこれまでほとんど存在しなかったと言っていい。それだけアニメの作り手が真の意味で成熟してきたことの証しであろう。【注】

【注】ややこの16節の後半の書き方はアニメファンに対して一方的に厳し過ぎ る面もあるかも知れないと思えて来たので追記する。

 恐らく、アニメフアンにとって、アニメ作品への強烈な関心と嗜好の芽生え は、まさにそうやってそれまで長い間「撤去」されて来た、ものごとへの「自発的・内発的な」興味の芽生えそのもの、(フィオレのように)長年の精神的放浪の末にやっと見いだした「花」なのである。それが非-オタク的な人たちから見て、あまりに「幼児的」で純朴に過ぎるものであったとしても、何しろ子供時代以来そういう自発的な興味を持てないままで育って来たのだからやむを得ない一面がある。フィオレが子供時代の衛との出会いと別れを「つい昨日のことのように覚えている」のと同じように、アニメファンの中では「時間が止まっている」のだから。

 不幸なのは、その「花」を差し出された時、非-オタク的な人々はそれを、「何だこんなものを楽しんでいるのか」とばかりに払い除けるという点なのだ (それは必ずしも悪意のこもった「軽蔑的拒絶」であるとは限らず、単なる「無関心」の表明、「正体不明のものを敬遠する」ということに過ぎないのかもしれないのだが、オタクの人の側からすれば、相手が「積極的に関心を持って全面的に受容してくれない」場合はすべて「手ひどい拒絶」と同様に体験される)。こうしてオタクが遠い幼年期に体験した、親からの「自発性の撤去」の際の傷つきが再び再現され、「反復強迫」されてしまう。

 恐らくそれは、宮崎駿監督の『魔女の宅急便(スタジオジブリ制作)の中で、主人公のキキが、ある老婦人が孫娘のパーティの為に送ろうとしているパイを一緒になって必死に焼き上げ、雨の中を濡れながらやっとのことで孫娘の所に届け、孫娘に玄関口で、パイそのものは一応受け取って貰えたものの 「私このパイ嫌いなの」と冷たく言われてドアを閉められてしまった後の、キキの深刻な抑欝体験に類似した何かである。

 そういう経験が重なる中で、アニメおたくが内輪で寄り固まり、周囲の目全般を「迫害的に」捕えるようになったとしてもやむを得ない一面もある。この事をもう少し強調しておかないと不公平だろう。

 ただ、こうした経験の重なりの中で、アニメファン自身の中にそうした周囲の態度(と彼らに感じ取られたもの)が「取り入れ」られ、「無邪気に作品にのめり込んだり感動したりすること」を自己受容できず、むしろ軽蔑的に捕える屈折した「はすに構えた」態度が形成されがちである点は敢えて指摘しておきたい。

 作品に「感情移入」し、自分の生身の現実の中での心情を重ね合わせて感動するというような態度を「現実と虚構を混同している」などとしたり顔で軽蔑するのが、アニメファンそれ自身のアニメファンに対する、決して珍しくはない視線なのである。こうした態度はオタク社会の中で適応した「エリート」層に顕著なように思う(もとより「マジに感動する」ような態度を軽蔑するのは今日の若者文化一般の特性と言えるかもしれないが)。

 要するに、自分が受けた傷つきを、今度は自分を傷つけた側に「同一化」し て、実はかつての自分自身に対してと同じような、素朴に作品に感情移入する人物を馬鹿にする態度をとることによって解消しようとする場合があるのである(アンナ・フロイト『自我と防衛』で述べた「攻撃者との同一視」)。

 こうして、現実世界から疎外された人間たちのユートピアである筈のオタク社会そのものが、現実世界と同様な疎外の構造を内包することになる。彼らは自分の作品への感想を仲間から「主観的」「ひとりよがり」と批判されることを非常に恐れている。そしてそうした「ひとりよがりな」感想の代わりに、「客観的な」情報を持っていることでよしとする。

 元よりそこで言う「客観的な」情報とは、すでにオタクジャーナリズムの中で流通している情報を受け売りすると言うことに過ぎない。より価値が高いのは、「関係者」から流されたとされる、普通のアニメ誌にまだ載っていないような「まだ他の人が知らない情報を知っている」と言うことに過ぎない。

 では彼らに作品の「客観的な」分析眼があるかと言うとそうではない。彼らは作品についての些細な情報を収集することには長けている。しかし、何の情報もなしで作品全体の構造や演出意図やテーマを論じろと言われれば、いかに多くの作品を見た経験があろうと、彼らは驚くべき無能さを暴露する。彼らには「パターン認識」しか存在しないのだ。要するに傾向と対策を立てて他人から模範解答を教えて貰えないと自分では論述式の解答を書けないのだ。今日の受験制度の弊害はこのような点にも現れている<笑>

こうしてオタク集団それ自身が「ムラ社会」化し、周囲への迎合と自己疎外の構造を内部で再生産し、オタク集団それ自体の中にスケープゴート(犠牲の羊)を見いだし、アニメに対する内発的・自発的な情緒的傾倒をお互いにスポイルしあうという事態が生じて来た気がするのである。

 こうした現象それ自体がアニメの文化としての成長を疎外し、パワーを奪って来た可能性があると筆者は考えている。

 私見では、東京埼玉幼女連続誘拐殺人事件の容疑者も、そのようにしてオタク集団からスポイルされた人物であり(彼がある新聞記事に写真で載った同人誌の読者交流欄へのハガキの中で「自分は貰った手紙には必ず返事を書きます」と強調していたのが妙に印象に残っている)、そうした自分をのけ者にした「オタク集団」それ自体への「復讐」の意味も込めてあの事件を起こした可能性があると推理している。少なくともオタク集団からの疎外が彼を更に追いつめたことだけは確かだろう。

 あの事件の直後、オタク集団の内部に、彼を弁護しようという意見がほとんどあらわれず、彼と自分がいかに違うかばかりを弁明しようとする論調がオタク内部に強かったのは、いかに自分たちを「殺人者予備軍」と見られることを恐れたためとはいえ、やや奇異な印象があった。もし似たような事件を心身障害者や部落出身者や在日外国人が起こしたら? 必ず容疑者を弁護する勢力も台頭するのではなかろうか?   

17. この世に産まれて来たこと=「分離-個体化」への祝福

 セーラームーンにフィオレがとどめを刺そうとする時、カプセル(子宮)の壁を自力で破って脱出していたが、残された力を振り絞るようにしてフィオレの胸に薔薇の花を突き立てる。

「だってだって衛君が、僕に花を突き立てたんだよ。衛君まで僕をひとりにするなんて」

 このシーンは、ついに衛自身が、自分の分身たるフィオレを傷つけてでも(ナルチシズムを打ち破ってでも)うさぎと言う「他者」への愛を選び取る最終的決断をした時であると理解できる。

 フィオレの側からすれば、衛は自分と一心同体の、周囲にいじめられてきたかわいそうな人間だと言う思い込みが打ち破られ、衛が自分とちがう歴然とした「他 者」であることを突きつけられた絶望の瞬間である。フィオレはついに「見捨てられた」。

 小惑星の表面に咲き乱れていたキセニアンの花はフィオレの周りから急に枯れて行き、灰色の地面が露出する。「地球は助かったんだわ」というセーラーマーキュリー=亜美の言葉にもかかわらず、その姿はあたかも表面の金をすべて人々に与えてしまった後の地金が露出した「幸せの王子」の像を思わせる空虚な瞬間である(この瞬間の空しさを、セリフでではなく、映像から受け止められる「感じ」として受け止めて貰えることを期待したことが、レーザーディスクの本編の後に収められた監督自身の映像解説(幾原,1994)で詳しく語られている)。

 人工子宮空間たる小惑星は分解をはじめ、地球の大気圏に向けての落下を始める。

「衛君は誰にもわたさない。みんなここで僕と一緒に燃え尽きるんだ!」

絶望のあまり周囲を巻き込んだ「自殺行為」に走るフィオレ。

「それでいいのよフィオレ。あなたが死んでも私が地球人たちを懲らしめてあげる」

とささやきかける、フィオレの胸の唯一生き残ったキセニアンの親玉。キセニアン=「悪い母親」の本性、すなわち、「利己的遺伝子説」で言うところの自分の遺伝子を広める為にならば自分の子供すら「乗り物」として利用して使い捨てる本性があからさまになる。

「そんなことさせないわよ!」

 力尽きて倒れていた筈のセーラームーン=うさぎが、前世の母親たる月の女王、クイーン・セレニティから受け継いだ胸の銀水晶の輝きと共に最後の力を振り絞って起き上がる。銀水晶の力で星の軌道を変えようというのだ。

「そうはさせない! お前も一緒に死ぬんだ」

とセーラームーンの銀水晶を胸ごとむんずとつかむフィオレ。セーラームーンの変身が解け、無数の赤い帯のようになってウサギの胸の銀水晶からたなびく(幾原氏の当初のアイデアでは、セーラームーンの胸にフィオレの腕は実際に突き刺さり、血が流れ落ちたらしい。処女を強姦する暗示?)。

 その痛みをこらえつつ、優しい表情でセーラームーンはフィエレに囁きかけるのだ、

「何を恐れているの? 大丈夫よ、あなたひとりなんかじゃないわ」

 その瞬間銀水晶は閃光を発し、まばゆい光はあたりを覆いつくす。そしてフィオレの脳裏にひとつのヴィジョンが浮かぶ。 

 病院の病室でベッドサイドに腰かけて、子供の衛がひとりで泣いている。両親に続いて、せっかく出会えたフィオレとも別れて、独りぼっちにならねばならない悲しみに浸りつつ。

 衛がふと気がつくと、小さな女の子が寄り添っている。そして衛に語りかける。 

「泣いちゃだめだよ。

 うんとネ、今日からウサちゃん、おネエさんになるんだヨ。

 ママが赤ちゃん産んだんだよ。これ、お祝いに持ってきたんだよ。

 ……ハイ、おめでと!」

花束から一本の薔薇を抜き取り、衛に手向ける少女。

 突然愛情深い両親を失って泣いていた子供のは、親の姿が視野にいないことに気づいた瞬間、自分が世界の中で孤立した存在であることをつきつけられ、「見捨てられ抑鬱」に襲われた再接近期の幼児そのものである。

 だが、しばらくすると、そこに再び、一人の女性が現れるのだ。

 彼女は独りぼっちの衛をかわいそうに思うあまり声をかけたのではない。むしろ、「母なる世界」から分離-個体化してひとつの自我を持つに至った衛の存在そのもの「この世に生まれて来ておめでとう」と改めて祝福してくれるのである。これは幼児の分離不安を克服させ、個体化を促進するgood enough motherの態度そのものである。

 この映画は、衛という男性がその少女との出会いの中でついに分離不安を克服して、個体化された自立した自己を確立するまでの『再接近期危機』の克服の物語なのだ。

このヴィジョンを見ていたフィオレは愕然とする。

 衛が自分に渡してくれたあの薔薇の花は、実はもともとは(子供の)うさぎから衛に渡されたものだったということに! 

 このシーンはまるで衛自身が「あの薔薇の花はうさぎからだった」現実をはじめてこの時思い出している回想であるかのようにも受け取れる。

 衛は倒れているフィオレを助けだし、病室で共に時を過ごした日々のことも思いだしていたし、フィオレに薔薇の花を渡す別れのシーンはくり返し思い出していた。しかし衛自身、そもそもその薔薇の花を誰から貰ったのかという部分は思いだせないでいたのではないか? 

 こうして、物語冒頭の植物園でのシーンで、幼き日のフィオレとのことを思いだしている衛を現実へと引き戻す、花言葉にかこつけたうさぎの「私を忘れないで」という言葉の真の含蓄が解き明かされるのだ。

「あなたに花を渡したのが私=うさぎだったということも忘れないで」という。

 恐らく、衛のうさぎとの出会いを通しての母親からの分離不安の克服はそれまでまだ不完全だったのだ。物語冒頭で、衛は自分を愛してくれた女性が一転して自分を見捨ててしまう不安に怯えるあまり、うさぎへの愛情に深入りすることに躊躇し、キスを避けてしまう。

 その時、自分をこの世に産み落とした母なるものに見捨てられた恨みと復讐心の権化「内なるフィオレ」の心を再び召喚してしまったのである。

 衛はうさぎと現実に子供時代に偶然病院で会っていて、うさぎに「この世に産まれたということの祝福(本来産まれたばかりのうさぎの弟のための薔薇の花)」を分けて貰っていて、この時衛自身、再度の象徴的な出生体験を祝福される形でできていたからこそ、この後の、自己愛への引きこもりの象徴たるフィオレとの別れの儀式を貫徹できていたのだとも受け取れる。

 しかし、実は、フィオレとの子供時代の出会いと別れと同様に、この幼いうさぎとの子供時代の出会いそのものも衛の産みだした幻想なのかもしれない。

実はこの「劇場版」の物語の前半に、衛の自室のベッドサイドで衛とうさぎが衛の死んだ両親の写真を見ながら語らうシーンがある。

「これからは私がマモちゃんの家族だよ」

そうやって衛に寄り添ううさぎという画面の構図が、実は幼年時代のうさぎとの出会いのシーンで病院のベッドで子供の衛に寄り添う子供のうさぎのシーンの構図とまるで同じなのだ。

 故に、むしろ、子供時代から成長するまでずっとひとりであることを悲しんでいた衛の心の中で泣き続けていた衛の「分離不安を感じたままの内なる子供」を、青年になって出会ったうさぎがはじめて癒したということの象徴的な表現として、この子供時代のうさぎとの出会いのヴィジョンを解することができるのだ【注】。

 【注】果たして子供時代に衛は「ほんとうに」うさぎに出会っていたのか? 「事実性」「真実性」との関係は、たまたま本学会の今回の大会(日本人間性心理学会第13回大会)の方法論セミナー(94年9月17) で示される予定の佐々木と梨本による問題提起とも関連づけられる興味深い問題である。

 いずれにしても、セーラームーンにこのヴィジョンを見せて貰う中で、フィオレもまた気づくことになる。母体と言う「世界」との一体感を失って、この世にひとりで生まれ落ち、「分離-個体化」して自立することは祝福に値するものなのだ言うことに。

 そういうありのままの自分を愛してくれる他者はいるし、自分もそういうありのままの自分を愛していい。のように自立しあえた者どうしがはじめて真の連帯の絆を結べるということに。

「セーラームーン、君はいったい?

フィオレが手を離したうさぎの胸の銀水晶へと変容する。

「花だ

涙を流すフィオレ。「だまされちゃだめよ!」というキセニアンの声はもうフィオレには届かない。悲鳴と共に消滅するキセニアン。

 それに続いて、フィオレ自身も、宙に溶け込むようにして姿を消す。

 恐らく、もはや衛は、自分をこの世に生み出した「母なるもの」は、自分が母親から分離独立した固有の命と意志をもち、そこに内在する可能性を思う存分伸ばして行くことを祝福してくれていることを疑うことはないだろう。すでに衛はうさぎを何の躊躇もなくうさぎを愛することができる。

18. good enough motherとしてのうさぎ 

    個体化へと向かう生への「情緒的応答性」

 

 小惑星は大気との摩擦で小さくなりながらものすごい勢いで落下し始める。BGMとして「Moon Revenge」が鳴り渡り始める。月の王女プリンセス・セレニティの姿に変身して銀水晶からエナジーの束を渾身の力を込めて発して小惑星の落下を食い止めようとするセーラームーン=うさぎ。

 その姿に触発されて起き上がり、うさぎの後ろに並んで手をつなぎ、サポートし始める他の4人のセーラー戦士。

 衛も勇気を奮って起き上がる。その瞬間、彼の身体は前世のプリンス・エンディミオンの美しい武者姿へと変容する。そしてムーンスティックを捧げるうさぎに寄り添い手を添える。小惑星は次第に6人の身体がやっと一緒に乗っかるぐらいのところまで砕けて小さくなりつつあった。

 この時、うさぎ以外の4人のセーラー戦士の中に再び次々とヴイジョンが浮かび始め る。TVシリーズをずっと見てきたファンにはおなじみの、うさぎと出会ったばかりの頃の4人それぞれとうさぎとのさりげないやり取りの再現シーン。

 海水浴だというのにビーチパラソルの下で参考書を読んでいた亜美は、

「こらア、遊ぶ時はちゃんと遊ばないとだめでしょ!」

とうさぎに声をかけられる。

「そうね、遊ぶ時はじゃんじゃん遊んじゃお!」

 と立ち上がる水野亜美。このヴィジョンを小惑星上で回想するセーラーマーキュリー=亜美の目から涙が溢れ出す。 

続いてセーラーマーズ=火野レイの脳裏には、一仕事終えたレイに

「ずっごーい! がんばり屋さんなんだ」

と声をかけてくるうさぎに思わず自慢げにふるまってしまう自分の姿の回想が浮かぶ。

 セーラージュピター=木野まことの脳裏には、転校してきたばかりで不良と見られてひとり寂しく自分で作ったお弁当を広げていると、

「美味しそう、ひとついい?」

と手を出してきて、「私が怖くないの?」と思わず感動してしまったあの時の記憶が。

 愛野美奈子が実はあの正義の見方セーラーVであることを知って素直に感激するうさぎに思わず気取ってポーズを取ったあの日のこと。

涙の筋が4人の頬を伝う。

うさぎは、全く当たり前のこととして彼女たちに声をかけただけなのだ。しかしそのさりげない一言に出会った時、彼女たち一人一人はあの孤独地獄から抜け出して、「もう自分はひとりではない」と思えるようになった。

 このシーンを見ていると、筆者は、小さな子供がつたないなりに歌を歌い始めた時に、母親や周囲の大人が、「うまいね~」などと声をかけてあげるのを思い出す。子供は必ずしも大人たちに「褒めて貰おう」としてそういうふるまいをしているだけではないだろう。子供は、やむにやまれない内側からの衝動のつき上げのままに、歌い出すのだ。子供がそういう自発的な表現や行動をしているまさにその時に、周囲の大人が、感情移入しながら、当意即妙に、大げさなくらいに気持ちを込めて反応を返してあげることを「情緒応答性(emotional availability)と呼ぶ。

 これが、単に親の期待するふるまいを子供がした時に賞賛することとは全く別次元のことである点に注意されたい。親はそれが子供自身の内発的・自発的欲求、マスターソンの言う意味での「個体化された欲求」の発現であることそのものを祝福するのである。これは恐らく「個性の尊重」などという価値規範の問題ではない。動物の育児においてですら見られる、子供を個体として成長させる為の親の本来自然な筈の反応なのである。

 うさぎが4人それぞれにしてあげているさりげない反応には、この「情緒応答性」が絶妙なまでに発揮されているのである。分離-個体化理論を定式化したマーラー自身、こうした養育者の応答性が、子供の個体化を促進する重要な因子であることを強調している。

 亜美が勉強ができるのも、レイに超能力があるのも、まことが男勝りなのも、彼女たちの生まれながらの天性の自然な発露の結果なのであり、決して誰から強制されたものでもないだろう。美奈子にしても決して、「使命」なのでしかたなくいやいや正義の味方セーラーVを以前からやっていたわけではなく、子供がヒーローごっこをする時と同じよう な、自分の能力を何か意味ある活動に発揮できるような存在になりたいという憧れに支えられていた面があるだろう。

 しかしそういう自分の存在の奥からの衝動の発現が周囲に受け止められないとしたら? その人は、「自分自身」であることが受け止めて貰えないということになる。 

 しかし、彼女たちは、結局、周囲に迎合するために「自分を殺す」状態に『甘んじる』ことはできなかった。亜美は勉強せずにはいられなかったし、レイも自分の超能力を隠してしまうことはなかった。しかしそのために彼女たちは周囲から浮いてしまう孤独に耐えねばならなくなっていた。それにともかくも耐えることができる分だけ、彼女達の自我は強かったとも言えるわけであるが、その一方で、きっと彼女たちにも、自分の生まれながらの天性呪い、自分がそのような天性を持つものとしてこの世に生まれてきたことそのものを呪った時があるに違いない。そうした気持ちがフィオレの訴えに感応して、彼女たちに、ああいう孤独だった頃の回想をまずは呼び覚ましたのだろう。

 しかし、うさぎは彼女たちのそういう個体としての天性をありのままに受容したのである。レイの超能力者としての力や、美奈子のヒーローとしての活動を素朴なまでに賞賛し、労をねぎらった。

 亜美が本心は勉強ばかりではなくて遊びたがってもいるのに、「勉強家」と言う自分に張られたレッテルを気にするあまり引きこもっている時に誘い水をかけた(この亜美の内面の葛藤については、「劇場版」の数か月後に作られた、TVシリーズ第97話「水のラビリンス・ねらわれた亜美[演出:佐藤順一]」で改めて見事に表現されている)。

 まことがただ乱暴なだけではなくて料理が好きなかわいい女の子という面があることに気がつくとそれを積極的に受け止めてあげた。

 うさぎは4人を「ありのままに」受け止めている。そのさりげない一言には、決して意識的に構えたものではない形で、「周囲に迎合して自分で殺してしまうこともできないでいる、ありのままのあなた自身の姿をこそ私は好きだし、あなたにも、ありのままのあなた自身の天性をもっと好きになって大事にして欲しい」というメッセージが込められているのだ【注】。

 さて、うさぎが、「ありのままのあなたが好きです」というメッセージを出会う人に全く意識しなくても自然と与えて行けるのは、恐らく、うさぎという少女自身が、ありのままの自分自身を好きでいられる少女、(監督自身の言葉を借りれば)「今の自分を幸せだと当たり前のように感じていられる少女」だからなのだ。「自分のことを幸せに感じている人間にしか、他人を幸せにはできません」。

 そして、恐らく、うさぎ自身、前世の母親、クイーン・セレニティにも、現世の両親にも、自発性を発揮するありのままの自分自身を好きでいていいという、分離=個体化して行く『真の自己』の成長を受け止めてもらえる育ち方をしているのである。

good enough な養育を受けた少女は、ごく自然に、good enough motherとして他人に接する力を開花させる。その力は、セーラー戦士たち4人と衛の心の中に巣食っていた孤独な「フィオレ」の心を癒して来たのである。

 誤解されないように言うと、「ありのままの自分を好きでいていい」ということは、単に「現状の自分に満足すべき」ということではない。今の自分に嫌いな所、不満足なところ、悔しい思い、色々あるかも知れない。そういう不完全な自分自身の中にうず巻くあい矛盾する喜怒哀楽すべてを、今の自分の人生の営みとしてまるごと受け止め、「愛おしめる」ようになるということである。

 そうやって自分の存在をひとつの全体的な身体感覚(ジェンドリンの言うフェルトセンス)として肯定的に受け止めることができた時、きっと自分自身の中にある自発性溢れる『真の自己』が、今の瞬間に自分をどういう方向にふるまわせたがっているのか、身体を通して伝えてくるだろう。その時、人は以前ならば努力しても旨く行かなかったような変化のプロセスを、自然と無理なく少しずつ刻み始めるのだ。あたかも歩き始めた赤ん坊のような好奇心に満ちた探求心を抱きつつ。

 【注】この点に関して幾原監督自身が「劇場版」レーザーディスクに執筆したライナーノーツの中で大変興味深い発言をしている:

「ここでセーラームーンは、良い母親、聖母として描いているが、ひとつだけつけ加えるならば、彼女は、いわゆる博愛主義者ではない。慈愛だけの母性とはちがう。むしろ、ひとより好き嫌いの激しい人間である。うさぎは、彼女たちが自立した意志を持つ仲間であることを直感的に見ぬいたからこそ、近づいたのだ。決して疎外されている彼女らに同情したからではない……うさぎは相手が情けない男、友人なら、毅然と決別する女性だと考えた(幾原,1994)」。

 亜美やレイたちが周囲から孤立していたのは、彼女たちが周囲に迎合して自分を殺してしまうことなく、自分の天性や感情に正直に生きようとせずにはいられなかったからであろう。もとより孤立して仲間もいない彼女たちは、自信を持って己れの道を行くこともできず、ギリギリのところでふんばりながらも、袋小路に陥っていた。

 残念ながら特に日本の教育環境においては、子供が自分の内発性を発現することが評価されるというより、むしろそれを抑圧して、規範に迎合した場合に受け入れられるような風潮が強い。つまり、個人の「自立」=「分離-個体化」に対して社会そのものに抑制的な側面があるのである。

 そういう風潮の中で浮き上がった少年少女に取って、彼ら・彼女らの本来の天性の発現を受け止め、「分離-個体化」を促進し、支持し、共に歩んでくれる人物、すなわち、「good enough mother」の役割を果たしてくれる、うさぎのような人物との出会いはたいへんな希少価値なのである。

 ここで敢えてつけ加えるならば、アニメに心奪われるということも、そうした自立した意志の芽生え、いのちの花の輝きになり得るのである。しかし、残念ながら今日のアニメファン同士の連帯の少なからぬ部分は、うさぎたちセーラー戦士のような、お互いの中にうごめく生のエナジーを認めあい、触発しあい、自己実現していくことを促進し合うような関係にはなっていない気がする(きっと個々のケースにおいては、決してまれではないと信じたいが)。     「その花は、現実にある。今こうして原稿を書いている僕と、そしてそれを読   んでいるあなたのいる、まさにこの現実に、その花は確かに咲いている。僕はこれまでの人生で、その花を何度か見たことがある(幾原,1994)」。

   もとより、「分離-個体化」の促進が安楽な人生を約束すると言うつもりはない。ある意味でたいへん高度な自我の強靭さと柔軟さの両立を必要とする。しかし、そのような生き方に「突き抜け」ない限り、人並みの人生の喜びすら味わえない、生まれついて生のエナジーが強烈な一群の人たちがいることだけは確かなように思う。

自分自身の判断や行動の真に信頼するに足る価値規範は外部から与えられるものではなく、その人自身の身体感覚と結びついた漠然とした感じ(フェルトセンス)との相互作用の中から生じてくるというのは、筆者が主な拠り所とするジェンドリンの体験過程理論=フォーカシング技法の基本原理である。

このことと、ウイニコットやマスターソンの 『真の自己』、『偽りの自己』、『個体化された欲求』などという臨床的概念を重ね合わせて考察してみることは、それだけでも非常に示唆に富む問題提起を含むと思われるが、より詳細な論考は別の機会に譲ることとしたい(1995年にいずれかの学会で取りあげるつもりである)。

19. 母なるうさぎの死と再生:

     破壊した母親の再生の為の「償い」としてのエナジーの備給

 突然、銀水晶がくだけ散り、力尽きて倒れるうさぎ。抱き起こす衛の目は光を失う。駆け寄って来て、

 「私たちだけ助かっても、あなたが死んだら何にもならないじゃない!」と嘆き悲しむセーラー戦士たち。

 その時衛の脳裏にフィオレの優しい声が響く。幻想の中で再び出会う子供時代の衛とフィオレ。フィオレは自分の手からこれまでとは別の鮮やかな花を差し出す。 

「ありがとう、また君とセーラームーンが僕を助けてくれた。今、あの時の約束を果たそう。これはぼくのエナジーを集めた『いのちの花』だよ。この花の蜜をセーラームーンに」。

 フィオレはやっと借り物ではない、自分の命のエナジーを返礼として差し出して、真のお礼をすることができたのだ。

 フィオレの差し出す花から直接蜜を口に含んだ衛はセーラームーンに深く口づけする。

 息を吹き返すセーラームーン。

 感激して泣き出すみんなの姿を写して、この映画は大団円を迎える。

クラインによれば、「妄想的=分裂的態勢」を克服した赤ん坊は、それまで分裂していた「良い対象」「悪い対象」を統合し、自分に快をもたらすのも不快をもたらすのも同一の対象(「母親」「世界」)であることに気づけるようになる。しかし、いまだに自分の内的な空想の現実に対する魔術的な力を信じている。その結果、自分が不快になった時に母親に向ける攻撃性によって「悪い母親」ばかりか「良い母親」も同時に破壊してしまったのではないかという不安から深刻な抑欝状態に陥る。これは自分を育み支えてくれる「世界」そのものを自分が破壊してしまったという、存在の根源に関わる絶望体験である。この段階を「抑欝態勢」と呼ぶ。

 そして、「良い母親」を再生させる為の「償い」のために自分のリビドーのエナジーを創造的・生産的な空想活動に向けるようになる。

 もとより、外的存在としての母親は赤ん坊の攻撃性などによって現実には破壊されてしまってはいない。再び「良い母親」として愛情を向けて来てくれる。しかしその時、赤ん坊には、あたかも母親を再生させようという「償い」としてのリビドーの備給としての自分の空想活動の結果として、実際に自分が母親を「再生」させた体験であるかのように内的には体験されるというのである。

 そして、この「償い」のためのリビドーの備給としての空想活動が、成長した後の現実の生産的・創造的な活動へのエナジーの備給へと置き換えられて行くとクラインは考えている。

 クラインに言わせれば、人生とは、生まれて来たこと(分離-個体化)を呪うあまり、内的には殺し続けた母親=世界の再生を望む「償い」のための活動に他ならない。

 産まれて来たことを再び呪ったフィオレや4人のセーラー戦士たちは、その攻撃性の力で「みんなのママ」としてのうさぎ一度は「破壊」してしまうのだ。そのことを悔やみ、母なるうさぎの「再生」のための「償い」の儀式を貫徹した時、この物語は終わる。

20.終わりに

 わずか1時間の作品である。しかし物語のテンションの高さとクライマックスの異様なまでの高揚感は、劇場アニメでは唯一『ナウシカ』のみが匹敵すると断言して過言ではない。

 『ナウシカ』や『トトロ』ばかりがオトナのアニメではないのである。ある意味では、この、「セーラー服を着た女の子が跳ね回る」軽薄で俗悪そのものであるかに見える人気アニメこそが、現在最も成熟した、「大人の」アニメであるという「現実」を、少しでも多くの人に気づいて貰いたいという願いそのものがこの発表の大きな動機なのである。

 腹の底から見る人を揺さぶるこの特別な感動は、人がこの世に産まれて生きるということ、他者と出会うということの根源的な本質にこの映画が触れていると言うことだと思う。

 筆者は敢えてこの映画を、最近学生相談の現場で面接を進める上で関心を抱き、自分なりに肥やしにして来た精神分析的対象関係論の概念で分析し、解釈した。しかしそれは今の私に取って対象関係論が、自分が感じていることを伝えるもっとも肌になじんだ言葉になっているからに過ぎない。むしろユングを使って説明したくなる人がいたとしても当然だろう。

 しかし、問題はどういう理論的概念によって説明するかではない。「その言葉が、その人が身体で暗黙の内に感じている漠としたフェルトセンスに身体の次元で響き合い、シフトを引き起こすものであったならば、どういう学派の概念であるかは問題にならない」ということは、心理療法で真に有効なことが生じる過程で生じる焦点付け(フォーカシング)という現象について観察し、精緻に技法体系化したジェンドリンがくり返し語っている言葉である。

 その意味では、この論考そのものが、この映画を見てセーラームーンからエナジーを分けて貰った私の中に住んでいる「内なるフィオレ」が差し出す、心理療法をなりわいと定めた私自身のエナジーを結集した、借り物ではない、『いのちの花』のつもりであるというと、あまりにもかっこうのつけ過ぎであろうか。

                   (94/7/5初稿 9/4修正)

参考文献・資料:

劇場版『美少女戦士セーラームーンR』 東映ビデオ 1994 (VHSビデオ・レーザーティスクソフト)

武内直子『美少女戦士セーラームーン』1.7. 講談社なかよしコミックス 1992-4

幾原邦彦「INTERPRETATION: 虚構の花・生命の花を求めて」(劇場版『美少女戦士セーラームーンR』レーザーディスクに添付されたライナーノート)

1994 くまさん(ed.) 「映画 美少女戦士セーラームーンR メモリアルアルバム」なかよしメディアブックス3. 講談社 1994

ウィニコット『情緒発達の精神分析理論』1965, 牛島定信訳

      『遊ぶことと現実』1971, 橋本雅雄訳(共に岩崎学術出版) 

マスターソン『青年期境界例の治療』1972 成田善弘・笠原嘉訳(金剛出版)

      『自己愛と境界例』1981 富山幸祐・尾崎新訳(星和書店)

ジェンドリン『フォーカシング』村山正治・都留春夫・村瀬孝雄訳 福村出版 1982

月刊『ニュータイプ』(角川書店)1994年1月号 幾原邦彦監督へのインタビュー記事

中島梓『コミニュケーション不全症候群』 ちくま書房 1991.

小林よしのり『ゴーマニズム宣言』1~3 扶桑社 1993-4.

土田世紀『編集王』 「ビックコミックスピリッツ」連載 小学館 1994.

唐沢俊一「セーラームーン:オタク支持率No.1アニメが残していくモノ」SPA! 7/27  特集「アニメがつまらなくなったわけ」 扶桑社 1994.

追記:「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る」?

 本論考を書いて行くうちに、自分が取り組み始めた問題の大きさと、それを論じるには問題のまだ一面しか把握していない自分の限界をつくづく感じさせられた。

 本来は『セーラームーン』という作品についての精神分析的考察として構想されたこの論考は、構想を進めるうちにと、いわゆる「おたく」現象についての分析という側面がどんどん肥大化してしまった。もとよりそれは、劇場版『セーラームーン』という作品の内容そのものが、「おたく」的人物の心理描写という点でこれまでになくユニークであり、そうであるからこそ学会発表の題材にする意義があると筆者が判断したなり行き上、やや仕方ないことではあるのだが。

 そして、本論考が、同人誌などのオタクサークルについてnegativeな視点からのみ論じ過ぎており、あまりに手厳しいのでないか、そうした対人関係の場がむしろ成熟の為の有効な癒しの場として機能している場合もあるのではないか、あるいはそういう場を「生き場」とするしかないやむを得ない状況を抱えた人たちも多いのでないかという指摘があるとするならば、甘んじて受けるつもりである。

 特に小学生から中高生の登校拒否や引きこもりについての臨床現場で経験を積まれた方々、特に登校拒否児のフリースペースやグループを主催して来られた方の中には、アニメサークルのような自然発生的な横の集団の場が癒しの場として機能する側面について、具体的な事例に基づいて論じることが可能な方もあるかもしれず、そうしたご意見があれば傾聴したいと思う。

 「劇場版」におけるうさぎと他のセーラー戦士たちとの出会いと連帯のドラマは、オタク集団がポジティブに機能した場合の理想状態についての象徴的表現とも理解できる。

 筆者は、大学生以上の年齢層の個人面接中心のカウンセラー(その中に数名のアニメ・ゲーム・パソコンマニアが含まれてはいた)としての経験しか持たない。例えば高校生以下のいじめや登校拒否の実情については実は何も知らないも同然なのである。しかも精神分析についての専門教育はどこでも受けたことがない。本論文で活用した対象関係論についての認識は、完全に自発的な読書の結果である。恐らく本当に重度の境界例患者と面接した経験はまだ殆どない。

 そして、アニメファンとしても、高校時代の『ヤマト』以来のファンではあり、アニメ雑誌の過去十年にわたり数十本以上掲載されて来た現役投稿者で、雑誌編集部訪問歴もあり(昨年の『アニメージュ』誌9月号で筆者は常連投稿者としてグラビア対談している)、数名のアニメ作家や業界人と主として手紙による限られた回数の接触の経験は持ちつつも、いわゆるアニメサークルというものに在籍した経験がない。晴海のコミケにはじめて行ってみたのもつい2年前のことである。TVゲームは昨年から多少はしているけれども、パソコンユーザーでもない(注:94年9月当時)。恐らく漫画を私よりも幅広く読んでいるカウンセラーはたくさんいる筈である。

 恐らく私のアニメファンとしての経歴はかなり異色な部類に属する筈である。恐らくコミケ的な同人誌的世界に深入りした人間から見ても、私のスタンスは、深いとも浅いとも曰く言い難いものがあるだろう。

 しかし、本論文には、様々な限界をはらみ、個々の事実に関しては様々な偏見や一面性すら十分指摘可能であると同時に、(全く正反対のことを言うようだが)オタク世界のディープな部分の人間関係の渦中にある人物にも、優秀なルポライターやフィールドワーカーにも、生粋の境界例治療の専門家にも不可能な固有の存在意義はあるだろうと思う。

 それは、私が、劇場版『セーラームーン』を、ここ々2,3年で見たアニメ作品の中で一番感動した(封切り時に劇場で二十数回見ており、本論文の草稿の骨子は、ビデオ等が発売される前に記憶だけで画面展開からセリフのおおよそまで十分書ける状態にあった)という単純な事実からこの論文が出発しているからである。

 なぜ私はこの作品に感動したのか? その自己分析のプロセスがこの論文に他ならな い。機械的・形式的な精神分析的解釈は避けて、そして、オタク世界について書かれた本などから得た「情報」を引き写すこともできるだけせず、作品と自分自身とウイニコット・マスターソンなどの著作・私なりの臨床経験が、実感の上でしっくり折り合う地点をじっくり探して、初めて言葉にしたつもりである。

 その意味では、一面性や限界すら越えて、完全に今の身の丈そのままの論考であることから生じる独特の説得力と真実性はあるのではないかと感じている。私の体験過程のステップが更に進んだ時には、自然と書き換えたくなる部分も出て来るかもしれないが、その折りに修正する以上のことはできないと開きなおっている所もある。

 取りあえずは、この「劇場版」という作品のほんの一部を御覧になった方が、私の論考を読んで触発されるものをいくつか感じて下さるならば(あるいは逆に、劇場版を全編観てみたいと感じて下されば)成功したと言えるだろう。

いずれにしても、これからの社会において、パソコンやTVゲームやマルチメディアという形で、疑似現実を媒介とする人間関係がより広範かつ深化したものとして一般化して、人間の内面に大きな影響を与えていくのは目に見えている。しかしこのことを、自分とは遠い世界での異質な人たちの中に生じている現象として「こちらがわの」価値観のフィルターを通してのみ一方的に捉えている限りは、心理臨床の現場はこうした現象に後手後手にしか対応できなくなるであろう。

 無理に理解したフリをする必要はないばかりか、むしろ有害かもしれない。セラピスト自身の自己一致を保てない所で受容しようとすることはない。そのような心のこもらない「理解ある態度」など、オタクと言う人種は実に鋭く見抜く力をもっている。

 ただ、現実に作品を見たわけでも、ゲームをしてみた訳でもないあたりで、「虚構世界」がどうの 「現実」がどうのと理屈の上だけでいいの悪いのと議論するのはどうかと思う。。

 少なくとも自分自身がパソコンの使い手でゲームも堪能して漫画もたくさん読んでいるカウンセラーは、すでに二十代にはたくさん育っている筈である。そうした皆さんが、おたくと現実社会のかけ橋として、もっと積極的に活動していい時機はとっくに来ているのではなかろうか。そうしたささやかな呼び水にでもなればこの発表もひとつの意義を果たしたことになるだろう。

 

 

 

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