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2016年8月22日 (月)

予告:次の記事は「フォーカシングの原点と臨床的展開」の書評です。

諸富祥彦編著・伊藤研一・吉良安之・末武康弘・近田輝行・村里忠之著

一度すでに読んでいた著作ですが、改めて読み返してます。もうすぐ読み終えます。

書いた段階でこの記事と差し替えます。

それでも先に一言。

吉良先生の統合失調症のクライエントさんとの事例は凄い!! 私がこれまでに読んだフォーカシング指向心理療法の事例の中で最高のものです。

【追記】:本格的掲載まであと数日お待ちください。

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日常の中でのフォーカシング

何かフォーカシング関係のディープなコンテンツを連続で載せているせいか、アクセス数がジリ貧になってきているようですが(もう一本この後に続く予定です^^;7)、ネット上に少しは私のフォーカシング論のファンがいらっしゃることを信じつつ、私のフェルトセンスが命じるままに書いてみようと思います。

私は、ガイド(フォーカシングの教示ができるクラスの人)やリスナー(基本的にはフォーカサーが自力でフォーカシングするのの聴き手となる人)がいなくても、日常の中で一人でフォーカシングができるところまでスキルを磨かないと、日常に帰ったとたんに「あのすばらしいシフト(気づきと共に心身が開放される)体験」がすべて虚構のように感じられてしまう奈落に落とされる、私が「セッション反動」 と名付けた事態が生じる可能性があるとすでに述べました。

ジェントリンは「体験過程のステップはジグザグである」と述べています。一度のシフト体験では一面的であり、その偏りを補正するかのようにして、いくつものステップを刻めないと現実の中での行動変容や対人関係の変化は安定して生じないことが多い。これは結構シビアなプロセスです。

 

これをカバーするためには、いくつもの策がある。

ひとつは、セッションの中で生じたシフト体験のキーワード・・・たいていその人の中でのその言葉の個人的含蓄(connotation)が新鮮なものへと変容します)やイメージを、セッションの最後に「覚えておくからね」と定着させる形で確認しておく方法です。これはアン・ワイザーの技法では終わりから2つめの一つの手続きとして大事にされています。日常の中でその言葉やイメージを呼び戻し、再び感じてみようとすると、再び襲いかかった日常の中での葛藤や不安の再燃に抵抗できるのです。

フォーカシングのスキルをある程度身につけた誰かとパートナーシップを築き、双方に時間的余裕がある時に、電話やskypeやLineでセッションを持つのもいいでしょうね。そういう相手とはそれまでの親友などとの関係にはなかったくらいの独特の《きすな》が形成されるでしょう。恋人にまさるソウル・メイトになるかもしれません。

また、友人でも親でも恋人でも普通のカウンセラーでも、ともかくある程度は心を開ける相手に「ちょっとしばらく、何も言わないでそこにいて、私が話すことを、黙って待って聴いていてくれませんか? 私も沈黙をはさむかもしれないし、何も言わないかもしれませんが、ともかくそこに座っていて下さい」と頼むやり方もあります。

ひとりフォーカシングの連発は、私のようにさまざまなフォーカシング技法に熟達した人間でも、相当に苦しい道で、山の尾根歩き、どっちに足元がそれても奈落行きと感じるような厳しいプロセスです。「もし、私にとって理想のガイドがいれば、どのような教示をしてくれるだろうか?」とばかりに、片っ端から教示を試してみて、やっと安定した状態に突き抜けられることが少なくありません。

もっとも、大それたシフト体験が生じなくても、あなたの中で、その時の漠然とした心身未分化な感じ=フェルトセンスにしばらく注意を向けることを習慣化できるだけでも、それすらしなかった頃よりは「生きやすく」なっていると感じる方も少なくないでしょう。

不思議なもので、ある程度自力でフォーカシングできるようになると、別に親や友人や恋人にフォーカシングを学んでもらっていなくても「どういうわけか」以前よりも気持ちが通じ合う、良い関係に、さりげなく変わっていくことも少なくないのではないかと思います

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2016年8月20日 (土)

ネガティブ・シフト

フォーカシングを体験して得られる、身体全体の感じの解放を伴うシフト体験は、必ずしも心地よい(素晴らしい)ものばかりではないと思っています。

自分のおかれた現実についての、いろいろな次元での対人関係がなぜうまくいかなかったかについて、シビアな「見取り図」ができてしまうような気づきになるような場合もあります。

それらを皆「内なる批評家(innner Critic)」の声として払いのけるわけにはいかない気がします。「内なる批評家」の声は、自分にありがちな自己嫌悪の悪循環のようなものですが、それとは異なる次元の、それまでになかった形で苦しい現実状況全体の「仕掛け」を新鮮に俯瞰して見通せてしまうような「気づき」もあり得るのです。

例えば、深い抑うつにある人などの場合、そうやって「現実」が見えてしまうこと自体、大変なショックで、むしろ希死年慮すら高める場合がある気がします。

私は、こうしたシフトのことを仮に「ネガティブ・シフト」と名付けています。

たいていの場合、更にフォーカシングを進めれば、新たな希望的なステップを見いだせるのですが、そこまで自力で立ちあがるのはなかなか困難なことも多いでしょう。

しかし、こうした、フォーカシング体験の危機的側面について論じたものは、少なくとも私は見たことがありません。

・・・・・同様にして、躁うつ傾向がある人のフォーカシングでのシフト体験は、過剰な躁状態(多幸感)と、一転しての激しい落ち込みという「反動」を引き起こす危険があるかもしれません。

こうしたことがあまり問題にならないでいるのは、そういう人がフォーカシングのグループやセッションから姿を消しているからかもしれませんよ。

・・・・以上、一臨床家としての見解です。

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2016年8月19日 (金)

勇めや、はらから

いさめや、はらから くらき路にも
しるべの星あり あおぎて進め。
はるけき行く手に こころ落とさず
み神にたよりて 進め、すすめ
おおしくすすめ。
たくみとてだてを 全くうちすて
勝敗わすれて まさみち進め。
党派をたのまず 首領(かしら)によらず
み神にたよりて 進め、すすめ
ただしくすすめ。
誉れにまよわず 人にひかれず
慣(なら)いになずまず まさみち進め。
おもねりそしりの さかいを離れ
み神にたよりて 進め、すすめ
ますぐにすすめ。
み神にたよりて まさ道ゆけば
平和とよろこび こころにあふる。
いさめや、はらから くらき空にも
しるべの星あり、 あおぎ進め
おおしくすすめ。
(賛美歌447番 Hymn:"Courage, Brother"

・・・・高校時代、ミッション系だったので、毎日の朝礼で賛美歌を歌ったのですが、私が一番好きだった曲です。

かなり憂鬱な気分になった後、今日のフォーカシングをする中で最後に浮かび上がってきたのがこの曲でした。Youtubeでメロディーを聴いた瞬間、涙が溢れました。

まさに今の「しるべの星」になりそうな賛美歌です。

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2016年8月18日 (木)

ランキンング10位までに、フォーカシング関連記事4件!!

まさかここまで来るとは・・・私にとって、このブログはじめて以来のできごとです。

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コアなフォーカシングサイトとして、一部の皆様に支持されて来たということでしょう。

すごく励まされます。努力が報われた来たと感じます。

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2016年8月15日 (月)

ひとりフォーカシングの必要性(第4版)

リスナー(ガイド)がいるフォーカシング・パートナーシップの方が、うまく進むと言われているが、私は「一人フォーカシング」できる水準まで習得するべきと思っている。相手がいると、そのリスナーに暗黙のうちに気を使い、2人が共有する「その場の雰囲気」についてのセッションになるからである。

このような場合、集いの場の離れて「日常」に帰ると、あの素晴らしいシフト体験は何だったのだろう?」という「反動」が生じ、フォーカシングの集まりに顔を出すことを繰り返す「フォーカシング村『依存症』」になってしまう・・・というのは言い過ぎであろうか。

jジェンドリンは、他者との関係性の中でしか自己の過程も推進(carry forward)しないと述べている。しかし、「フォーカシング村」の中での関係性の中に救いを見出すだけに留まってはならないと思う日常の中でのフォーカシングスキルが、他者との関係性をいつの間に変えていくところまで成熟する必要があると私は思います。

ジェンドリン自身も、確か「フォーカシング指向心理療法」の中で

「フォーカシングのクループの場で『いい体験』をして日常には変わらないような輩は、フォーカシングなどやめてしまえ!!」

という意味のすごいことを言っています。

これはカウンセリング一般にも言える。延々と来てくれるクライエントさんを「カウンセリング依存症」にさせていないかどうが注意すべきである。日常に帰っても問題を抱える(症状が変わらない)点では相変わらずである場合に注意。クライエントさんが自立して問題に対処できるように道びけること。

(もっとも、現実世界での他者との関係性を変えて行くための強烈なツールとして、インタラクティブ・フォーカシング というものがあります。しかし,「カウンセリングの力量アップのために」などどいう副題を邦訳でつけてしまったのには違和感があります。なぜなら、クライン女史の著作で登場する事例は、ほとんどカップル・セラピーへの適用だからです。)

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フォーカシングとマインドフルネス(第4版)

「第3世代」認知行動療法といわれるマインドフルネスと、フォーカシングの接点に、以前から関心を持っていました。

「マインドフルネス」「フォーカシング」で検索をかけたら、実にあっさりと、日笠摩子先生・高瀬健一先生訳の「マインドフル・フォーカシング」 にたどり着きました。

Kindle版が出ています。読んでいくうちに、フォーカシングとマインドフルネスが実に自然に融合した技法であることが伝わって来ています。

・・・・途中で寄り道して、kindle版のみの「奇跡を起こすマインドフルネス 幸せな人生を送りたい人へ 100円で読む♪心のトリセツ」   藤井英雄著 を、短いので全文読んでみたのですが、

「あなたは不安や怖れ『それ自体』ではありません。不安や恐れを『感じている』存在です」

「リアルタイムに『不安』『恐れ』と名付けた瞬間に、『自分自身』と『不安』や『恐れ』を分離して客観的に視る視点を獲得できるのです」

これって、アン・ワイサーさんのいう「脱同一化(disidentification)と実質的に同じようなことと思われました(【追記】:「マインドフル・フォーカシング」の中でも、「脱同一化」という言葉が出てきます)。

あるいは、ジェンドリン方のフォーカシングの第1の動き、すべての気がかりを一つ一つ脇に積み上げて、最後には「広大な空間」をじっくり味わうこととも似ています。

日笠先生が関与する訳本は、いつも平易で大変読みやすいです。読み進めるのが楽しいです。フォーカシングや東洋的瞑想について何ら予備知識がない皆様にもオススメです。

【追記】:完読しましたこの本には、日常で他者に共感をもって接することができるようになる技法として、「代理的フェルトセンス」という技法も解説されてtます。たいへん興味深かったです。

そして、「肯定的悲しさ(positive sadness)」という概念にも惹かれました。

なお、このブログ記事を要約して、Amazonレビューにも投稿しました。

*****

ちなみに、私自身は、「第2世代」認知行動療法とフォーカシングの融合を模索しています。まだ「覚え書き」程度の段階ですが、興味のあるかたはこちらのエントリーをご覧ください。

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«ジエンドリンの論文を英語で読もう!!(改題第3版)

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

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     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

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     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

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